本日は『感染性下痢症』のアプローチについて少しお話します。


福井県でユッケを食べた人が『腸管出血性大腸菌』に感染しメディアを騒がせていましたね。


そもそも下痢の定義とは何でしょう?


下痢症の定義とは、1日に3回以上の軟~水様の便がみられることをいいます。急性下痢とは2週間以内、慢性下痢とは1カ月以上続くものです。その中間の2週間以上1カ月未満を持続性下痢と表現することがあります。


外来で『下痢』を主訴に来院する方は非常に多いですが、最初のステップは感染性なのか、非感染性なのか、大腸型なのか小腸型なのかを考えていくことです


大腸型?小腸型?と思った方もいるでしょう。このことは後で説明しますね。


では、感染性腸炎の方に皆さんは抗生剤を処方していますか?



・・・急性下痢症の多くはself limittedであるため抗生剤を使用しなくとも改善します。3大起炎菌は腸炎ビブリオ、サルモネラ、キャンピロバクターでありこれらは基本的に抗生剤を必要としません。


しかし中には赤痢菌のように抗生剤治療により病悩期間が短縮されるばかりか、場合によっては救命的な疾患もあるため悩ましいところでもあります。(他に抗生剤が必要となるのは、赤痢アメーバコレラサルモネラの一部(S.typhi)など)



『サルモネラ』についてです。


サルモネラ属の細菌は自然界において、様々な動物の消化管内に常在菌として存在しています。しかし人においては健康な人の消化管における菌数は極めて少なく、その糞便からは分離されることはほとんどありません。


一部のサルモネラはヒトに対する病原性を示し、腸チフスあるいはパラチフスと呼ばれる重篤な感染症を起こすものと、胃腸炎(食中毒)を起こすものの二つに大別されます。


いずれも経口的に感染します。前者はそれぞれチフス菌(S. Typhi)、パラチフス菌(S. ParatyphiA)による疾患であり、これらをチフス性サルモネラ、後者の食中毒性サルモネラを非チフス性サルモネラと呼んで区別します。

チフス性サルモネラは人のみに感染する細菌で、患者の糞便から別のヒトに感染するほか、糞便によって汚染された土壌や水の中に残存しているものが感染になります。日本で報告されてるものは海外からの輸入感染症です。


胃腸炎症状ではなく、発熱、バラ疹、肝脾腫、比較的徐脈などの症状/所見を呈します。


これに対して食中毒性サルモネラ菌は家畜の腸管に常在菌として存在する人獣共通感染症であり、そこから汚染された食品などが食中毒の原因となります。


我々が日常経験するサルモネラは非チフス性のサルモネラで、それほど怖くないものです。


ちなみに『発疹チフス』というものもありますが、これはリケッチア(Rickettsia prowazekii)による感染症です。用語がゴチャゴチャにならないように整理しときましょう。



『赤痢アメーバ』はどうでしょうか?


赤痢アメーバ男性同性愛者のSTD、海外渡航、施設内感染が感染経路としては重要です。アメーバ性大腸炎は炎症性腸疾患に誤診されてしまうこともあります。


口肛感染すれば異性愛でも起こりえますね。また、高齢者であっても大腸に長期間持続感染したものが、ある時(免疫能が低下など)に発症することも報告されています。


赤痢アメーバについて

http://ameblo.jp/bfgkh628/entry-11430440530.html



『細菌性赤痢』はこちら


日本で発生した細菌性赤痢の報告

http://onodekita.sblo.jp/article/47763024.html



ではどのように分けたらよいでしょうか?


