ちゃぬの裏韓国日記

統一教会と世界支配層との関係の検証・・・
(統一教会=世界平和統一家庭連合)


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「ちょっと恐ろしい(((( ;°Д°)))) 文教祖の女性関係(2)」の続きです。

1955年7月14日に文鮮明教祖は梨花女子大事件で警察に拘束されます。

(1955年7月15日京郷新聞記事)

その時、処女で妊娠させられた女子大生の金明煕さんは、ほぼ臨月でした。
(金明煕=喜進の母)
そして文教祖もまだ離婚前のれっきとした「妻子持ち」の既婚者でした。
この不倫関係で重婚罪、また姦通罪を恐れて身重の金明煕さんを日本に密航させるのです。
まだ日本と国交成立する10年も前のことです。

文教祖の息子、七男の亨進氏も文教祖の不貞行為(六マリア)を認めています。
(参照:お父様の六マリアをなぜ隠し、恥ずかしく思うのか(by文亨進)

文教祖は自ら「不倫は摂理だ」と嫁に説明しました。
文鮮明教祖の長男の嫁であった洪蘭淑さんは著書「わが父文鮮明の正体」でこのように、文教祖の不貞(浮気・不倫)を下記のように記しています。

『私は孝進の(浮気の)主張を直接「お母様」にぶつけた。彼女は怒り、同時に涙を流した。彼女は私に言った。このような苦しみは自分で終わりになるように、それが次の世代には伝わらないようにと願っていた。彼女は請け合った。「真のお母様」ほどに、夫に浮気される苦しみを知っている者はいない。私はびっくりした。私たちは何年ものあいだ、文鮮明の情事と、彼が婚姻外に作った子供たちの噂を聞いてはいた。しかし、ここで「真のお母様」が、噂が真実であることを確認しているのだ。
 私は彼女に、孝進が自分がだれとでも寝ることは「摂理」である、「お父様」の浮気と同様、神から霊感をあたえられたものだと言っていると告げた。「いいえ、お父様はメシアです。孝進は違います。お父様がなさったことは神のご計画でした」文鮮明の不貞は、彼女が「真のお母様」となるために受けねばならない苦しみの道程の一部だった。「孝進には浮気をする言い訳はありません」と彼女は言った。』

(洪蘭淑著「わが父文鮮明の正体」P251)

浮気に対する文教祖の言い訳・・・・・

『文夫人は孝進の(浮気の)主張を「お父様」に話し、文師は私を自室に呼びつけた。「お父様」はくり返した。自分の過去に起こった(浮気の)出来事は「摂理」である。それは孝進とはなんの関係もない。文師からこのことを直接聞かされて私は当惑した。混乱もしていた。もし韓鶴子が「真のお母様」なら、もし文鮮明が地上における完璧なパートナーを見つけたのであれば、彼(文鮮明)の不貞は神学的にはどう正当化されうるのだろうか?
 もちろん私は尋ねなかった。しかし、文師夫妻の関係について新たな認識を得て、その部屋を出た。文夫人がこれほど絶大な影響力をふるうのも不思議はない。彼女は文鮮明の不貞(浮気)を暴露しなかったので、彼はこれまでの歳月ずっと、そのことで夫人に借りがあった。彼女は文鮮明の不貞と裏切りに対して休戦協定を結んだ。お金、世界旅行、人びとからの崇拝で、おそらく彼女には充分な代償となったのだろう。』

(洪蘭淑著「わが父文鮮明の正体」P252)

