心あるものが非国民になる時代

 

 

左高信『喜怒哀楽』という文庫本を手にしてからもう1~2年は経つかしら?あせる

左高信はかなり好きな人なのだが、ラブラブ

彼の著書はというと、ちゃんと読んだことがなく、あせる

たまたま見かけて読み始めてみた。チョキ

 

(ネットより拝借画像:左高信)

 

思い出話のエッセイだ。

彼の交遊録といってもいいだろう。

私には、ところどころとても面白いが、ところどころは退屈。(知らない人がいっぱい出てくるから、よくわからないのだ。汗

 

しかし、「『非国民』の遺書」という章は、特に興味深かった。アップ

「怪優、天本英世」が書いた『日本人への遺書 メメント』(徳間書店)を取り上げている章だった。

 

 

「かつて私(天本英世)が好きであったこの国とこの国の人たちへ」捧げられた天本の遺書だという。びっくり

 

この国がかつて、自分の意見を持って戦争に反対した千田是也、小沢栄太郎、東野栄治郎、そして沢村貞子といった演劇界の先輩を監獄に入れた」ことを忘れない天本であったことを左高は紹介する。本

 

『哲学者や詩人など、ちゃんとした意見を持っていた人たちは、みんな監獄に入れられた』のである。いままた、この国は日の丸や君が代の押し付けに反対する『ちゃんとした人たち』を追いつめている。それで天本は、『私は非国民である』と公言する。日本国民であることが恥ずかしいから、日本国民をやめたいという。そして、『こんな呆けた国家で死にたくはない』と、次のような『遺書』を書いた。」本

 

……として、天本の『日本人への遺書 メメント』を紹介している。本

(興味のある方は、「喜怒哀楽」を読まれたし。ドキドキ

 

天本英世……私にとっては仮面ライダーの「死神博士」のイメージが強い。ニヤ

東大中退の反骨精神溢れるインテリさんだと知ったのは随分後だ。ビックリマーク

 

(ネットより拝借画像)

 

悪役を多く演じた彼だが、彼の精神は美しいもの、正しいものを常に求めていたのではないかしら。キラキラ

 

安倍政権の腐敗振り(安倍さんに限ったことではないだろうがU)はひどいもので、

国民に説明もできないことを裏でやりまくり、パンチ!パンチ!パンチ!パンチ!パンチ!

その説明責任もごまかして済まそうとしている。パンチ!パンチ!パンチ!パンチ!パンチ!

 

日本っていいなぁ~って思う。照れ

その反面、なんて嫌な国なんだ!

なんと無責任で小ズルイ国民なんだ! とうんざりもする。ゲロー

 

ひとりひとりは素晴らしい人がたっくさんいるのに、キラキラ

「日本国民」として括ると、

のど元過ぎれば熱さ忘れる国民、ニヒヒ

お茶を濁してその場をやり過ごすことが得意な国民、ねー

長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰、ニヤニヤ

付和雷同……オバケ

そんな言い回しがぴったりに思えてしまう。滝汗

 

他の国々がそれほど優れたものとも思わないが、

日本政府は日本国民を“殺さず生かさず”方式で、

つまり江戸時代の江戸幕府が国民にそうしてきたように

いまだにしているではないの。ゲロー

 

そんな腐れ政治家を選んでいるのは、他でもない日本国民なのだから、やりきれない。えーん

 

反骨精神の持ち主、己の意見を持つ人たちが

日本人であることをやめたくなるような国であってはいかんぜよ。パンチ!

愛すべき日本、愛すべき国、誇れる国にしようじゃないか。パンチ!

 

って、こういうことを書くと、

きれいごとを並べてるとか、左翼だとか、右翼だとか、

偽善者だとか、

何も考えてない平和ボケした理想主義のおばちゃんとか

思われるのだろうけど、ショボーン汗

 

私は私の意見を持っている。戦争反対。原発反対。グー

 

佐賀の裁判長さん、住民の訴えをどうして敗訴としたのか、はてなマーク

私には理解不能。(裏で権力者からよほどの脅迫を受けていらっしゃるのかしらと勘ぐらざるを得ない。)ドクロドクロドクロドクロドクロドクロドクロドクロドクロドクロドクロドクロドクロ

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2017年5月下旬の箱根 3 仙石原付近とポーラ美術館

 

ホテルは清潔で快適であった。チョキ

敷地内に大きな池があって、

池の中央辺りには踊り場のようなところが設けられていて。ラブ

 

