18.カーブ | 【作品集】蒼色で桃色の水

【作品集】蒼色で桃色の水

季節にあった短編集をアップしていきます。

長編小説「黄昏の娘たち」も…

 茉莉子はベラルナから出ると、外苑東通りへと向かう。

いつもながらの渋滞を確認するとそのまま右へ折れ歩き出した。

携帯電話を取り出しいつものようにメッセージをチェックするとハンドバッグへと戻し、ネックレスが入っているか確認する。手に取るとブラブラ振り回したり、握ったりしながら飯倉方面へと真っ直ぐ歩いていく。六本木五丁目の交差点へさしかかったとき、左手の方から強い視線を感じそちらを横目で見たが、いつも通りに外国人達が数人とサパーの従業員や自分と同じ様なホステス達がいるだけだった。

突き当たりの公衆トイレの向こう側に少し見える墓地の辺りで何かが光ったように見えたが茉莉子はそれを見なかった事にし、ただ前だけを見つめて歩き続けていた。

飯倉片町の交差点にぶつかり、信号を渡ってまた左へ曲がると先程までの歓楽街の華やかさは無くなり一気に暗がりが続いている。茉莉子は、やはり近くてもタクシーで来るべきだったと後悔し始めていた。何だか先程から何者かに尾行されているような気もする。そう言えば例の男と会ったクラブも先程の墓地の近くだった。黎明の言葉が思い出される「あの男とはこれ以上関わるな」

茉莉子はマンションの入口近くに辿り着くと一度後ろを振り返って見たがそこには誰もいなかった。

勘違いかと思い直して奥へと進んで行き階段を降りようとしたとき、コンクリートに響く足音が聞こえてきた

コツンコツンコツン…

カツカツカツ

茉莉子は急いで階段を降りようとしていたが,上からすかさず肩を掴まれると、恐怖から悲鳴を上げていた

「茉莉子ちゃん?」茉莉子は顔を歪めながら振り向くと、そこには買い物袋を下げた『カーブ』のマスターがにこやかに立っていた。


 茉莉子はマスターに昨日と同じ席に案内され腰を落ち着けると時計を見た。マスターがワインを持って来てくれると、非礼を詫びてから「何か早く来すぎちゃったみたい。来るまで一緒に飲みませんか」と誘ってみた。

今日も客は茉莉子以外まだ入っていないので一人で飲むのが気恥ずかしく感じたからっだったが、マスターも席を離れると直ぐに自分の分のグラスとスティックサラダを持って来ると近くにあった丸椅子を足で寄せそれに腰掛けた

「さっきはごめんね。驚かせちゃったみたいで、後ろで声掛けようと思ったんだけど歩くの速いよね。場所直ぐに判って良かったよ。ここ看板出してないからみんな一度は迷子になるんだけど」

茉莉子はセロリを明太マヨネーズにつけながら

「前にこの近くのバーに姉と来たことあったので何とか…黎明さんとは親しいんですか」

「うん、あいつとは地元が一緒でね。あいつさぁ変なガキでよ。小学生の時なんかいつも学校帰りに一人でさ公園のベンチに座って彫刻刀で杭とか作ってやがんの…絶対将来は犯罪者になると思ったよ。愛読書は聖書で…まっ育ったのが教会だったから仕方がないのかもしれないけど…一度さ、町内会の行事でキャンプに行ったときなんか、あいつ一人で浮いてたから俺が面倒みてやったんだけど、キャンプファイヤーの時かな、語り合ったわけよ。そしたらあいつ炎見ながらすっげー真面目な顔して俺にヴァンパイアハンターになりたいんだ、って…その時は俺もガキだったから何も知らなくて大笑いしたんだけど、後から親に聞いたら、あいつの両親て小さいときにあいつの目の前で殺されたらしいんだよね。それで叔父さんがいる教会に引き取られて…吸血鬼っていうのもあいつなりの現実逃避だったんじゃないのかな…あっごめん。また余計なことを話しちゃった。あいつには内緒な。同情されるのを人一倍嫌うからさ。でもあいつがこの店に誰か連れて来るのって始めてだったから…仲良くしてやって。今はそれなりに仲間とか居るみたいだけど。ここにはいつも一人で来るからさ…」

茉莉子は話を聞きながら黎明の人生を想像していた。また「吸血鬼」どんどんオカルトが現実味を帯びてくる気がしてくる。

「で、昨日チラッと聞こえたんだけど…女神像の夢ってどんなだった?」

茉莉子はそんな何度も聞かれるような夢でもないといいつつも昨夜と同じ説明をした。ただ付け加えたのが

「今日も同じ夢見たんだよね。今度は三体の女神像が置いてあって姉ちゃん達とあの黎明って人も出てきた…あとあの人…それにすんごい男前。なんて言えばいいのかな王子様って感じの人。単なる男に餓えてるだけって感じ?」

「へー、そんな男前が夢に出てきたんだ」いつの間にか黎明が青いアスターの花束を抱えて入って来ていた。マスターが席を空けると、茉莉子に花束を差し出し少し照れた様にマスターへ「俺のグラスも頂戴よ」というと少し茶色がかった髪の毛を軽やかにカールした髪が白いスーツの肩にかかり青い花束を抱えて嬉しそうにしている茉莉子の瞳をじっと見つめた。やはり幼い頃に亡くなった母親に似ていると黎明は思いながらもポケットから夕方買ったネックレスを取り出すと茉莉子の目の前に置いた

「これなら、いつでもつけていられるでしょう。ちなみにこの指輪とお揃」

黎明は自分の左薬指に填めた指輪を見せながら言った

「ありがとう。じゃ、これ返すね」

と茉莉子は昨日からずっと弄んでいたネックレスをわざと事務的に黎明に渡した

「ねぇ。マジで俺と付き合わない?俺のことまだ信用できないかも知れないけど…真剣だから」

茉莉子は、まだ出会ったばかりで何も知らないこの男と付き合う事が出来るのだろうかと一瞬考えたが、今日美容室で見た雑誌の占いを信じて肯いていた。


 黎明と茉莉子は一時間程してから、店を後にした。

初めは黎明が自分の部屋へと誘ったのだが茉莉子の方がレハエルの食事の心配をしだしたのと、家が近い事もあって茉莉子の部屋へと行くことになった。

 茉莉子がマンションのドアの鍵を開けるとレハエルが走って出迎えに来る。ドアが開くとレハエルは茉莉子と黎明の顔を交互に見比べてから黎明の足下の方へとすり寄って行った。茉莉子は苦笑いを浮かべながら

「合格みたいね」

スリッパを出すと黎明から花束を受け取って部屋の中へと薦めるが、黎明は時計を見てから

「ごめん。ちょっとまだ用事が残っているんだ。それ済ませてから戻って来てもいい?あっでも寝ちゃうか…」茉莉子は花束を置くとレハエルを抱え上げ

「じゃ電話して…いつも寝るのは朝方だから起きてると思うし…」

「うん。じゃ、電話する」

黎明はそういうとレハエルの頭を軽く撫でてから茉莉子の額に口づけをすると

「ちゃんと鍵締めてね。ドアチェーンも…知らない人が来ても開けちゃだめだよ」と言い残し廊下を歩きだし、茉莉子がドアを閉め鍵をロックしたことを耳で確認してからエレベーターに乗り込んだ。ドアを閉めた茉莉子は、レハエルを抱いたままソファーに座ると

「レハエル。あんたも気に入った?珍しいでちゅね。私以外の人になつくなんて…」茉莉子はレハエルが嫌がっているのを無視して弄くり廻していた。