ルドマン氏に水のリングを渡す。
ルドマン氏の段取りの良さは、実に鮮やかだった。
あっと言う間に、翌日に挙式の準備をし、
ヘンリーとマリアへの招待状を速達で送ってしまった。
「いやー、本当に2つのリングを手に入れるとは、大した男だ。フローラよ、もはやカインに不満はあるまい?」
「もちろんです。でも、その方は?」
フローラは、ビアンカを見た。
「私はビアンカ。カインのただの幼なじみで。用が済んだので、そろそろ帰ろうかと思っていたところです。」
ビアンカは言う。
それをフローラは引き止める。
「ビアンカさんは、もしかしてカインさんのことをお好きなのでは?」
一目見ただけなのに、フローラの勘は鋭かった。
さすがのビアンカも、これにはたじたじになった。
フローラは、続け様に言う。
「カインさんもビアンカさんのことがお好きなのではないですか?もしそれに気付かずに私などと結婚してしまっては、後になって後悔してしまいます。」
フローラの発言は的を射ていたが、
カインもビアンカも、何も答えられなかった。
そんな若者たちをルドマンはこうなだめた。
「まあ、落ち着きなさいフローラ。こういうのはどうだ。カインには宿で一晩ゆっくりどちらと結婚するか考えてもらう。ビアンカさんには別荘に泊まってもらおう。カイン、明日までゆっくり考えるといい。」
その晩、カインは眠りに就けなかった。
当たり前である。
結婚式の前日の夜に、まだ結婚相手が決まっていないのだから。
いや、つい先刻まで、結婚相手はフローラと決まっていた。
それが、フローラ本人の口から、
結婚相手が自分でいいのか、という疑問が出てきた。
フローラのその疑問は、真に純粋な気持ちから湧き出たものだった。
長らく修道院に仕え、
他人の幸せとは何かを考えることができるようになっていた。
今回、カインとビアンカの、
本人たちも意識せぬ心情を見抜いたのも、
フローラの長年に渡る修道僧としての修行と、
真にカインの幸せを願う気持ちから、であった。
こうして、今初めて、
カインの中で、
フローラとビアンカが結婚相手としての天秤にかけられた。
カインは夜風を浴びながら、
別荘にいるビアンカを訪ねた。
ビアンカも眠れずにいた。
「大変なことになっちゃったね。でも、迷うことないよ。フローラさんに決まってるじゃない。私は今までだって一人でやってきたんだし、これからも大丈夫だよ。」
そう言うビアンカだったが、
時折、
「カインはフローラさんのことを愛してるの?」
と聞いてきたり、
「ずっと先かもしれないけど、私も結婚したいなぁ。」
と言っていたり、
今になって気付けば、ビアンカは僕に好意を抱いている、
と、カインは思うのだった。
そうなってくると、今までのいろいろな言葉が頭を巡る。
ダンカンさんの言葉。
「カインがビアンカをもらってくれると安心なんだけどなぁ。」
「もしフローラさんに断られたら、私がもらったげる。」
というビアンカの言葉。
ビアンカが、僕と結婚したいことも、
ダンカンさんがそう望んでいることも、
今となってやっと理解できた。
フローラさんと結婚したいのは事実。
そのために灼熱の火山の中へも飛び込んだ。
その中で、確かにフローラさんを愛しているとも考えた。
しかし、
と、カインは自問を続けた。
僕はいったい、フローラさんの何を知っているだろう?
結婚直前になっても、
「フローラさん」と他人行儀でしか名前を呼んだことがない。
仮に結婚するとして、
今後も気を使い続ける結婚生活が待っているかもしれない。
一方、ビアンカはどうか。
慣れ親しんだ親友のことは、
ダンカンさんを除けば、
僕は他の誰よりも知っていると自負している。
子供の頃から知っていて、気を使うこともなく、
心が安らかになる存在。
もちろん好きだし、
「好き」なんていう簡単な言葉では、
言い表せない程の感情を持っていることに、今なら気がついている。
幼少の頃、そして、今回の冒険で、
次第にその感情は大きくなって行っていたのを
ずっと気付かずにいた。
それを先ほどフローラさんに言われて、
初めて自分の気持ちと向き合うことになっている。
カインの気持ちは、ビアンカに傾いていた。
しかし、ここになって、冷静になった。
カインは気付いてしまった。
結婚相手はビアンカであってはならないことに。
そう、忘れるところだった、天空の盾。
そもそも、ここに来たいきさつは、
デール王の情報で天空の盾を追ってきたからであった。
母マーサを探している以上、
伝説の勇者との協力は必要で、
そのためには天空の盾が必要で、
そのためには、
ビアンカではなくフローラさんと結婚しなくてはならない。
議論が最初に戻ってしまった。
天空の盾が必要なのか、フローラさんと結婚したいのか。
一度は、その両方、という答えを出した筈だった。
しかし、ビアンカとの再会によって、
その天秤はさらに大きく揺れ動くこととなった。
カインは、少し池の畔を歩き、気を落ち着かせて、
別の案を捻り出した。
こういうのはどうだろう。
天空の盾は、一旦ルドマンさんに預けておいて、
ビアンカと結婚する。
もし、伝説の勇者を見つけることができたら、
あらためてルドマンさんに、天空の盾を頂けないか、
あるいは、借りられないか相談に上がる。
別の可能性として、
カインが勇者を見つける前に、
勇者の方が天空の盾にたどり着いた場合。
その場合は、
ルドマンさんにご一報頂けるようにお願いできないか。
もしかしたら、そのとき、再度ルドマンさんは試練を与え、
今度こそ、伝説の勇者とフローラさんが、
結婚することになるかもしれない。
案外アンディが伝説の勇者だったり・・・。
そこまで考えて、それはない、とため息をついた。
炎のリング争奪戦で、
カインに敗れるような勇者であれば、
とても母マーサを助けに行けるような存在ではない、
と思ったからだった。
しかし、やはり、この考えは、
いささか調子が良すぎる、
と、カインは自分で思う。
ルドマンさんは、フローラさんの結婚を前提で、
修道院から呼び戻し、
練りに練った試練を与え、
2つのリングを結婚指輪とし、
天空の盾とおぼしき家宝の盾まで授けると言っている。
この心意気を前に、
カインの策は、あまりにも小賢しすぎた。
ああ、神よ。僕はどうしたらいいですか。
カインは、考えがまとまらぬまま、
夜の教会でひとり祈るのだった。
カイン:レベル20、プレイ時間9時間56分

にほんブログ村