初めまして。ココではオリジナルの小説を連載しています。

★連載中→Snow Mind
思いがけない彼女との再会。変わり行く二人、変わらない心。
以前書いたタイトルですが、中身を一新します。
現在公開中のものは公開停止にし、編集後に別タイトルでアップする予定です

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October 02, 2009

Snow Mind -5-

テーマ:Snow Mind
どうして、と彼女の感触の残る唇で訊く。
「嫌だった?」
「そういう訳じゃ、無いけれど」
打ち付ける音は幾分収まった。もう少ししたら外に出られるだろう。
「どうして、こんな事を?」
俺はもう一度訊く。
彼女は答えない。
ぼんやりと外を見つめたまま、何も話そうとしない。
俺の肩に頭を乗せ、もたれかかったままの姿勢。恋人同士に見えるだろうか。
嫌だ、とは思わない。
でも、これで良いとは思わない。
踏み出してしまえばきっと、ただの友達ではいられないだろう。
「映画」
「何?」
「見に行こうって言った映画。あのポスターの二人、カップルなのかな」
「さぁ」
「この冬だけの出会いってさ、似てるよね」
「何に」
「私。多分引っ越しちゃうから」
それで彼女は映画を見たいと言ったのだろう。その映画のキャッチコピーに自分を重ねたに違いない。
この冬だけの出会い。
夏じゃなくて冬か、とぼんやり思う。
彼女の引っ越しが決定ならば、それこそ「一冬の何とやら」になるのかもしれない。
そこまで考えたところで酷く咳き込む。濡れて冷えたのが良くないのだろう。そういえば、コートを彼女に被せてやったままだった。冷たい雫が身体の芯に浸み込んでくる。
「あ、ごめん。コート借りてたね」
彼女で暖まったコートが肩にかかる。
身を寄せる彼女の体温が、コート越しでも伝わってくる。
「もう一回、キスして良い?」
「良くない。暗くなるから早く帰れよ」
平然とした声でとんでもない事を言う彼女を何とかやり過ごそうと、敢えて強い口調で突き放す。それでようやく彼女も諦めたのか、俺から身体を離した。
「…何でこんな事をしたんだ」
答えは期待していなかったが、最後にもう一度だけ聞いてみた。
しばらくの間。
「昔、思い出したから」
ぽつりと彼女が呟く。
「昔?」
「手紙の約束の時」
「手紙って…」
「思い出すまで待ってる。…今日はごめん。ありがとう。一人で帰るよ」
呆気に取られる俺を残して、彼女はあっという間に見えなくなった。


彼女の言う約束。
俺が覚えているのは、手紙を交わす事だけだ。事実、彼女がここに引っ越してくるまでやり取りは続いていた。そういう意味では、俺は律儀な方だと思う。
よくある話だ。昔の約束を、男は覚えていない、なんて事は。
だが、手紙を交わしていた俺に関しては、それは無いと思う。とはいえ、返事が来たからそれを返していただけ、というのも否定出来ないのが悲しい。それでも約束はちゃんと守っていたのだ。
彼女が言っているのは、手紙の約束をした時だろうか。
約束をした時、俺と彼女はもう一つ何かを決めていたのだろうか。
その事と、彼女の行動に何か関係はあるのだろうか。
少なくとも普通に考えれば、友達とはいえ、簡単にキスを交わす事は無い。幼稚園児の頃ならまだしも、この年ではかなり抵抗がある。
それは彼女も同じはずなのに。
まさかとは思うが、手紙を送る約束をした時に、子供の真似事でキスでもしたのだろうか。あの年代なら十分有り得る。そうだとしても、今、あの時の様に簡単には出来ない。少なくとも俺には無理だ。
指先で触れてみる。
ファーストキスはレモン味だのイチゴ味だのと言ったりするが、俺の場合は熱い雨の味だった。
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July 28, 2009

