Minstrelsy
初めまして。ココではオリジナルの小説を連載しています。

★連載中→Pure Blossom
Cherry Blossomを「彼女」の視点から描き出します。
幼馴染みの彼。二人に近付く別れの時。
咲き結ぶ桜の物語。

アットノベルス参加中。
bard名義で色々書いてます。今のところ向こうがメインになってます。

Twitterやってます。
ペタとか読者登録してくださるとかなり嬉しいです。
拙い物語ですが、どうぞよろしくお願いします。

にほんブログ村 小説ブログへ人気ブログランキング

に参加してみました。
よろしければ応援クリックお願いします。


現在、ドリバンにて「どりくる:本を出したい」をやってます。ほぼ休眠ですけど。

Pingoo!様で紹介して頂きました!
Pingoo!登録はコチラ から。


Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

Pure Blossom~陽光~

二人の時は動き出す。

陽光は、全てを包み咲き結ぶ。
消えていった花びら。

二人は祈る。
変わりゆく時の中で、変わらぬ想いを。

Pure Blossom -16-

 暖かい日が続かなかったせいだろう。卒業式までに咲いた桜は、三割にも満たなかった。それでも桜が見られただけで十分だ。
 この教室で仲間達と騒げるのも、これが最後。
 まだ卒業式が始まっていないというのに、涙ぐんでいる子も居る。
「結婚式には呼んでよね」
「まだ早いってば! それよりも、そっちこそ彼氏出来たら教えなさいよ?」
「二人が幸せなら私は一人でも構わないっ」
「何馬鹿な事言ってるのよ。……さ、そろそろ行かないと」
 彼女達とひとしきり騒いだ後、体育館へと向かう。
 全てが変わる。変わっていく。
 彼女達との関係も、私の周りの環境も。
 寂しいけれども、それが大人になっていく事なのだろう。
「しばらく遊べないね」
 帰りがけ、彼女がぽつりと呟いた。
 彼のところと同じ、全員の進路が違う。しかも、全員揃って一人暮らし。
「時間合えばさ、お互いのところに遊びに行こうよ」
「そうだね。まぁ、ここにも帰ってくるし」
 そして、彼女達とも別れた。寂しいけれど、そこに涙は無かった。
 遊べなくなったのは彼も同じだ。
 本格的に一人暮らしの準備を始めた私に余裕は無かった。彼は彼で入学前の説明会や講義があるらしく、私が引っ越す日の見送りには来て貰えなかった。仕方がないよ、と私は電話口で笑った。
「頑張れよ」
「お互いにね」
 そう言い、電話を切った。
 揺れる桜。満開までは、まだ少し遠かった。


 慣れない一人暮らしは試行錯誤の連続だった。
 心細かったのは最初の一週間だけで、学校が始まってしまえば寂しさどころではなかった。料理もそれなりに上手くなったし、家事も一通りこなせる様になった。
 新しい友達が出来て、新しい生活にも慣れて、サークルも始めた。忙しいけれども楽しくて充実した日々だった。
 彼も色々と頑張っているらしい。送られてくるメールには、私とは違う生活が書かれていた。
 夏休み、友人達に会いに地元へと戻った。彼にも会うつもりだったが、タイミングの悪い事にサークルの合宿で居なかった。以前帰った時も、そんな感じで彼と顔を合わす事は無かった。
 彼女は幼馴染みの彼と上手くやっているらしい。他の友人にも彼氏が出来たり、それなりに気になる相手が出来ていた。
「でも、遠距離って辛いよね。付き合ってすぐだし、余計でしょ?」
「まあ、ね。連絡は取ってるけども」
 ふっとため息を付く。
 黄金色に染まるイチョウの葉。そこを駆け抜けていく自転車。並んで走る二人に、自分達を重ねた。
 いつ逢えるのだろう、と考えてしまう。
 彼とのメールを終え、空を見上げる。
 気付けば凍てつく風。年の瀬のざわめきが遠くで聞こえていた。


 春風、とは名ばかり。冷たい風が、咲きかけた花びらを揺らしていく。
 その風は、一際大きな桜の木を駆け上がる。
 そして誘うように、大きく枝を鳴らした。
 陽光に照らされる影。私よりも大きな背中。
 気付いているはずなのに、振り返ってくれない。
 待っているのだ。すぐ隣に来る事を。
 私は握りしめた手を開く。
 色あせた花びら。それが、風に乗って舞い上がる。
「桜の花びらのおまじない、ちゃんと効いたんだね」
「だな」
 彼の手のひらがそっと開かれた。同じ様に色あせた花びらが、空へと消えていく。
「そっちの願い事って、何だったの?」
 彼はようやく振り返る。少し大人びた彼は、優しい笑みを浮かべている。
「多分、同じことさ」
 桜の花びらのおまじない。それには、続きが有った。
 好きな人と同じ日に捕まえた花びらを、次に桜が咲いた時に一緒に空へと返すのだ。
 そうすれば、ずっと一緒に居られるのだ、と。


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「そっちも。ちょっとだけ、大人っぽくなったね」
 遠慮がちに袖を掴んだ手を、彼はぎゅっと握ってくれた。
 舞い上がった花びらが陽光に煌めき、寄り添う私達を少し早い春の匂いで包んでくれた。

