第56話 残りの人生 その5 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 うん、これだ。そういえば昔、ちょっとだけ演劇をかじったことがあったな。素人芝居かも知れないが、人前でパフォーマンスをするのはひとつの憧れでもあった。そんな夢も思い出されてきたぞ。

「よし、決めたっ!」

 私が突然そう叫んだので、ヤツもさすがにびっくりしたようだ。

「何を決めたんだよ?」

「自転車で日本一周しながら、行った先の街角で私が今まで培った成功の話をパフォーマンスを交えながら話していく。うん、一人芝居だな」

 言いながら悦に浸っている自分に気づいた。

「どうせだったら、ネット中継するとおもしろいかもよ」

 マイさんがそんな提案をしてきた。うん、それも面白そうだな。幸い、私のスマートフォンにはそういうアプリを入れているし。なんだかワクワクしてきた。

 だがすぐに頭に浮かんだのは家族の姿。私がそんなことをすることで、家族はどうやって暮らしていけばいいのか? それを考えると一歩を踏み切れない。

「なぁ、どうしたらいいと思う?」

 そのことをヤツに話してみる。

「案ずるより産むが易し、だよ。出来ないことよりどうすればできるかを考えれば、道は開けるさ。このことを会社で相談できる相手はいないのか?」

「さすがに余命三ヶ月の話は出来る相手はいないけど。自分のやりたいことをやるって制度がなんかあったような気がするなぁ。総務に同期のやつがいるから、そいつに話してみるか」

 そう思うといてもたってもいられなくなってきた。早く連休が終わらないかな。そんな気持ちにすらなってきたぞ。

 その日は私の思いを語るだけ語って閉店時間となった。そしてその夜、実家で寝ていたらまたあの神様が出現した。

「どうやら残りの人生でやるべきことが決まったようじゃのぉ。ではおまえさんに手助けをしてあげるとしよう」

 その声に慌てて起きると、また二時十五分だった。
しまったなぁ、ヤツの言うようにあなたは神様ですかって聞ければよかったのに。しかし手助けって何をしてくれるんだ?

 そして翌日、私は早々に自宅に戻り自転車の整備を始めた。

「あら、また自転車に乗るの?」

 妻は物珍しそうに私を見る。

「あぁ、思うことがあってね。それでな…」

 日本一周のことを話そうと思ったが、やはりためらってしまう。結局言い出せないまま連休が終わった。出社するとすぐに総務の同期のところへ。

「あぁ、チャレンジ休暇制度のことだな。勤務十年以上の社員に、最大一ヶ月間の有給休暇を与えるって制度だよ。ちゃんとした計画書を出してくれれば申請できるぞ」

 一ヶ月か。それで日本一周できるとは思わないが、とりあえず申請するだけしてみるか。あとは家族にどう言うか、だけだが。まずは計画書を作ってみよう。その日はそれで頭がいっぱい。

 その翌日、さらに私に奇跡が起こった。いや、正確に言うと妻に奇跡が起こったと言ったほうがいいだろう。

「ん、電話?」

 夕方、珍しく妻から電話がかかってきた。

「はい、どうした?」

「あなた、あたっ、あたっ、あたっ…」

「おい、なにふざけてんだ?」

「あたったのよ、一等がっ!」

「えっ、何の話だ?」

「た、宝くじ、一等が当たったのよっ!」

 これには驚いた。聞けば妻がはまっているミニロト。五つの数字を当てるというやつなのだが。今まで一万円程度しか当たったことがないのが、なんと一等。約一千万円を手にすることができた。まさか、これがあの神様の言った手助けというやつなのか?

 今なら妻の機嫌もいいし、当座のお金も確保できたし。その日の夜、私は妻に日本一周の話を切り出してみた。