Snow Mind -4-

テーマ:Snow Mind
俺にとっては見慣れた風景、彼女にとっては懐かしい風景を眺めながら歩く。
「映画館、まだあったんだ」
駅前の小さな映画館。いつだったか、連れ立って映画を見に行ったことがあった。
今は新人監督の作品などマイナーな作品ばかりかかっているが、昔は話題の映画をよく上映していた。
今でこそショッピングセンターにも映画館はあるのだが、当時はここくらいしか無かったのだ。
一番流行の映画を見に行った時は立ち見が出たくらいだった。
「今やってるのって…」
手作りらしいポスターが掲げられている。
『Snow Mind』
白地に青文字の筆記体。
背景の写真は一面の雪景色。手を繋いだ後ろ姿は、少年と少女。水彩画の様に淡い色合いだ。
『この冬だけの出会いでも、僕は君を忘れない』
呟く様な言葉が背景に染み込んでいる。言葉から察するに、ラブストーリーなのだろう。
見てみようと彼女は言うのだが、生憎上映時間は過ぎていた。
「こういうの、好きなのか」
「ん?まあね」
「じゃ、土曜日に見るか」
「混まないかな」
「大丈夫だろ」
上映スケジュールを確認する。しばらくは見られそうだ。
「いいなぁ。一度で良いから、こういうロマンチックな恋、してみたい」
彼女の言葉に、俺は何も返せない。
余計な事を言って夢見る乙女の邪魔をするのは無粋というものだろう。


静かな空気を、雷鳴が切り裂く。
降ってきたのは雨、ではない。かなり大粒のあられだった。
小さな氷塊が身体を打つ。彼女が何か言っているようだが、氷の砕ける音でよく聞こえない。
とりあえず彼女に俺のコートを被せ、バスの待合所まで走る。
跳ね上がる欠片で待合所が霞む。絶不調の身体に鞭を打ち、彼女を小脇に抱えるようにして走った。
屋根の下に付く頃には、身体は芯まで冷え切っていた。簡素な作りのせいか、音が酷く大きい。このまま屋根を突き破りそうだ。
彼女は被せたコートの端を掴みながら、何事かを俺に喋りかけてくる。やはり、よく聞こえない。
何とか聞き取ろうと顔を寄せる。
自分の声が届いていないことが解ったのか、彼女も身体を寄せてくる。
濡れた髪から雫が落ちる。
その雫が、彼女の手に当たった。
彼女が頬を寄せる。
声は聞こえない。感じるのは、息遣いだけ。
冷えているはずの身体が熱い。
熱を帯びているのは彼女か、それとも俺なのか。
彼女の顔は見えない。
氷塊はまだ降り注いでいる。小さな待合所にも、容赦なく叩きつける。
頬を寄せる彼女の肩を、そっと抱く。制服が幾分水を吸って冷たくなっていた。このままだと風邪を引いてしまうな、とぼんやり思う。
彼女が身体をずらす。コートの影から、少しだけ彼女の顔が覗いた。
表情を確かめる間は、無かった。
肩までずれたコート。セミロングの髪が揺れて、そのまま近付く。
驚きの声は、重なった唇に消される。
微かに震える唇。閉じた瞳。
暖かさと、柔らかさ。
氷塊はまだ止まない。窓の外を白く濁らせている。
「目、閉じたらどうなのよ」
僅かに離れた唇が、そう呟く。
言われるままに目を閉じる。
彼女は、躊躇うことをしなかった。
July 09, 2009

Snow Mind -3-

テーマ:Snow Mind
翌朝。体調は最悪だったが、動けないほどではなかった。
咳のせいか、腰やら背中やらあちこちが痛い。
医者から貰った咳止めを飲み、何とか登校する。
「無理しなくても」
彼女は俺を見るなりそう言った。
「病院行ったらただの風邪だってよ」
「そうとは思えないんだけど」
「薬飲んでりゃ治るさ」
何でもない事の様に言ってはみたが、正直身体は限界だった。
咳き込んだらアウトだ。立っていられない。
ただの風邪にしては酷い気がする。今年の風邪は質が悪いのだろうか。
授業中も咳を堪えるのに必死だった。いつも以上に集中出来ない。
「お前それ、本当にただの風邪か?」
友人ですら心配してくる程だ。
「総合病院行った方が良いと思うぜ」
「貰った薬飲みきっても駄目だったらそうするよ」