Pure Blossom -15-

 昨日の事は夢だったんじゃないか。ぼんやりとしたまま、いつもの待ち合わせ場所へと向かう。
「早いな」
「え、あ、まあ……」
 何となく、ぎこちない。
 幼馴染みから彼氏と呼べる間柄になったのかどうか、未だに確信が持てない。それは彼も同じだった様で、どうしたら良いものか考えあぐねている風だ。
 普段通りで良いとは思うのだが、その普段通りがどんな感じだったのか思い出せない。何か話そうとしても、昨日の事を思い出すだけで顔が赤くなってしまう。
「ああ、そうだ」
 彼がポケットから携帯を出す。
「貰ったお守り、付けてみたぜ」
 飾り気の無い携帯に、チョコレートのおまけのお守りがぶらさがっていた。私の携帯に付いているものと同じ、シークレットだ。
「お揃い、だからな」
 彼が照れた様に笑う。
「えっ……ええっと、その、効果出ると良いよね!」
 彼以上に照れる私。
 それがおかしくて、顔を見合わせて笑う。
「そろそろ行くか」
「うん、そうだね」
 並んで漕ぎ出す自転車。流れる景色が春色に染まっていく。


 教室に入るなり、友人達に捕まった。彼女達が聞き出したいのは勿論、昨日の事だ。
「で? で? どうなったの?」
 待ちきれないとばかりに私を促してくる。
「ええと……その……上手くいった、で、良いのかな」
 私を囲む友人達が自分の事の様に喜んでくれる。
「やったじゃん! これで二組目だね」
「え?」
 何の事か解らない。今まで誰かに彼氏が居る、なんて聞いた事が無い。
「ちょっと!」
 狼狽えているのは、彼女。私の背中を押してくれた彼女だ。
 それは、つまり。
「ひょっとして、向こうのグループの……?」
 そう考えれば、全て辻褄が合う。すぐに向こうと口裏を合わせられたのも、頑なにメールを見せなかったのも。
「言ってくれれば良かったのに」
 からかう私に、彼女は気まずそうに打ち明ける。
「喧嘩してたのよ……だから、その、ね。言いづらくてさ」
「付き合い始めたのって最近じゃないでしょ?」
「いやまぁ、そうなんだけどさ……」
 答えにくそうにする彼女に代わって別の友人が言う。
「そっちと一緒よ一緒。幼馴染み君だったって訳」
 驚くのと同時に納得する。色々とアドバイスしてくれたのは多分、自分と同じだったからだろう。
 昨日、あれから向こうのグループと合流してカラオケに行ったという。そこで皆の知るところとなったのだ。その場に居合わせる事が出来なかったのが残念だ。
 そう言うと「二人きりにさせてやったんだから感謝しなさい」と言い返されてしまった。
「でも、これから忙しくなるよね。デートとか難しいでしょ?」
「うん、そうだね……」
 彼はこれから受験、私は一人暮らしの準備が控えている。遊ぶ時間は無いだろう。
 それでも、一緒に登下校する時間はある。今はその時間を大切にしたい。


 彼の受験当日。
 私は何とか時間を作り、彼を迎えに行った。 
「酷い顔」
「半月くらい胃が痛みそうだ。正直自信が無い」
 試験会場から出てきた彼は、まるでこの世の終わりだと言わんばかりの顔をしていた。
「大丈夫だよ」
 迎えと言っても帰りのバスに付き添うくらいだ。それでも彼は安心したのか、糸が切れた様にぐったりとしている。
「眠けりゃ寄っかかんなよ」
 そう言うと、悪いと言いながら寄りかかってきた。すぐに小さな寝息が聞こえる。
 大丈夫だよ、と私はもう一度囁く。聞こえていたのだろうか、触れた指先がそっと握られた。


 気が気でないといった様子の彼が、やけにすっきりとした顔をしていたのはそれから一週間くらいしてからだった。朝は何も言ってくれなかったが、帰りにその理由を明かしてくれた。
「合格したんだよ」
「えっ、ホント? 良かったじゃん!」
 模試でもギリギリだった、と彼は言う。それだけに嬉しさが倍増したのだろう。いつもの奴らと遊ぶ約束もしてきた、と笑う。
「まあ……本気で遊べるのは最後かもしれないな。全員進路バラバラだからさ」
 そう言いながら、寂しそうな顔をする。
「別れる別れるって思うから、寂しいのよ。二度と逢えなくなる訳じゃない、でしょ?」
 私はそう言う。
 私が彼に言い、そして彼が私に言った言葉。
「そうだったな」
 彼の顔から寂しげな色が薄れる。
 吹き抜ける風。桜の枝を揺らす、暖かな春の匂い。
 もうすぐ別れの時だ、と告げる風。
「でもやっぱ、寂しいよね」
 思わずそう呟いてしまう。
 ぼんやりと風が抜けた方を見つめる私の頭を、少し乱暴に彼が撫でる。そしてそのまま口付けされた。
「そう言うのは、無しな」
 日溜まりの様な温もりが離れる。
「ほら、帰るぞ」
 彼の顔が赤かったのは、夕陽のせいだけでは無いだろう。
「わっ、解ったから置いてかないでよ……」
 長く伸びた影。流されてきた花びらが、そっと舞い落ちた。

