October 02, 2009
Snow Mind -5-
テーマ:Snow Mind
どうして、と彼女の感触の残る唇で訊く。
「嫌だった?」
「そういう訳じゃ、無いけれど」
打ち付ける音は幾分収まった。もう少ししたら外に出られるだろう。
「どうして、こんな事を?」
俺はもう一度訊く。
彼女は答えない。
ぼんやりと外を見つめたまま、何も話そうとしない。
俺の肩に頭を乗せ、もたれかかったままの姿勢。恋人同士に見えるだろうか。
嫌だ、とは思わない。
でも、これで良いとは思わない。
踏み出してしまえばきっと、ただの友達ではいられないだろう。
「映画」
「何?」
「見に行こうって言った映画。あのポスターの二人、カップルなのかな」
「さぁ」
「この冬だけの出会いってさ、似てるよね」
「何に」
「私。多分引っ越しちゃうから」
それで彼女は映画を見たいと言ったのだろう。その映画のキャッチコピーに自分を重ねたに違いない。
この冬だけの出会い。
夏じゃなくて冬か、とぼんやり思う。
彼女の引っ越しが決定ならば、それこそ「一冬の何とやら」になるのかもしれない。
そこまで考えたところで酷く咳き込む。濡れて冷えたのが良くないのだろう。そういえば、コートを彼女に被せてやったままだった。冷たい雫が身体の芯に浸み込んでくる。
「あ、ごめん。コート借りてたね」
彼女で暖まったコートが肩にかかる。
身を寄せる彼女の体温が、コート越しでも伝わってくる。
「もう一回、キスして良い?」
「良くない。暗くなるから早く帰れよ」
平然とした声でとんでもない事を言う彼女を何とかやり過ごそうと、敢えて強い口調で突き放す。それでようやく彼女も諦めたのか、俺から身体を離した。
「…何でこんな事をしたんだ」
答えは期待していなかったが、最後にもう一度だけ聞いてみた。
しばらくの間。
「昔、思い出したから」
ぽつりと彼女が呟く。
「昔?」
「手紙の約束の時」
「手紙って…」
「思い出すまで待ってる。…今日はごめん。ありがとう。一人で帰るよ」
呆気に取られる俺を残して、彼女はあっという間に見えなくなった。
彼女の言う約束。
俺が覚えているのは、手紙を交わす事だけだ。事実、彼女がここに引っ越してくるまでやり取りは続いていた。そういう意味では、俺は律儀な方だと思う。
よくある話だ。昔の約束を、男は覚えていない、なんて事は。
だが、手紙を交わしていた俺に関しては、それは無いと思う。とはいえ、返事が来たからそれを返していただけ、というのも否定出来ないのが悲しい。それでも約束はちゃんと守っていたのだ。
彼女が言っているのは、手紙の約束をした時だろうか。
約束をした時、俺と彼女はもう一つ何かを決めていたのだろうか。
その事と、彼女の行動に何か関係はあるのだろうか。
少なくとも普通に考えれば、友達とはいえ、簡単にキスを交わす事は無い。幼稚園児の頃ならまだしも、この年ではかなり抵抗がある。
それは彼女も同じはずなのに。
まさかとは思うが、手紙を送る約束をした時に、子供の真似事でキスでもしたのだろうか。あの年代なら十分有り得る。そうだとしても、今、あの時の様に簡単には出来ない。少なくとも俺には無理だ。
指先で触れてみる。
ファーストキスはレモン味だのイチゴ味だのと言ったりするが、俺の場合は熱い雨の味だった。
「嫌だった?」
「そういう訳じゃ、無いけれど」
打ち付ける音は幾分収まった。もう少ししたら外に出られるだろう。
「どうして、こんな事を?」
俺はもう一度訊く。
彼女は答えない。
ぼんやりと外を見つめたまま、何も話そうとしない。
俺の肩に頭を乗せ、もたれかかったままの姿勢。恋人同士に見えるだろうか。
嫌だ、とは思わない。
でも、これで良いとは思わない。
踏み出してしまえばきっと、ただの友達ではいられないだろう。
「映画」
「何?」
「見に行こうって言った映画。あのポスターの二人、カップルなのかな」
「さぁ」
「この冬だけの出会いってさ、似てるよね」
「何に」
「私。多分引っ越しちゃうから」
それで彼女は映画を見たいと言ったのだろう。その映画のキャッチコピーに自分を重ねたに違いない。
この冬だけの出会い。
夏じゃなくて冬か、とぼんやり思う。
彼女の引っ越しが決定ならば、それこそ「一冬の何とやら」になるのかもしれない。
そこまで考えたところで酷く咳き込む。濡れて冷えたのが良くないのだろう。そういえば、コートを彼女に被せてやったままだった。冷たい雫が身体の芯に浸み込んでくる。
「あ、ごめん。コート借りてたね」
彼女で暖まったコートが肩にかかる。
身を寄せる彼女の体温が、コート越しでも伝わってくる。
「もう一回、キスして良い?」
「良くない。暗くなるから早く帰れよ」
平然とした声でとんでもない事を言う彼女を何とかやり過ごそうと、敢えて強い口調で突き放す。それでようやく彼女も諦めたのか、俺から身体を離した。
「…何でこんな事をしたんだ」
答えは期待していなかったが、最後にもう一度だけ聞いてみた。
しばらくの間。
「昔、思い出したから」
ぽつりと彼女が呟く。
「昔?」
「手紙の約束の時」
「手紙って…」
「思い出すまで待ってる。…今日はごめん。ありがとう。一人で帰るよ」
呆気に取られる俺を残して、彼女はあっという間に見えなくなった。
彼女の言う約束。
俺が覚えているのは、手紙を交わす事だけだ。事実、彼女がここに引っ越してくるまでやり取りは続いていた。そういう意味では、俺は律儀な方だと思う。
よくある話だ。昔の約束を、男は覚えていない、なんて事は。
だが、手紙を交わしていた俺に関しては、それは無いと思う。とはいえ、返事が来たからそれを返していただけ、というのも否定出来ないのが悲しい。それでも約束はちゃんと守っていたのだ。
彼女が言っているのは、手紙の約束をした時だろうか。
約束をした時、俺と彼女はもう一つ何かを決めていたのだろうか。
その事と、彼女の行動に何か関係はあるのだろうか。
少なくとも普通に考えれば、友達とはいえ、簡単にキスを交わす事は無い。幼稚園児の頃ならまだしも、この年ではかなり抵抗がある。
それは彼女も同じはずなのに。
まさかとは思うが、手紙を送る約束をした時に、子供の真似事でキスでもしたのだろうか。あの年代なら十分有り得る。そうだとしても、今、あの時の様に簡単には出来ない。少なくとも俺には無理だ。
指先で触れてみる。
ファーストキスはレモン味だのイチゴ味だのと言ったりするが、俺の場合は熱い雨の味だった。
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