そのクロスバイク、もう止まらないゾ!【ゴールを超えても…】 | 自転車で糖尿病を克服した!

そのクロスバイク、もう止まらないゾ!【ゴールを超えても…】

【前回からの続き】


頬にあたる風が心地いい。


自宅までの距離はもうそれほどない。B夫と「ジャイアントホープ」は下り坂を一番気持ちのいい速度で下りながら、今日予想外に酷使してしまった足を休めていた。


それにしても疲れた。あのロードバイク、いやサラブレッドの「トレックディスカバリ」があんなに執拗に追ってくるとは思わなかった。彼も熱くなっていたのかもしれないが、自分もちょっと過剰に反応し過ぎたかもしれない。


「何のためにこんなことをやっているのだろう…、別にレースでもないのに。」


本来は健康のために自転車、いやこのクロス種に乗りはじめたのに、路上にライバルがいるとついつい“決戦モード”になってしまう…。LSD?有酸素運動?そんなものはおかまいなしだ。挑戦されると、バリバリの無酸素運動で応えてしまう…。


「こんなに自分が負けず嫌いだとは知らなかった…」


過去1年間で判明した、あまりに“単細胞”の自分自身を客観視しながら、B夫は新町一丁目の三叉路から数百メートル先のちょっとした下り坂を駆け下りていた。


下り終えると、やがて国道246号は上り坂になる。


池尻から三宿、あるいは三軒茶屋から上馬のような“微妙な”上り坂ではなく、ここには明らかな上り勾配がある。クルマに乗っていてもわかるレベルの坂だ。左手にはちょっと前までパスタレストランがあったはずだが、いつの間にか見あたらなくなっている…。


B夫は何段かシフトダウンするとちょっと腰を浮かし、この坂道を上りはじめる。


パスタか…お腹もすいたし、帰ったら何か食べるものあるかな…。A子は今日は帰りが遅いと言っていたはずだから、とりあえずあのタケノコ入りの冷凍シュウマイでも食べて、ビールでも飲むか…。B夫が今日のディナーの献立を考え、頭にシュウマイのイメージ画像を思い浮かべたまさにそのときだった


B夫は風圧を感じたのだ。


右後ろからの風、いや強い波動かもしれない…、それは確実にB夫に“のんびりシュウマイのことなど考えている場合ではない”ことを告げていた。


おやっ、と思う間もなく、その“波動の主”はB夫と「ジャイアントホープ」の斜め前へと駆け抜ける。


「えっ!」


来た。


また来た。


まぎれもなくアイツだ。


ブルーとシルバーのツートンカラー。


ペダリングに合わせて上体が揺れる独特のライディング・フォーム。


「トレックディスカバリ」。


さっきの「マイヨジョーヌ作戦」の成功でもう勝負はついたと思ったのに…。


そう思っていたのはB夫だけだったのか!


B夫がもう勝負はついたと思い、それほど遅くもないが、決して速くはないペースで246を巡航している間に、「トレックディスカバリ」は、疲労を回復させ、「ジャイアントホープ」を目標に再びチャージしてきたのだ。


そして本来はB夫と「ジャイアントホープ」が得意とするはずの“直線の下り坂”を利用して、「トレックディスカバリ」は一気にダッシュ、その後に続く上り坂に差し掛かりスピードの乗らない「ジャイアントホープ」をあっという間に後方へと追いやったのだ。しかもそこからの上りは軽量な「トレックディスカバリ」が得意とする区間だ。後手に回った「ジャイアントホープ」が追いつく可能性は極めて低い。


見事だ。まさに完璧な追撃プランだった。


B夫の頭の中にあったシュウマイは、食べようとする寸前に無惨にもテーブルから滑り落ちた。B夫は混乱した。どうするべきか。追撃するのか…しないのか。


だが、B夫が逡巡する間に、「ジャイアントホープ」が上体を揺すりはじめた。そして選ばれし者しか聞くことのできない大きな嘶きを発すると、B夫が鞭を入れたわけでもないのに、いきなりスピードを上げたのだ。


追撃戦だ。


B夫も遅まきながら鞭を入れる。


もはや追いつくことは不可能かもしれない。でもそれでいいじゃないか。


確かに疲れるけれど、こんなに熱くなってバトルをするのは“大人げない”けど。


でもこんなに“楽しいゲーム”はそうないかも。ただ前へ前へと進めることが気持ちイイんだ、きっと…。


そう頭を切り替えると、B夫はちょっと楽しくなった自分を感じながら、ダンシングの姿勢で思い切り「ジャイアントホープ」を走らせた。


「トレックディスカバリ」は前方でもう随分小さくなっている。


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B夫がゴール地点に設定した環八と246の交差点。そこの信号は一回転の時間が非常に長い。これが環八の渋滞の大きな理由になっているのは明らかなのだが、なぜか一向に改善されることがない。


B夫は環八を渡るために、この交差点で信号待ちをしていた。停車してからもう2分は経過するだろうか。だが青信号まではもう少し待たねばならない。まだB夫の呼吸は荒い。肩が揺れている。


B夫の後ろには「トレックディスカバリ」の姿はない。


B夫は今「トレックディスカバリ」がどこへ行ったのかは知らない。そしてもはやそれを知ろうとする気もなかった。


あの後、B夫が上り坂を上り終えたとき、「トレックディスカバリ」はもう数十メートルは先行していた。いやもっとだったかもしれない。B夫はもう追いつく可能性は低くなったと感じながら、でも、全力で前へ進むことはやめなかった。


そして、用賀一丁目の交差点前の下り坂を利用して一気に最高速まで加速し、そのまま交差点を過ぎ、フラットで道幅の広い一本道を、B夫が設定したゴール地点---環八との交差点---へ向けてただひたすら全力で進んだ。


「トレックディスカバリ」は用賀一丁目の交差点通過に若干手間取った。信号のタイミング的に仕方のないことだった。それにより後方の「ジャイアントホープ」との距離が詰まった。


あくまで全力で坂を下り、スピードの乗った「ジャイアントホープ」は用賀一丁目の交差点を100メートルほど過ぎたあたりだろうか、「トレックディスカバリ」を捉え、一気に追い抜いた。


先ほどの「マイヨジョーヌ作戦」のような“小細工”は一切しなかった。またそれをする気も全くなかった。


B夫は左手をハンドルから離し、「トレックディスカバリ」の騎手に軽く“会釈”すると、なおクロス種としての最高速を維持したまま、ゴールへと突っ走った。その後は一度も後ろを振り返らなかった。


また「トレックディスカバリ」に追いつかれても構わないと思った。追い越されてもいいと思った。


“なんのためにこんな走りをするのか…?”


さきほどふと思ったそんな問いの答えは、ただ前を見て、もっと速く、もっと強く…と走っているその行為の中にこそあるのかも…なんだかそんな気がしていた。


「何にも考えずに、ただ前進することのみに集中できる…こんなことって、他にあるかい?」


B夫は「ジャイアントホープ」に語りかけた。


「ジャイアントホープ」はもちろん何も答えない。


B夫はなんだか新発見をしたような気がした。もう自宅はすぐそこだ。B夫はまたシュウマイのことを考えはじめた。


【クロスバイクの栄光編 Part I 完】


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最後までこの“連続エピソード”を読んでいただけた方、ありがとうございました!

なんだかとっても長くなってしまい、結論がどんどん先へと伸びていき、今日のもあやうく“続く”になるところでした。なんとか完結してよかったです。


次回は、今度こそ「河口湖へのロングライド~A子を救え!」の予定です。



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