2001年夫婦世界旅行のつづきです。パリ5日目。国鉄モンパルナス駅でなんとか次の目的地レンヌ行きのチケットを購入しました。これでゆっくりモンパルナスを散策できます。





part164 モンパルナス・サンチエール(墓地)①


   ―モンパルナス的確信?





要約: 残りの時間は、モンパルナスを楽しむことにした。まずは文豪たちに敬意を表し、モンパルナス墓地で墓参りだ。モンパルナス駅からすぐ近くの丘にあるモンパルナス墓地まで、地図を頼りに向かう。途中、夫の“モンパルナス的確信”に導かれながら、ようやく小さな門に辿り着き、モンパルナス墓地に一歩を踏み入れたのだった。









今日は折角モンパルナスに来たのだから、モンパルナス・サンチエール(墓地)へ行ってみることにした。





私は旅先での墓参りが大好き。ところが夫は墓参りの面白さを解さない。辛気臭いことが大嫌いな彼は 「墓地なんぞに、なんで行かにゃならんの? 」 と蛙でも踏んづけたような顔、いや、踏んづけられた蛙のような顔をした。





が、 「だって、ボードレールの墓があるんだよ。サルトルボーヴォワールも眠っているのだよ~」 と言うと、 「え? そうなの? ふぅん。それはそれは。 ……早く言ってよ、そういう事は。じゃ~、行こうかっ! 」 と、いきなり態度を変えやがった。





墓地はモンパルナス駅の東側。近くの丘の上にあるらしい。駅舎を出ると円形の広場になっていて、大きな道路が四方八方に延びている。 「モンパルナスタワー」 という超高層ビルが向こうにどんと聳えて我々を見下ろしていた。





アスファルトでコーティングされた大通りは、車が猛スピードで行き交っている。目につく建物も、近代的なようでいてどこか寂れたような、うそ寒い感じがする。 





「モンパルナス Montparnasse 」 という地名はとても美しい響きだ。 駅舎を出て目の前に広がる街の風景は、さぞ 「古きよきパリ! 」 という感じなのだろうと思っていたので、ちょっと面食らう。





駅舎の東側に出てみたものの、一口に東といっても広い。北寄り? 南寄り? どの道を行ったらよいのだろう? 今日はもう迷うのは勘弁願いたい。手っ取り早く、通りがかった人に墓地への道を尋ねてみた。





しかし、意外にも現地の人はモンパルナス墓地がどこにあるか知らないのだった。 「ボードレールの墓などがある墓地ですよ。」 と言うと、 「え? そうなの? 」 と逆に驚かれた。





(昔、伊豆の下田で 「唐人お吉」 の墓を探した時も、地元の人はその場所を知らなかった。 「唐人お吉」 の名前さえ知らない人が多かった。現地の人にとっては有名人だろうと、他人の墓地など知ったこっちゃないのだろうか。あるいは、巨大な 「モンパルナス駅」 前辺りを歩いている人は 「現地の人」 ではないのかもしれない。)





仕方がない。地図を頼りに見当をつけて歩いて行く。車がビュンビュン行き交う通りに沿って歩いていると、 「はたしてこの先に目指す墓はあるのか? 」 と不安になる。





思わず、 「こっちでよかったのかなぁ。(私は) 間違えたかもしれない? 」 と今日初めての弱音を吐いた。すると、今までは 「どこがどこだか、僕、わからな~い。僕、関係な~い♪ 」 って顔していた夫が、 「大丈夫っ。この道だっ! 」 と、いきなり断言するじゃないの。





何? どうしたの、あなた? 地図も見てもいないのに、どーしてそんな確信が持てるの? ほとんど “モンパルナスの神(怨霊?)” が降りてきたようだよ? 





ま、まぁ、いいや。あなたがそう言うなら、このままこの道を進みましょう。 ( “確信の理由” を尋ねるのも面倒くさいほど、今私は疲れているのよ。)





しばらく行くと大通りから分かれて細い脇道があったので、 「こっちじゃないかな? ちょっと坂になっているし……。」 と入っいってみた。夫は何も言わず 「どっちでもい~んじゃない? 」 てな顔をして相変わらず澄まして付いてくる。





しばらく歩いてもただ灰色のアルファルト道。やはり不安になってきて、「やっぱり間違えたかな? 」 とぼやくと、夫は 「いーや。こっちでいいんだよっ。大丈夫。」 とまたも断言。





一体何があなたにそんな確信を持たせるの? それとも単に、引き返すのが面倒なだけ? ま、まぁ、いいや。あなたがそう言うなら、もう少し先に行ってみましょう。 





(追記: 後日、夫にこの日の 「確信」 の理由を尋ねたところ、 「ん~、よく覚えていないけど、何もなくても確信が持てるときって、あるよね? そういうことだったのかもしれないね。」 ……だそうだ。全くの勘だったんかいっ! )





さらにしばらく行くと、木々の緑も眼につくようになって、少し雰囲気が出てきた。道も勾配が増してきて、おお、丘へ向かっている?