祝福の時、お母様(韓鶴子夫人)と女性信者を「本妻と妾の関係」として象徴的・霊的に立てますが、本来はこのように「実体」の不倫により、文教祖は蕩減しようとしたようです。
ですから象徴的な「本妻と妾」の祝福など文教祖にとって血統転換としては何の意味もない無いことだとも言えるでしょう。
女性信者がお母様(韓夫人)を「文教祖の本妻が憎い!」と嫉妬しますか?
女性信者は自分がお母様と「本妻と妾」の関係だという自覚すらありません。
当たり前です。文教祖と性的な関係にならないで、嫉妬心など沸くはずも無いからです。
それでは文教祖の理論では蕩減にならないのです。
ただの象徴祝福は世界への霊的影響のみは考慮するでしょうが、二世であっても三回祝福を受けなさいというみ言葉もあります。ですから実体血統転換ではない家庭は三代が真の家庭に絶対服従し、子供と孫が祝福結婚を守るなかで、最終的には真の家庭と血縁関係(結婚)しなければ神の皇族圏に入ることはできません。
三代で真の家庭と血縁関係を結べばければ、永遠に文一族(幹部も含む)に絶対服従するしかないのです。
(人類全体がすべて文教祖のDNAを受け継げば、地上天国になるという妄想理論です)
文教祖のいう神の国は、文一族(真の家庭)と文一族と姻戚関係を持った幹部が頂点に立つヒエラルキー(階層)構造で、末端信者などはただの国民(労働者または奴隷)にすぎません。

さて再堕落(祝福結婚したあとの不倫)は文教祖のみ言葉ではどう説明されているのでしょうか。

『他の罪は何でも許す。しかしその原理をわかって犯している時には許しがない。それはアダムよりも悪い、サタンよりも悪い。何故か。サタンが蘇生、長成のその過程で、未完成過程におきまして堕落した。完成の心情世界を教えられている君たちにおきまして犯したらサタン以上の地獄に行く。これは永遠に。だからサタンも笑う。サタンも。「ああ、私は長成期で神の心情を犯したけれど、君は完成期で神の心情を犯したんだから私より悪い」。サタンまで讒訴する。わかりますか? だから自分の純情なるこの心情は、本当に貴い。』
(名古屋教会和動会でのみ言葉 1965年2月1日 名古屋教会)

しかし文教祖の息子・娘だけは、例外なようです。

『野生のオリーブの木では、千年を生きても野生のオリーブの種を生産せざるをえない悪循環が継続されるからです。これはどういうことかといえば、先生の息子、娘がたくさんいます。親戚が多いのです。この先生の息子、娘はたとえ今、堕落行為をしたとしても、心配は要りません。これは生まれつき先生の血筋です。ですから、条件に引っかかったとしても、サタン世界に完全に引っ張られていくようにはなっていません。先生が勝利したので、いつでも神側に引っ張ってくることができます。ですから、先生は、放っておいても安心なのです。・・・
今、この統一教会の群れの中で、悪い話があります。自分が罪を犯しても、先生の息子が罪を犯して赦されるのなら、わたしも赦されるだろうと考えているのです。それは血筋が違うことを知らないから、そう考えるのです。血筋が違います。』

(第三十九回「真の神の日」記念礼拝のみ言葉 2006年1月1日 韓国・天宙清平修錬苑)

話を戻しますが、1960年の聖婚式の前、まだ文教祖が完全に離婚する前から「第二のお母様の選定」が行われましたが、そのとき梨花女子大や延世大の学生であり、文教祖と関係を持った崔淳実や金明煕を「三位基台」として組ませます。
しかし年齢がそのとき20歳をゆうに超えている女性は本来、真の母になる資格はないはずなのですが、なぜかこのときは何の原則もなかったようです。
(行き当たりばったりの原理です;;)

