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兄弟猫ライマ(ライマメ)とサヤ(キヌサヤ)の飼い主、キバタです。

最近妹猫のネムもやってきました。


猫たちと遊んだり遊ばれたりな日常。


たまにイラスト描いてます。

コエコプロジェクトのHP作成やブログで4コマ漫画も描いてます。



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2015年12月10日(木) 08時03分00秒

経過報告2

テーマ:ブログ
退院から2週間、ようやくお風呂や階段を降りる時に死の恐怖を感じなくなりました。
身体は無事に回復に向かっているようです。
まぁ早速風邪ひいて鼻水と咳か酷いけど、、、
眩暈の症状もよくなってきています。
やはり疲れてるとピントが合わなくなりますけど。
睡眠は相変わらずあまりとれてません。自律神経の問題かな…?
熱は36度台が多くなってきました。

会社は今週から夕方までのフルタイム勤務に移行しました。
昼を過ぎるともうヘロヘロになってしまい、帰る頃は、丸一日歩いていたかのような疲労が全身にきました。HP一桁でかろうじて歩けてる状態。
ほぼ座ってるのにこの疲れ様…本当に色んなものを入院中に失ってしまったのだな…と。
いきなり全部は無理なので少しずつ以前自分の担当だった仕事に手をつけるようにしています。

髄膜炎の原因となったウイルスは結局不明のままだったのですが、ひょっとしたらヘルペスウイルスだったのかなー?…と。
私ヘルペス今までに2回発症してるんですよね…(水疱瘡とは別に)強いんだよヘルペス…

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2015年12月03日(木) 20時00分00秒

経過報告

テーマ:ブログ
出社初日
結局3時間で目が覚めてしまいました。
眠れてない、けど会社行かなきゃ…これ以上迷惑をかけられないと、いつもより30分早く家を出る。

結局、会社にたどり着くまでいつもの倍かかってしまいました。早めに出ておいて正解というかなんというか。仕方ない、眩暈は酷いし体力が減ったので足は遅いし…。(相変わらず37度の熱に加え、耳に水の入ったような感覚)

出社した私に気づいた同僚が声をかけてくれ、挨拶と事態の説明。社長も気にかけてくれていて、「心配たった」と言われました。
しかし、入院中の事を会社に伝えてくれるように頼んだ同僚は会社に最低限の事しか伝えてくれてなかったようで、「病院もわからなかった」と社長に言われた時はびっくりしました。同僚にラインで伝えたんだけどな…
社長に「途中連絡がとれなくなった」と言われ、ああ、多分あの時か、と思いました。
私が幻覚を見ていた時期。実際の記憶が無い時期ですね。「すみません、意識不明状態だったもので…」と説明し、すごく驚かれ、漸く自分で記憶が無い=危険状態だったんだなと実感しました。(まだ頭がちゃんと働かないので思考能力が落ちているようです
)

いつの間にか先輩が結婚してたり、上司が代わってたりしてびっくりしたのですが、とりあえず出社初日は無事終了しました。まだ今週いっぱいは午前のみの出勤ですが、なんとか終了。やはりとても疲れました。
帰宅して気づいたら2時間くらい炬燵で寝てました(^-^;

そして二日目の今日。
相変わらず不眠症に微熱と眩暈と耳のおかしな状態が続いています。近いうちに耳鼻科に行くべきか…
下り階段を一応ですがスムーズに降りれるようになりました。
仕事で少しでも頭を使うと凄く疲れるのとじんわり脳が締め付けられているような感覚に襲われます。あの時のような酷い頭痛ではなく、ちょっと風邪気味かな
ー?くらいの、重たい感じです。
こんなとき、髄膜炎は脳の病気だったんだなと実感します。
少しずつ自分が元していた仕事に手をつけはじめました。まだ半日作業なのでそう多くは無いですが…
帰宅後、やはり一時間以上寝落ち。
フラフラするのは後遺症だか睡眠不足だか解らない…

Google先生に検索してもらったところ、微熱だとかの症状は2~3ヶ月続くこともあるそう。マジか…。
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2015年12月01日(火) 12時48分00秒

お久しぶりです

テーマ:ブログ
数ヶ月ぶりの投稿ですね…

まぁ色々とありまして、就職したりとか。(無事正社員になりましたー!漫画関係の会社ですw)

入院したりとか(ぇ)

そう、10月31日に叔母から電話がかかってきて、丁度東京に来てるから会えない?とのことだったのですが、生憎ちょっと風邪気味で…と返し。

翌日、いつもより頭痛が酷く、一日中布団の中。熱は無し。

11月2日、出社。今日は休む人が多いから行かないと…という義務感で。頭は痛いけどそんなに酷くはない。

3日、頭痛でまたダウン。胃の中のものをリバースすること数回。でも熱は無い。

4日、会社を休む。

5日、なんとか出社するも、行きの電車の中で座り込んでしまう程(ちなみに周りの人は皆我関せず状態でした!)。部長に帰った方がいいと言われ、半休をとって帰宅。妹にラインで助けを求める。