調子は至って最悪で、気合だけで身体を引きずる。
たかが家までの距離をここまで遠いと思ったことは無かった。
「何だか懐かしいなぁ」
隣で彼女の呑気な声が聞こえる。
懐かしいところを見てみたいから俺を送っていくと言い出したのだ。
彼女が居候しているという親戚の家は、確か反対方向のはずだ。日も暮れるのが早い雪道を女子一人で帰るのは危ないと思うのだが。
「それじゃ、帰り送ってよ」
意味がない。
良いから帰れと言うと、途中までならと言って聞かない。仕方なく彼女を連れて歩く。風邪で弱ってなければどうという事は無かったのだろう。彼女の言う懐かしい場所を歩き回る事も出来ただろう。
「悪いな」
「何で?」
「色々。案内とか出来なくて」
「いいよ、風邪治ってからでも」
「ここに居るの、長くないんだろ」
「まだ決まってないけど、多分」
手紙の言葉を思い出す。
友達と別れるのが辛い。彼女はまた、同じ思いをするのだろう。
僅かな時間で色々と思い出を作る事は、そう考えると残酷な事なのかもしれない。逆に辛い思いをさせてしまうのかもしれない。
クラスメイトと少し距離を置いている様に感じるのはそのせいだろうか。
楽しければ楽しい程に、離れるのが辛くなる。
最初から短い期間しか居ないと解っているのなら、余り仲良くならない方がいい。俺ならそう考えてしまう。
当たり障りのない間合いを保って、それなりに楽しくやれれば、それでいい。
けれど、と思う。
短い期間だからこそ、思い切り色んな思い出を作ってやりたい。見送る俺はそう思う。
それが俺の勝手だとしても、それでも、精一杯彼女の相手をしてやりたい。
「引っ越す事、他の奴には言ったのか」
「言ってない」
「どうして」
「まだ決まってないし。決まったら、言うかもしれない」
引っ越しの話はそれきりだった。彼女は余り多くを語ろうとしない。
沈黙の様に積もった雪を踏み固めながら歩く。
俺は彼女に何をしてやれば良いのだろう。
June 24, 2009

Snow Mind -2-

テーマ:Snow Mind
「相変わらずここは寒いんだねぇ」
朝、彼女は雪を子供のように踏み固めながら笑っていた。
「俺は見慣れてるからな」
「私は久しぶりだから」
彼女は今何処に住んでいるのだろう。以前彼女が住んでいたところには、誰かが引っ越してきた形跡が無かった。登下校時にも顔を合わせなかった。
「んっとね。親戚の家に居候してるの」
俺の疑問に、彼女は困ったように答えた。
どうやら今まで以上に滞在期間が短くなるらしい。下手すれば、年内にここを去るかもしれない、と。
「年内って…休み近いし、二週間くらいだろ?」
「可能性よ、可能性。まだ決まった訳じゃないの」
「そうか」
それは残念だな、と言おうとして激しく咳き込む。
寒さのせいか、最近体調が悪いのだ。厚着もしているし暖房も付けている。寝冷えではない事は確実なのだが。
「大丈夫?風邪?」
荒い息の俺の背中を、彼女がさすってくれている。
「かもな。マスクした方が良いかも…」
喋るのも辛い。
昨日まではここまで酷くなかったのだが、今日になって一気に悪化した気がする。
寒さでやられたか。
身体は丈夫な方だと思っていただけに、情けない気持ちになる。
「おう、おはよう。…って何だお前。風邪か?」
肩で息をする俺の後ろから友人が声をかけてきた。
「らしいな」
喉の奥でぜいぜいと笛の鳴るような音がする。
「うつすなよ」
「馬鹿にはうつらん」
「お前がかかったって事は、馬鹿しかかからん風邪だろうが」
「…少しは病人を気遣うとか無いのか」
丈夫すぎる程に丈夫だった俺が、自分で病人と言うのも何だか変な気持ちだ。
「何やってんだお前ら。風邪引くぞ」
後から来た友人の言葉が追い打ちになって響く。
熱は無い。いつも以上に大人しくしていれば、どうせすぐに治るだろう。


