男はカインをまっすぐに見ていた。
宝石、というのは、レヌール城で見つけた、
あの黄金の宝玉のこと。
カインが男にゴールドオーブを手渡したのは、
カインが、人を疑うことを知らないからではなかった。
その男は信用できると、
カインの直感が言っていたからであった。
カインの手から、男の右手に宝玉が渡る。
男は宝玉を空にかざして、それをよく見た。
カインも同じように見つめる。
雲間から光が射し、宝玉が太陽と重なり、
カインはまぶしさに、一瞬目を閉じる。
「ありがとう。」
と男が優しい声で言う。
男は左手でカインに宝玉を戻した。
「坊や、お父さんを大切にね。」
男は震えているようにも見えた。
「何があっても、くじけちゃだめだよ。」
カインには、男の言葉の意味の深さをわからずにいた。
ただ、男は、
カインがいずれこの言葉の意味を
わかるときが来ることを知っていた。
「さあ、もうお行き。」
サンタローズの平和な昼下がりの出来事だった。
ところで、この男が現れたのと時を同じくして、
サンタローズで少し奇妙な現象が繰り返し起きていた。
それは、まな板がなくなるとか、
鍋の中身が空っぽになるとか、
置いたはずのグラスが移動しているとか、
そんなちょっとした怪現象。
カインは、村人たちの声を聞き、
この怪現象の謎に迫った。
謎の答えはすぐに見つかった。
怪現象の正体は、ベラと言う名のエルフの娘だった。
彼女は、妖精界の危機を救う人間の戦士を探して、
この村にやって来たのだが、
誰にも感知してもらえず、
気付いてもらいたい一心でイタズラを重ねたのだと言う。
そして、唯一気付いたのがカインだったと言う。
ベラは半ば強引に、カインを妖精の村へと連れ帰った。
この強引さ、どこかで・・・、
とカインは思い返しながら、ビアンカを思い出していた。
そして、カインは過去の経験から、
その強引さを逃れる術はないんだな、きっと、
と思い直っていた。
「私たち妖精は剣を扱えません。だからあなたの力が必要なんです。」
カインはそう言われてポカンとしてしまった。
なぜなら、カインも同じく、剣など扱ったことがなかったので。
記憶にあるところでも、檜の棒しか手に取ったことがない。
人選を誤っているような気がしていたが、
それが確信へと変わった瞬間でもあった。
妖精の村では、ポワンという主のもと、
エルフも人間もモンスターも、
共存して生活することができることを謳っていたが、
カインは別段不思議には思わなかった。
自分も、
ベビーパンサーと行動をともにしているわけだったので。
妖精の世界で話を聞くと、こういうことがわかってきた。
春を伝える「春風のフルート」を盗んだドワーフの子供がいる。
その子供は、祖父がポワンによって村を追放されたと勘違いし、
その報復として、こういう行動に出ているという。
しかし、実際は、祖父ドワーフを追放したのは、
今は亡きポワンの先代であり、
ポワンによる判断ではないことがわかってきた。
一方で、祖父ドワーフが追放された原因となったのが、
「鍵の技法」を編み出したこと。
簡単な鍵を開錠させる技術である。
カインは祖父ドワーフを訪ね、鍵の技法を習得し、
春風のフルートを取り戻しに向かうのだった。
ザイルは春風のフルートを奪いに来た人間の少年に驚いていた。
なぜなら、ザイルの考えはこうであったから。
この城は施錠した扉に守られている。
この施錠を外から破るためには、鍵の技法を使うしかない。
しかし、鍵の技法を習得すれば、妖精の村から追放される。
追放されてまで春風のフルートを取り返しに来るなど、
そんなことはあり得ない。
これが、ザイルの考えていた論法。
そして、このザイルの考えの穴を射抜いたのがポワンの策。
ポワンは、実のところ、迷っていた。
鍵の技法を追放したのは、確かに先代のやったこと。
自分だったら、そうはしなかっただろうとも思っている。
しかし、では、自分が村の主となったとき、
追放した祖父ドワーフを呼び戻したかというと、そうではない。