1匹蛙の大きな声が始まると、あちらこちらから、まるで輪唱するように他の蛙の小さな声が池の周りから続くのだった。びっくり

“蛙の歌”で輪唱するのって、蛙に倣っているのだったか! ビックリマーク

 

そして、面白いことに、

蛙の一声が響くと、

しずしずとおもむろに1匹の鴨が踊り場の辺りまで出てきて、マガモ

ここが舞台とばかりに毛づくろいをし、

蛙の声が収まると

しずしずとまたどこぞの岸だか木の陰かに姿を消すのであった。鴨

 

 

 

 

 

(憤怒の形相の馬頭観音)

 

(ほっこり顔の道祖神)

 

箱根2日目はしっかり雨降りだったので、ポーラ美術館へ。

丁度「ピカソとシャガール展」開催中だった。

 

ポーラ美術館の収集力って、半端ない。滝汗

日本屈指の美術館じゃないかな。ベル

 

その他に、化粧品の展覧会も開催されていて、

歴代の美人さんや化粧品などが見られて面白かった。ウインク

 

 

ポーラ美術館の芸術作品のあの素晴らしい収集力は、化粧品を売って上げた業績のお蔭なのかもしれないよね。お金

つまり、ご婦人方の美しくなりたいという古今東西不滅普遍の欲求というか幻想というか、そんな切なる出費によって支えられてきたポーラ美術館といえるかもしれない。お金ねー

(私はポーラ化粧品って使ったことがないけれど、宿でポーラのシャンプーなどを使った際は、いつも使い心地がとてもよいと思うわ。チョキ

 

 

帰りしな、バス通りにあるお家の玄関先においてある生ゴミ袋を噛み切り漁っている動物がいて。びっくり

 

あらら。ひどい荒しっぷり。

犬? 猫?

 

 …………猪だっっっ!ポーン

まだ子供だろう。中型犬ほどの大きさ。

 

箱根登山鉄道も、その車体に猪の絵が!

 

可愛らしい猪だけど、

猪の被害はかなりなものだろう。あせる

もっとうまく住み分けができればいいのになぁ。ショボーン

 

 

箱根に行ったら、特に仙石に行ったら、行ってみたい蕎麦屋があった。

滅茶苦茶美味しいと評判なのだが、

“店員の愛想が悪過ぎる、30分は待たされる、追加注文しようとしても無視される”などの口コミを一応覚悟してほしいと伝えたら、

姉はそういうのが許せないタイプで。ムカムカNGぐすん

 

諦め、小田原で蕎麦。

 

これはこれで美味しゅうございましたが、あせる

仙石原の蕎麦屋……食べてみたいなぁ。ラブラブ

              おしまい

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2017年5月下旬の箱根 2 箱根湿生花園(ハコネ シッセイ カエン)

 

箱根仙石辺りにある「箱根湿生花園」は以前から気になっていた。音譜

青い芥子」に会える!ラブ

 

……はずなのだが、今年はダメだって! ガビーンガックリ

(去年の秋、北海道を襲った台風のため、青い芥子が壊滅的被害を受けたらしい。……ということは、北海道に青い芥子があるのか?ビックリマーク

 

専属ガイドさんによる90分ほどの園内散策もあるらしいのだが、

10時からと13時からのみ。時計

時間が合わず、仕方なく勝手に散策した。汗

 

園内には低地から高山まで、日本の各地に点在している湿地帯の植物200種のほか、

草原や林、高山植物 1100種が集められ、

その他、珍しい外国の山草も含め、約1700種の植物が四季折々に花を咲かせて います。

園路は低地から高山へ初期の湿原から発達した湿原へと順に植物を見てまわるようになっています。チョキ

 

箱根ならではの植物が集まっているのかと思ったら、

箱根に限らず、日本各地のみならず、世界の山野草まで集められているのだった。びっくり

 

ブロ友さんのブログでしか見たことのない山野草がいっぱい。おーっ!

 

キバナイカリソウ

 

ヤブレガサ

 

ヒトリシズカ

 

フタリシズカ

 

キツネノカミソリ

 

どれも名前が面白い。ゆかしい。爆  笑

でも、説明板の周りには色々な草が生えていて、

どれがその草なのか、実はよくわからなかったりする。アセアセ

 

 

 

クリンソウ

 

タニウツギ

 

アサザ(これはブロ友さんのところで先日お勉強したばかりの花チョキ

 

チョウジソウ(花が丁子に似てるというのだから、「丁子」とは別物ということだよね?)