その目論見は残念ながら外れてしまった。
咳どころか吐き気まで出て来た。完全に風邪だ。
インフルエンザにも耐えきった俺が、まさかの早退。
大事を取って病院にも行ってみた。
レントゲンまで撮った結果は、ただの風邪。別に気管支に炎症がある訳でもなかった。
薬を飲んで大人しくしてみるものの、退屈で仕方がない。
ベッドに転がって本を読む。が、時折酷く咳き込むせいでちっとも先に進めない。途中で投げ出した。
そういえば、彼女は病気がちだった。今はどうなのか解らないけれど。
久々の雪にはしゃいでいたし、風邪を引いた俺の近くに居たのだ。伝染していなければいいが、と思う。
(明日、学校行けるかな…)
再会した彼女に構ってやりたい、と思う。
せっかく戻ってきたのだし、どうやらここに居る時間も少ない。
昔遊んだ場所や、この近くを案内してやるのも悪くない。思い出作りくらいにはなるだろう。
この程度の風邪で突っ伏している暇はないのだ。
そこまで考えて、ようやく気付く。
俺も、彼女との再会を喜んでいた事に。
June 18, 2009

Snow Mind -1-

テーマ:Snow Mind
彼女と再会するなんて、俺は夢にも思っていなかった。
「久しぶりー。何年ぶりかな?」
そう言って笑う彼女に、幼い頃の面影を重ねる。
季節外れの編入生。数日前から噂にはなっていた。クラス一の情報通が噂の発信源だった。
毎度の事だが、一体どこから嗅ぎつけてきているのやら。
「さぁ…十年くらいは経ってるかもな」
その編入生が、彼女だった。
小さい頃、彼女は近所に住んでいた。その当時もどこからか来た転校生だった。一緒に居たのは三年程度だっただろうか。確か、両親の都合で引っ越していったのだ。
「お前の家、相変わらず忙しいんだな」
引っ越していく時に約束していた手紙のやり取りは、今でも月に一往復程度ではあるが続いていた。送られてくる手紙の住所は何度か変わっていた。頻繁な引っ越しにメールでのやり取りを提案したのだが、彼女に拒否されてしまった。曰く「味気ないから」との事。
「うん、相変わらず。だから大変だよ」
一番新しい手紙に、転校の事は書いてなかった。だから、俺自身も今日まで彼女の編入は知らなかった。
「教えてくれれば良かったのに」
「んー。急だったし、ドッキリも良いかな、なんて」
脳天気に笑う彼女。クラスメイトはそんな彼女を遠巻きにしている。
季節外れ、かつ、在学中に遭遇するかしないかの編入生。珍しくて当たり前だ。俺もクラスメイトの立場なら同じようにしていただろう。
だが、連中が遠巻きにしている理由はそれだけでは無いはずだ。
ホームルームで簡単な自己紹介が済んだ後、彼女は真っ先に俺のところへやってきた。普通ならばクラスメイトが新顔に色々話しかけるもので、新顔もそうやって周りとコミュニケーションを取る。彼女はそれをすっ飛ばして俺のところへ来たのだ。
懐かしいのは解るが、このままは良くないだろうと思う。最初からこれでは、余り印象は良くない。
「あのさぁ…」
「何?何?二人って知り合いだったの?」
俺の言葉を遮って割り込んできたのは、件の情報通だった。
「うん。むかーしのご近所さん」
彼女がそれに応じると、ぼつぼつと他のクラスメイトも寄ってきた。俺はそいつらの為に少しだけ席を外すことにした。
空気の読めない彼に、今は少しだけ感謝をする。
俺達を遠巻きにしていた中に、俺の友人達もいた。
「感動の再会?」
「まさか。でも、もう一度会えるとは思ってなかった」
友人の問いに俺はそう返す。
「運命とか感じちゃう?」
「そんな訳あるかよ」
「怒濤の展開とかあったりしちゃう?」
「ある訳ねぇだろ。何だよそれ」
彼女の様子を伺う。どうやら女子グループと打ち解けてきたようだ。幾度も転校しているから慣れているのだろう。
彼女はいつまでこの学校に居られるのだろうか。