Pure Blossom -14-

 鼓動が声を震わせる。
 逃げ出したい気持ちで一杯だ。
「実はね、私……進路決まってた」
 口にしてしまえば、呆気ない事。
「気を遣って言ってなかったって訳か」
 彼も同じ事を思ったのだろう。星よりも冷たい声だった。
「それもあるけど……そうじゃない」
 挫けそうになる心を奮い立たせる。これからが、本題。
「推薦で、女子校行くことになった」
 顔を上げる。
 彼はただ、そうか、とうなずくだけだ。
「学校も遠いから、四月から一人暮らし」
「……そうか」
「こうやって遊んだり、一緒に学校行ったりってのも、これが最後。だからね、今日遊びたかったの。今日言おうって、そう、思ってた」
 彼のコートが翻る。影が翼の様に広がる。
「別に、いつ言ってくれても良かったのに。友達に推薦で決まったって言ってるのも居るし」
 彼が無理に明るく言ってくれるのが解る。その気持ちが痛い程に伝わってきて、泣きそうになる。
「二度と、逢えなくなる訳じゃない」
 その言葉は、私が彼に言ったものだ。
 自分で言った癖に、心に突き刺さる。
 解っているのだ。それでも――。
 俯いた視線が何かを捉える。
「――あっ」
 気が付いた時には走り出していた。
 風に流されてきた花びら。
 あれを捕まえられたら、きっと。
 頼りなく儚いそれを掴んだ瞬間、ぐらりと体が揺らいだ。歩道の段差に気付かずに踏み出していたのだ。転ぶ、と思うよりも早く、強い力で抱き止められる。
「……っと……何やってんだ、お前は!」
 強い声が上から降ってくる。
 体に回されている、暖かな体温。これが夢ならば、醒めないで欲しい。寄りかかる様にそっと身を寄せる。
「覚えてないかなぁ……」
「何を」
「ちっちゃい時さ、こうやってみんなで花びら追いかけてたの。こうやって、空中でキャッチしたらさ、願い事叶うって」
 手の中のそれを意識する。儚くて溶けてしまいそうな、夢のように淡い薄桃色。
「願い事、叶うかなぁ……」
 言葉と一緒に、涙が落ちる。それが彼の指先を濡らしていく。
「叶うさ」
 力強い言葉。振り返った私に、彼は笑ってみせる。
「そうだと、良いな」
 私もそれに応えようと、笑顔を作ってみる。けれども果たせず、すぐに涙が落ちてしまう。
 彼の指先が、私の頬を撫でる。壊れものを扱うように、そっと、涙を拭ってくれる。その指先をまた、溢れだした涙が伝っていく。
 頬を拭う手が、そのまま首の後ろに回された。そしてそのまま、彼の胸に押しつけられる。もう片方の腕は、私の背中。抱き締められていると気付くのに、少し時間がかかった。
「……泣かないでくれ」
 囁く様な声。それと同時に、私を抱き締める腕の力が強くなる。押さえ付けていた気持ちが、音を立てて溢れていく。
「言えば、良かったんだ。素直に、最初から、寂しくなるって。言わなきゃ、ずっと、一緒に居られるって、そう思って――」
 そこから先は言葉にならなかった。
 崩れ落ちる様に漏れる嗚咽。
 しゃくりあげる私の背中を、彼が撫でる。
 どうしようもないくらい、彼の事が好きなのだ。震える心が叫んでいる。あなたの事が好きだ、と。
 この腕が、体温が、声が、存在が、その全てが好きなのだ。
 首に回されていた腕が体を離れる。
 見上げた私は、その手が花びらを捕まえるのを見た。その手が、祈る様に握られる。
「約束しよう」
 肩に優しく置かれた手。
「帰ってきた時は、必ず連絡しろよ。そしたら、また今日みたいに遊びに行こう。……まぁ、向こうで彼氏が出来たときはしょうがないけどさ」
 否定の代わりに、困った様に笑ってみせる。
「いつもの場所で、待ち合わせして、好きなところへ行こう」
 その先に見えるのは、あの桜の木。
「……忘れないでよ?」
「俺は平気だ。だけどお前、忘れっぽいから」
「絶対忘れない、覚えてるから。そっちこそ……覚えててね?」
「約束だ」
 子供の様に出した小指に、彼の小指が絡まる。
「参ったな……どう言えば良いのか……」
 離した指先を眺め、彼が迷った時間は少し。
 もう一度頬の涙が拭われる。
「俺は、お前が好きだ」
 その言葉に、うなずくので精一杯だった。
 彼の瞳に、月の光が映る。そこに小さく私が重なった。
 目を閉じるのと、引き寄せられるのは同時だった。
 私も好き、と言いかけた唇はそのまま塞がれる。
 ほろ苦いコーヒーと、甘いミルクティー。
 言葉はもう、必要なかった。

Pure Blossom -13-

 向こうで遊んでいる時に何か食べたのだろう。追加でケーキを頼むと言ったら彼は呆れた顔をする。
「やけに食欲旺盛だな」
「普通だよ? むしろそっちが少ないくらいじゃない?」
「俺は至って平均的だと思うんだがな」
 そう言ってコーヒーよりも苦い顔をする。
 私は季節のケーキを注文し、ミルクティーを飲む。今月は何だったか、と思い出す前に正解がやって来た。
 苺の乗った小さな丸いショートケーキ。
 ちょこんと乗った苺は、甘味よりも酸味が強かった。
「……ちょっと酸っぱい」
「だろうね」
 興味深そうに覗き込む彼に、一口食べる? と苺と生クリームをすくって差し出す。身を乗り出した彼の口に、差し出したフォークの先が消える。
「苺には早かったかな」
「でも、結構、いけるでしょ?」
「流石に一個はキツイけどな……」
 自分のやった事に今更ながら気付き、顔が赤くなる。
(今の、カップルの定番じゃないの……)
 彼の顔を見るのが急に恥ずかしくなり、私はもくもくとケーキを口に運ぶ。
 彼は気にしていないのか、もう一口くらいはいけそうだといった顔をしている。
「半分残したげれば良かったかな?」
 動揺を隠す様にそう聞いてみる。
「次来た時に、気が向いたらで良いよ。……何飲む?」
「あ、じゃあ、ミルクティーで」
 フォークを持つ手が震える。残りのケーキを口に運び、落ち着こうと水を飲む。
(次か……)
 話の流れでそう言っただけなのだろう。それだけでまたこうやって遊べると思うのは、ただの早とちりだ。解ってはいても、嬉しいという気持ちは抑えられない。
 程なくして彼が戻ってきた。何故か、ぼんやりとした顔で。彼が手にしているのは、シロップではなく紅茶に入れるレモン。それをコーヒーに入れるつもりなのか。
「どしたの?」
「え、別に……」
「ぼーっとしてるよね」
「そうか?」
「うん。コーヒーにレモン入れる気?」
 私に言われるまで気付かなかったのか、彼は自分の手元を見て唖然としている。所在なさげに手の中でレモンを転がし、皿の横へと放り出す。
「そういや、それ」
 話題を変えようと彼が指さしたのは、ケーキの皿。
「一口貰ったよな」
 先程の事が蘇る。
「うん、あげた。ボケたの?」
 気恥ずかしさを誤魔化そうと、からかう様に言い返す。
「……あんまりな言い方するな」
「なーによ。どうしたのさ」
「別に何も」
 覗き込む私の視線を避ける様に、彼は横を向いてしまう。何か察したのだろうか。
「そっ、それよりさ、今日ゲーセンでな……」
 更に話題を変えようと、コーヒーを飲み干した彼が話し始める。
「何? また負けたの?」
「誰が負けるかって」
 話が始まると、ぎこちない雰囲気はすぐに消える。
 これでいつも通りに戻った。彼を見ながら、私はようやく穏やかな気持ちになれた。