 

ニッコウキスゲ

 

躑躅も辛うじて綺麗に咲いていた。

 

見分け方を説明されると嬉しい。ラブラブ

 

クサレダマ……こういう身も蓋もないネーミングはお茶目な牧野富太郎氏によるものじゃないかなぁと邪推してしまうわ。 ウシシ

(後日調べたら、「草連玉」……「クサ+レダマ」らしい。となると、特に面白くもないから牧野氏命名ではないかも?ハートブレイク

 

箱根にはない」というアズマギク

 

いつか山に登って出会ってみたいと思っていた

コマクサラブ

 

こんなところで出会ってしまった……。あせる

ここら辺から、どうも、箱根にいながらにして

本来そこに生きていないはずの草花に会うことが

どうも居心地悪く感じられてきた。汗

 

プロポーズはここで♪ ……と期待していたところではないところでプロポーズされちゃったような、そんな感じ?ゲラゲラ

 

エゾルリソウ

 

クロユリラブ……以前、北海道でひとあし違いで見そびれた黒百合。いつか咲いているところを見たいと思っていたが、箱根で見れちゃった……ということに、一抹の味気なさを感じる。汗

 

それでも、やはり、普段簡単には見られない山野草を一箇所でいっぺんに見られるということは、ありがたいことではある。ドキドキ

動物園に各国の動物が集められているのと同じ……と言えば同じか。あせる

ここに各国の植物が集められて大切に育てられている。

お蔭で我々はその姿を生で見ることができるんだ。あせる

 

 

ハクサンタイゲキ  

 

ハンゲショウ

 

「湿生花園」というだけあって、湿地の植物も多く。

 

 

オオバギボウシ

 

ミズバショウ……え? こんなにデカイ葉っぱ?おーっ!

 

白く可憐な花(?)の時期は終ったとはいえ、

ミズバショウって

こんな感じ。あせる

(ネットより拝借画像)

 

なので、葉だけになったからといって、こんなにワサワサと“ドデカ”なのか?滝汗

 

ミズバショウではナイデショウと少し混乱。ゲッソリ

通りかかったスタッフさんにお聞きしたら、ミズバショウだそうで。びっくり

一枚50cmくらいあったかなぁ。ドデカイ葉っぱ。

 

♪ミズバショウの花が咲いている♪

♪夢見て咲いている水のほとり~♪ 

ってくらい可憐な清楚なイメージのミズバショウのキラキラキラキラキラキラ

ドデカ葉っぱたちが見る夢は、かなりワイルドな気がする。汗

 

この他にも実に多くの草花が植えられていた。

 

 

 

 

 

 

神代杉……神代の頃の杉? といっても杉の姿はなし。びっくり

神代の杉が水の中から発掘されたらしい。ビックリマーク

 

今もこの水中(沼?)の中に850年前の杉の根が保存されているらしい。びっくり

覗き込むと、その切り株(?)らしきものが見える。サーチ

これこそ、箱根湿生花園ならではのものかも?ベル

 

仙石原一帯には木々が埋れているらしい。びっくり

それって、もっともっと年月が経てば、琥珀の地層(?)になったりしないんだろうか?はてなマーク

 

「展示室」に展示してある一株は、なんと2900年前の神代杉ですって!(見そびれたわ。)アセアセ

 

ちょっとしたお土産コーナーもある。チョキ

 

 

複雑な気持ちに襲われながらも、たっぷり満喫、楽しい湿生花園でございました。音譜

お手軽に山野植物に会える……という点では、やはりとてもありがたい湿生花園ではある。

また行きたい♡

 

(でも、できれば、本来咲くべきところで咲いている彼らに会いたひ。ラブラブ

 

              つづく

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2017年5月下旬の箱根 1 ガラスの森美術館

 

実家の老母がなんとか杖を使って家の中はひとりで歩けるようにもなり、チョキ

それでもお出かけはまだ無理そうなので、

姉に誘われ、姉妹2人で(婆抜き)

ツバメ飛び交う5月下旬に箱根を少々散策できた。ウインク

 

躑躅の花は終わり、茶色くしなだれたものが多かった。ぐすん

かといって、紫陽花にはまだちょっと早かったのだった。汗

(6月の今頃はもう紫陽花盛りだろうね。チョキ

しかし、緑は綺麗だった。キラキラキラキラキラキラ緑の木々の見せ所といった感じ。ラブラブ

 

花ももちろん美しいが、私は花よりむしろ新しい葉っぱを見る方が好きかもベル……なので、

5月下旬の箱根はこの上なく気持ちのよいものであった。キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

 