家に帰り、彼女から届いた手紙を読み返す。
進学してから転校するのは、今回で二回。いつ転校しても良いように提携校のある所を選んだと書かれていた。その提携校の一つが、俺の通っている学校だったのだ。
友達を別れるのは辛い、とそこには綴られている。
一度その土地を離れれば、戻ることはまず無い。引っ越してしばらくは手紙やメールのやり取りはしていても、その内段々と減っていく。そしていつしか音信不通となってしまう。
自分が忘れられてしまうのが寂しい、と涙のような言葉で綴られていた。
産まれてこの方引っ越しなんぞしたことのない俺には、彼女の気持ちは解らない。
勿論、進学やら相手が引っ越すやらで友達と別れた事はある。しかし、俺はいつも見送る側だった。寂しいとは思っても、今の環境が劇的に変わるわけではない。
彼女はいつも一人だった。一人で、知らない人ばかりの中へ飛び込まなければならなかったのだ。住む場所だって、慣れた頃に離れなければならない。
どれだけ心細い思いをしていたのだろう。
だが、今日の彼女はそんな雰囲気を微塵も感じさせなかった。初めて話すクラスメイトとも、十分上手くやっていけると思えるくらい打ち解けていた。
窓の外、ひらりと雪が舞う。
師走に入って二日目。
彼女は今、何を思っているのだろう。
June 16, 2009

Snow Mind~薄光~

テーマ:Snow Mind
束の間の再会。
一時の、交錯。


それは、鈍色の空を割る薄光にも似た時間。
春にも似た、穏やかな心地。
May 17, 2009

ウロボロスの夢~回帰~

テーマ:ウロボロスの夢
自分はもう諦めたのだろうか。
まだ希望を捨ててはいないのだろうか。
彼は己に問い掛けながら、言葉を紡ぐ。
それは祈りにも似た、最後の選択。
May 17, 2009

The World is Dream

テーマ:ウロボロスの夢
一人の女性が書庫に篭もっている。幾つもの本を手に、棚の隙間を歩いていく。
迷いそうな本の迷路。しかし彼女は、しっかりとした足取りで歩いていく。
彼女が抱えている本は神話や民話の本ばかりだ。
収集を依頼される資料は、いつもこんなものばかりだ。先日は各種宗教の教典探しまでやらされた。いい加減にして欲しい、と溜息をつく。
ただでさえ妙な目で見られる事が多いのだ。幾ら研究の為とはいえ、集める方の身にもなって欲しかった。
(もう少し奥に行けば変わった資料あるかな)
司書でさえも立ち入らないであろう書庫の奥から、古い紙の匂いが漂ってくる。
好奇心が頭をもたげる。集めた資料を入り口に置き、中に入る。
当然ながら、彼女以外誰も居なかった。紙の匂い。不思議と落ち着く匂いだった。
本を一冊一冊あらためてみる。見た事も無い文字や題名の本が並んでいる。中には、題名がかすれて読めない程古い本もあった。
そのうちの一冊を手に取りかけて、止めた。こういう本は変に価値がある。
万一手に取った瞬間にバラバラにでもなったら、大目玉を食らうだけでは済まないだろう。
資料を渡す相手は山の様に本を積み上げている。丁寧な扱いはまず期待出来ない。
(本の事だけ伝えれば良いか)
興味を持ったら、自分で調べに来るだろう。
彼女は集めた本を抱え、書庫を後にする。
鳥を象った、凝った作りのペンダントが胸元で揺れていた。


