もりママ、本名 森野です。
ちなみに「もりママ」といっても、アラサー独身(もちろん子無し)です。
まだまだ若いし、母性もほぼゼロに等しいので、命名された理由は未だ謎です・・・
さて、私がケア・インターナショナルというNGOで
ファンドレイジング(資金調達)のボランティアを始めた理由。
それは国際協力NGO、そしてその重要業務の1つである
資金調達について学びたかったからです。
そもそも私が国際協力に興味を持ち始めたのは、
インドネシアで出会ったある少女がきっかけでした。
子どもの頃、家族で海外旅行をすることがあったのですが、
お金持ちでも何でもないので、訪問先はもっぱら近くて物価が安い東南アジア。
今でこそリゾート化が進んでいますが、当時はまだまだ。
そんな気配はありませんでした。
小学校低学年で訪れたインドネシア。
街を歩けば、執拗に物を売ろうと寄ってくる人たち、
お金をもらいに声をかけてくる人たちにあっという間に囲まれました。
田舎で育った私の目に、初めて映るホームレスの人たち。
気付けば皆、ヨレヨレの服を着ていたり、靴を履いていなかったり。
私はどこに来ちゃったんだろう、と怖くて、怖くて。
両親から離れては歩けませんでした。
(驚いたのは、不足している貨幣の代わりにお釣りがキャンディだったこと。
子どもの私にとって、これは嬉しかった!笑)
それでも伝統のケチャダンスを見たり、ビーチで水泳の練習をしたり、
インドネシアでの滞在を楽しんでいました。
しかし滞在中のある日、私は大通りで家族をはぐれてしまいました。
後ろを振り返ると誰もいなくて、一瞬にして不安と恐怖で胸がいっぱいになって、
大声で泣き出しました。言葉も分からない異国の地で1人ぼっち。
これ以上の恐怖はありませんでした。
泣きわめく私に、1人の現地の女の子が寄ってきました。
年は当時の私と同じくらい。買い物帰りだったようで、
両手に買い物袋を持っていました。
何か話しかけられましたが、言葉が分からない上に、それどころではない私。
ひたすら泣いていました。
すると、彼女は買い物袋の中から果物を取り出し、私の手にどんどん乗せていきました。
私は驚きのあまりに涙が止まり、何が起こっているのか、事態を把握しようとしました。
そして彼女は泣き止んだ私に笑顔を残し、去って行きました。
一方の私はしばし放心。気付けば両手には今にも転げ落ちそうな大量の果物。
そのすぐ後に、はぐれてしまった家族とも無事再会できました。
私は彼女から「困っている人がいれば助ける」ということを学びました。
私が外国人で、真新しいスニーカーを履いていたことに彼女は気付いていたと思います。
でも、この世の終わりのように泣いていた私に差し出された暖かい手。
この世界は不条理なことばかりだけれど、国を超えて、人の本質の部分で、
人と人は繋がれるんだと思います。
3.11の後、多数の発展途上国から先進国である日本へ支援が送られたように・・・
彼女に教えられた「当たり前のこと」をもっと多くの人とシェアしたい。
以降、私はこの思いを中枢に人生を歩んでいると思います。
そして、きっとこれからも。
ちなみに、インドネシアで彼女にもらった果物は「ランブータン」。
初めて見たときは何かと思いました。笑
(※画像は阪急交通社のwebからお借りしました)