後醍醐帝の思ひ~吉野山散策⑥~ | 遊行楽紀行 ~風のささやき 水の行く末~

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---後醍醐帝の思ひ~吉野山散策⑥~--- 
 吉水神社は、後醍醐天皇の御所。


南朝本拠、四帝御所 吉水神社とあります。


境内には「南朝の皇居」ととも。
南朝は、57年間。
4代の天皇、後醍醐天皇、後村上天皇、長慶天皇、後亀山天皇がここを都としました。

後醍醐天皇 1318~1339 南朝初代天皇
後村上天皇 1339~1368 南朝2代天皇
長慶天皇 1368~1383 南朝3代天皇
後亀山天皇 1383~1392 南朝4代天皇


♪ここにても、雲居の桜咲にけりただかりそめの宿と思うに
後醍醐帝の和歌。
また、建武の新政の際の帝の方針。
♪現在の例もかつては新儀であった。朕の新儀は未来の先例たるべし
吉水神社の境内に新政の際の鋳造された通貨についての解説がありました。「乾坤通宝」です。見つからぬ幻の通貨です。

後醍醐帝は、もともと「つなぎ」の就任でした。
本流の皇族との戦い、貴族との戦いの無理が新政の短さ、吉野へ向かう背景となりました。
それでも、この地吉野で京を想い続けたのです。
「なんとしても京にもどらん」
吉野の空気には、後醍醐帝の思いが、何百年の年月でかなり薄まっているものの今も漂っているように思います。

それに義経、弁慶主従の物語が加わります。
なんと指で岩に釘をうったという弁慶の物語。
「弁慶の力釘」


岩をよくみると・・・・。


2本打たれています。
それくらい力があったということなのでしょう。