本日は『history taking(病歴聴取)』についてのお話です。



とても難しい話題なので、ポイントを絞ってのお話にしようと思いますが、研修医の皆さんは比較的『ルーチン』に既往歴、家族歴、内服薬、アレルギー、手術歴、飲酒歴、喫煙歴、職業歴などは聞いていると思います。


でも時々指導医から『最近の海外渡航歴は?』とか『ペットや動物との接触歴は?なんて聞かれて、『聞いていませんでした・・・』なんてことは良くありますよね。


こうした病歴は『診断へのアプローチ』という点においては主訴や現病歴から想定される鑑別疾患を絞り込んだり、広げる際に有用な情報であったりするために有用なのです。特に後者の『主訴や現病歴からは想定もできない疾患を広く鑑別に取り入れるため』というのが悩ましいところなのです。


少し分かりずらかったかもしれませんので、補足します。


先日の学会で『アナフィラキシーショック』の症例報告がありました。アナフィラキシーの原因が不明であり、よくよく病歴を聴取してみると、患者が『(ジャンガリアン)ハムスター』を飼っていることが判明。担当医がハムスターとアナフィラキシーについて調べてみると、いくつか似たような症例報告を見つけ、患者さんに聞いてみると『普段からハムスターに咬ませて遊んでいた。ショックになった数十分前にハムスターに咬まれたけど、普段から咬まれているし、医者から聞かれるまでは問題だと思っていなかった』との事です。



救急医の挑戦 in 宮崎


問診で『ペットの飼育歴』を聞いていたために診断に至ることができたのです。


こんな事を知っていたり経験していると、アナフィラキシーの患者さんを診察した際に『まさかハムスター飼育していませんか?』なんて聞くこともできるようになります。


でも私達は星の数とまでは言い過ぎですが、数多くの疾患に対しての特異的な情報を持ち合わせることは不可能です。


主訴や現病歴からは想定もできない疾患を広く鑑別に取り入れるため』にはこうした例のように最初は『バラバラのピースのかけら』に思える情報でも後になって診断に結びついてくることもあります。


こうした問題に対応するために『ルーチン』で最初に説明した病歴を聴取しているのです。


しかしながら時間制限のある外来診療の中では勿論、いつでもこうした事を聴くことは難しいのが現実ですね。


ポイントを絞って聞くことができるといいのですが、そうすることによって何か見逃してしまう可能性もあります。だから悩ましいのです。


病歴聴取は『アート(Art)』だなんていう先生もいます。



救急医の挑戦 in 宮崎


確かにそういう部分もありますが、最低限聞くべき問診をせずに見逃した問題に対して『アートだ』なんてお話されていた指導医に対して『僕は違うと思います』と答えたのは当時、生意気だった初期研修医の私です(

こういう話は数十年後に私が偉くなっていたら美談となるんでしょうね)。


数年が過ぎて、当時初期研修医だった私は今や指導医になりました。


自分自身も成長しながら研修医指導に当たっている毎日です。病歴聴取にはスタンダードなるものがありませんが、なるべく『アート』とかたづけないように努力しています。


どこかでお話したこともありますが、研修医がとる問診と上級指導医がとる問診はやはり同じことを聞いても『』がでてくるんです。


何を疑って聞いているのかだと思います。そしてそれが強ければ強いほど、より詳細に精度の高い問診をして攻めていくことができます。


実はあまり覧たことがないのですが、『Dr G』とかで取り扱っている内容の病歴は研修医がとったものなのでしょうか。。。病歴に強弱がなく、ただ事実をProblem listに挙げているので、症例が難解になってしまっているという印象を受けました(簡単に答えが分からなくしようというテレビ的な意図もあるのかもしれませんね)。


