ダウンタウンの某所――
――ガチャ――
薄汚れた雑居ビルのドアが開いた。アッシュはニヤニヤ笑いながら入ると受付のメガネをかけた中年女性と目があった。
彼女はニコリともせず、むしろ嫌そうにしかめっ面で睨みつけた。
「ハーイ、ミス・ブランデッシュ」
「――アポイントはとってありますか?」
「アポ? そんなもの取ったことねぇよ」
「先生は忙しいんです。予約がないと受付できません」
「またイジワルかよ、欲求不満でイラついているんだろ。今度男を紹介してやるから慰めてもらいな」
「な、なんですって!」
怒るミス・ブランデッシュを無視して、アッシュは入り口にいる仲間たちに向かって声をかけた。
「お前ら、入れ」
ぞろぞろとリンクスたちが入ってきた。
「うぃーっす」
「おー外はボロイけど、意外と中はふつうだな」
不良たちがぞろぞろと入ってきた。
「な、なんなの!あなたたち! 大勢で入ってきてどういうつもり?」
ミス・ブランデッシュは驚いて立ち上がった。英二は慌てて彼女のところへ行って頭を下げた。
「あ、あの……こんにちは。僕たち、今日は先生に予防接種してもらおうと思いまして……お世話になります」
「……」
頭をペコリと下げて丁寧に挨拶をする英二を見て、ミス・ブランデッシュは少し落ち着きを取り戻した。
「あなたも……アッシュたちの仲間なの?」
信じられない、といった表情で彼女は英二を上から下まで見下ろした。
「い、いや……あの、僕は――」
戸惑う英二のもとにアッシュが近づき、英二の肩に腕をかけてミス・ブランデッシュに悪戯っぽく笑いかけた。
「ミス・ブランデッシュ、残念だけどこいつにはあんたの相手をさせられないぜ――英二、行くぞ」
「――? う、うん」
二人は診察室へと消えた。
***
手術を終えてたドクター・メレディスがカーテンの奥から診察室に戻ってきた。
「――なんだ、お前ら……大勢でやってきやがって。迷惑だ」
「相変わらず繁盛してるね、ドクター・メレディス」
「何の用だ」
ドクターは手術着を脱ぎ、手と顔を洗った。
「こいつらにインフルエンザの予防接種をしてくんない?」
「――ったく、仕方ねぇな。時間外だぞ」
「なぁ、ドクターよ。『予防接種』ってどんなことをするんだ?」
「なんだ、知らないのか? これを刺すんだよ」
ドクターは注射針をコングに見せた。その途端、コングの顔色は真っ青になった。
「なにぃ、注射? 聞いてねぇよ!」
「え……予防接種って注射のことだよ?」
英二は驚いてコングを見上げた。
「俺、薬を飲むか塗るかのどちらかと思っていたよ」
「……そんなわけないじゃん……」
「い、いやだ! 英二、俺は帰る!」
「待てよ、コング!」
英二は逃げようとするコングの背中をTシャツごとひっぱった。
「うるせぇな、文句があるなら帰れ。ゴネるならケツに刺すぞ!」
「ケ、ケツ? 英二、助けてくれ! ケツは嫌だ!」
英二の背中にコングは隠れようとしたが巨体の彼の体は隠れようがない。アッシュはため息をついた。
「コング、お前からだ――さっさと予防接種してもらえ」
「ボ、ボスゥ……」
「なんか文句あんのか?」
「い、いえ……」
ボスの命令なので仕方なくコングは椅子に座った。不安そうに注射針を眺めている。
「コング、大丈夫だよ。すぐに終わるから――ほんの一瞬さ」
こんなに大きな体なのに注射を怖がるコングが可愛らしく思えて英二は励ましてあげるが、コングは青ざめたまま震えていた。そしてドクターが注射を刺そうとしたとき――
「ギャー!!」
まだ針も刺さっていないのにコングが大声で叫んだ。
「やっぱり……あいつに注射するのは大仕事だぜ」
その時、ボキボキと指を鳴らす音が聞こえてきた。アッシュが怪しく笑いながら拳を握りしめている。
「コング……大丈夫だ。俺が『一瞬』でお前を気絶させてやるから――その間に打ってやる」
「ひぇぇぇ、ボス、ご勘弁を!」
アッシュの気迫にすっかり怯えたコングは手で顔をガードし、椅子からずれ落ちた。英二は慌ててフォローする。
「アッシュ、可愛そうだよ。コング、もし君が無事に注射を終えたらドーナツでもポップコーンでも買ってあげるから!」
「――本当か? やったぜ!俺、それなら10回でも20回でも打ってやる、そうだなぁ、俺が欲しいのは……」
何を食べるかコングは悩み始めた。
「ははは……」
(それはさすがにやばいって……)
英二はドクターに耳打ちをした。
「ドクター、今のうちに早く!」
「あ、あぁ…」
Dr.メレディスは急いでコングの腕に注射を打った。
「そういえば新しいホットドッグ店ができたんだよな……」
注射針が刺さっていることにも気付かず、コングの頭の中は食べ物でいっぱいだった。
「そうなの? 帰りに寄る?場所を教えてよ……」
英二はコングが腕を見ないように食べ物の話をし続けた。
「――英二、すげぇ作戦だな……」
「たしかに……」
リンクスたちは英二の手腕に頷いた。
<続>
おはようございます!
英二はまるで幼稚園の先生のよう(?)ですね。園児たちの世話をするのは大変だ(笑)