「…これだけあれば、しばらくは良いでしょ?」
「ああ、ありがとう」
「書庫の奥にかなり古い本があったけど、バラバラになりそうだから止めたわ。興味があるなら、自分で読みに行ってよね」
「そうするよ」
手に取った本を無造作に積み上げると、彼は彼女を見上げた。
彼女は不機嫌そうだった。無理もない。彼の研究の資料集めを彼女一人に任せているのだ。
「コーヒーでも飲んで、しばらく休んでてよ」
「結構よ。本の匂いが染みついてそんな気分じゃない」
彼女はそう言うと、今し方自分が集めてきた本を読みはじめる。彼に協力しているのか、それとも単なる暇潰しなのかは解らない。
研究室の外を、学生達の声が通りすぎていく。時計を見る。いつの間にか休憩時間になっていた。
いつもならば受け持ちの学生が研究室を訪れたりして賑やかなのだが、今日は誰も来る気配は無かった。彼の受け持つ講義が無かったからだろう。
研究室に彼と二人きりで居るのは久しぶりだった。休み時間の度に資料整理を中断させられていたのだ。二人きりなのは少々息が詰まるが、それでも学生の騒がしさに比べれば遙かにマシだ。
彼女が手に取っているのは、日本の神話に関する本だ。彼はというと、エジプトの神話を手にしていた。神話という共通点以外は何もない。外の人間から見れば、奇異に映るだろう。
これが、彼と彼女の日常だ。
しばらくすると話し声も遠くなった。講義が始まったのだろう。
彼女はちらりと彼を見やる。彼はぼんやりと窓の外を眺めていた。
意外だった。いつもならば資料を読みふけるばかりで、窓の外を眺める事などしないのに。
彼女の視線に気付いたのか、彼がこちらを向いた。目が合う。
「ちょっと疲れてね」
「一日中座ってるだけなのに?」
余程資料集めに苦労したのか、彼女はまだ不機嫌だった。
そんな彼女を気遣う様に、彼は優しく微笑む。
「結構疲れるんだよ?座りっぱなしも楽じゃない」
「だったらたまには自分で図書館に行けば良いじゃない」
「気が向いたら、そうするよ」
穏やかな顔を崩さない彼。
「学生は来ないようね」
「その方が静かで良いさ。…ああ、そうだ」
少しだけ彼の顔が曇った様に見えたのは、気のせいだろうか。
「良い機会だから、君に訊きたい事があるんだ」
微笑みが諦めに似ているのは、彼女の思い過ごしだろうか。
May 11, 2009

Sacrifice is the World

テーマ:ウロボロスの夢
彼は思い出す。
多分、この世界の一番最初の記憶だ。
罰として閉じ込められたこの世界で、彼は必死で探し続けてきた。
積み上げられた資料。無造作に置かれたオブジェ。この世界に残る「神」の痕跡だ。
最初は何も解らなかった。痕跡を追えばきっと、自分を閉じ込めた「神」とやらの正体が解ると思っていた。
違うと理解したのは、彼女と出逢った時。彼の記憶も「神」の記憶も忘れた彼女。そして彼女が記憶を取り戻した時、それは起こった。
繰り返し。
全ては振り出しに戻っていた。
何もかもが最初から。彼女の記憶も、消されていた。
幾度も繰り返すうちに彼は気付く。これは時の輪なのだ、と。
そしてこの世界こそが、彼であり彼女であるのだ、と。
世界の終わり。それは、二人の死。永遠からの、解放。赦しの時だ。
だからこそ彼は、終わらせる価値を探し続けていた。
しかし彼女は。
『終わらせる為の価値なんて、そんなの哀しすぎる』
永遠を願う。
『あなたを解放してあげられるならば、この世界にも価値があったと、そう思える』
終わる鼓動で、彼の為の言葉を叫ぶ。