私だったら、その時につっこんでこんな風に聞いていくのに。。。なんて歯がゆく思いました。


ちなみに『宮崎救急プライマリ研究』での症例検討はプレゼンターは症例提示のみにし、司会進行者は解答を知らない状態で診断へ導いていくスタイルで勉強会をしています。


解答を知っている司会者がPitfallに落とし込んで『してやったり』の症例提示はどうなのかな?と個人的には思います。


それよりも実臨床と同じように前向きに真っ白な状態で進めていくほうが楽しいです。学生、研修医の先生は上級医の思考過程も学ぶことができます。


病歴強弱を読み取る力も大事ですが、確かにそこはあまり説明できないところでもあります。時には『かすかな』訴えであっても非常に意味のある問診事項であることもあります。


アート』と現時点ではなってしまう部分とそうでない部分があるんだと理解しています。


本日は『非アート』の部分でかつ、特に『感染症』(特に人畜共通感染症を中心)の問診に絞ってみようと思います。一般内科のレベルとして個人的に『このくらい』の知識があればというのをお話してみようと思います(やっぱり前置きが長くなってしまいました・・・。)


・・・



最初に挙げたもの(既往歴、家族歴、内服薬、アレルギー、手術歴、飲酒歴、喫煙歴、職業歴など)以外に追加して下記のようなものも必要に応じて聞きたいところです。



食歴、海外渡航歴、ペット飼育歴、家屋の構造、動物との接触歴、山歩き、温泉、ワクチン接種歴、性的活動(STDを疑う時)、生活環境やSick contactなどは重要な問診事項です。



しかしながら前述したように何を疑ってとっているのかを知らないと『ただとっているだけ』ということになりかねません。


例えば『フィリピンから帰国したばかり』というワードを聞き出せたならばどんな疾患を想定すべきでしょうか?


よく感染症を勉強している先生にとっては問題ないかもしれませんが、そうでない先生は悩んでまうかもですね。


専門外の知識を保持していくのは大変なことです。そういう時は『知識の引き出し方』を知っているだけでもいいと思います。下記のようなサイトで確認することは有用です。


海外渡航歴→厚生労働省検疫所のサイト『Forth』 http://www.forth.go.jp/index.html


渡航先とその地域での流行疾患、推奨される予防接種などを一般市民向けに解説しています。


輸入感染症では特に『マラリア(熱帯熱マラリア)』を押さえておいてください。

(熱帯熱マラリア程、病状の進行が早く致死的なものはないためです)



救急医の挑戦 in 宮崎


マラリアの診断は疑うことから始まります。流行地域への渡航歴潜伏期間が鍵です。


検査のgold standardは血液像(ギムザ染色)における虫体の確認です。1回陰性でも否定せずに繰り返すことが大切です。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-33.html

http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM1111_01.pdf


デング熱』も重要

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-19.html


・・・


続いて前述した、『押さえておきたい病歴』と、それぞれに対応した疾患を挙げていきます。これだけ知っていても国試の○×は対応できても臨床ではより深い知識が必要とされますが、頭の隅にでも置いておくことは大切かと考えています。


家屋の構造→夏型過敏性肺炎 日本特有の高温多湿下の環境、つまり風通しや日当たりが悪く湿気の多い古い家屋で発症する。トリコスポリン(真菌)がアレルゲンとなりⅢ型Ⅳ型アレルギー性肺炎を起こす過敏性肺炎の一つで最も多く(約75%)との報告あり。


次いでに他の過敏性肺炎には以下のようなものがあります。


農夫肺(約8%)→干し草の中の好熱性放線菌(Thermophilic actinomycetes)が原因

加湿器肺(約4%)→上記と同様に好熱性放線菌が原因

鳥飼病(約4%)→鳥類の排泄物や羽毛布団が原因抗原となる



ペット飼育歴や動物との接触歴:人畜共通感染症(zoonoses) 

http://www.hosp-yame.jp/hospital/general/pet.html

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou18/



救急医の挑戦 in 宮崎


輸入感染症』を含んでいる部分は割愛し、対象は日本の一般外来で遭遇するかもしれない疾患を想定しています。


ネコ→ネコひっかき病(バルトネラ菌)、トキソプラズマ症(原虫)、Q熱(コクシエラ菌)、パスツレラ症(パスツレラ菌)、サルモネラ腸炎、カンピロバクター腸炎、白癬症、トキソカラ症、カプノサイトファーガ


