Pure Blossom -8- | Minstrelsy

Pure Blossom -8-

 彼と遊ぶのは楽しみだ。けれど、言わなきゃいけない事が有る。本題はどっちなのか、自分でも解らなくなってきた。楽しみと不安がない交ぜになって落ち着かない。
 別に告白する訳じゃない。ただ進路が決まっていたんだと伝えるだけなのに。それなのにどうしてここまで不安になるのだろう。
 考えていても仕方ない、と明日の準備に取りかかる。
 この前買ったばかりの服をクローゼットから取り出す。友人達と遊びに行った時に買ったのだ。いつもより、気合いの入った服。この日のためだ。勿論、友人達には黙っていたけれど。
 目覚ましはいつもより三十分早くセット。秒針を眺めながら眠気を待つ。
(二人きりで遊ぶのって……もしかして、初めて?)
 つまり、デートと同じシチュエーション。不安が一気に吹き飛び、代わりに恥ずかしさと嬉しさが洪水の様に襲ってくる。
 勘違いするなと言い聞かせても、嬉しさがそれを聞こうとしない。布団を抱えて顔を埋めて足をバタバタ、なんて漫画みたいな事をまさか自分がする羽目になるとは思わなかった。
(明日は楽しむ! 楽しかったら、きっと簡単に言えるはず……!)
 耳まで熱くなった顔を布団から出し、深呼吸。本格的に寝られるまで、まだ少し時間がかかりそうだ。


 寝た様な寝ていない様な身体は少しだるさを訴えてくる。鳴る前に止められた時計が、恨めしそうにこちらを見ている。
 準備万端。よし、と鏡の私に笑ってみせた。
 いつも結んでいる髪を解いて緩くウェーブをかけた。雑誌を見ながらだけど、メイクも上手くいった。戸棚の飾りだったコロンも付けてみた。
 白のハイネックのニットにギンガムチェックのスカートは友人の見立て。スカートは少し短め。ファーの付いた淡いピンクのスプリングコートを羽織れば、いつもとは違う私がそこに居る。
 可愛い、と言ってくれるだろうか。
 待ち合わせの時間より早く着いたのに、彼は既にそこに居た。先に居るのはいつもの事なのに、何だか嬉しい。
「おっまたせー」
 ぼんやりと桜を眺めていた彼が振り返り、固まった。
 言葉を探す様に視線がさまよう。ほんの少し、その頬が赤くなっている。
「変わるもんだな……」
 絞り出す様に彼が呟く。
「そんなに違う?」
「俺より早く来てれば気付かなかったかもな」
 好感触。心の中でガッツポーズを決める。
「えへへー、出掛けるときはこんな感じだよ」
 ちょっとだけ、見栄を張る。
「そういうもんなのか」
 ふっと彼が視線を逸らす。覗き込もうとしても、目を合わすのを避ける様に横を向いてしまう。
「なーに? それはあれかな、可愛いとか思ってくれてたり?」
 調子に乗って聞いてみる。否定の言葉は無かった。困った様な顔をするだけだった。それだけで満足だ。
「さーてとぉ、今日は一日遊ぶぞー」
 履き慣れないロングブーツの踵を鳴らし、歩き出す。
「あ、夕飯は食べてきても良いって言われてるから、そのつもりでね」
 本当は食べてくる、と言ってきたのだけれど。
 私の後ろで、やれやれ、と小さく彼が呟いた。


 バスですぐに行ける距離、と誘ったのはショッピングモール。団地から歩いて五分のバス停から、ここに向かうバスが出ているのだ。専門店やレストラン街、ゲーセンに映画館と一日中遊べるところだ。友人や家族とはもう何度も来ている。
 だけど、今日は違う。彼と二人きりだ。
 平日の、いつもより静かなショッピングモールを二人で歩く。彼を連れて入ったのは雑貨屋だ。
 女の子向けのものが多いのだけれど、パワーストーンやお守りも扱っている。
「あ、見て見て。学力アップとか合格祈願とか色々あるよ」
 今の時期にはこういったものが並ぶ。興味無さそうに見ていた彼の目の色が変わる。
「色々あるんだな」
 ストラップを手に取った彼に、店員が石の意味の書かれた紙を渡し、色々と話をしている。選ぶのを邪魔しない様に、私は奥のアクセサリーコーナーへ向かう。この前見た時、恋愛運アップのブレスレットを見付けたのだ。まだ有るだろうか。
 彼の話声が聞こえる。彼女がどうとか友達がどうとか聞こえた気がして振り返る。一瞬目が合ったが、違ったのだろう。また商品選びに戻ってしまった。私も目当ての物を探しに戻る。
 散々悩んで手にしたのは、やはり気になっていたブレスレット。それと、小さなハート型の石。これも恋愛関係。
 二つを手にしてレジに向かった時にはもう、彼は会計を済ませていた。小さな紙袋を手にしている。多分、受験関係のお守りだろう。
「店員さんに何か言われたの?」
 何となくぼんやりとしている彼に聞いてみる。
「別に。石勧められたりとか紙貰ったりとか……」
「ふぅん……。何かさ、私のこと話してたような気がしたんだけど」
 漏れ聞こえた単語が引っ掛かる。きっと、恋人同士だと間違われていたのだと思う。彼がどう返したのか、余計な事を気にしてしまう。
「お連れ様とお揃いがどうとかは言われたな」
 彼女をお連れ様と言い換えたのだろう。それが解ってしまう自分が悲しい。
「それだけ?」
「それだけ」
 解ってはいたけれど、改めて否定されると辛い。
 暗くなりかけた私を励ますに、次は何処に行くんだ、と彼が私を促す。
「そう言えば、見たいとこ色々あるんだ」
 私は彼の返事を待たずに歩きだした。行き場のないやるせなさを追い散らす様に。