そのときの様子が金明煕さんの証しに書かれています。

『わたしも休学をしている状態であり、崔淳實(崔淳実)さんも休学をしたため、わたしたちは大の仲良しになって教会に通いました。
 大学生が二人しかいなかったので、聖書と「原理」の勉強をしながら、毎日手をつないでくっついて歩きました。すると、真のお父様から、あまりにくっついて歩いていると言われ、しかられたりもしました。
 真のお父様は、「おまえたちは、今後結婚できない。おまえたちの後代の人々は結婚したとしても、おまえたちは祭物である。」とおっしゃいました。その言葉に、わたしたちは心の中で、“一生結婚できないのか。”と思いました。
 わたしは、会賢洞から元暁路(ソウル市龍山区)に移って自炊をした後、真のお父様がいらっしゃる三つの門の家の教会(ソウル市城東区北鶴洞)で献身的生活をするようになりました。
 真のお父様は、厳格なかたでした。当時は、霊界が直接主管する時期だったので、しっかり決意することができなければ、はらわたがよじれ、倒れて気絶し、頭がくらっとしたりするような役事が起きました。
 それゆえに、いいかげんに決意することはできず、嫉妬の思いを持つことができませんでした。李得三さん(崔淳実の母)は、真のお父様のおかずを作り、食口たちの服の洗濯もしました。そして、玉世賢おばあさんは、真のお父様の衣服の洗濯を受け持ちました。
・・・そのような中で、淳實(淳実)さんとわたしは教育を受けたのです。淳實(淳実)さんと、その妹(崔淳花)とわたしを、真のお父様は三位基台として結んでくださいました。

(ファミリー2005年6月号より 金明煕の証し)

文教祖がその当時の三位基台の女性たちに対して「一生結婚できない」と言うとおり、その後も金明煕さんや崔元福さんも既成祝福も独身祝福も受けませんでした。
そして1998年に文教祖は「六マリアの女性」に対して四大聖人や偉人と霊界祝福させるのです。
もともと血統転換は、文教祖の妻を天使長である男性に下賜する式ですから、ソクラテスもモハメッドも釈迦も文教祖の「お古(の女)」をもらったわけです。

その当時、女性信者のほとんどが文教祖から血分けを受けていた時代で金明煕さんも「お互いに嫉妬の思いを持ってはいけない」と心情をコントロールするのが大変だったようです。
三角関係になってもメシアを愛せるか、という嫉妬の試練です。

『家に戻り、わたしは暇さえあれば祈祷しました。真のお父様が、「祈祷で解決するように。」とおっしゃったからです。それで、「あの先生の集団は、正しいですか? あのかたは、本当に主ですか?」と、そのことばかりを祈祷しました。
 すると、幻をたくさん見たのです。美しい芝生で、真のお父様にお目にかかったり、またそのかたが主であるということを間接的にたくさん見ました。また、このような幻も見ました。
 そこは黒石洞(ソウル)で、小さな山がありました。夢の中では、イエス様が座っていらっしゃり、その周囲に子供たちが車座になっていました。その中で、わたしが一番弟子でした。イエス様が立ち上がるとともに、手で指し示されるのです。見ると、天からか山からか、仙女が下りてくるのでした。
 イエス様は、わたしに「わたしが、この女性を最後まで愛したとしても、あなたはわたしを愛し続けなさい。三角関係になっても、わたしを最後まで愛しなさい。」とおっしゃいました。
 わたしは、イエス様の新婦は男女を問わず、すべての人が新婦だと思っていたので、女性だけが新婦になるということは夢にも考えたことがありませんでした。
 それなのに、イエス様がそのようなみ言を語られるので、妙な思いがしたことがあります。そして、少しばかり嫉妬の思いが生じたことも事実でした。
 そのような夢のような幻を見た後、わたしには新しい結婚観が形成されたのです。イエス様が、「わたしがあの女性を愛したとしても、あなたはわたしを愛しなさい。」とおっしゃったときに、ねたましく思ったのは、人間の堕落から生じた嫉妬心であると結論を下したのです。
 それで、その嫉妬心を克服しなければならないという思いを持ちました。結婚して、もし夫が浮気をすれば、その女性の胸ぐらをつかんで引っ張ってくる力と自信はありませんでした。
 そして、本当に夫を愛するのであれば、そのような夫に愛する女性ができたとき、よく調べて互いに愛し合っているということが確認できれば、二人に結婚までさせてあげようという考えを持ちました。それが愛であるという結論を下したのです。
 また、そのようなことがわたしに起きるような気がして、結婚話が出るたびに恐怖心がわきました。そして、一方では“結婚式は葬式である。”という考えもあったのです。』

