イノセント・ゲリラの祝祭/海堂 尊

¥1,575
Amazon.co.jp

☆☆
今回の舞台は厚生労働省。なんと、窓際医師の田口が、ロジカルモンスター白鳥の本丸・医療事故調査委員会に殴り込み!? グズグズな医療行政を田口・白鳥コンビは変えることができるのか……。(amazonより)

シリーズ第4弾です。このシリーズは作品ごとにかなり色合いが違うのですが(1弾はミステリー、2弾はファンタジー、3弾はラブコメ)、今作は社会派風です。

さて今作は田口先生が厚労省の委員会に参加するところから始まり、場面のほとんども会議です。終盤近くまで官僚の嫌らしさなんかを表現しつつ、ある程度現実的な、しかし遅々として進まないイライラする場面の連続なのですが、そんな中でもある程度医学会の実態について触れられたりしていて、それなりに読みごたえはあります。クライマックスでは「ジェネラル・ルージュの凱旋」同様、大演説が用意されており、カタルシスが待っています。

さてここまで大筋を紹介したところで本題に。
本作、個人的には酷い出来だと感じました。
理由はいくつかあるのですが、大きなものだけを紹介します。
まず1つ目。今作は今までの作品と比べてもシリアスかつ、非常にリアリスティック(厚労省で開かれる会議ですから!!)な舞台で展開されるにもかかわらず、如何にもキャラクターです、という人物が登場しすぎます。これまでの作品でもそのような傾向はありましたが、作品の色合いやテーマも非常にポップで、それでいてなおかつ暴れまくるのは白鳥だけ、という構図でした。(ジェネラルルージュの速水はかなり大暴れでしたが)しかし今作は、社会派的な舞台装置を用意しておきながらも、今まで以上にキャラクターらしいキャラクターが多数登場します。作者としては会議ばかりだし、内容も若干難しいので配慮したつもりなのでしょうが、作品のクウォリティーとしては逆効果です。まるで松本清張原作の作品を吉本新喜劇が演じているようで作品が浮足立ってしまっています。

その2。ラストでの大演説+議論の内容が稚拙すぎる。ネタばれになるので詳しく書けませんが、そんなんで論破したことになるんすか?っていう内容で、作者の思いが強すぎる議論ですね。弁証法の何たるかを学んで欲しいです。

その3。大目標に共感しづらい。今作の最終的な目標は、これまで散々語られてきて、著者にとっての悲願AIの実用化と普及なんですが、作品の大目標として引っ張るには相当弱いですよね。確かにこれまでの作品を読んでいれば、それがどれほど価値のあるものなのかは分かります。でも小説1冊の大目標にするにはちょっと認知度が足りなくないかい?しかも最初から結論あり気で話を書いているから物語的な必然性が弱いんですよね。実際、作中では田口にAIを議題に挙げてくれって唆すやつがいて、田口はそれに乗っかっただけだし。そのせいで中盤まではあんまりAIって感じの話でもないから、話の整合性としては問題なくてもかなり唐突な感じなんですよね。こんな感じになるなら、これまでの作品でも登場したように実際にAIを登場させた方が良かったと思うんですよね。実際医療ミスで亡くなる人間が出てきて、そこから始まる人間がドラマがあって、AIさえあったら~って話にした方が説得力はあったと思いますね。それだとこれまでの話と近くなるのであれば実際に医療訴訟が起きるネタにしちゃっても良かったと思うし。というか作者もその自覚があるのか、「チーム・バチスタの栄光」での被害者遺族なんかがチラチラ出てくるんですよね。そっちをメインストーリーにしちゃえばよかったのに。

その4。これは2と3にも関連したことですが、クライマックスが大演説というのは、つまるところ小説の力のなさを証明してしまっているようなものです。つまりストーリーで伝えることができない(または伝える自信がないから)最後に言いたいことを全部演説にしちゃうわけです。そんなことをするなら余計な話もキャラもいらないで伝えたいことだけをロジカルに書ける論文でも書けばいいわけですから。というかこの人くらい人気があれば新書かなんかで噛み砕いた自分なりの医療論でも書けばいいと思うんですよね。それでも「ジェネラル・ルージュの凱旋」のように作者の主張というのとは別に物語的にはより重要なファクターや見せ場(例えば恋愛)なんかがある場合にはそれ程気にならないんですが、今作の場合、終始議論で展開しているのに、結局最後はたった1人に長台詞を喋らせて言いたいことみんな言うって手法はこれまで読んできた意味をゼロにしちゃうと思うんですよね。

まとめ。この人、やっぱりエンタメに徹した方が良いと思います。

これまでにご紹介した
「チーム・バチスタの栄光」☆☆☆
「ナイチンゲールの沈黙」☆☆☆
「ジェネラル・ルージュの凱旋」☆☆☆☆

医療の限界 (新潮新書)/小松 秀樹

¥735
Amazon.co.jp

ジェネラル・ルージュの凱旋 [DVD]

¥3,598
Amazon.co.jp