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消えそうな言葉、ひとつひとつに宿る痛みと正面から向きあう。

痛みを、悲しみを、この手の届くところに。
愛に手を伸ばすために。

「NPOみんつな」

「NPOみんつな」 は、災害復興支援に重きを置き、
出来ること、必要とされていることを見極め、行動していきます。
現在は現地の人たちが中心となって設立したプロジェクトの支援を行なっています。

現在は現地で生活を送る人々の中から生まれたプロジェクトの支援を行なっております。


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2012-02-20 20:22:59

Murleの人々

テーマ:アフリカ再訪(2012春)
[2/17]

朝起きてUNHCRのオフィスに向かう。
何だかこの道程に慣れてきたな、ゲートも顔パスになった。

Lと一緒に病院に向かう。
Jongreiでの衝突の被害者が入院しているらしい。
病院に着くも、そこはもぬけの殻。
既にどこかに移動したという。
Lからしたら心外な話、一体どこに行ったのか。

その後Way Stationへ。
Murleの人々を探すが、主要メンバーがいない。
どうやら外に出ているらしい。

詳しく話を聞くと、そのうちの何人かは
故郷のレクウォンゴルに向かうつもりらしいという。
そこに残されている(であろう)孤児たちを助けに行くという。

しかし、単独で動いては格好の標的だ。
誰も身の安全を保障できない。
UNHCRとしては全員揃って安全に故郷に帰したいところ。
今後の彼らの動向を注意深く見守るとともに、話し合いの場を持つ必要がある。

Lは急遽発生したこの事態に忙しく動くため、
僕だけWay Stationに残り人々と交流することに。

猛暑の中、金属部分が火傷しそうなほどに熱くなったカメラを抱え歩く。

Murleのお母さんたちと一緒にしばらく過ごすことに。
とはいっても言葉は通じない。
指差しながらこれは何?と少しずつ言葉を学んでいく。
非常に曖昧だが、いくつか学んだ言葉を。

目 Kebel
鼻 Ogee
口 Oto
耳 Eta
髪 Kotel
手 Athi
足 Zoori

コップ Kobaya
石 Kagra
空 Qualqual
太陽 Jami

寝る Ogya
笑う Rali
泣く Tirara
歌う Tammu
喋る Enya

握手 Entakoi
ありがとう Abundrya

※曖昧な聞き取りのためあくまで私見です。

悪ガキたちと遊んだり、若者と話しをしながら過ごす。
夕方一度宿に帰り、再度UNHCRオフィスに戻り、
RepresentativeのMs.Mireilleにインタビュー。
興味深いインタビューが行えたのでそのうち文字に起こそうと思う。

一日の取材を終え宿に。
エリトリアから来た青年がいたので飲みながら話す。
エリトリアにも興味あるな。
もう10年以上エチオピアと戦争をしている。
今度彼を訪ねて遊びに行ってみようかな。

※アメリカがエチオピアを通じて間接的にソマリアを攻撃し、
ソマリアと交友のあるエリトリアは
ロシアの支援を受けてエチオピアと戦っている。
南スーダンはアメリカの支援を受けており、
(北)スーダンは中近東諸国の支援を受けている。
中国はどの国とも経済的に強い繋がりを築いている。
これらはイデオロギーを火薬に使った資源戦争に他ならない。
アフリカで起きているのは局所的紛争ではなく世界大戦なのだ。


さて、取材も終盤、明日は特にFixの予定は特にない。
Lがポートから帰還民をWay stationに連れて行くかもしれないというので、
その様子を撮影しに行こうかな。

明後日にはエチオピアに発ち、そのままタイへ。
一番暑い時期の南スーダンから、一番寒い時期の日本へ。

さて、僕は今回どんなことを学んだのだろう。
ゆっくり考えてみることにする。

2012-02-20 20:22:04

死神の指

テーマ:Kの戯言
ふと、何もかもがどうでも良くなって、
もう別に死んでもいいんじゃないかと思うことがある。

生きていることの煩わしさに、
呼吸をすることすら面倒くさくなる。

でも、死なない。

そんな思いが頭をよぎった時、
それを越えて、
生というものの素晴らしさに対する思いというものも感じるからだ。

人を最終的に生に繋ぎとめるもの、それは愛ではないか。

生があり、死がある。

わざわざこうして魂が生を経験するのは、愛を経験するためではないか。


死神は、伝承にあるほど恐ろしい存在ではないと思う。

きっと、厳しく優しい、母のような存在だ。

その指が僕の命の終わりを告げるまで、余すことなく生きていこう。
余すことなく苦しみ、悲しみ、そして笑おう、愛し合おう。
2012-02-20 20:21:02

より良く生きるために

テーマ:Kの戯言
より良く生きるために、僕には何が出来るだろう。


南スーダンのJongrei州、Borの安宿で今この文章を書いている。
相変わらずの熱帯夜、外ではエチオピアの音楽が流れ、
ビールを片手に歓談に勤しむ人々の声で賑わっている。