 色んな話をした。
 今日の話、学校の話、お互いの事。
 知らない事が一杯だった。いつも一緒に居るからよく解っている、そう思い込んでいただけだと気付かされる。
 彼とこんなにも話をしたのは初めてかもしれない。今まで私は、彼の何を知っていたのだろう。知る事を嬉しく思うと同時に、寂しさも覚える。
 ずっとこの時間が続けば良い。そう思う。
 けれども。
「帰るか、そろそろ」
 混雑してきた店内を見回し、彼が言う。
「そうだね。混んで来たし、お腹も一杯だし」
 終わりを告げる言葉に、応じる。
「割り勘な」
「ちぇー。ケーキ奢ってくれても良いじゃん……」
「一口しか喰ってねえのにか。ほら、バスが来るから早くしろよ」
 次のを待とうという言葉は一蹴されてしまった。
 もう少し一緒に居たい。
 ただ、そう伝えたかった。
 けれども、それは言葉にならずに沈んでいく。
 帰りのバスの中、私は眠った振りをして彼にもたれかかった。彼の少し戸惑う気配。振り払われると思ったが、彼はそのまま肩を貸してくれた。
 閉じた瞼を、涙が押し開けようとする。
 泣いては駄目だ。
 耐える私を、彼が揺り起こす。
「起きろよ。そろそろ着くぞ」
「んー……」
 私は眠い目をこする振りをして、そっと涙を拭った。


 冷たい風が暖まった体を冷やしていく。そして、早くしろと背中を押す。
 解っている。
 深呼吸。凛とした冷たさが、胸を満たしていく。
「言わなきゃいけないことがあるんだ」
 少し前を歩く彼が、足を止める。振り返る顔を見ないように、私は下を向いた。
「言わなきゃ、いけないことが、あるんだよ」
 氷の様な月の光が、彼の影を私の足下へと伸ばす。その影が揺れている。
 泣いちゃ駄目。
 幾度も言い聞かせた言葉を繰り返し、精一杯の勇気を振り絞った。

Pure Blossom -12-

 握りしめた携帯が着信を告げる。電話。彼からだ。
 考えを打ち切り、電話に出る。
「もしもし?」
『あーっと、まだ友達と一緒か?』
 出るとは思っていなかったのか、彼は驚いている様だった。
「ううん、もう皆帰ったよ。まだメール見てないの?」
『悪い、見るの忘れてたわ』
 驚いた理由はこれか、と納得する。私が先に帰ったんじゃないかと思っていたのだろう。
「まぁ良いけどさ」
『これからどうするよ』
 何処か見て回るには少し疲れている。だったら、と私は彼に提案する。
「美味しいとこ知ってるの。ちょっと早いけど夕飯にしない?」
 電話の向こうからうなずく気配が伝わってくる。
『じゃ、レストラン街の辺りで』
「解った。また後でね」
 この前彼女に教えて貰った店が有る。そこならば、ゆっくり話が出来るはずだ。


