東北VS仙台育英


只今延長10回が終わったとこ。

双方無得点。

投手好投。

守備もよし。


一点先制したほうが勝つのか?



高校野球は好きなんだ。

ここで負けたら、最後、という緊張感。


で、投手がかわいいのは育英。

で、東北は監督がかわいいw


どっちも負けさせたくないなぁ。無理だけどさ。

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発動!


なんてことはないはずの人間関係。

気持ちを許したつもりが、肩透かしに思える礼儀正しい態度。


わたしも、自己防衛のために馬鹿丁寧慇懃無礼をやらかすことはよくある。

だから?

相手の行動をバリアだと感じる。


もちろん、相手だって自分を守るのは当然で。


無理すんな、自分。

誰からもよく思われる、なんて無理なんだよ。



クスリが切れてから、やっぱそういう感情のふり幅は大きくなった。

だけど、それを飼いならして生きていく。

さもなきゃクスリと二人三脚だ。

戻りたくないんだろ?自分。

ならば、できる範囲で頑張れ自分。

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 その店には、おとなの落ち着きがあって、たった一杯のアペリティフでたやすく酔っ払ってしまったようなわたしのはしゃいだ声は、明らかにちょっと浮いていたと思う。だけど、わたしのちょっと弾んだしぐさや振る舞いは、多分、その空間で許容してもらっていたのだとも思う。若いのにきちんとした物腰のウェイターは丁寧だったし、なぜだかわたしには注文されていないデザートがひとさら余計にサーブされたのだった。


 目の前のひとは、微笑っていた。こんなふうに正面からこのひとの顔を見るのは何週間ぶりだろう、とわたしは考える。思い出そうとする。思い出せない。

わたしがこのひとの姿を見つめるのは、わたしがななめ後ろにいるときだけだ。それかまったくの後姿を眺めるしか、ない。


「何を見ているの?」

唐突に問われて、わたしはなんだか核心をつかれたような気になる。わたしはこのひとの顔が好きだ。整っていて、ちょっと昔の美男子っぽい。イケメン、という言葉はちょっと似合わない。だけど、このひとにはファンを公言している女性も少なくないと言う。・・・わたしも「ファンです」なんて言葉を話しかけるきっかけにしたのだけれども。


「顔・・・顔を見てたの。」

頬が、赤らむのが自分でわかる。いいえ、昼下がりのティオ・ぺぺが急に回ったのだわ。背伸びして・・・背伸びというには十分歳は行っていると思うのだけれども・・・しっかりしたアルコールをオーダーしてしまったことを少しだけ恥ずかしく思う。正午より幾分遅れて始まったお昼のハーフコースはもうほとんど終わって、わたしたちの前にはソルべの空いたグラスと、半分ほどに減っているデミタスコーヒー、わたしの前にだけ、「シェフからのプレゼントです」とウェイターの青年が運んできたチーズケーキのお皿があるきりだ。


「いつもと同じだろ?」

「ち、違うわ!」

反射的に声を上げてしまって、わたしは肩をすくめる。幸い、眉をひそめられたようなこともなさそうだ。

「・・・・違うわ・・・。」

視線が、半分になったチーズケーキに落ちる。

「・・・でようか?」

「うん・・・あ、待って。」

「何?」

「チーズケーキ。おいしいの。せっかくだから全部食べていく。」


「ああいうところ、好きだな。」

運転席で正面を向いたまま、いきなりあなたは言う。車は走り出してからもう15分は経っているだろうか。日常から遠ざからないと、一緒にはいられない・・・そんな現実を直視することを、わたしはこころの中で避けた。
「どういうところ?」
「ものを大事にして、相手の気持ちを大事にするところ。」
「そ、そうかな?」
「そう。それが普通になってるところが、俺は好き。」
照れているのだろうか?あなたはこっちを向かない。だからわたしもどきどきしながら、ただ前を見ている。


ああ、こんな、ふたりして前を見ている空間なんかにいたくない!
ううん、ふたりっきりでこんなに近くにいられるこの時間、終わって欲しくない!