(ファミリー2005年6月号より 金明煕の証し)

草創期は、現在の信仰観とまるで違うことがわかります。
「メシアとの三角関係」?
「夫(メシア)の浮気相手に嫉妬することは堕落性」?
「夫(メシア)と浮気相手が本気で愛し合っているなら二人を祝福する」?

このことから1960年以前に教会内で起こった女性たちの嫉妬は単に「お母様候補」のためではなく、実際に文教祖と関係を持ったことから生じたとわかります。
そういう状況を見た文教祖の妻(崔先吉)が激怒したのです。
文教祖はメシアの妻が三角関係に激怒・嫉妬したら蕩減にならないと考えていたので、不倫(レアとラケルの怨讐関係)を克服できなかったとして崔先吉夫人は失敗したとしたのです。

文教祖は自分のお気に入りの女性を連れては映画を見たりして「デート」を楽しんでいました。
文教祖と三位基台や六マリアとの日常はこうでした↓

『真のお父様が、崔淳實(淳実)さんと出掛けられるときには、わざと怒らせるような言葉で、「明煕よ、すまない。わたしたちは映画を見に行ってくる。」と言って出掛けられました。また、淳實(淳実)さんは、映画館に行ってくると、真のお父様がおっしゃった言葉をわたしに話してくれました。
 映画の中の女性の主人公を見ながら、「あれは明煕のようでしょう? まるで明煕のようだ。」とおっしゃったと言いました。そのような中で、淳實(淳実)さんとわたしは教育を受けたのです。淳實(淳実)さんと、その妹(崔淳花)とわたしを、真のお父様は三位基台として結んでくださいました。』

(ファミリー2005年6月号より 金明煕の証し)

『お母様の血と肉が交差しているのです。そこではお母様は、多くの涙を流しました。結婚をしたので、どこかに行こうとすれば夫に付いて歩かなければならないのではありませんか。ところが、おばあさんの三位基台、お母様の三位基台がいるのです! どこかに行く時はその人たちを連れていくのであって、お母様は連れていきません。ですから、どれほどあっけにとられるでしょうか。峠を越える時までは、そうするしかありません。そのようにすることによって、周りにいる女性たちが「あの先生は、あまりにひどいではないか!」と言うようになるのです。』
(「真の御父母様の生涯路程10」より 文教祖のみ言葉)

お母様(韓鶴子夫人)に最初の妻(崔先吉)の失敗を蕩減させようとしたわけです。つまり妾(レア)に対して嫉妬・憎悪しないということ。

『また本来、再臨主は、「旧約・新約・成約」の三時代を連結できる代表的な女性が協助する中で聖婚してこそ、初めて父母圏を定着させることができる。それゆえ、縦的な三代がそれぞれ横的に展開された、おばあさんの三位基台・中年女性の三位基台・真のお母様の三位基台があった。真のお母様の三位基台となる女性たちは、エバの失敗を蕩減する主導的な役割を果たして、真のお母様を天国の王妃として保護育成しなければならず、中年女性とおばあさんの三位基台は、真のお母様の三位基台の象徴的な基盤であり、精誠によって一つにならなければならなかった。』
(著書「実録・洪順愛大母様の生涯と信仰」より)

そしてお母様(韓夫人)のもっと具体的なレアとラケルの蕩減は崔元福女史との三角関係(重婚関係)でした。

『ここで崔元福先生について少々触れる。復帰されたエバの立場にあり、真の御父母様の前には洗礼ヨハネ的エバの使命をお持ちになっておられるお母様と一体となられる事により、サタンがお母様に侵入できない。本来大先生のお母様がマリヤと同じ様に、その使命を果たすべき立場におられたが、摂理上それは崔先生が担当されているのである。』
(歩みこられし主の道(1974年版主の路程))