 先に着いたのは私だった。今まで何度となく待ち合わせをしてきたが、大体私の方が遅い。だから、遅れてやってきた彼を見て思わず、珍しい、と呟いてしまった。
 彼はどことなくすっきりとした顔をしていた。憑き物が落ちた様な、とでも言うのだろうか。午前中に見せていた疲れは全く無い。やはり、慣れた仲間で遊べたからだろう。それで良かったのかもしれない。
 こっちだ、と彼を店へと案内する。
 入った先は洋食屋だ。軽く照明が落とされていて、各テーブルにはランプ型の明かりが置かれている。お洒落な雰囲気だ。彼には余り馴染みが無いのか、どこか落ち着かない。
「ここさ、オムライスドリアが美味しいんだよ」
「……何それ」
「ここのオススメ。一度食べてみると良いよ」
 看板メニューなのだと解ると、彼もそれを選ぶ。
「後、ドリンクバーもセットで」
「かしこまりました。グラスはご自由にお持ち下さい」
 テーブルに置かれた水を一口含む。流れているのはジャズ。もう少し大人になった方が似合うお店なんだろうな、とぼんやりと思う。
「飲み物、何にする? 取って来たげるけど」
 話題を見付けられず、席を立ちながら彼に聞く。
「じゃ、アイスティーで」
「ん。少し待っててね」
 彼を残し、飲み物を取りに行く。まだ早い時間だと思っていたのに、もう結構客が居る。その殆どがカップルだった。一組のカップルに目がいく。私達より少し年上だろうか。お揃いの指輪をして、楽しそうに話をしている。
 彼のアイスティーと自分のミルクティーを注ぎ、席に戻る。傍目から見れば、私達もそんなカップルの内の一組に見えるのだろうか。
 彼の前にグラスを置いた時、彼の視線が私の荷物に注がれているのに気付いた。
「何か面白いものでもあった?」
「いや……色々行って来たんだと思って」
 物珍しいのだろう。一度外した視線がまた戻る。
「まぁね。コスメコーナー行ってきて、ウォータープルーフのマスカラとか見てきた。すっごいよ。新製品もあったし」
「うぉーたーぷるーふ……」
「後は……新しく出来たブランドショップがあって、そこも見てきた。手が出ないから、見るだけ」
「ブランド……」
「しばらく見ない間にファッションストリートとかって綺麗になっててさ、驚いたよ~」
「はぁ……」
「後はねー……」
 彼が話に着いて来ていないのが解る。けれども、話す勢いは止まらない。二人きりになれた嬉しさがそうさせてしまうのだろう。
 一区切り付いたところで、そっちはどうだったのか、と尋ねる。
「んー……まぁ、いつもと同じ。ゲーセンで遊んでた」
 言葉少なにそう言う彼。何かを思い出したのか、景品の袋を探っている。
「やるよ」
 中から出てきたものを渡してくる。
 可愛らしいファスナーアクセサリーだ。花とハートをまとったキャラクターがくっついている。
「良いの?」
「ダブったし」
「ありがとう」
 くれたのは、一つだけ。ダブったって事は、もう一つは彼が持っている。お揃いだと言いたかったけれど、お守りの一件を思い出し口をつぐむ。
 何がおかしいのか、彼は私を見て笑っていた。
「何笑ってんのよ。ゲームに熱中し過ぎて頭でも打ったんじゃない?」
 口を尖らせる私に、かもな、と彼はまた笑う。
 そこにタイミング良く料理が運ばれてきた。少し大きめのグラタン皿に、ホワイトソースのかかったオムライス。結構なボリュームだけど、お昼が少なめだった私には丁度良いくらいだ。
「オムライスにホワイトソースをかけて焼いて……あぁ、そういう意味ね」
 何を想像していたのか、彼は料理を見て変な感心をしている。
「そそ、だからオムライスドリア。まんまでしょ?」
 多分、オムライスの中身がドリアだとでも思っていたのだろう。
 それじゃ、と私は殆ど口を付けていないグラスを掲げる。
「何に対して?」
 応じながら聞く彼。
「んー……」
 初めての二人きり、とは言えない。
「お疲れ様ってことで?」
「まぁ、確かにな」
 私は軽く腕を伸ばす。
「では改めて」
「乾杯」
 口付ける様に、そっとグラスが触れ合った。

Pure Blossom -11-

 ファッションストリートは思いの外凄かった。改装前は申し訳程度だったブランドショップが増えていたし、コスメコーナーも明るくて綺麗になっていた。
 手が出ないものが殆どだったけれど、見ているだけでも楽しい。
「あ、グロスの新色じゃん」
「ホントだー。ポーチも有るよ」
 彼と一緒だったら、ここに来る事は無かっただろう。友人達と居るのも、やっぱり悪くない。
 と、一人がしきりに携帯をいじっているのが目に入った。
「どうしたの? 親から?」
「ううん。向こうの奴と、ちょっとね」
 閉じた携帯がすぐに鳴る。
「向こうの奴って……さっきの男子達?」
「そう」
「友達?」
「まぁ、そんなところね」
 彼女は曖昧に笑って、また携帯に目を落とす。
 彼の友人達の顔を思い出してみる。少なくとも、私の馴染みの顔はいない。それに、彼女と一緒に居る様な男子も居ない。誰だろう。
「今さ、そいつと連絡取っててね。帰る時間合わせようって」
「どういう事?」
「……メイク直してあげる。ちょっと来て」
 彼女は私の手を掴むとパウダールームへと引っ張っていく。
 パウダールームは私達以外に誰も居なかった。彼女は自分と私の鞄からメイク道具を取り出すと、私を鏡の前に座らせる。言われてみれば、少しメイクが崩れている。
「チークはピンクだけ?」
「うん」
「余裕有ったら二色のパレット買いなよ。その方が可愛いと思う」
 彼女はそう言いながら自分のパレットを開き、私の頬に色を乗せていく。
「気合い入れてきたんだね。会った時さ、結構可愛いからびっくりしたよ」
 その言葉に、何故か泣きそうになる。彼からは絶対聞けない言葉だ。
 何かを察したのか、彼女がメイクをする手を止める。
「さっきさ、向こうの奴と帰る時間合わせるって言ったよね」
「うん」
「五時半くらいになったら私達帰るから。夕飯、一緒に食べるつもりでしょ?」
 そこまでお見通しとは。私は黙ってうなずく。
「今日、進路の事とか話すって決めてるのよね? 一緒に夕飯食べてさ、ゆっくり話したら良いよ」
「でも、でもさ……」
 膝の上でぎゅっと手を握りしめる。
「午前中一緒だったけど、どうして良いのか解らないし……あいつはさっさと向こうと合流しちゃったし……帰りだって、友達と一緒に帰っちゃうかもしれない」
「何でそう悪い方ばっかり考えるの。向こうには置いて帰れって言っとくし、幼馴染み君はそんな薄情な奴じゃないでしょ?」
 彼女はコームで私の髪をとかす。
「大丈夫だって。素直になれば、きっと上手くいくんだから。それに……彼の事、好きなんでしょ?」
 うなずいた拍子に涙が一粒、こぼれ落ちた。
「だったら。だったら伝えなきゃ。進路の事も、自分の気持ちも」
 指先で髪を整え、彼女はそのまま私の肩を優しく撫でてくれる。
「ああもう、せっかくメイク直したのに! ほら、涙拭いて!」
 彼女が大袈裟に慌ててみせる。それがおかしくて笑いだしてしまう。
「あ、ここに居たんだ」
 入り口のところで他の友人達が顔を覗かせている。
「メイク直してたのよ。どうしたの?」
「コスメコーナーでタイムセール始まったのよ。色々有るみたいだからさ」
 さっき彼女が言っていたパレットの事を思い出す。彼女も同じ事を考えていたのか、私を促してパウダールームを出る。
「ほら、こっちこっち」
 手招きする方向、ちょっとした人だかりが出来ている。私は直して貰ったばかりのメイクを気にしつつ、目当ての物を探しにその中へと飛び込んでいった。