わたしはこのひとが好きなんだ。


 目指すホテルの駐車場にあなたは車をすべりこませる。

エンジンを止めると、

「あ・・・俺も食前酒欲しかったな。」

「え?駄目でしょ?運転するからってあなた言ったじゃない?」

「ここに素敵な食前酒があった。」

あなたはわたしの耳の後ろから手をまわしてわたしを引き寄せると、長く、甘く、酩酊するキスを、した。


そして、わたしはそれだけで、はしたなく濡れてしまっていたのだ。



(続く・・・かも?)



子供服

だってあたし子どもいるもの、子供服くらい買ってあたりまえ。




・・・・・・みたいな顔つきで、買いますのよ?


160センチの女児服。(あたしのうちには男の子しかいませんけどね)






だって、着れるんだものw


トップスは流石にデコラティブだったりお子ちゃま過ぎるけど、

ボトムスなんかは、適当に流行りモードだったり、

デコラティブがかえって可愛らしかったりするんですのよ奥様?

やんちゃの演出には丁度よろしいの。


そしてなにより、何でもかんでもふつーにおうちで洗えるのがなによりの魅力なんだわぁ。

今年はやりのひらりんスカートも、何見ても水洗い不可なんだもの、普通のは。

そして今日、買っちまいました。白のひらりんスカート。

木綿。ややシワ加工。洗いっぱでOK。

ウエストはゴムとヒモで調節。多少のウエストの変動には対応。

ほら、だって、成長期だしぃ?(←嘘つけ!)160センチだし?

うわん、うれしいじゃないの?



そんなあたしがオシャレを語るなんて、なんだか身の程知らずな気もしてまいりますがw

もともと、その土地でその民族が・・・民族の中でも、より権力に近いものが、なんだけどね・・・

より効率的に生きていけるように作り出されたものだと思うのよ。宗教。


しかしてそれが、より弱いものの生存を揺るがすような紛争の原因になってるってどーゆーことだろう。


より弱いもの、というのは、既に淘汰されるもの、として折り込み済みってことなのだろうか。

切り捨てられる、ということなのだろうか。


残酷。

いや、生存とはそも残酷なものなのかもしれない。


あたしのメンタリティは、より弱いものに寄り添いたがる。

だけど、大きな意味で搾取する側なのだろうか、あたしも。



Roots

ヒズボラ掃討作戦のニュースから、どうして中東はどうにも平和が訪れないのか、という話で

夫と盛り上がって、地図帳やら世界史年表やらポプラディアやらひっくり返して調べものをして、

バルフォア宣言だの、サイクス=ピコ条約だの、なんだか忘却の彼方のことばにぶちあたって、

ロイド・ジョージだの、ロスチャイルドだの、なんだかんだ断片的な言葉をメモして、

こうして魔法の電気箱の前に座り込んでいるわけです。


陰陽師Ⅱを見ようと思っていたのにw


今、「どーしてそんなにイスラエルは領土を拡大したくなったのか」ってあたりまで来ましたね。

いや実はこのへん、大学の時の集中講義でやったはずなんだけど。

ものの見事に蒸発している。

「イギリスの二枚舌外交」

という言葉だけがかろうじて残っているという有様。

みなさん、勉強はできる時にきちんとしておきましょうw


(それにしても、無意識的に自分は気持ちイスラエルの味方だったんだな、と今頃わかった。

あれだ、「アンネの日記」とかで、ユダヤ人は被害者だ、という発想があったのよね。

映画「シンドラーのリスト」のラストシーンなんかも感動的に描いてあったしさぁ。

それから、やっぱりキリスト教の学校に行っていたのが大きいなぁ。

学校でそういう刷り込み的教育があったわけじゃないよ。イスラムは敵だ、とかw)


(あー、それから、「食事中はTVは消す」というの、夕食中はやっぱり無理でした。

ニュースみながらあれだのこれだの話すのはやめられない)


さて、近代・現代史をつつきはじめると、どうしても脱線して日本の近代・現代史に

ひっかかってしまう。

日本人だから当たり前なのかな?