幾度となく聞いた言葉。
「きっと君は、そう言うだろうと思ったよ」
変わらない、と彼は呟く。
己の指から落ちた指輪。寄り添うように、砕けたペンダントへと転がっていく。
フェニックスとウロボロス。
永遠と繰り返し。
似ているようで似ていない。違うようで同じもの。
痛む身体を引きずり、横たわる彼女を抱え、その髪を撫でる。
「いつもそうだった。そうやって君は、僕の為に解放を望んでくれた」
動かない彼女。頬にはまだ、涙が残っている。
「そして僕は、君を解放する為に、終わらせようとしていた」
虚ろな瞳。
「僕が、僕達が互いを思う限り、全ては最初からやり直しになる」
誰かの為を思う行動が、良い事だとは限らない。
哀しい自己満足。相手が望んでいるかどうかも解らずに。
人の為、それは「偽り」。それならば、偽りの無い真実は何なのか。
「僕が君を想う事の何が悪い?君が僕を想ってくれる事の、何が悪い?」
愛では、軽すぎる。
絆では、浅すぎる。
彼と彼女。
ただ、そうあるというだけなのに。
―――お前は何を望むのか。
視界の端、空の境目が崩れていく。終わりの刻の始まりだ。
―――お前は価値を見付けたのか。
めくれあがる地面。それなのに、何の音も聞こえない。
―――お前は終わらせる覚悟が出来ているのか。
悲鳴さえも聞こえない。彼にしか感じられない「終わり」。その「終わり」に、一体何の意味があるのだろう。
「まだだ。まだ、駄目なんだ」
割れる世界。研究室が軋んだ。


彼と彼女が赦される時。
それは、彼が彼女を想う事無く、彼女が彼を想う事無く、純粋に「終わらせる価値」を見出した時。
互いの為に行動してはならない。
互いを想ってはならない。
それは罪だから。与えられた罰だから。
彼は嗤う。
―――何を嗤う?
「誰かを想う事を愛と教えられながら、それを否定されているんだから」
問い掛ける声に、彼はそう呟く。
「この世界に愛があるなら、何故それを価値と認めない?」
もう動かない彼女。彼女にこそ、与えられるべきもの。
「彼女を想う事こそが、僕がこの世界に見出した唯一の価値なのに」
そしてきっと彼女も、同じ事を思ったはずだ。
―――選べ。永遠の地獄か、繰り返す悪夢か。
そうやって声が問い掛けるのは何度目だろう。意味のない問い掛けだ、と彼は冷笑する。
「何度でもやってやるさ。今度こそ、終わらせてやる」
―――ならば眠れ。悪夢の中で、地獄を彷徨うがいい。
声は彼を嗤う。愚かだ、と。
絶対的な、それこそ「神」に逆らう事の、何と愚かな事か、と。


書庫の奥の更に奥。題名も解らぬ程古びた本に、それは書かれていた。
『ウロボロス。
それは、終わらない時の象徴。
フェニックス。
それは、繰り返す時の象徴。
似ているようで似ていない。
己の描く輪から逃れられない存在。
死ぬ事でしか永遠を得られない存在。
人の姿に身をやつした、人ではない存在。
彼らが互いに見出した想いこそ、彼らの得た知恵の実、世界の価値。
誰が彼らを愚かだと嗤う事が出来ようか。
神であっても、一人では得られないものだからこそ、価値があるのだ。
愛する事を罪だというのならば、喜んで罰を受けよう。
得られぬ終わりが赦しならば、終わらない事に感謝を捧げたい。
望む限り互いを想い続けられるのだから』
May 10, 2009

