2001年の夫婦世界旅行のつづきです。台湾に着いた翌日の朝っぱらから愉快な台湾でした。



part7. ホットでほっとしたかったのに……!



 翌日、ゲストハウスの近くに小さな食堂を見つけ、そこで記念すべき海外での第一回目の食事をした。昨日飛行機を降りてから、な――――んにも食べていないのだ。ぎんぎんに緊張し、不潔さに耐え続けた徹夜明けの脳髄に、空っぽの胃袋。蒸し暑い朝。とにかく目に付いた食堂にすぐさま入ったのだった。



 路地裏のささやかな食堂では英語などほとんど通じないらしい。壁に掛けられたメニューには写真付きのものもあり、どうやら西洋風の軽食を出すらしいことが察せられた。文字は漢字ばかりでワケがわからない。「三明治」……「さんめいじ? さんっみんっじ?……」しばらくこの3文字の漢字を見つめていたら、「サンドウィッチ」であることがわかってきた。なぁるほど。しかし他の客が食べているバーガーがうまそうだ。あれにしよう。バーガーはどれだ? 「婆賀」か? などと探しても判然とせず、面倒くさいので、他の客の手にしているバーガーとホットコーヒーを指差して注文した。店のおばちゃんは、「ああ、わかった、わかった。待っといで。」と言わんばかりに鷹揚に頷いてくれた。



 ほっとしてテーブルについて待っていると、5分もしないうちに注文の品が運ばれてきた。おお、確かにどこをどう見てもバーガーだ。よかろう。なかなか美味そうだ。しかしホットコーヒーはと見ると、大きなガラスコップに注がれており、ストローが差してあるではないか。夫が頼んだアイスコーヒーとまるで同じである。私はホットコーヒーを頼んだのに、勘違いしたのか、面倒になったのか、アイスコーヒーを出してきたのね……ああ、ホットが飲みたかったのに、と憮然として私はそのアイスコーヒーのストローから思い切りコーヒーを吸い上げた。あじ―――っ!……ホットであった。おばひゃん、あならは正ひかった。注文ろほりホットを持ってきてくれらんられ。れも、れも、ホットにスロローはつけない方がひひよ。

              つづく





台北では、ゲストハウスに一泊、それから、学生街の安ホテルに3泊し、それから列車で桃園に移動して、ラブホテルに2泊しました。あっという間の怒涛の一週間でした。

part8. 台湾愛欲的飯店!



 糞香的恐怖飯店(?)であるゲストハウスは一泊で十分堪能した。もう、結構。ということで、もう少しマシな安宿、もしくは中級ホテルに移動することにした。台湾の安宿はほとんど中華系の人々に占められてしまって、空きを見つけるのが難しい。漸く潜り込めた安宿は「南国大飯店」。レストランかと思ったら、宿屋であった。ゲストハウスが400元(約1,500円)だったのに対し、こちらは700元(約2,700円)。2倍近い。それでもそこそこ落ち着いてトイレに入れることを考えると惜しくはない。



 穴場はラブホテルであった。ラブホテルというものは日本にしかないと聞いていたが、実は台湾にもあった。(もちろん、日本ほど多くはない。最近は日本以外のアジアの国にも徐々に作られているらしいが。)



 ヴェトナム行きの飛行機が早朝出発のため、少しでも空港に近い所にいた方がよかろうということで、台北から桃園へ移動。桃園も新鮮味のないただの都会であった。駅前の安ホテルは汚くて大して安くもない。しかしラブホテルはそこそこのお値段で清潔。で、雀巣ホテル(ネスルホテル)なるラブホテルに泊まってみた。(雀の巣というネーミングも、なんだかラブホテルらしくてよい。宿泊料は一泊860元〔約3,400円〕なり。)部屋は広いし風呂場も広い。お湯を沸かしてお茶も飲めるし、シーツも清潔。TVもついてる。へたな宿よりよほどよい。風呂場やトイレの壁が半透明の磨りガラスなのには、少々閉口。でも、だって、そう、ここはラブホテル。