ここで役にたつのが、大腸型と小腸型の区別です。


救急医の挑戦 in 宮崎
(クリックすると大きな画像でみることができます)


しぶり腹』というのは便意をもよおすのに排便がない、または便意はあっても少量しか出ないのに頻回に便意をもよおす状態をいいます。テネスムス(ラテン語に由来)ともいいます。


便は直腸に進入すると腸の内圧が高くなり、それと同時に排便反射が生じ便意をもよおして排便となりますが、しぶり腹とは便塊の刺激によらない直腸‐排便反射が生じることであり、そのため便が出ないのに便意をもよおすのです。


原因としては直腸の炎症が考えられます。赤痢潰瘍性大腸炎が代表です。



大腸型を示唆するようなtype(発熱、腹痛、血便、粘血便)には赤痢菌、赤痢アメーバ、C.difficileが含まれ抗生剤を考慮してよいという事になっています。


他にcompromised hostや全身状態不良患者も抗生剤の投与を考慮します。


つまり、大腸型であれば抗生剤を考慮する(小腸型でもコレラなど抗生剤が有用な場合もありますが)という事です。


抗生剤はニューキノロン系かST合剤、ホスホマイシンがよく用いられます。この3剤が選ばれる理由はいずれも嫌気性菌に抗菌力がないか、弱いため腸内細菌叢を乱しにくいためです



・・・・さてさて、次にユッケ問題を引き起こしていた『病原性大腸菌感染』についてです。



病原性大腸菌は下痢症を引き起こす5種類の大腸菌の総称です。


①腸管病原性大腸菌(EPEC)

②腸管組織侵入性大腸菌(EIEC)

③腸管毒素原生大腸菌(ETEC)

④腸管出血性大腸菌(EHEC)

⑤腸管付着性大腸菌(EAEC)



とても覚えられません。病原性大腸菌の中で最も多く、旅行者下痢の中で最も頻度が高いのはETECです。



しかしやはり怖いのは腸管出血性大腸菌(EHEC)ですね。健康な牛の腸管の1-2%に存在し、感染経路としては食物、水だけでなく、人-人の接触感染があります。



激しい腹痛と頻回の下痢、30-90%に血便を認めます。血便は鮮血性で“all blood no stool”と形容されます。血性尿毒症症候群(HUS)や血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)や脳症といった怖い合併症が知られています。



赤痢菌と同じく、発症必要菌量が非常に少なく(非常に感染力が強い)人-人感染を起こします。このため患者さんは便中に菌が消失したことを確認してから集団に戻るべきであります。



また、ベロ毒素(shiga-like toxin)を産生します。0157、O111、O26、 O48、O165などです。

本菌が腸管内に存在する時間は非常に短いので感染の結果として溶血性尿毒症症候群(HUS)を生じる頃には便培養で検出できない場合が多いです。



抗菌薬投与に関してはcontrovertialです。抗菌薬を投与するとshiga-like toxinを放出させてHUSになりやすいという報告もある一方でホスホマイシンは有効だったとのわずかな報告もありますが、ホスホマイシンがOKなのは静菌的に作用するからでしょうか。いずれにしても定説には至っていません

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16918877




保健所への届出について


食中毒の患者さんは、その疑いだけでも保健所に届出する義務があるようですが。。。


実際には集団発生していない限り、この規則に準じてされる医師は少ないのではないでしょうか。


case-by-caseということですかね。。本人ともよく相談しながらです。


便培養を提出する意味はこういったところが大きいです。(ほとんどの急性下痢症はself-limitedで便培養で検出する頃には改善してしまいますが、HUSを生じてから、『便培養してませんでした』となって、因果関係が不明確になってしまうと問題になりそうです。)


HUS』の場合はⅢ類感染症にあたり、診断後直ちに届け出る義務があります。


また、便培養で検出された大腸菌が病原性なのか非病原性なのか判断に迷うこともあります


http://www.iph.pref.osaka.jp/merumaga/back/90-2.html




最後に話題の『溶血性尿毒症症候群(HUS)』について



HUSは①溶血性貧血 ②血小板減少 ③腎不全を3徴とします。



大多数が下痢発症後6-9日目で6-9%の患者に発生します。腸炎症状が落ち着いて2-3日経過したう後、まさに本人、周囲が安心した頃に突然発症すると言われています。



死亡率は3-5%で後に末期腎不全やネフローゼに至る場合もあります。



危険因子は①年齢(5歳以下、高齢)、②血性下痢、③発熱 ④白血球増加 ⑤止痢薬の使用 ⑥抗菌薬の使用(定説でなし)



治療は保存的治療が基本です。



本日は以上です。