あいにくの小雨のぱらつく1日だったが、汗

仙石泊まりの予定だったので、

宿から徒歩圏内の「ガラスの森美術館」へ。走る人

 

道を歩いていれば大抵表示があるのだが、

「ガラスの森美術館」に関しては表示が極端に少なかった。あせる

出かけるときは道順をしっかりチェックしてから行った方がよいね。(反省)

 

姉は「あなたって、本っ当―に方向音痴ね。信じられない~。叫び」と言うけれど、

おねえたま、実はあなたもかなりな方向音痴だってご存知? ボソえーん

 

ちょっと遠回りしちゃったけれど、無事到着。チョキ

向こうの大涌谷からは噴煙がもくもく立ち上がっていた。アップ

 

箱根ならではのエレガント&勇壮な眺めだ。チョキ

 

ガラスの森美術館は、太陽の出ていないときは、寂しい。爆ニヤニヤ

 

園内に立っているガラスの木が、光を受けなければ輝かないということを、改めて知った。オバケ

ときおり薄日が差すと、キラキラ

枝枝がまるで音を立てるようにキラキラキラキラ淡いピンクのガラスの花(葉?)が煌く。キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

それはそれは見事なものではあった。ラブ

 

が、その分、日が翳ってしまったときの残念感は大きい。ゲラゲラ

光の滝となるであろうところも、曇りの時には、ただのガラス玉すだれ状態。残念。ニヤニヤ

 

芝生で憩う鴨も残念そうだ。ねー

 

しかし、雨でも曇りでも、ガラスの展示は見応えがある。チョキ

 

美しいガラスを使って、なぜ蛸を作ったのだ?ゲラゲラ

この形をガラスで作ってみせるところに“技術への挑戦”があったのだろうか?滝汗

 

これもまた、唸らされる作品である。ウシシ

 

寝起きのパーマヘアーか? とも言いたくなるが、ゲラゲラ

ガラス製と思うと、大したタマゲタ。ベル

 

園内のお土産物屋さんでは、ガラス作品を飾る“鏡の台(敷物?)”がリーズナブルな値段で売られていた。(他ではなかなか売られてないよね。)ベル

我が家では仕方なく安い手鏡などを敷き台に応用していたけれど、

ちゃんとした鏡の台(板? 敷物?)は、やはり輝きが違う。安定感が違う。チョキ

 

 

 

ランチを園内のレストランで取った。

カンツォーネの生ライブが売りのお店らしい。音譜

 

 

お店の人の対応は丁寧で愛想がよく、感じはよいのだが、

料理はなかなか出てこず、汗

料理もあまり私好みの味付けではなかったし、(姉は美味しいと言っていた。)

食事中に生歌を聴くって、私はあまり好まないのだが、ショボーン

この男性歌手さんの歌声は素晴らしかった!!!びっくり

めちゃ心地よい声!ラブ

一見、プロレスラーか?と見えるが、ウシシ

素晴らしい美声の持ち主だった。照れ照れ照れ

あの歌声込みと思えばランチ代は決して高くないかも。チョキ

 

個々のテーブルを歌いながら回るサービスまであった。

我々のいるテラス席の方まで出てきてくれて、

ひとつひとつ丁寧に笑顔で歌ってくれる。ラブ

 

写真をお願いしても嫌な顔せず歌いながら応じてくださった。ベル

私なんて握手してもらっちゃった♡ ウキャラブ

 

大涌谷の噴煙を眺めながら

緑濃いしっとりとした空気の中で、キラキラキラキラキラキラ

心地よいカンツォーネ(イタリア語で「歌」の意?)に酔いしれる……音譜

これもまた箱根の醍醐味かも。照れ

 

               つづく

 

               つづく

つれづれにラララ・ララ物資

 

 

最近私の中で、やたら「ララ」旋風(?)が吹き荒れていた。ララララララ~

 

映画「ラ・ラ・ランド」が面白そうだな~と思っていたら、ウインク

時々覗かせて頂いているつぶログさんの日記から「ララ物資」なるものを初めて知り、滝汗

三島に「ララ洋菓子店」なるお店があり、そこが、戦中名前を和菓子屋風に変えろと憲兵に迫られたという話をチョビさんから教えてもらった。滝汗

頭の中がララララ~♪な状態になった。ベルあせる

 

 

そういえば、なぜ歌うとき、とりあえず「ラララ~♪」と歌うのかしら?はてなマーク

英語(lalala)でもフランス語(tra-la –la)でも、大筋「ラララ」のようだ。(他の言語ではどうなの?)はてなマークはてなマークはてなマーク

 