Hope is Sacrifice

テーマ:ウロボロスの夢
何故彼はこんなにも苦しそうに言うのだろう。
いつも穏やかな顔が苦痛に歪んでいる。隠し切れない程に。
「価値…って、何?」
喉に貼り付いた声。
「そんなの、世界の価値なんて、私には解らない」
彼が研究していた事、彼が研究していた意味、それに辿り着けた高揚感が引いていく。
同じ光景、同じ問い、同じ思い。
熱に浮かされた様に溢れた言葉。
幾度となく繰り返された邂逅。
一番遠い記憶。神代の時程に、遠い思い出。
『世界の本当の姿を、知りたいと思わない?』
最初は、ささいな戯れだった。
アダムとイヴの原罪に似た、小さな気まぐれだった。
触れてはいけない禁忌。口にしてはならない言葉。
『知ってしまったら戻れないよ』
『やらないより、やって後悔するべきだよ』
抗いがたい誘惑だった。
知恵の実の名は『世界の価値』。
与えられた罰は『終わらせる価値を見出す事』。
歌うように告げられたのは『価値あるものだけが、終わりを許される』。
神の声が聞こえる。
繰り返す時の中で、その価値を見付けてみせよ、と。
見付けるまで、終われない苦しみを味わうがいい、と。
彼はあの時、薄く微笑んで言っていた。
「終われない僕達に、価値は無いんだろうか」
そして今も同じ様に、薄く微笑んで言う。
「終わらせる価値を、君は見付けられたかい?」
苦しそうな微笑み。
「全ては終わりが有るから、価値が有るんだよ」


思い出した。いや、辿り着いたと言うべきなのかもしれない。
繰り返す時の中、彼だけがずっと記憶を持ち続けていた。そして彼女は、戻る度に記憶を失う。出逢う時はいつも、彼を忘れていた。
どれ程の孤独だろうか。
繰り返しの痛み。それは記憶を失い、何も変わらぬ世界を、たった独りで見続けて来た事。戻る度に全ての出来事が水泡に帰す、虚しさ。
己が無力だと、何度思っただろう。諦めてしまえば楽になれると、きっと彼は思っただろう。それなのに彼は、ずっと答えを、価値を探し続けていた。
彼女は思う。
終わりは終わりでしかない。その先にあるのは、無。何も無い。時間も世界も消えてしまうだろう。
彼女は思う。
価値は、終わらせる為に存在するのではない、と。
価値があるからこそ、存在し続けることが出来るのだ、と。
終われないのは価値が無いからじゃない、価値があるから終わらないのだ、と。
相容れない思い。
解っているのに、受け容れられない。
永遠を終わらせたい。
繰り返しを終わらせたい。
地獄も、悪夢も、終わらせてあげたい。
それなのに。
「世界の価値なんて…終わらせる為にあるなんて…」
揺らめく視界。
「終わらせる為の価値なんて、そんなの哀しすぎる」
焼け付く様に熱い涙。
「だけど、だけど…」
幾度も繰り返した出会い。その面影が全て、彼に重なる。
矛盾した願いが駆け巡る。
「その苦しみから、あなたを解放してあげたい」
祈りにも似た言葉。
「あなたを解放してあげられるならば、この世界にも価値があったと、そう思える」
たった独りの彼。
自分が彼を繋ぎ止める足枷ならば、壊れてしまえばいい。
世界が彼を苦しめるならば、終わってしまえばいい。
彼が望むなら、死ぬ事も、死なせる事も、何だって出来る。
終わりが有るから価値があるのだ、と彼は言う。
価値が有るから終わらないのだ、と彼女は思う。
矛盾した願いが、彼女の中でせめぎ合う。
「あなたが世界なら、あなたの望むままになればいい―――」
何もかも、苦しませるだけならば。
慟哭と共に、胸元のペンダントが砕け散った。
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