 チークパレットとショール。これが今日の戦利品。両方ともタイムセールでゲットした。休日は時たま見かけるけれども、かなりの人でごった返している。辿り着いた頃には何も無いのが当たり前だ。
「良いねぇ、平日休みって最高だねぇ」
 友人達も上機嫌だ。
 服や雑貨を見て回って、時々セールを覗く。気付いた時には結構良い時間だった。
「あ……そろそろ?」
 しきりに携帯を気にする彼女に、他の子も気付く。パウダールームを出た後に、彼女が皆にも話したのだ。
「うーん、そうなんだけどさ」
 一人が彼女の携帯を覗き込もうとする。
「ちょっと! 何見ようとしてるのよ!」
「え、良いじゃーん」
「駄目だって」
「何よう。ひょっとして相手、彼氏だったりしちゃったりして?」
「ちっ、違うわよっ」
 今まで適当にあしらっていた彼女が急にぎこちなくなる。友人達がそれを見逃す訳が無い。
「あーやーしーいー」
「どういう事なのさー」
 彼女の目が泳いでいる。助けを求める様にこっちを見てくるが、どうしようもない。それに、私も興味が有る。
「あ、あぁぁ、ちょっと、メール来たから! ほら、そろそろ行かないと!」
「ちぇ……参考に出来そうな良い話が聞けると思ったのにな」
 私がそう言うと、彼女は困った様に笑う。連られて皆も笑った。
「それじゃあ、私達は帰るからさ。頑張りなよ?」
「明日の結果報告、楽しみにしてるからねー」
 向こうのグループと合流しようと意気込む友人達。全力で拒否する彼女。その声と姿が遠くなる。
(さて、と……)
 上手くいっていれば、丁度彼も一人になっている頃だ。今何処に居るのか、と彼にメールを送る。
(自分の気持ちか……)
 彼には伝えず、胸にしまっておくつもりだったもの。言えるだろうか。ちゃんと伝えられるだろうか。進路の事さえも、言えるかどうか危ういと言うのに。
(駄目。弱気になっちゃ駄目)
 友人達の姿はもう見えない。

Pure Blossom -10-

 何か気に障ったのか、それとも気分が悪いのか。結局何も聞けないままにゲーセンへと向かう。
 ゲーセンは騒がしかった。それでも殆どがゲームの騒音で、人の声は少ない。
 さて何をしようか、と振り向いたところで彼が呆然としている。
「あ、お前も来てたの?」
 彼の友人達だった。
「それはこっちの台詞だ。お前らも来てたのか」
 彼が私と距離を置く。それに気付いたのか、彼らが私を見る。
「あー、あぁ、幼馴染みの例の彼女と一緒だったのか」
 曖昧にうなずく彼。彼らは何か察したのかもしれない。話を切り上げて立ち去ろうとする。
「なんだー、やっぱり遊びに来てたんだー」
 その彼らの気遣いを台無しにする声。
「まーね。せっかくの休みだし」
 平気な風を装って返す。
 何でこんな時に限って、お互いの友人達と鉢合わせしてしまうんだろう。運が悪い、と思ったのが顔に出てしまったのだろう。
「あ、そっちがあの幼馴染み君?」
 何も知らない一人が彼に気付く。
「こんな人だったのかー」
 そう無邪気にそう話しかけてくる。事情を知っている友人は気が気でないといった感じだが、他の子は気付かない。
「クラス近いのに知らなかったなぁ」 
「どうもー、この子の友達やってまーす」
 テンションが振り切れた様に笑い出す。最悪だ。逃げる事も出来ない。どうしよう、と途方に暮れる。
 すると、ぐいっと背中を押された。もう少しで転びそうになる。
 背中を押したのは、彼。
「よし、お前そっちのグループで遊んで来いよ。俺はいつもの奴らと遊ぶからさ」
 そう言う彼の目は、私を見ていない。
「え、でも……」
「皆帰るとかそんなことになったら連絡してくれば良いだろ。それに、慣れてる方がやりやすいだろ」
 戸惑う私に畳みかける様に言ってくる。
「そういう問題じゃ……」
 一緒に居たい。別れて遊ぶなんて、それじゃ意味が無い。伝えたいのに、上手く言えなくて唇を噛む。
 もう一度、背中を押される。突き飛ばされる様に、私は友人達の前に立たされた。
「という訳で、俺らは俺らで遊ぶから。こいつのこと任せるわ」
 一方的にまくしたて、彼は行ってしまった。
 待って欲しいとも言えなかった。そんな私を憐れむ様に一瞥し、彼の友人達も彼を追いかける。
「……どっか入ろっか」
 立ち尽くす私の手を友人が引く。私は促されるままに歩き出した。


