赤い指 (講談社文庫)/東野 圭吾

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☆☆☆
少女の遺体が住宅街で発見された。捜査上に浮かんだ平凡な家族。一体どんな悪夢が彼等を狂わせたのか。「この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼等自身の手によって明かされなければならない」。刑事・加賀恭一郎の謎めいた言葉の意味は?家族のあり方を問う直木賞受賞後第一作。 (amazonより)

ついに7作目まで来ました。今作では加賀自身の人間ドラマも語られ「眠りの森」以来、加賀シリーズにふさわしい作品となっております。そもそもこのシリーズ、加賀が加賀である必要性のない作品や、テイストが全く違う作品同士をひとくくりにした作品群ですので加賀シリーズといっても作品の性質は予測がつかないものが多いんですね。

そんな中で本作は比較的オーソッドクスなミステリーテイストドラマに仕上がっています。あえてミステリーテイストとテイストをつけたのには理由があります。本作では刑事側と犯人側の視点が交互に登場する形式をとられています。その犯人側の視点の序盤で犯人、犯行手法、おおよその動機までもが明らかになってしまいますので読者にとっては何かを推理するような構造にはなっていません。ただし当然刑事たちはゼロから事件を捜査していくわけですので、犯人側の心理、隠蔽工作と刑事(主に加賀)のやり取りをみて楽しむわけです。ただしこれに関しても犯人側がそれ程凝ったトリックを仕掛けわけでも、加賀側がそれを破る絶妙な推理をみせるでもないので、ミステリーの手法は利用しているもののミステリーとは呼びがたい作品になっています。

つまり本作にはミステリー以上に重きを置いたパートがあるわけですが、それが主に認知症に視点を置いた介護、もっと言うなら家族と人間の老いです。今回事件が起きる場所はある家庭です。それがきっかけで家族ぐるみで事件を隠蔽工作しようとするところから物語は動き出すわけなのですが、この家庭には認知症に悩ませられる老人がおり、それを義理の娘、孫、そして実の息子までも煙たがっているわけです。作品を読んでいくと回想パート序盤では少々口が過ぎると思いながらも妻が義母の面倒を見たがらないという気持ちには賛同できます。しかし話が進むにつれ、義母がそんな扱いをされなくてはならない理由のなさの方が心に圧し掛かるようになり、今度は義母に同調する気持ちになります。そもそも人間は望む望まずに関わらず齢を重ねればだれかの世話にならずを得ない生き物であり、それは世話する側にとってもされる側にとっても苦痛を伴うものなわけです。これは人間が本質的に抱えてしまう不条理です。まして日本では妻が義親の面倒をみるという形態が未だ主流な形の1つとして残っており、配偶者の親とは言えなぜ赤の他人の自分がここまで?という想いは誰もが1度は持つものだろうと思います。

本作は「そういった問題に正面から立ち向かった作品」と言いたいところなのですが、ラストシーンを読む限りただ泣かせに逃げたなというのが見え見えの作りになっています。この話は本作の最も大きな謎のネタばれを含むので詳細には書きませんが、ラスト間際になって息子は母の大切さや、自分への想いに気づきこれまでの行動を悔いるわけです。確かに字面上は美しい家族愛が描かれているわけですが、本来は子を愛すのも子が親を愛すのも当たり前であり、その先に更に介護の困難さの問題が付きまとうわけです。つまり愛情と、介護を避けたい想いは両立するものであり、本当の問題はそこから始まるわけです。もっと言うのなら「実の息子であるお前はいいけど、結局世話するのは義理の娘である妻でなんですけど」という問題は解決されていないんですよね。あくまで小説ですので社会保障制度に切り込んで解決策を述べよ、とか言う気はないですけど、せめて心情面だけでも解決に向けたことを書けないのであればこれだけナイーヴな問題を書くべきでないと思います。現実にこういった問題を抱えてる人間が多いにも関わらず綺麗事だけで作品をしめるのはむしろ不快です。

ちなみに本作最大の謎についても無理があると感じました。何年にもわたりそんなことをし続けることが可能でしょうか?実は中盤くらいからその可能性を感じ始め、まさかその落ちだけは勘弁してくれよ、と思っていたことが当たってしまったわけですが、無理がありすぎる上にそれをした動機もあまりにうなずけません。ちなみに加賀パートの方のトリックも無理があるとは思いますが、こちらの方はそれをしようと思った動機だけはうなずけるのでよしとします。

これだけエンディングに不満があっても3つ星をつけたのはストーリーテリングの妙と読んでいる間だけはそれなりに楽しめたからです。この人の作品はもはや通勤通学のお供以上のものにはなりませんね。それでも「容疑者Xの献身」「白夜行」のような作品が他にもあることを期待して読んでしまうのですが。

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