自分がこんなアフリカの奥地で日々を過ごすことになるなんて、
昔の自分には想像出来なかったな。

しかし、僕はここで何をしているのだろう。

沢山の人と言葉を交わし、その姿をファインダーで切り取り、
写真と言葉を織り交ぜながら、自分の感じたことを周囲に伝える。

世界で起こっていることを伝えるという純粋なジャーナリズムでもない。
それをしたければ通信社などの大手メディアに属したほうが出来ることも多い。

ただ、僕自身の五感、精神で感じたものを受け取り、伝える。

僕が見ようとしていることは大多数の人にとっては
「どうでもいいこと」なのかもしれない。

こんな仕事って必要なんだろうか?
僕は何のためにこのようなことをしているのだろう。

ひとつには、好奇心がある。
いや、そのほとんどを占めるのが好奇心だと言えるかもしれない。

世界とはどんなものなのだろう。
人間とはどんな生き物なのだろう。

それが知りたい。

どんな人々が、どんな環境に生き、どんな思いを抱えているのか。

それが知りたい。

しかし、言ってみたらこれは極度に利己的な生き方ではないだろうか。
世界というものを自分の好奇心という欲望の対象として捉え、
その道の途中で多くの人々を傷つけることも厭わずに前に進む。

この好奇心を満たす過程が一体何をもたらすのか。


しかしそこに興味が湧くということは、
そこから先に何かを感じているからに他ならない。

それは何か。

沢山の価値観を知ることで、より良く生きていけるようになりたい。

きっとそんな漠然とした思いだ。

より良く生きたい。

せっかく頂いた命だ。
使えるのならばどこまでも有意義に使いたい。

誰にとって有意義に?

命というものの有限性を考えたとき、
その対象として思い浮かぶのは自己ではない。

なにかこう、捉えどころもない言葉になってしまうのだけれど、
人間の持つ精神性、霊性のようなもの、
その大きな大きな大樹の末端の枝として、
少しでも葉を広げることが出来たらいいという思いだ。

どうすれば人の精神性の進化に貢献できるのか?
日々考えているが、明確な答えは得られない。

ただ、愛を持って生きたいとは思う。

優しく在りたい。

優しく在るとは、厳しくあることだ。
無常な世界の中で、そのものをありのままに見つめることだ。

優しく在るとは、畏怖することだ。
想像を超えた世界に感謝を、その恵に手を合わせることだ。

優しく在るとは、重なることだ。
あなたのその痛みを、悲しみを、喜びを、この身に感じることだ。


もっともっと、
痛みを感じれる人間で在れたらいいな。

2012-02-20 20:19:13

北からの帰還民

テーマ:アフリカ再訪(2012春)
[2/16]

朝起きてUNHCRに向かう。
Kさんに挨拶し、面倒を見てくれるLさんのところへ。
他にEさんら、UNHCRのスタッフと共に船着場へ向かう。

船着場にはそろそろ船が到着するはずなのにやってこない。
どうやら午後にずれこむ模様。
オフィスに戻り、その後Way Stationへ。

Way Stationの現状確認。
206名収容している。
ここに午後到着する帰還民が合流する。

UNHCRのオフィスで昼食。
スペイン人のLさんと少しスペイン語で会話する。
聞き取りは問題ないけれど、言葉が出てこないな。
また2週間ほど中米に行ってブラッシュアップしてこようかな。
赤道ギニアでもいいかもしれない。

UNHCRのオフィスには本当に多国籍のスタッフがおり、
色々な訛りの英語が飛び交っている。
中には聞き取りづらい人もいるし、もっと柔軟な英語を身につけないとな。

船着場への到着時間は16時頃になりそうということで、
再びWay Stationに戻りインタビューを行うことに。

始めに北からの帰還民の方のお話を聞く。

Abdala ismael(70)
Abdala Dayiya Hassan(50)
Santina Crement(36)

次にJongreiの虐殺から逃れ、UNに保護されJubaにやってきた人々。

Oleyo Ngacho(31)
Kogolo Lokocho(18)
Philip Ngole(52)
Joseph Aduch(30)
Ilemotch Lotiko(23)
Matha Simon(18)

聞けば聞くほどに悲惨な話。
とある朝、突然の他民族の襲来により、
目の前で次々と家族を殺された。

KogoloとIlemotchは同じ家族で(家族の概念は日本より広い)、
22人で生活していた中、彼らふたりを除く20人が虐殺された。
(幼い子供たちは連れ去られたが生きているかもしれない)

Mathaは明朗快活な女性で、容姿も端麗故に殺されずに囚われた。
連れ去られる途中で隙を見て逃げ出せたという。

彼らは皆、Jongrei州レクウォンゴルに住んでいて、
Lou Nuelの襲来に際し、空港に脱出、UN機に助けられたという。
(Nuel、Murle間の襲撃、復讐は過去に何度も起こっている)