「馬鹿じゃない? 何考えてるの?」
「だ、だってさ、友達見付けたら声かけるでしょ」
「それにしたって少しは考えなさいよ! なーにが、友達やってまーす、よ。あんまりじゃないの!」
「そこまで言う事無いでしょ! 知らなかったんだし! だったら止めてくれれば良かったじゃない!」
「そんな事、止める前に気付くのが普通でしょうが!」
「止めなさいよ……声が大きいって」
 カフェに入るなり喧嘩が始まってしまった。周りの人が何事かと耳をそばだてているのが解る。自分にも責任が有ると解っているだけに、いたたまれない気持ちになる。
「良いよもう……過ぎた事だし。ちゃんと話してなかった私がいけないんだし」
「でも……!」
「あいつの友達だって居たんだしさ」
「だけど……」
 言葉が見付からないのか、そう言ったきり彼女は口をとざしてしまう。
 ここに居る四人のうち、今日の事を知っているのは彼女ともう一人。後の二人は何も知らない。友達を見付けたら声をかけるのは、当然と言えば当然だ。都合が悪いのは、あくまでもこちらの事だ。友人達は別に悪くない。
 行き先もちゃんと話しておけば、こうはならなかったのだろうか。いや、それでも彼の友人達が居る。どちらにせよ気まずくなるのは避けられなかった。
「ごめんね。その……知らなかったからさ……」
「ううん。皆にちゃんと話してなかったから、私が悪いよ」
 そのまま帰ると言われなかっただけ良かった。そう思い直す。
「それよりさ、せっかくだし何処か見て回ろうよ。ね?」
 考えたって仕方がない。私は無理矢理にでも笑ってみせる。
「あ、そうそう、この前改装してたところがファッションストリートとかって言うのになったらしいよ」
「じゃ、決まりだね」
「そう言えば雑誌に載ってたよ。確か……」
 友人達が気を遣ってくれているのが痛い程に解る。彼女達と居られれば、彼の事は気にしなくても済む。
 今頃彼は楽しくやっているのだろう。本当の意味で息抜きが出来ているに違いない。

Pure Blossom -9-

 もしもこれが本当にデートだったら、と有り得ない想像をしてしまう。デートだったら、もっと私を見てくれるのだろうか。
「ね、ね、コレなんかどう?」
 こうやって聞いてみても、返事は同じ。
「良いんじゃねーの?」
 善し悪しなんて見てくれていない。
 彼女に似合う、なんて店の人がお世辞を言ってくれても、律儀に友達だと言い返す。
「一休みしよっか。そろそろお昼だし」
 彼に解らない様にため息を付く。普段通りにしようと思っても、気持ちだけが空回りしてしまう。無理にはしゃぎ過ぎた様に思う。
「そうだな。そうしてもらえると嬉しい」
 彼のほっとした顔。余程疲れていたのだろう。
 お昼は軽く適当に、と入った先はハンバーガーショップ。お昼時を外したお陰で人は少ない。
 彼はレギュラーセット、私はポテトとドリンクのライトセットを頼む。いつもならば私も彼と同じものを頼むのだが、気が張っているせいか食欲が無い。
(あーあ……)
 次はどうしよう、と考えながらポテトをつまむ。彼は何も考えていないのか、どこかぼんやりとしている。
「なーによー、もうへばっちゃってる訳?」
 そんな彼を気遣う言葉は出てこない。嫌な子だ、と自己嫌悪。
「へばるっつーか気疲れするっつーか……何? お前いつも買い物ってこんな感じ?」
「うん」
「女子って大概そんな感じ?」
「だと思うよ」
「……そうかい」
 彼は付き合っていられないとばかりに、ハンバーガーを頬張る。下手したら、このまま帰ると言いかねない。
「で、そっちはいつも何して遊んでるの?」
 帰ると言われない様に話題を変える。自分が聞かれると予想していなかったのか、俺? と目を見開いて聞き返してくる。
「……別に、ゲーセン行ったりカラオケ行ったり、そんな感じだけど」
「他の女子とかとも?」
 思わず口を突いて出た質問に激しく後悔する。何でそんな事を聞いてしまったんだろう。
「あー、まぁ、そうだな。大抵いつもの面子と一緒だから大人数だし」
「そっか」
 私以外の女子と遊んでいるからと言って、責める権利も何も無い。仲が良ければ当たり前だ。彼がクラスの女子と楽しそうに話している光景を思い出し、気が滅入る。
 もしも。
(その中の誰かと、付き合っていたら……)
 噂でも聞いた事は無いけれど、有り得ない話では無い。自分で聞いておきながら落ち込んでしまう。
「……それで? これ喰ったら何処行くんだ?」
 面倒な話はこれで終わりだとばかりに彼が言う。私も気持ちを切り替える。
「んー……考えてなかったな」
 氷だけになったドリンクをかき混ぜる。
 さっきまでは私が彼を引っ張り回していたし、とそこまで考えたところで思いつく。
「じゃあ、次はそっちに合わせるよ」
 我ながら名案だ、と笑ってみせる。
「ゲーセン行こう! そこで遊んでから、次行くとこ決めれば良いからさ。これでも結構得意なのはあるし」
 少しだけ胸を張る私を見て、彼は観念した様に笑う。
「そうだな。それじゃ次は俺に付き合って貰う番って事で。言っとくけど、容赦しないからな」
「平気だよ。私だって強いもん」
 はいはい、と彼はトレーを片付けようと立ち上がる。ついでだから、と私の分も一緒に持って行ってくれた。
「ありがとね」
「ああ……いや、別に良いよ」
 彼は何故か私から目を逸らす。その顔には影が差していた。見た事の無い表情。
「……何?」
「ううん、何でもない」
「そうか? まあ……行くか」
 けれども、すぐにいつもの彼に戻る。いや、戻ろうとしていた。
 彼もいつもとは違う。何故だろう。凄く、不安になる。