フランス語で「tralala」を引くと、「おやおや、あらまあ(喜び、不信など)。」とある。びっくり

日本語の「あらら」とそっくり!ゲラゲラ

 

「麗」は「うらら」と読む。 「春うらら」と言えば美しいけれど、キラキラ

「ウララ~ウララ~音譜」と歌うと、かつての山本リンダの悩殺的な映像が思い浮かばれ、とても煽情的で攻撃的な響きを感じるよね。デレデレ

(「アララ~アララ~」と歌われたら、すっごく間が抜けるね。ゲラゲラ

しかし、よくよく思い返すと、

「ウララ、ウララ、ウラウラ で、ウララ、ウララ、ウラウラよ」って、なんて面白い歌詞なんだろう。ビックリマーク

「ウラウラでウラウラ」って、この接続詞の妙! 愉快この上ないのに、当時よく笑いもせず聞いていたなぁと思う。ゲラゲラ

 

ちなみに

ラ・ラ・ランド(La La Land)「この映画のタイトルはロサンゼルスと「現実から遊離した精神状 態」を意味する。」(ウィキペディアより) 

ララ洋菓子店(R・R洋菓子店)

ララ物資(LARA—Licensed Agencies for Relief in Asiaの略:アジア救援公認団体)

ラララ(Lalala)♪ 

ですがな。イヒ

 

 

ラララについて考え始めると、とりとめもなくなってしまうのだが、あせる

とりあえず、

私が知らず知らずにその恩恵を被っていたらしい「ララ物資」について、

おくればせながら調べてみた。サーチ

参照:「歴史とはずがたり」「ララ物資と朝野七之助

参照:「タイムスリップ横浜 ララ物資

参照:「ララ物資のはなし 敗戦直後日本人への救援 by奥須磨子」

参照:ウィキペディア「ララ物資」

参照:ララ物資の碑

参照「給食ひろば」(2014年11月13日 「戦後学校給食に使われたララ物資を保管していた倉庫が解体されています。)」

 

第二次世界大戦終結間もない昭和20年(1945)秋、

日本は食料品や医薬品・日用品などが著しく窮乏し、

食糧については大正、昭和を通じて最も凶作の年となり、

翌21年(1946)には1000万人以上の餓死者が出るとまで云われていました。えーん

(「歴史とはずがたり」「ララ物資と朝野七之助」より引用)

 

当時、「アメリカにおける対外的な慈善活動の対象地域はヨーロッパ地域のみであり、日本は含まれていませんでした。アセアセ

(「歴史とはずがたり」「ララ物資と朝野七之助」より引用)

 

で、日系アメリカ人の人々などが尽力して日本への救援物資を日本へ届ける組織を立ち上げ、それを実行し、戦後の餓えと貧困に喘ぐ日本人に救援物資が7年に渡って届けられたという。横浜だけでなく、やがて各地にも運ばれたって。クラッカークラッカークラッカー

 

その救援物資のお蔭で学校給食が始まり、子供に栄養のある食事をとらせることができるようになっていったのだった。チョキ

小学生の頃、嫌々飲まされていた脱脂粉乳……あれはララ物資だったらしい?ゲロー

(いぁ、昭和28年にはララ物資の搬入は終ったらしいから、私が口にさせられたのは、もはや「ララ物資」ではないのだろう? あるいは倉庫に保存されていた在庫の脱脂粉乳か?)はてなマークはてなマークはてなマーク

 

 

 

先日、横浜の港の方へいく機会があり、ついでに「ララ物資記念碑」を探してみた。グー

 

 

赤レンガ倉庫の脇の方にありそうだったので、すぐに見つかるかと思いきや、音譜

そうは問屋がおろさなかった。ガックリ

(ネットより拝借画像)

 

かつては汽車が通っていた「汽車道

――「1911年明治44年)開通の旧横浜駅と新港埠頭を結ぶ臨港線(通称税関線とも)の廃線跡」を通って~走る人

 

線路跡に沿って赤レンガ倉庫の方を目指す。走る人

海風が爽やかな気持ちいい昼下がり。キラキラ

 

が、この日(6月3日)は、横浜開港記念日の翌日の土曜日とあって、

夜には花火大会があるとのことで、おーっ!