『どこかへ連れて回るときには、崔先生を連れて回ります。お母様に侍っておいて、私が行くべき道を公式的にすべて教えておきます。「このように行かなければならない」ということを、一つも間違いなくただそのまま行きます。』
(第14回「愛勝日」のみ言葉 1997年1月2日 ブラシル・サンパウロ)

『今までは、崔先生が世界舞台に立ってすべて先頭で行ってきたのですが、今からは、そのような時代は過ぎ去っていきます。第三次七年路程は、そのような時代ではありません。完成時代なので、お母様が全体の責任をもたなければなりません。今までは崔先生が前に出てきたのですが、今からは後ろに下がっていかなければなりません。そのような時だというのです。先生が行く道は、原理を立てる道です。原理世界を立てなければならない責任があるのです。そのようにすべて収拾して、ずっと原理的に行かなければなりません。
本当は、お母さんという言葉をむやみに使うのではありません。崔先生に対しても「お母さん」と言い、誰かに対しても「お母さん」と言っていますが、それは違うというのです。今後は、崔先生には「崔先生」と言わなければなりません。そのような時になってくるのです。

(真の御父母様の生涯路程10 崔元福先生の使命完了)

777家庭の頃までは、崔元福女史は「カインのお母様」と呼ばれていて、祝福も三人が主礼でした。まさに三角関係の克服の実現を妻に強いたわけです。

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しかし結局、嫉妬は克服できなかったようです。
その証拠に崔元福女史の息子の石竣昊氏(元韓国協会長)を文教祖が亡くなってすぐに解任しました。やはり心の底では相当恨んでいたんでしょうね。

食事も旅行も三人(夫と妻と妾)で、寝るときも三人でした。

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<777クラスの古参信者の投稿>
(2ch掲示板 統一教会の何が悪いPart9より)

94 名前:50代 :02/11/05 12:23
なんか、アンコールが鳴り止まないので
最後に、具体的な私の経験話を

777のときは祝福する主体はセンセーとつる子と崔元福先生
と3人おられた、私のレスをはじめから見ていた方はご存知でしょうが
この3人で1組の夫婦であった、ラケルとレアなどとも言われたが
私たちはアベルのお母様、カインのお母様といっていた、とうぜん
寝室は3人ご一緒でした、そのエピソードはレスを読んでね。
祝福の弁舌的主導権は崔元福先生がおとりになって、
  「この聖酒は私たちの精液が入っています」とのご指摘
女性がのんで残りを男性に飲ませるように、おばかのつる子は
なにもいわず(いえずかあ?)先生はワインをニコニコしながら
女性に渡していた、
さて、女性たちはこの聖巾を各自1枚ずつとるようにとこれも手渡し
これも崔元福先生が主導権をとって、
  「この聖巾は私たちの性器を拭いたものです、ついているシミは
汚れではありません、まことのご父母様たちの聖なるお勤めのしるしです
あなた方もこれを腰の下において性行為を行い跡はこれでていねいに
ぬぐいなさい」とのお言葉
みなさんありがたくいただいてましたね、よくみたら文センセーの
性器をぬぐったようなシミがついていました。

このような貴重な品をいただけたのも777までだそうです。

96 名前:名無しさん@1周年 :02/11/05 12:37
777の方々はすべて知っていらしたんですね。。。
私の身近にいらっしゃった777の御夫人も。。。

98 名前:50代 :02/11/05 12:47
>95
そのとおりです。
当時は3人で性生活をしてました、
始めて、日本にこられたとき、口紅、お化粧、イヤリング派手な衣装
と、統一のすっぴんのおんなどもに見慣れていた、私たちは違和感を感じました
それが、世界路程(旅行)出発のときこのとき聖地が世界に指定されていったのです
その旅行の間中3人で寝室共有していて、ホテルのボーイにベット
3個は入れられないとかくどかれてたそうです。