Pure Blossom -8-

 彼と遊ぶのは楽しみだ。けれど、言わなきゃいけない事が有る。本題はどっちなのか、自分でも解らなくなってきた。楽しみと不安がない交ぜになって落ち着かない。
 別に告白する訳じゃない。ただ進路が決まっていたんだと伝えるだけなのに。それなのにどうしてここまで不安になるのだろう。
 考えていても仕方ない、と明日の準備に取りかかる。
 この前買ったばかりの服をクローゼットから取り出す。友人達と遊びに行った時に買ったのだ。いつもより、気合いの入った服。この日のためだ。勿論、友人達には黙っていたけれど。
 目覚ましはいつもより三十分早くセット。秒針を眺めながら眠気を待つ。
(二人きりで遊ぶのって……もしかして、初めて?)
 つまり、デートと同じシチュエーション。不安が一気に吹き飛び、代わりに恥ずかしさと嬉しさが洪水の様に襲ってくる。
 勘違いするなと言い聞かせても、嬉しさがそれを聞こうとしない。布団を抱えて顔を埋めて足をバタバタ、なんて漫画みたいな事をまさか自分がする羽目になるとは思わなかった。
(明日は楽しむ! 楽しかったら、きっと簡単に言えるはず……!)
 耳まで熱くなった顔を布団から出し、深呼吸。本格的に寝られるまで、まだ少し時間がかかりそうだ。


 寝た様な寝ていない様な身体は少しだるさを訴えてくる。鳴る前に止められた時計が、恨めしそうにこちらを見ている。
 準備万端。よし、と鏡の私に笑ってみせた。
 いつも結んでいる髪を解いて緩くウェーブをかけた。雑誌を見ながらだけど、メイクも上手くいった。戸棚の飾りだったコロンも付けてみた。
 白のハイネックのニットにギンガムチェックのスカートは友人の見立て。スカートは少し短め。ファーの付いた淡いピンクのスプリングコートを羽織れば、いつもとは違う私がそこに居る。
 可愛い、と言ってくれるだろうか。
 待ち合わせの時間より早く着いたのに、彼は既にそこに居た。先に居るのはいつもの事なのに、何だか嬉しい。
「おっまたせー」
 ぼんやりと桜を眺めていた彼が振り返り、固まった。
 言葉を探す様に視線がさまよう。ほんの少し、その頬が赤くなっている。
「変わるもんだな……」
 絞り出す様に彼が呟く。
「そんなに違う?」
「俺より早く来てれば気付かなかったかもな」
 好感触。心の中でガッツポーズを決める。
「えへへー、出掛けるときはこんな感じだよ」
 ちょっとだけ、見栄を張る。
「そういうもんなのか」
 ふっと彼が視線を逸らす。覗き込もうとしても、目を合わすのを避ける様に横を向いてしまう。
「なーに? それはあれかな、可愛いとか思ってくれてたり?」
 調子に乗って聞いてみる。否定の言葉は無かった。困った様な顔をするだけだった。それだけで満足だ。
「さーてとぉ、今日は一日遊ぶぞー」
 履き慣れないロングブーツの踵を鳴らし、歩き出す。
「あ、夕飯は食べてきても良いって言われてるから、そのつもりでね」
 本当は食べてくる、と言ってきたのだけれど。
 私の後ろで、やれやれ、と小さく彼が呟いた。


 バスですぐに行ける距離、と誘ったのはショッピングモール。団地から歩いて五分のバス停から、ここに向かうバスが出ているのだ。専門店やレストラン街、ゲーセンに映画館と一日中遊べるところだ。友人や家族とはもう何度も来ている。
 だけど、今日は違う。彼と二人きりだ。
 平日の、いつもより静かなショッピングモールを二人で歩く。彼を連れて入ったのは雑貨屋だ。
 女の子向けのものが多いのだけれど、パワーストーンやお守りも扱っている。
「あ、見て見て。学力アップとか合格祈願とか色々あるよ」
 今の時期にはこういったものが並ぶ。興味無さそうに見ていた彼の目の色が変わる。
「色々あるんだな」
 ストラップを手に取った彼に、店員が石の意味の書かれた紙を渡し、色々と話をしている。選ぶのを邪魔しない様に、私は奥のアクセサリーコーナーへ向かう。この前見た時、恋愛運アップのブレスレットを見付けたのだ。まだ有るだろうか。
 彼の話声が聞こえる。彼女がどうとか友達がどうとか聞こえた気がして振り返る。一瞬目が合ったが、違ったのだろう。また商品選びに戻ってしまった。私も目当ての物を探しに戻る。
 散々悩んで手にしたのは、やはり気になっていたブレスレット。それと、小さなハート型の石。これも恋愛関係。
 二つを手にしてレジに向かった時にはもう、彼は会計を済ませていた。小さな紙袋を手にしている。多分、受験関係のお守りだろう。
「店員さんに何か言われたの?」
 何となくぼんやりとしている彼に聞いてみる。
「別に。石勧められたりとか紙貰ったりとか……」
「ふぅん……。何かさ、私のこと話してたような気がしたんだけど」
 漏れ聞こえた単語が引っ掛かる。きっと、恋人同士だと間違われていたのだと思う。彼がどう返したのか、余計な事を気にしてしまう。
「お連れ様とお揃いがどうとかは言われたな」
 彼女をお連れ様と言い換えたのだろう。それが解ってしまう自分が悲しい。
「それだけ?」
「それだけ」
 解ってはいたけれど、改めて否定されると辛い。
 暗くなりかけた私を励ますに、次は何処に行くんだ、と彼が私を促す。
「そう言えば、見たいとこ色々あるんだ」
 私は彼の返事を待たずに歩きだした。行き場のないやるせなさを追い散らす様に。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>