詳しい話などはまた後日報告。

その後やっとのことで到着した帰還民を撮影しに船着場へ。
なにやら物々しい雰囲気。
どうやら北から南に合流したSPLAを迎えに軍が動いているらしい。
緊張した雰囲気の中、無事軍隊は合流、去っていった。

その後に続く歓喜の声。
新たに生まれ変わった故郷に帰ってきた人々は
長旅(北の首都、ハルツームから3週間)の疲れも見せず、
喜びの叫び声を上げていた。

彼らの帰ってきたこの新しい国は、果たしてどのような国なのだろう。
これから先、どのような未来を築くのだろう。

彼らの歓喜の声が、幾代にも渡って響き続けることを願う。

2012-02-20 20:17:20

再びJubaへ

テーマ:アフリカ再訪(2012春)
[2/15]

朝起きて宿を発つ。
特に収穫がなかったが、収穫がなかったのが収穫か。
そして現地の状況を肌で感じれたことが何よりの収穫。
とにかく、Lou nuelの武装勢力に追われた人たちのキャンプはここにはない。
Murleのチーフなど、徐々にPiborに戻りつつあるそうだ。
状況は緊迫しているが、一時的な小康状態に入ったようだ。
となると、Murleの人々をインタビュー、撮影しようと思っていた僕は
ここにいる理由はない。
多少Pibor行きを考えてみたが、
道路の状況、治安、残りの日数を考えると余り現実的ではない。
JubaaにあるWay stationを中心に取材しよう。
そこには北からの帰還民に加え、
Jongreiから緊急搬送されてきたMurleの人々がいるという。

またもや5時間弱の悪路。
長距離移動には慣れているが、この道、この砂埃、
地獄のような直射日光は辛い。
ひーひー言いながらもなんとかJubaに到着。
2日しか離れていなかったがなんだか懐かしい。
Jubaに次ぐ規模の街のひとつであるBorがあの程度の経済状況。
もっと北部に行ったらどうなっているのだろう。
とても周囲の国と戦争を行えるような国力があるとは思えない。
物理的に到達するのが何よりも困難だが、次回は北部まで足を伸ばしたい。
それには十分な時間と資金、そして健康な肉体が必要だな。。。
ちなみにBorには日本の某NGOも支援に入っており、
時間があったらご挨拶に伺いたかったが今回は断念。
過酷な環境下で仕事をする方々に敬意を表します。

とりあえず、腹ごしらえ。
コニョコニョ・マーケットで肉とパンを食す。
それから、現状の確認のためにUNHCRへ。
ずたぼろのズボンに砂だらけの格好でオフィスへ。
これでは僕が難民に見えるのではなかろうか。

オフィスに通してもらい、担当の人と話しをしていると、
Kさんという日本人女性職員の方を紹介された。
こんなところで自衛隊以外の日本人と会えるなんて!
(現在UNHCR南スーダン勤務の日本人はひとりらしい)
Kさんに直近の事情を伺う。
日本のA新聞とM新聞が自衛隊派遣に絡めて同じようにJongreiの取材に向かったらしい。
(15日近辺に数人日本人が入ることは情報省から聞いていた)
ちょっとのところで入れ違いか。
帰ってきたらWay stationに向かうというから完全に僕と同じコースだな。
他のメディアも入ってきてるのは嬉しい限りだが、ひとりの取材者として
どのような独特な切り口で取材できるかが試されるな。

別な職員のLさんにWay Stationでの取材を手伝ってもらえることに。
運の良いことに、明日はナイル川の船着場に北からの避難民が到着し、
Way Stationからは地方の目的地(Final destination)に向けて出発するという。
一挙に人の移動を見れる貴重な機会となりそうだ。
明日の再会を約束しUNHCRのオフィスを出る。

さて、宿を探さないとな。
以前泊まっていたホテルでもいいけれど
資金の尽きてきた今では痛い出費だ。
バイクタクシーの兄ちゃんと一緒に町中を走り回り宿を探す。
人の口コミを頼りに訪れた宿、Green Gardenに決定。
一晩80SDG(約2,000円)、エチオピア人の経営でレストラン、バーもある。
エチオピアの民族料理、インジェラはここ最近のお気に入りなので助かる。

早めにシャワーを浴び、体中にこびりついた砂埃を流す。
ズボンは完全に裂けたので捨てることに。
良い雰囲気のレストランで、エチオピアンコーヒーを啜りながら読書。
個室にはファンもあるし、シャワーも快適、文句なし。
次回もここに泊まることにしよう。
(ファンは暑さ対策だけではなく、蚊を飛行困難にさせるマラリア予防の効果もある)

残り数日、クライマックスが迫っているのを感じる。

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