そのときの崔元福先生のお話
  つる子はまだ幼いから先にセンセーとsexするのだが
   疲れて先に寝てしまって、
  そのあと私(崔元福)とsexしながら
     「幼いつる子にはわるいことをしたよなあ」などと
   お話になるんですよ、 などというお話をお聞きしました。



<朴正華著「六マリアの悲劇 真のサタンは文鮮明だ!!」P.251より>
【もう一人の「お母様」】
彼女はすでに統一協会に入信して大学を辞め、その後、家庭も捨てて文鮮明のもとへ走った。なぜか食口たちは、崔元福を「お母様」と呼ぱされていた。しかし、この「お母様」というのは、原理のどこに出てくるのだろうか。六人のマリアは、イエスがセックスをしなげれぱならなかったのに、それができなかったのでイエスは死んだ。そこで第三のアダムがこの世に来て、六人の人妻をマリアに復帰させるという口実で文鮮明がセックスをし、その肉体も財産も奪いとった。そして処女一人を選択し、「小羊の儀式」と称する結婚式を挙げた。そして、文鮮明と妻の鶴子を「真のお父様」「真のお母様」と呼ぱせている。真のお母様はすでにいるのに、「崔元福お母様」という名称は、原理のなかのどこから引っ張り出した存在なのだろうか。どうしても理解できない。文鮮明は六人のマリアを選択し、その他にも行き当たりぱったりのセックスをしていたが、そのなかの一人を特別に「お母様」と呼ばせる理由はない。ただ、文鮮明自身が好きで、熱を上げていた女だから、「お母様」と名付けたのだろう。ひどい話である。あとで聞いた話では、真のお母様のお母様、つまり文鮮明の妻である韓鶴子の母親、洪順愛が、「アメリカに行っている崔元福は二号だ、妾だ」と騒ぎ立てたので、仙和芸術学校の校長として、崔元福を韓国に帰らせることになった。この学校は、朴普煕の弟、朴魯煕が理事長でいたが、校長という名称もただ上っ面だけの話で、文鮮明が慌ててつけた口実に過ぎないと思う。表に「原理」を降りかざし、裏へ回れぱおよそ宗教人らしからぬ文鮮明の言動は、あいも変わらぬ女の問題や不動産の不正購入、脱税事件、「人の金を盗んで来ても、神は許す」という教唆など、書きつくせないほどあるが、もう一つ私の体験を書いておきたい。



<文教祖と崔元福女史の不倫を、元ブラックフンジン役だった黒人青年の記者会見で元ジンバブエ宣教師・神吉秀明氏が暴露しました>
(動画)http://vimeo.com/39941021

28:10ごろから
『あるいは聞くところによると、文教祖の長男(孝進)自体が一日に10人の女性と関係を持ったという情報も全部もっております。10人です。一日に。そういったいろんな問題が文教祖の家庭自体にあります。そしてワシントンにいる朴普煕の息子になっているサムエルという息子。それは文教祖の息子です。それは本人自体が知っております。サイ・ジュンカ(崔淳花)という女性から産ませた子供です。そしてどのようにして生まれたか。その時、朴普煕の奥さんが妊娠していて、軍事病院に行って、ほんとうに(文教祖が)懇願して堕胎手術をしたわけです。そしてそのときに引き取った(文教祖の)子供、そして自分(朴普煕)の子供として籍を入れているわけです。そのサムエルという息子は、自分の父親が文教祖であることを知っております。それでいろいろ問題が起こっております。それはほんの一例であって、そういった文教祖にまつわる女性問題、また子供の問題がいっぱい出てくると思います。・・・子供は神の愛を実践するのに一番重要なことです。ではそうであるならば、どうして文教祖自体が以前右腕としていた女性、崔女史(崔元福)に堕胎を要求したりするんですか。そういう女性がたくさんいるはずです。(文教祖と不倫関係で妊娠した女性信者に)文教祖から堕胎を要求される。ということは文教祖がそういう肉体関係を女性に持ったのは、神の愛の実践や三対象の愛を実践するためではなく、堕胎させるというのは自分の性欲を中心として、そういう女性と肉体関係を持っていることの実証になるわけです。どうして彼がメシアになりますか。そういって被害を受けた女性はたくさんいるはずです。』
(1800双の神吉秀明氏(1992年8月2日 幕張メッセで記者会見))