 怒鳴りあう声で眼が覚めた。朝の4時前。外はまだ真っ暗である。どうやら、隣の部屋で、ドア越しに男2人が怒鳴りあっている。ドアチェーンを付けたままドアを少し開けているのだろう。部屋の奥かららしい、くぐもった女の声が時々聞こえる。中国語なので何を言い合っているのか分からないが、明けきらぬ深更のホテルの廊下で、はた迷惑な奴らだ。何と言っても、ここはラブホテル。男二人に女一人。何が起こってしまうのかと、どきどきしながらドアに張り付いて、息を潜めて様子を窺った。男の怒声。こもった女の叫び声。ドアのチェーンをちぎらんばかりの鈍い音。やっぱりここはラブホテル。

 

 ……と、突然静かになって、それきり何の物音もしない。やれやれと布団に戻ったが、よく考えてみると、部屋の前にあるエレベーターが作動した音がしていない。ホテルを出るにはエレベーターを使うしかないのである。(火事にでもなったら、焼け死ぬしかないらしい。防災より夜逃げ対策重視。恐るべき台湾ラブホテル。)



 では、第2の男はまだ諦めて帰ったわけではないのか? 怒声がやんだのは、もはや声を出すことができない状況になったからか? ……いかんせん、ここはラブホテル。殺人事件でも起きていたら! 我々が証人として引きとめられて、予約していた飛行機に乗れなくなって、ヴェトナム行きが阻まれたりして。無事放免になっても、事件に巻き込まれた人間だということで、ヴェトナム当局から入国を拒否されたりして……などと思い巡らしてしまって、なかなか寝つかれなくなってしまった。「証言気楽的日本人観光客於愛欲的飯店」(?)なんて、台湾の新聞か雑誌に載ったりして……・。考えられる限りのどうしようもないことを一通り考え尽くした頃、結局何事もなく夜は明けた。ううむ、やはり、ここは台湾だったなぁ、と感慨深い一夜であった。

           つづく





見た目はまったく同じアジア人。なのに、やはり違います。中華系の人々のパワーはやはり大陸の果てまで届かん勢いでした。

part9. 喧嘩腰的口吻

 

 格安チケットは意地悪だ。たいてい早朝出発である。深夜1:30には荷造りに起き出す。3時半頃チェックアウトして桃園駅前でタクシーを拾い、一路中正国際機場へ。



 閑散とした、夜いまだ明けぬ真っ暗な街を走っていると、不安がふつふつと湧いてくる。タクシー運転手が居眠りこいたらどうしよう。タクシー運転手が悪い人で、空港に行く振りをして、実はアジトに連れて行かれているのではないだろうか。降りる段になって、料金をふっかけてきたらどうしよう。あれやこれやの不安が寝不足の脳みそをかき回す。街灯だけが私の運命を見守るように静かにアスファルトの道を照らしていた。……結局何事もなく、予定通りに空港に着いたのではあった。(妻の私はただ眠い頭で緊張していただけだったが、この時夫はしっかりとタクシーの運転手と値段交渉していたことを付け加えておこう。空港までのぎりぎりの値段を調べて、それだけのお金を財布に入れ、「これっきゃないんだから、これで空港まで行ってくれ。」と財布を見せながら交渉したらしい。頑張る時は頑張る夫であった。ちなみに桃園駅前から空港までのタクシー代、500元〔約2,000円〕なり。)



 空港ロビーはまだ眠っているように閑散としていたが、間もなく中国人らしき人々で賑わいだした。中国人は怒鳴りあうようにしゃべるので、つい喧嘩をしているのかと思ってしまう。なにやら空港職員と交渉をしているらしいのだが、それさえ、食って掛かるように怒鳴ったり、職員の胸をドンと突いたりする。職員も負けてはおらず、怒鳴り返しては、ドンと客の胸を突き返す。おいおい、やばいよ。喧嘩か? とはらはら見ていると、いきなり笑って肩を叩き合っている。日本人にはちょっと目を見張る光景だ。



 本当の喧嘩は周りの人の様子でわかる。罵声の応酬が始まった。また例によって、何やら交渉しているのかと見ると、周りの人も人垣を作って、ことありげに様子を窺っているではないか。これはどうやら本当の喧嘩らしいぞと見ると、男が空港職員とゲートの所で今にも殴りかかりそうな様子で唾しぶき上げつつ怒鳴り合っている。第3の男が必死に二人の間に入るようにして、彼らを押し留めている。全く、国際空港で、まだ飛行機も到着していない朝っぱらから何を怒っているのだろうか。日本ではありえない光景だ。最後の最後まで、やっぱりここは台湾! なのであった。

         つづく

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