ようやく記事タイトルに行くけど、

あたしは、自分のルーツが知りたいと前々から思っている。

だけど、無理。

あたしの両親の両親の家や菩提寺は、原爆で丸焼けだった(母方のお寺さんは現存)。

(で、両親の両親やら、両親そのものはものすごい偶然で生き残ってる。

原爆で欠けた親族いないのよ、うち)

わかる範囲は両親から聞いたけど、両親もあんまりそういうこと考えてなかったみたいで、

情報は茫漠としている。


知りたいなぁ。知りたいなぁ。

ふつーの町のひとだったと思うんだけど。

そんな記録、たいしたものはそもそもなかったと思うんだけど。


で、父方の祖父が、戦時中のある歴史的出来事?(場所?)に関わりがあったので、

知りたいなぁ、がそっちに取り合えず向かって、それでそこからそれに関わるトピックスは

大陸に行っちゃって、

どうにもその先の接ぎ穂が見えない。


あー、知りたいなぁ。


先日の祭りのきっかけになった記事、

リンク先のまとめサイトさまには、あんまり御感想もなく、

結構さびしかったりしたんですが、


(祭りは終焉に向かっております。

いい夢を見せてもらったよ・・・これがいい夢でたまるかよ!!!w

いや、いい夢でしたってば。おもしろかった)


アクセス解析さんからたどると、mixi内で御感想と共にリンクくださってる方がおいででした。

(そしてそこから来てくださってる方もね♪

どもども、ようこそようこそ、ようこそようこ。アイドル天使かオイラはw)


で、あたしは一応mixiの住人でもありますので、それを読むことができまして(佐紀ちゃんありがとうね)、

ああ、ありがたやありがたや、とコメント入れたかったのですが・・・。

こっちとあっちは、明文化したリンクはしない原則。

コメント入れたら、こっちのbow=あっちの○○=その向うの××がつながる可能性が!

そんなたどりようをする方はいないとは思いつつ、それはちょっと困るので、



読み逃げしましたごめんなさい。


だけどありがとうね。またここ来て下さってるかどうかわかんないけど、ありがとうね。

反応あるの、うれしい。

いやいやいや。


ネットに点在するニュースやら話題やら、場合によっては痛い話(タハー(^▽^;))を

まとめてリンク貼って・・・というサイトがあることは知ってましたし、

サッカーについては「サポティスタ 」をよく利用するわたしですが、

ソノ手の話題のまとめサイトの影響力、今回我と我が身でしかと確かめた次第。


昨日、アクセス数2423名でございますから。

普段、60~80名様くらいですから。


今日の早朝というか昨日の深夜、当該サイトできっと新規分のアップがあったのでしょう、

一応の落ち着きを見せております。にしても、一時間30ヒットとか40ヒットとか。

お肌に悪いですよ。夜はみなさん寝なさいw


で、解析見ると、今度はそのまとめサイトからさらに自分の興味分野についてまとめた

要するに孫サイトからのお越しも散見されまする。

そちらにお邪魔すると、たまに「おもしろかった」とか書いてくださってて嬉しかったです。

読み逃げでごめんね。


おもしろがって、本日はランキングを表示します。

普段はこんなじゃないのよ?

今回ほど、ランキングがついてることがおもしれーと思ったこたぁないね。

そして、明日からはじわじわと下がる予言。


BGM:東京事変「お祭騒ぎ」


あー、問題となった?記事はコレ


で、こちらえろてぃっくな果実たち はまったく売れませんでした。2000人を越す一見さんツメテェw

あー・・・・はじまった・・・・・。


受話器から、耳を遠ざけたい気持ちに駆られる。


だけど、電話の向うのひとは、ご機嫌でいつものことばたちをまくしたてる。


「何か、資格とか取る気ないの?」

「あなたは才能があるんだから、それを社会に生かしたら?」

「わたしの知ってる○○さんはどこそこにずっと勤めてて・・・」

「どこそこのお嬢さんは、なにそれで活躍しているみたいよ。」

「××さんは40過ぎて大学に入って・・・」

「あなたには能力があるんだから・・・・」


げんなり。(瓢箪は千成りw)