<文教祖とカインのお母様(崔元福先生)と真のお母様との3人の性生活(重婚状態)とそれを見ていた真の子女の苦悩>

itiro - 2003/06/19(Thu) 21:47 No.9
(前の記事を受けて)崔元福先生との重婚状態について書いていない。1954年より1978年ごろまで文先生は基本的に崔元福先生との事実上の結婚状態の上にほかの女性との結婚をしている。韓鶴子(真のお母様)との結婚も事実上重婚状態。ここでラケルとレアが果たせなかった女性としてのヤコブの勝利を得るためであったとの事後説明がついている。

カインの末裔 - 2003/06/21(Sat) 16:56 No.49
上の記述は、私も事実だと複数の方々に確認していますが、年代は、1978年でなく、1983年ぐらいまでではないでしょうか?ヤコブの21年路程(1960年から1981年)とするには、長すぎると思った記憶があるのですが。それから、確か、崔元福先生が目の治療で、日本経由で韓国に帰られた時から重婚状態がなくなったと思います。その時に元福先生と直接話した方から聞いたところによると文師夫人が嫉妬で服を挟みで切ったり座布団を蹴飛ばしたり、お子さんたちが、元福先生の座る座布団を隠したりしてどうしようもない状況になったので返されたと言っており、文師夫人の相当な批判をしていたそうです。その当時は「真のお母様の勝利とは女の嫉妬でカイン型の妻を追い出したことか」
などと一緒にいた古参の幹部が説明していたのが、妙に印象に残りました。この辺の問題には、非常に関心がありますので、色々教えて下さい。西川先生に聞いた時には、西川先生も文師と元福先生との関係からメシア性を疑い始めたと語っていました。第一次世界巡回の時のお話だそうです。文師の最初の妻(崔先吉)、そして崔元福さん、さらに西川先生の本名などが、なぜ崔という名前であるかというと西川先生によれば文師は、韓国では崔という名前は、鳳凰に王冠がかぶさった名前で崔家に救世主が生まれるという言い伝えが長くあったため文師は自分のメシア性を示すために崔という名前の女性や側近にこだわったそうです。

itiro - 2003/06/21(Sat) 18:50 No.50
どこまで続いたかはこれは定かではありませんがはじまりは確定的だと思います。世界巡回路程のときまず日本に来られましたよね。そのとき私などすっぴんの色気なしの女性しかいない統一に、いきなり口紅アイシャドウ、イヤリングの、真っ赤なスーツの女性が来たのに戸惑っていたら、やっぱり恐る恐る「崔先生はなぜお化粧をなさるのですか」と聞く輩がいて、(崔元福先生)答えていわく「あるものは利用します、文先生が喜んでるのだからいいのでしょう」とあっけらかん。しかも韓鶴子(真のお母様)との3人性行為も隠さずにべらべらとまったく驚きでした。祝福のときの聖酒式ももっぱら一人で采配を振るってこのワインには私たちまことの語父母様たち(3人set)の精液が入っています。とこれまた堂々と。韓鶴子(真のお母様)などちいさくなって言われるまま文先生はそれでいいのだとにこにこしながらワインを女性に配っていました。そのころ韓国の若いシックと論争をしてあの崔先生とは一体いかなる立場のお人なのかを言い争いましたが彼はカインのお母様の一点張りでそれ以上論議がすすまなかった。まあ、韓鶴子(真のお母様)と崔元福先生ではお年が違いますし教養もおありですから文先生も夫婦としては崔先生を婦人格にしていましたね。いつぞや文先生が怒鳴っていたことがあって何いってんかなとシックに聞いたところ、やはり女の戦いで崔元福先生に分があったのでしょう。「鶴子おまえは子供を生んでればいいのだ」といっていたそうです。正直言って(頭のいい)崔教授とおばかの鶴子では勝ち目はなかったのでしょう。その崔先生もよる年波には勝てず、また文先生の性交がこれがまたしつこいそうで、体力がなくなり更年期を迎えたのでは満足させられるわけもなく、韓鶴子(真のお母様)も知恵もついてきて女の闘争は幕を引いたのではないでしょうか?