呼び戻していいものかどうか、迷っていた。
反対派の民衆を抑えるだけの自信がなかったから。
そして、祖父ドワーフを呼び戻すことなく、
別のエルフに鍵の技法を習得させることは、
筋違いだとも思っていた。
鍵の技法は、祖父ドワーフが仕舞い込んでいるものであり、
そんな都合のいい協力を
祖父ドワーフにお願いすることも気が引けた。
そんな折りに、ポワンは妙案を思いついた。
この村の住民ではない人間ならばいいのではないか、
という考えに辿り着いたのだった。
ポワンの狙いは、最初から剣ではなく、鍵の技法であった。
鍵の技法を習得しても、追放せずにおける外部の者、
そういう存在であれば、実は剣など使えなくても構わなかった。
そう、エルフには強力な魔力があるので。
ポワンの思い描く通りに動き、
ドワーフの子供、ザイルの施錠を破るカイン。
逐一、ベラからの報告を聞きながら、
ポワンは拳を握りしめ、つぶやいた。
「計画通り」と。
そう、これはポワンと雪の女王との知恵比べだった。
雪の女王は背後からザイルを操り、
ポワンはカインを操った。
ポワンの策では、
カインの役割は施錠を破ること。
それ以上でも以下でもなかった。
ポワンは、開錠の後に、第二陣を送り込むことも考えていた。
ところが、ポワンにとってもありがたい誤算があった。
それは、カインが、驚くザイルを打ち破り、
その背後にいた雪の女王までも打ち倒してしまったこと。
確かにポワンは、春風のフルートを取り戻すよう頼んだが、
本当にカインが取り戻せるとは思っていなかった。
もちろん、当のカインは、
そんなポワンの思惑などつゆ知らず、
倒れたザイルの手を取り、
カインの理解するところの誤解を解き、
そして、ザイルは祖父ドワーフのもとに帰っていった。
かくして春風のフルートはポワンの手に戻り、
美しい音色を響かせ、
妖精界は春を迎えるのだった。
春の到来は、妖精の村を笑顔で包んだ。
村の笑顔を見て、
ポワンは久しく忘れていた素直な嬉しさに気付いた。
そして、自分の小賢しい策を反省する。
奇しくも、自らの笛の音によって、
自らの心を洗うことになったポワン。
ポワンはカインに感謝し、
この先、困ったことが起きたときには手助けをすることを約束した。
カインは、ポワンの感謝に、
謝罪の意味が込められていたことには気が付かなかった。
ただ純粋に、誉められたことをうれしく思う、
そんな純情な少年だった。
「坊ちゃん、ここにおられましたか。」
妖精界から戻るや否や、
今度はパパスが、ラインハットへと旅立つ準備をしているという。
サンチョが言うには、
なんでも、ラインハット王から直々に依頼が来たとか。
もちろんカインもこれに同行する。
「では、教会でお祈りをしていくとしよう。カイン、お前もお祈りをしておくといい。」
パパスに言うとおりに、カインは祈った。
またすぐにサンタローズに帰ってこれますように。
サンタローズの人々が、ずっと元気に暮らせますように。
サンタローズに戻ったら、またビアンカと冒険できますように。
今度は妖精の村に、ビアンカを案内できればいいな、
このときカインはそんなことを思っていた。
祈りながら、ふと、先日会った男のことを思い出した。
「坊や、お父さんを大事にね。」
この言葉がやたら気になり、
カインは、父パパスの無事をも祈った。
また風邪を引いたりしませんように、
病気になりませんように、
僕と喧嘩しませんように。
屈強なパパスの無難に思いを馳せたが、
カインに思いついたのは、このくらいのことであった。
そしてまた、カインには過信もあった。
もし父に何かがあれば、僕が守ってみせる、と。
過去のいくつかの冒険の成功体験が、
カインの自信を沸き立たせていた。
「もういいか、カイン?」
カインの祈りが、思いの外長いことを意外に思いながら、
パパスは出立の声をかけた。
果たして、
このカイン少年のささやかな祈りは、届くのだろうか。
カイン:レベル10、プレイ時間2時間27分

にほんブログ村