町長選挙 (文春文庫)/奥田 英朗

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☆☆☆☆
町営の診療所しかない都下の離れ小島に赴任することになった、トンデモ精神科医の伊良部。そこは住民の勢力を二分する町長選挙の真っ最中で、なんとか伊良部を自陣営に取り込もうとする住民たちの攻勢に、さすがの伊良部も圧倒されて…なんと引きこもりに!?泣く子も黙る伊良部の暴走が止まらない、絶好調シリーズ第3弾。(amazonより)

伊良部シリーズ第3弾です。
前作「空中ブランコ」に続いて、全体構造の説明や解説は第1作目「イン・ザ・プール」の書評をお読みください。ちなみに今作もシリーズ過去2作を読んでいる必要は全くなしです。

さて今作は過去2作と比べ大きく変わったポイントが2つあります。
1つ目が、短編と中編の混合になった。本作は短編3作と中編1作で構成されています。
2つ目は、短編に関しては、それぞれ主役にはっきりと分かるモデルがいます。

さてそれでは短編の書評から、本作に入っている短編の主役のモデルになった人物はそれぞれナベツネ、ホリエモン、黒木瞳です。ちなみにこれは暗に描かれているわけではなく、はっきりと分かる形で表現されています。例えばナベツネは1000万部を誇る新聞社の会長で「たかが選手」と言ったことで世間から批判を浴びたとか、ホリエモンは若きIT社長で野球球団に続いてテレビ局を買収しようとしたとか、はっきり誰だか分かる形で表現されています。

本作はそんな彼らが難題(プロ野球1リーグ化など)に取り組んでいる最中を描いています。そんなわけで実在の彼らの性格が本作でも再現されていくわけですが、批判のポイントや彼らの心理描写などが実に見事です。(短編なので浅薄なところはありますが)とは言え作者が描こうとしているものは社会や時事ネタ批判ではないと思われます。勿論、その時々で作者が感じていたことなどは多分に含まれているでしょうが、この作品の本質はそこにはないと思います。彼らは「閉所、暗所恐怖症」や「ひらがなが書けなくなってしまう、認知症」や「太ってしまうことを過度に恐れる強迫観念症」などに苛まれています。そしてその原因は他者からの評価が、彼らの自己同一性と強く結び付きすぎてしまっているからです。それが好き勝手に動き回る伊良部を見ることで少しずつ溶けていく、つまり社会的な評価と切り離されていく、わけです。本来的にアイデンティティーは社会とは切り離せないものですが、彼らは「社会にとっての自分=自分」になってしまっているわけです。その結びつきが強すぎるため、「異常なまでの合理主義」や「激しすぎるアンチエイジング志向」へと走らせるわけですね。つまり今作は「自分という領域」をどこまで広げるか、それが広がりすぎてしまったがために苦悩し、様々な症状に悩まされている人たちを描いた作品なわけです。わざわざ実在の著名人をモチーフにしたのは、誰もが抱える悩みでありながらもそれが極大化しかつ顕著に現れる人たちだからであろうと考えます。

次は中編ですが、この作品は今までのものと随分毛色が違います。大筋は冒頭のあらすじの通りですが、東京から期限付きの出向で役所に勤める若き公務員が町長候補の両陣営からの攻勢で苦悩、疲弊していくストーリーです。また別の言い方をすれば、そんな彼が本作エンディングまでに様々な苦悩を抱えながら、「島」を学ぶストーリーとも言えます。今作に関して言えば伊良部はまるっきり彼の回復には役立ちません。完全に狂言回しに徹していますね。この作品に関しては、古い共同体の「ハレとケ」を描いたという感じで、骨格としてもこれまでのものとはまるで違いますね。どのくらい違うかというと、東野圭吾のガリレオシリーズの短編と「容疑者Xの献身」くらい違います。まあやっぱり短編用のプロットをそのまま長編にするのは難しいのでしょうね。

さて、今作は伊良部シリーズファンからの評価は1番低いようです。主な理由は2つで「時事ネタなんか語ってほしくなかった」というものと「伊良部があんまり活躍しないじゃないか!」というものです。しかし私としては3作中ナンバー1です。理由は短編の書評で書いた通りでこの作品は時事ネタを書いたわけではないし、伊良部は今まで通り、京極堂シリーズで言う憑き物落としを意図してか無意識的にか行っているじゃないか!というものです。作者は3作目にして伊良部の騎乗方を学び、必要最低限度の登場で十分に役割を発揮させる術(つまり本筋を壊しかねないほど無茶はさせない)を覚えたのだと思いますし、コンセプトも3作の中では最もはっきりとそしてしっかりしたと思います。(社会と自己同一性の問題)またコンセプトを説明させるためにキャラクターに話のまとめを喋らせなくなったのも腕の上がった証拠でしょう。それ以外にもクライアントが抱える精神疾患と、表出化して現れる症状が一体化したという点も評価できます。(これまでの作品だとこの悩みで、なんでこんな症状?というものがいくつかありました)ということで個人的にはもっともお勧めしたい1作です。ちなみにですが中編の「町長選挙」もモデルとなった事例があることをお伝えしておきます。

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