第56話 残りの人生 その2 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 また出た。時計を見ると夜中の二時十五分。昨日と同じ時間だ。

 仙人のような格好をした老人が私にそう語りかける。今度は昨日よりさらにリアルだ。やはり本当のことなのか? 私は真剣になって考え始めた。おかげでまた眠れなくなり、昨日よりもさらに眠たい朝を迎えることになった。

「おい、なんだか元気なさそうだな。どうしたんだよ?」

 会社でも同僚からそう声をかけられる始末。まさか、神様が夢枕に立って余命を告げた、なんてことは言えない。そんなこと言ったら笑われるだけだし。同僚にはちょっと悩み事があって、としか答えていない。同僚もそれ以上はとりあわない。面倒に巻き込まれるのが嫌なのだろう。

 そう考えたら、こんなことをまじめに話せるような友人なんていただろうか。ふとそんなことを思った。社会人になってから二十年以上経つが。親友と呼べるような人間がいないことに気づいた。なんて希薄な人生なんだろう。学生時代はこんなことでも真剣に話せる友達がいたのだが。

 このとき、大学時代の友人の顔が思い浮かんだ。それこそ、あの頃は掛け値なしに親友と呼べる相手だった。

 会いたい、あいつに会って話がしたい。今、無性にその気持ちが湧いてきた。確か地元で学校の先生をやって、今はそれをやめて喫茶店をしていたんじゃなかったかな。今では年賀状のやり取りくらいしかやっていない仲だが。

 明日から四連休。この間に久々に地元に帰ってやつを尋ねてみるか。

 その日の夜、年賀状をひっくり返してヤツの住所を確認。そして妻には連休中に実家に行かないかと提案。

「えぇっ、別に私は行きたくないわよ。それに、そんな計画を立てるんだったらもっと早く言ってよ。明彦のバスケの試合が四日に入ってるし。さつきは友達と遊びに行くって言ってたから、子どもたちも反対するはずよ」

「わかった、一人で行ってみるよ」

「そうしてくれると助かるな」

 妻の思惑はわかっている。私がいないほうが家事も手抜きできるし、それこそ自分も自由な時間で友達と遊びたいんだろう。最近、妻はカラオケに凝ってるみたいだし。じゃぁということで、私も遠慮なく実家に戻ることにした。

 翌日、早速朝から車で移動。高速はちょっと渋滞したが、昼には到着した。

「えぇっと、確か街中のあの通りだったよな」

 実家には夕方にでも行けばいい。まずはヤツのところへ。年賀状の住所を頼りに、スマホで地図を見ながらだいたいのあたりを付ける。車は近くの駐車場に停め、久しぶりに歩く地元の街の景色を楽しむこともなく目的地に一目散。

「あ、ここだここだ」

 見つけた黒板の看板。

「カフェ・シェリーか。あいつ、学生時代からコーヒー好きだったけど本当に喫茶店を開くとはなぁ」

 ふと看板を見ると、手書きでこんな言葉が書かれてあった。

「過去は振り返るものではなく、未来を創るためのもの」

 その言葉にドキッとした。まるで私が今日ここに来るのがわかっているかのような言葉じゃないか。

 ヤツに会いに来たのは、過去を懐かしむためではない。残り三ヶ月をどう過ごせばいいのか、それを話すためにやってきたのだから。そうだ、残り三ヶ月とはいえ未来を創るためのものなのだ。そのことを再度自覚して、ゆっくりと階段を上る。

 思えばヤツに合うのは何年ぶりだろう。あいつ、数年前に再婚したんだよな。そのときに結婚式に招待はされたけれど、運悪くちょうどそのときは海外出張中。それ以前だから…おそらく十年以上は会っていない。

カラン、コロン、カラン

 その扉を開くと、軽快なカウベルの音が私を出迎えてくれた。同時に聞こえる、若い女性の「いらっしゃいませ」の声。続けて、私が聞き慣れたあの落ち着いた声で「いらっしゃいませ」が続く。その声を聴いて、私はとても懐かしく、そして気持が安らぐ感じがした。

「よぉっ」

 私はにこやかに手を上げて、カウンターにいるヤツと目を合わせる。

「弘寿、おぉっ、何年ぶりだ。こっちに帰ってきてたのか?」

 ヤツは目を丸くして私の来訪を歓迎してくれた。