数日前から急に風が変わってきた。秋から冬へと急激に向かう合図の風だ。空気は乾燥し気温もぐっと冷えてきていた。
59丁目のアパート――
「――クシュンッ!」
ボーンズがくしゃみをした。
「大丈夫? ひょっとして風邪ひいたのかな?」
英二が心配そうにボーンズを見た。ぺらぺらの長そでシャツにオーバーオール姿の彼は、どうみても薄着だ。
ボーンズは鼻がぐずぐずして気持が悪いのか手で押さえている。英二はティッシュ箱を彼に差し出した。ティッシュを受け取り、ボーンズは鼻をかみながら答えた。
「どうだろう? 分かんねぇよ」
一枚じゃ足りないようで二枚、三枚とティッシュをとっては鼻をかんでいる。その姿を見たコングは嫌そうな表情をしている。。
「おい、ボーンズ。おまえ、風邪なんてひくなよ。去年のことを覚えているだろう?」
コングは眉間にしわを寄せて言った。
「――あぁ、そうだな……」
一瞬固まったボーンズはすぐに思い出したようで素直に頷いた。昨年何が起きたのか知らない英二は首を傾げた。
「なに? 去年のことって……?」
言われてはじめてコングは英二が去年自分たちといなかったことに気が付いた。もう随分一緒に過ごしているのにまだ一年も経っていないのかと不思議に感じていた。それほど自然に英二が自分たちの中に溶け込んでいったのだが。
「そっか、英二はまだ俺たちと一緒にいなかったから分からないよな。実は、去年の冬――誰かがインフルエンザにやりやがって、俺たち仲間もみんなうつったんだよ」
「えぇ? それは大変だね」
「ほんっとに――高熱はでるわ、腹はこわすわ、鼻水はとまらないわ……死ぬかと思ったぜ」
コングは額と腹に手を置いて、苦しかったことをアピールした。よほど大変な目にあったらしい。英二は彼らに同情した。
「あぁ、『バカは風邪ひかない』って言うのは嘘なんだなって初めて知ったよ、なぁコング?」
ボーンズがわざとコングを見てからかうように言う。英二は「あっ」と思ったが案の定、コングは大きな指でボーンズの首を絞めた。
「そうだな、今年は勘弁したいぜ。お前は風邪ひく前にあの世にいっちまってるかもしれないが」
「ぐぇぇぇ……」
ちょっとした冗談……には見えないが、これは彼らの「お遊び」らしい。分かっていても英二はすぐにコングを止めた。
「ちょ…ちょっとコング! 手を離せって。ほら、クッキーをあげるから!」
英二はクッキーを手にとり、腕をふってコングに見せた。するとコングはすぐにボーンズの首から手を離し、クッキーを英二から奪い取った。
「うんまいなぁ」
クッキーを美味しそうにほうばるコングを見て、英二は安堵した。ボーンズも思わず英二に礼を言う。
「――助かった……英二、サンクス……」
こんな目にあうことは分かっているのに、どうしてボーンズはわざとからかうのか理解できないが、これは彼らなりのコミュニケーション、スキンシップのようだ。
(僕もアッシュから頻繁にからかわれてすぐに激怒して追いかけ回すけど……それも同じことなのかな?)
「危なかった……インフルエンザになる前にコングに殺されるかと思った」
ボーンズは喉を抑えてわざとらしく言った。
「インフルエンザか……ねぇ、それなら先にインフルエンザの予防接種を受けたらいいんじゃないの?」
『予防接種』という言葉に二人はきょとんとしている。
「予防接種?そんなの受けたことねぇよ」
「英二、その予防接種とやらをすれば俺たちは風邪をひかないのか?」
「うーん、インフルエンザにも種類はいろいろあるし予防接種をしたからといってほかの風邪はひかないっていう保証はないけど……でも流行しそうなインフルエンザの対策にはなるよな」
「へぇ……でも俺たちみたいな不良に予防接種してくれる医者なんていねぇよ。死にかけでもない限り、ふつうの病院なんて行けないぜ、カネも持っていないし」
「医療費って高いんだろう?ホケンがどうのこうの……て、さっぱり分からねぇよ」
どこか諦めたような表情で言う彼らを見て、英二は何とかしてあげたいと思った。不良とはいえ彼らは大事な友達だ。苦しむ姿は見たくなかった。
「うーん……」
お金もコネもない英二は何とか方法はないかとしばらく考えたが浮かばない。そしてアッシュの顔をちらりと見た。彼は話題には加わらず、分厚くて小さな文字がびっしり書かれた本を静かに読んでいた。しかし子分たちがどういう会話をしているか聞いていたはずだ。
「アッシュ、君なら知っているんじゃない? リンクスのみんなに予防接種してくれる病院を……」
「……」
彼は本をぱたりと閉じたが何も答えなかった。一見無表情で冷たく見えるが、本当の彼は心の優しい少年だということを英二は知っている。辛抱強く英二はアッシュにお願いをした。
「ねぇ、みんなに予防接種してもらおうよ。誰かがインフルエンザになったらあっという間に広がっちゃうよ。君だって色々ゴタゴタがある時に体調を崩したら困るだろう?」
「俺はそんなに弱くねぇよ、風邪なんてひかない」
「でもほら……皆がこの部屋に集まる時とか、プールバーに行った時とか、いつどこで感染するか分からないよ」
「部屋に集まった時……」
『仲間が部屋に集まった時』にアッシュは反応した。
「――?」
突然固まった彼を英二は不思議そうに見ていた。
(俺は大丈夫だが、英二がインフルエンザにかかると困るな……)
アッシュはメガネをはずし、英二の顔をまっすぐと見た。戦いの中、子分たちが体調を崩すのは困る。しかしそれよりもっと困るのは英二がインフルエンザにかかって苦しむ姿を見ることだった。
「――よし、分かった。なんとかしよう」
「本当に?」
こういう時のアッシュは頼りになる。英二はうれしくなって微笑んだ。アッシュもふっと微笑んだ。
「やった!さすがボス!」
「今年はインフルエンザにかからなくてすむ!」
ボーンズとコングも嬉しそうにハイタッチをした。
こうしてリンクス達は予防接種を受けることになった。
<続>
皆さん、おはようございます!
今日から三日間ですが短編をUPしますのでどうぞよろしくお願いします。
この作品は、読者さまが考えられた「ぷち妄想」(と言っても、ほぼストーリーになっている素晴らしいものでした!)に少し手を加えて一緒に共同創作したものです。
第一話はちょっと私の案が加わりました^^;
私にぷち妄想を送ってくださった某読者さま、ありがとうございます!
嬉しいですねから。同じファンの皆さまが創作をしてくださるのって……。
創作好き&それを広めたいと思っている私にとってはとても嬉しいことです。楽しさをさらに共有できますからね(^^)