名も無き二世:2006/10/02(月) 15:19:59 ID:GX6NUOz20
韓夫人と崔元福さんの葛藤。韓夫人がはさみで崔元福さんの服を切った事件。お子さん達が崔さんの座布団を隠した事件。韓夫人が数千万円もする大理石のお風呂を気に入らないと作り変えさせた事件。特に上のお子さん達が、文師に対して葛藤したり直談判した最大の理由は、文師と会う機会が少なく、愛してもらえなかったからではなく、崔元福さんと庶子の存在なのです。
今でも女性のお子様達が全員、文氏に対して批判的なのは、母の苦労を目の当たりにして、女性の立場から「許せない」との思いがあるからです。
(二世掲示板議論用よりhttp://nisei.jp/discussion/)

カインの末裔 - 2002/02/20(Wed) 09:07 No.1277
世の中には、両親が、共働き、公職についているために、忙しくて子供の世話を直接は、見れない親は、たくさんいます。ましてや、片親や母子家庭で、働くのに忙しく、なかなか面倒を見きれない家庭も数知れないほどあります。子供を教育するのに、後姿で、教育することもできます。オリンピックの清水選手の家庭が、良い例です。長野オリンピックで、清水選手は、お母さんに金メダルを書けて上げました。このように、むしろ、両親が、そろっていて経済的に豊かな家庭でも両親が、いつもケンカしたり、父親が、不倫や浮気をしたりしている家庭の方が、子供は、不良化しやすいのです。
文家の問題、「文家の試練」は、この問題で、子供達が、悩み、苦しみ、不幸な結果になっていると私は、見ます(あくまでも私の見解)。文家は、上の兄弟姉妹から「積み木崩し」が、始まっています。なぜでしょう。これは、誉進さん、孝進さん、恩進さんが、文師と崔元福さん、韓夫人の三角関係だけでなく、四大聖人の奥さんとの複雑な関係に耐えられなかったからです。
韓夫人が、まだ若い時、崔元福さんに嫉妬して服を鋏で破いたり、座布団を蹴飛ばしたりした姿を誉進さん、孝進さん、仁進さん、恩進さんが、見ていてショックを受けたり、夜中に文師の寝室に崔元福さんが、入る姿を見てショックを受けたりしたのです。これで、子供が、おかしくならない方が、不思議ぐらいの試錬(?)を受けました。仁進さんは、悩みながらも文師の複雑な女性関係を「原罪問題、過去の蕩減」と思いこむことができました。しかし、孝進さんは、ナンスクさんの本にもあるように、文師だけでなく、自分も複数の女性と関係する権利が、あると間違った方向に行き、10人以上の女性と婚外の関係を持ってしまったのです。さらに、恩進さんは、庶子の朴サムエルさんが、いることや文師の言動不一致に耐えられず、さらに、夫と気が合わずに離婚して、馬のコーチと再婚して、子供を産んでしまったのです。

「ちょっと恐ろしい(((( ;°Д°)))) 文教祖の女性関係(4)」に続く

※初回更新日 2013-06-21 15:43:43



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