昼からなにやら賑わっていて、人で溢れ、滝汗あせるあせるあせる

 

係りっぽい人に聞いても、なんちゃら記念館の人に聞いても

みなさん「ララ物資」なんて知らないし、あせる

「ララ物資の記念碑」などもご存知ないのであった!あせる

(って、私もつい最近まで知らなかったのではあるが。ねー

 

後日わかったことだが、

赤レンガの脇というより、「横浜海上防災基地」の方(新港埠頭)まで行かねば見つけられなかったんだった。汗

(ネットより拝借画像)

 

まぁ、「碑」を見るより、その出来事、内容を知ることが大切だよね。うん。あせる

戦後直後、うちひしがれた日本に自分の食事を少し削ってでも日本を救おうと奔走した日系の人々がいた。その物資が「ララ物資」であり、

「ララ物資」を保管したのが、「ララ倉庫」と呼ばれた「旧三井物産横浜支店倉庫」で、

赤レンガ倉庫とは別物らしい。アセアセ

 

で、その歴史的遺産ともしたくなるような「ララ倉庫」は

2014年には市民の反対も虚しく解体が始まったと。ダウン

つまり、現在「ララ物資記念碑」だけが、ララ物資の存在の“備忘録”的存在なんだね。叫び

 

しかし、その記念碑、

碑面には、昭和241949)年に、香淳(こうじゅん)皇后が昭和天皇とともにララ物資の倉庫を行幸啓(ぎょうこうけい)した際に、救援物資を贈った人々への感謝の気持ちを詠んだ御歌(みうた)が刻まれている。」(「浜の風、中区から―第193回 戦後の日本国民を救ったララ物資(2015年8月号掲載)」より引用)びっくり

 

 

ララの品/つまれたる見て/とつ国の/あつき心に/涙こほしつ
あたゝかき/とつ国人の/心つくし/ゆめなわすれそ/時はへぬとも
」(。-人-。)ラブラブ

 

昭和天皇……戦争を始めちゃった天皇の、戦争を適切な時期に止めることもできずに、

日本を敗戦の焼土としてしまい、なんの責任もとらず、

戦中は「神」として、戦後は「象徴」として生きたお方の

その奥方様が、

「あ~海外の方の温かいお心尽くし、ありがたいこと。決して忘れてはなりませんわ」

と歌ったのか。ヤマガラ

 

当初アメリカは日本を救援対象外としていたのだから、感謝すべきは、日本への援助物資輸出を可能にした浅野七之助を始めとする海外で暮らしていた日系の人々や、アメリカの宗教団体の人々なんだろうにな、と思う。ねー

 

昭和天皇はどんな思いで、ララ物資の倉庫を見たのだろうね?汗

 

とにもかくにも、横浜港は、今や空襲の跡さえ見えず。キラキラ

敗戦の悲惨の影もない、近代的建築物が並ぶ港になっている。キラキラ

 

(70階建て高さ296.33m ランドマークタワー)

 

しかし、「ララ物資」。

ひとにぎりの人々の篤い思いが戦後日本の窮状を救った

という美談だけで終れない……とも思う。むっ

 

アメリカでは禁止or制限されている農薬まみれのフルーツが日本ではOKで、ドクロ

アスベストがやばいとなってアメリカで使われなくなれば、それ、日本で使えと

日本では政府がかりで日本中の建物に使わせ、ドクロ

原子潜水艦の補修工事がアメリカでダメとなると、こっそり日本の港で行い、ドクロ

etc. ……。ドクロドクロドクロドクロドクロ

 

光もあれば影もある。

アメリカも日本も他の国々も

どこの国も光と影の部分を持っているのであろうとは思う。あせる

肝心なのは、表面的なごまかしに惑わされないこと。グー

……などと考えていたら、まとまりもなにもなくなってきてしまった。ヽ((◎д◎ ))ゝ

 

 

とりあえず、一首。

 

鼻につく脱脂粉乳飲み下す 苦行であった学校給食えーん

まずくとも栄養あるぞと強いる権利が教師にはありきえーん

臭くてたまらぬマーガリン 残せば先生に怒られたえーん

 

学校給食、鯨の竜田揚げや揚げパンやエビフライ、カレーなどなど、

美味しくて楽しいものになったのは、高学年になってからだったなぁ。ラブ

 

ら~ら~ら~、らら~ら~、ら~ら~ら~、やっぱり~音譜

長々だらだら~書いてる~♪ゲラゲラ

 

ららら、ら~ら、ら~ぶ そ~んぐ♪音譜

やっぱり、「ららら」は不滅の音楽だね。チョキ照れ

 

(四季亭の鯵寿司は絶品)