6日、会社を休む。もう固形物が食べられない。頭痛と嘔吐で眠れず起き上がれず、夕方妹が様子を見に来てくれる。頭痛が酷くなり救急車を呼んでもらう。(人生初救急車。隊員さんが来てくれた時も吐いてた私。)病院に救急搬送され、MRIやら色々やって、ルンバールの後(ここでようやく少し眠れた)、無菌性髄膜炎と診断される。そして入院。

7日、叔母が手続きに来てくれる。(親は兵庫在住の為、今はいいだろうとのこと)先生も軽い調子だし、わざわざ兵庫から親に来てもらうまでもないと言われたので、数日で退院できそうかな、と思っていました。

ここからちょっと日付不明…
頭痛と嘔吐を繰り返し、二度目のルンバール。そして私の意識がおかしくなり始める。
…自分自身記憶がないのですが、妹や母曰く、大分看護師さん達に迷惑をかけていたそうです。点滴自分ではずしたり、同じこと何度も言ったり…まるで別人だと…
私自身の記憶では、夢を見ているような感覚で、幻覚、幻聴を見ていました。なので、この期間の記憶は何が正しくて間違っているのかさっぱりわかりません。

気がついたら最初にいた部屋ではなくなっていました。
最初4人部屋に居たはずなのに、薄暗い一人部屋(個室ではない)にいたんです。しかも隣はナースステーションでアコーディオンカーテンで仕切られてるし…
後で妹に聞いたら、手に負えなくて部屋を移す事になったのだとか。だからナースステーションの隣なんやで、と言われました。

そして幻覚症状が無くなってくると、ようやく固形物が吐かずに食べられるように。(それまでゼリーと飲料、果物のみのご飯でした)尿道に入れてた(いつの間に)管も取れ、室内のポータブル用ですがトイレもできるようになりました。

それから、再び部屋移動。意識がまともになったので再び4人部屋に。しかし前もそうだったけど、年寄ばっかだなこの病院…。同い年の人がスタッフさんしかいないってどうなの…
リハビリも開始。最初は車椅子に乗ってでした。

そして4回目(私の記憶で)のルンバールの結果、髄膜炎の症状が消えたとのこと。
内心よし、月末に間に合った!でした(この頃は幻覚とかの自覚が無かったので)
だって昔の友達と旅行の計画をしていたんです。
しかし、そうは問屋がおろさない。
リハの先生からまだダメだと言われ、失意の中楽しんでる皆のラインを眺めてました。

そして、一人で歩いてトイレまで行けるようになり、親が様子を見に来たその日に退院。

口癖は「おうちに帰りたい」でした。歩けるし、帰りたい。一番の願いは家でゆっくり寝たい、でした。
病室を移った辺りから、不眠症に陥っており、一週間以上夜2.3時間しか寝れなくなっていたんです。

そして家路へ。
やっと帰れるという思いと、3週間程の入院で落ちた体力に愕然としつつもなんとか帰宅。叔母が掃除をすると言っていたのですが、掃除じゃなくて改造されてました。どこに何を閉まったのか???状態。余計な…とも思いましたが、とりあえず寝る事に。
猫達も妹が通って面倒を見てくれたので元気。やはり最初「誰だお前」みたいな対応でしたが。

退院して一日目、とりあえず買い物へ。
スーパーに行くのに片道で疲れる身体に…
なんとか帰宅して、次の日は最寄り駅まで歩いて帰ってくる。
眩暈の症状が続き、たまに自分がどこにいるかわからなくなる状態が続く。あと微熱も。

次の日妹が様子を見に来てくれる。
寝床を快適に直してくれた。(叔母の改造が寝心地悪かった…)因みにまだ4時間以上眠れてない状態でした。

翌29日、明日から出社予定なので、色々ごたついたものを済ませる。

30日、いつもより酷い眩暈に襲われる。微熱も下がらない。やむを得ず会社へ連絡して1日まで休む。
午後になり、ましになったので病院へと向かい、症状を告げ診察してもらう。
やはり熱と眩暈は髄膜炎の後遺症?的なものらしい。
解熱剤をもらい、帰宅。

12月1日(本日)
ようやく6時間一度も起きることの無い睡眠をとることができた。
歩くとやはり頭が変な感じはするものの、以前よりほんの少しだけましになった気がする。
明日は会社に行ける気がする…!


そんなこんなな私の闘病?記録でした。
私の場合、最初入院でも通院でもという先生の話でしたが、途中から悪化したので入院を選んでおいて良かったです。
まさか自分が救急搬送とか入院とか考えもしなかったので、今後余裕ができたら保険を考えなければ…と思いました。
そして、今回妹には大変お世話になりました。
本当最初から最後まで…
今後彼女に何かあれば全力で助けなければならないくらいに。
ありがとう、と何度言っても言い足りない。
そして家族の中で唯一何のアクションも無かった兄貴は果たしてこの顛末を知っているのか定かではありません…
いつか会う事があれば聞いてみたいものです。
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