ネコひっかき病』について 知っているとちょっと自慢できるかな。リンパ節腫脹をきたす疾患の鑑別疾患としても有名。

http://ameblo.jp/bfgkh628/entry-11110426825.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E3%81%B2%E3%81%A3%E3%81%8B%E3%81%8D%E7%97%85


一緒に『パスツレラ症』も覚えてしまいます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%B9%E3%83%84%E3%83%AC%E3%83%A9%E7%97%87


トキソプラズマ原虫は健康成人には問題ないことがほとんどですが、妊婦に感染すると母子感染を起こす可能性があり、重篤な障害を残す危険性を含んでいます。ネコが終宿主です。


感染しないための予防策』としては下記の項目が重要です。


・ほぼすべての鳥類、哺乳類が感染する危険があるため妊婦は生肉を取り扱わない
・肉はしっかり加熱して食べる
・園芸、ガーデニングの際はゴム手袋を着用する



イヌ→トキソカラ症(イヌ、ネコ回虫症)、レプトスピラ症、ブルセラ症、白癬症、カンピロバクター腸炎、サルモネラ腸炎、パスツレラ症、狂犬病、ネコひっかき病(イヌ)、カプノサイトファーガ


カプノサイトファーガ』について

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou18/capnocytophaga.html


トリ→オウム病(Chlamydia psittaci )、クリプトコッカス症、サルモネラ腸炎


オウム病はオウム以外のインコ、鳩、鶏などでも確認されています。クリプトコッカス症は病原体のCryptococcus neoformans は鳥の糞に含まれる窒素成分があると、大変よく増殖し鳥の糞で汚染される場所つまり、鳥の活動範囲の土からよく分離されます。乾燥するとCryptococcus neoformans は細かい微粒子となり、少しの風で舞い上がり人に吸い込まれると肺の奥まで到達し肺炎を起こします。


オウム病(chlamydia psittaci)やQ熱(coxiella burnetii)もマイコプラズマ、レジオネラ、クラミジア(pneumoniae)と同様に非定型肺炎をきたす疾患の一つです。


ネズミ→レプトスピラ症、鼠咬熱、ハンタウイルス肺症候群


鼠咬熱』についてStreptobacillus moniliformisまたはSpirillum minusによって起こります。学会でS.moniliformisによる症例を拝聴しましたが、すごいなと思ったのはきちんと家を調査して鼠を捕まえているんです。


『血培陽性』にならないと疑うことは難しいかもしれませんが、S.moniliformisによる症状には発熱、発疹および関節痛があり、S.minusによる場合は回帰性の発熱、発疹および所属リンパ節炎を引き起こすと言われています。


キタキツネ→エキノコックス


爬虫類(ミドリガメやイグアナ)→サルモネラ腸炎


山歩き→リケッチア(ツツガムシ、日本紅斑熱)、レプトスピラ、ライム病


生活環境→結核、破傷風(土壌)、スポロトリコーシス(土壌)


温泉→レジオネラ



・・・


難しい話題でうまくまとめることができませんでしたね。


他県に少なく宮崎県に多い感染症には、レプトスピラ、ツツガムシ、日本紅斑熱、破傷風などがあります。


他にも輸入感染症としても有名な『赤痢アメーバ』による肝膿瘍が施設に入所中の高齢者で発症した症例もここ宮崎であったとお聞きしたことがあります。


これは無症候性に長期間持続感染し、免疫力の低下とともに発症すると考えられています。


本邦の赤痢アメーバ症は、STD輸入感染症に加え施設内感染という3つの感染パターンに大別できるようですね。

http://journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/70/247-250.pdf

http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/epid/y2007/tbkj2810/


大腸寄生原虫を経口摂取することによって感染が成立します。STDとしては男性同性愛者が有名ですが、風俗業で働く女性の感染者も出てきており、問題となっています。

http://idsc.nih.go.jp/iasr/28/326/tpc326-j.html