やがて、我々がさっきから塀沿いに坂を上っていることに気づいた。色を失ったような塀だ。案の定、その塀の向こうがモンパルナスの墓地であった。





ようやく現れた小さな門をくぐる。随分寂しい入り口だ。 (……と思ったら、それもそのはず、そこはまさしく墓地の正面入り口とは真逆の 「裏口」 だった。)





敷地に足を踏み入れる。……妙に静かだ。アスファルトで舗装された通路がきれいに延びている。整然と区画整理されていて、大きな木々もぽつぽつと墓を邪魔しない程度に脇に寄って葉を茂らせている。





誰もいない。空が曇っているせいだろうか、余計にしんと静まり返っているようだ。整然としていて、広々とした感じは、日本の雑司が谷墓地に似ている。 (しかし、雑司が谷墓地の方が一枚上手だ! と私は思う。)








追記:「雑司が谷墓地」 について少々脱線して補足説明を。


 


雑司が谷墓地=東京、雑司が谷にある広大な墓地。夏目漱石、ラフカディオ・ハーン、泉鏡花、荻野吟子(おぎのぎんこ:国家公認の医師免許を取得した日本初の女医) 、ジョン・万次郎、竹久夢二、 (やや記憶が曖昧だが) ……その他多くの錚々(そうそう)たる有名人が眠っている。





数多く植えられている巨大な落葉樹が四季の彩りを添えて、区画整理されたその敷地内は広々していて美しい。





しかし、近年よくある 「○○霊園」 などに見られるような、清潔で無駄がないけれども取り付く島もないような、四角四面の墓地とは違う。きっちり整備され切っていない区画もあったりするところがご愛嬌だ。





多種多様な墓が並んでおり、軍事基地を思わせるような堅牢な墓もあれば、ごく平凡な墓も、かなり質素な墓もある。十字架もある。まるで墓石の展覧会だ。そのくせ、古びた墓石そのものが醸し出す味わいのためか、全体、穏やかで粛々としている。





墓地内は空が明るく開けて、秋の晴天ともなれば、涼やかな風に、黄金色に染まった木々の葉がまばゆく輝き揺れて、散歩にはもってこいだ。空高く、うろこ雲の彼方へ魂が昇っていくような心持ちになる。





墓石は気持ちよさげに秋の陽を受けている。乾いた墓石に温もりさえ感じる。一方、こんもりと茂った背の低い常緑樹の垣は暗く湿って、その暗がりに隠れるようにして建てられている墓もある。つまり、暗さを抱えながら全体的に明るく開放的なすてきな墓地なのである。








雑司が谷墓地は、 “広々とした雑木林の中に墓がある” という感じで、本当に空と木々と墓と空間とを同時に楽しめる。 「自然との融合」 なんて言葉を思い起こさせる日本を代表する墓地であり、他国の墓地に勝るとも劣らないものなのである。 (と言っても、他国の墓地に精通しているわけでは全然ないが、夫同様、何の脈絡もなく確信しちゃうことって……あるよね。)





しかし、モンパルナス墓地は、青々とした木々に隙間なく囲まれているとはいえ、よく見ると、それは塀の外側の並木の緑であり、墓の中から眺めると、砂色の塀の上に緑の目隠しを立てかけているみたいだ。墓地内はというと、塀に沿ってぽつりぽつりと木が植えられており、圧倒的に立ち木の数は少ない。全体的に、天井のない、墓石の陳列倉庫って感じ?





敷地の中ほどには、切り倒されたらしい、恐ろしく巨大な干からびた切り株があり、高さ2mほどの木の塊となって遺されている。まるでオブジェのように、木の死骸のように、墓そのもののように……。これはこれで見ごたえのあるものではある。





しかし相対的にみて雑司が谷墓地は、散歩に適した心鎮まる空間である点で、モンパルナス墓地より数倍スグレモノである! ……と確信しても、モンパルナス的に許されるよね。





                  つづく


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