このブログで、実家のこととかぼつぼつお話するうちに、

客観的に見たってうちより酷いだろう、と思われるご両親(或いは片方だけ)のお話を

耳にすることもあって、そんな方のことを考えたら、こんなこと愚痴にもなんないのだろうけど。


うふふ、一見、電話の向うのひと、ってーか、母なんだけど、ほめられてる、認められてるように

思うでしょ?大違いなのよ。

彼女にとって、わたしはいまだに、お勉強ができて、お行儀がよかった○○ちゃんなわけ。

自分の認めたい娘でないと、それは彼女の自慢の娘にはならないわけ。


それが証拠に、あんまり「やりたいこと」「夢」なんてまくしたてるから、


「わたしね、たまにインターネットに、つたないけどイラスト公開してたりするの。

そっちを一生懸命やるのも楽しいのよ。なにかにつながるともっといいけど。」


なぞと言ってみましたら、


「ふーん。」


だけで、完全スルーでしたw(つたないエロ本書きである、とカムアウトしてみたいものだw)


今、母の近くに住んでいる妹が、非常に両親を困惑させる状況を作り出しているので、

遠くに居て安定し始めたわたしが、「母のお気に入りの安心できる娘」というポジションになっているのね。

だから、殊更に期待するのね。


かつてお勉強ができても、そんなの今のわたしにとって、なんの意味も持たない。

ティーンエイジャーの頃のわたしから、生きていくことへの希望を地道に剥ぎ取り続けた

原家族たちは、それをした自覚はない。

ただ選んだ大学。顔色を伺いながら進んだ進路。

わたしはわたしの「かつてあったろう可能性」みたいなものを考えると、

すでに干からびてしまっている口惜しさに襲われる。


そりゃ、みんながみんな、願う進路に進めて、才能を磨いて社会に参画していくわけじゃないさ。

大学だって、行きたくても行けなかったというひとは今だってたんといるはず

(そして母は、自分が大学に行きたくて行けなかったことを切々と語る)

(そのくせ、大学在学中になにかで口答えしたら、「えーえー、あなたは大学に行ってらっしゃるから

そんなふうに賢いのね」などと皮肉言われた。あたしに一体どーしろと?)。

ただ、母が、父が、口では何度も何度も言っていた、「お前を伸ばしたい」なんて言葉が

本来的な意味で使役されていたら、今のわたしは今のわたしではなかったかもしれない、とも思うわけで。


そう。あまりにも大事にされすぎて、わたしは幼児的全能感すらいまだにどこかで持っているような

気がするのだ。おそろしい、いや、うすら寒い。


母の望んでいるシナリオはわかる。


小さい頃から学習面で優秀だった○○ちゃんは、

結婚して立派な家庭を築いてもなお、努力怠らず家族のあたたかい協力も得て、

子どもの手がはなれたあたりでその知力wを生かし、

クレバーな職業、真面目で人から尊敬される職業について、

金銭面でも余裕しゃくしゃく、幸せな人生を送る。


そして、それを育てたのは、この母。

あなたが幸せなら、わたしは幸せよ。


あうううううう。

それは、自分自身の夢なんだろうな、母の。

だけど、そのシナリオを演じるには、たくさんのハードルを越えなくっちゃいけない。

そして母は、なにもしないで、・・・父に表面的にたてつかず、娘に父の不満を垂れ流し、

気分の浮き沈みは娘を殴ったり意地悪を言い、それでなんとか折り合いをつけて・・・、

現在に至っている。


今の、38歳のあたしですら、そのシナリオを演じようと思ったら、ハードルはいくつもあるのよ。

乏しい体力。

夫との交渉。

子どもを見守りたいという欲求との軋轢。

家事のクオリティとの折り合い。


その、くればーな職業、ってやつなんかじゃなくって、たとえばパートタイムで出たとしても、

これらの問題は浮上する。

だけど、それに直面するのはあたしであって、母じゃない。

(もちろん、それらの問題を母がやっつけて、あたしにレールを引いたとしたらそれはそれで

おっそろしく怖い。現代の恐怖だ。ホラーだ。おサイコだ)


そういう自己保身を感じてしまうので、

そういう自分への酔いっぷりを感じてしまうので、

そういう自分スケールから抜け出す気もない、つまりは会話になりゃしないことを感じるので、

しかもそれがあたかも、わたしのためを思って言うアドヴァイスの様相を呈しているので、


あたしは極端にエネルギーを奪われてげんなりする。


どうかすると、げんなりするどころか、現実との擦りあわせができなくなって、苦しむ。




母は、自分自身の人生を生きるべきなのだ。

気がつかないと、きっと一生そのままなのだろう。


ああはならない。

わたしはわたしを生きるのだ。

そうでなくっては、未来はないんだよ。