『仕事』(美沙鈴シリーズ㉗)ショートショート30 | 安浪蘭人には“愛”があるーArrow Land is “LOVE”.ー

安浪蘭人には“愛”があるーArrow Land is “LOVE”.ー

安浪蘭人(あろうらんど)です。人間ですが、作家、コピーライターもやってます。気ままにやりたいように生きられる幸せを噛み締めています。あなたに伝えたいコトは“ありがとう”!。これからも遊びに来てくださいね(^o^)v❣️

今夜も…、お逢いできて嬉しいです!

前々回のリラックスタイム①が、お陰
さまで大変ご好評をいただきました。

アクセスしてくださった皆さん、本当
にありがとうございました。

注目記事の1位になるまでが、あっ!
という間で、音楽の持つ爆発力をあら
ためて認識しました。

そして、いろいろな意見もいただきま
した。

最初の大友裕子さん『傷心』は2連発
の意味がないのではないか?という声
もある一方で、録音とライブで画面を
見ながら聴いていると、それぞれに表
現しているモノが違うような気がする
…というような意見もあり、記事を書
いた側からすると、とても嬉しい反応
が多数ありました。

坂本冬美さんとビリー・バンバンの演
奏は、坂本さんのはカバーで、ビリー
・バンバンがオリジナルだと思って聴
いていたが、どちらもそれぞれの世界
で歌っていて、そこにある世界が違う
ような気がした、並べて聴くといつも
とは違う感覚になる、というご意見は
とても参考になりました。これから、
リラックスタイムを作って行く側とし
て、いつも頭の片隅に置いておくべき
意見だなあ…と感じました。

『Lady』はケニー・ロジャースと
ライオネル・リッチーとでは別の楽曲
に仕上がっている、と書いたら、それ
をご自分で探して聴いてくれた読者さ
んから、「ケニーは絞り出すように歌
っているのに、ライオネルはとても軽
く歌っているように感じました。でも
伝わって来るモノは、その女性がとて
も大切だというコト。どちらも違って
いるのに、素敵でした!」というご意
見をいただいて、何だかとても嬉しく
なりました。

『津軽恋女』は、素敵だ、吉永小百合
さんが綺麗だ、新沼謙治さんの歌がい
い、…等の多数の意見をいただきまし
た。

でも、1番多かったのは、「知らない
曲を教えてもらって、それがいい曲だ
ったので、また教えてください。あり
がとう」という種類のメッセージでし
た。

それから…。

mimiさんは、いい!と言う声に交じっ
てどうしてプロじゃない人の紹介をす
るんだ、というお叱りも受けました。

わたしは紹介したいと思う歌があった
ら紹介します。プロでもアマでも関係
ありません。アマでも、その人の歌を
聴いて感動したら、ご紹介したくなり
ます。

mimiさんに関するメッセージで、たぶ
んわたしと同世代の方からだと思うの
ですが、

「最初、森田童子さんかと思いました
が、声がとても澄んでいて、大貫妙子
さんのようでもあるし…と思って聴い
ていたんです。そして、安浪さんの記
事を読んでいるうちに、『あっ、他の
誰でもなくて、mimiさんなんだわ』っ
て気が付きました。ラッドや米津さん
の歌を歌う森田童子さんはいないです
し、大貫さんなら歌うかも知れないけ
ど、似てると思うコトと、誰かのよう
だと認識するコトは別だというコトに
気付きました」

というご意見をいただきました。これ
はとても大切なコトにお気付きになっ
たと思います。

あなたが、初対面の人に「○○さんに
似てますね」と言われてもあまり嬉し
くないと思います。「菜々緒さんみた
いに綺麗な脚だね」は嬉しいかも知れ
ませんが、「女優の室井滋さんに似て
るね」はどうでしょうか?友達に訊い
てみたら「好きな女優さんにたまたま
似てるって言われて嬉しかったコトは
あるけど、たいていは誰かに似てるっ
て言われると、何で?と思うわねー」
というので、「誰に似てるって言われ
て嬉しかったの?」と訊くと「吉田羊
さん」と言って、「うふふふ」と笑っ
ていました。

それは、彼女に好意を持っている人が
彼女が好きな女優さんは吉田羊さんだ
というのを誰かから訊き出して、彼女
を喜ばせるために言ったとしか思えま
せんでした。だって、吉田羊さんには
全く似ていないんです。わたしから見
たら、すごく良く言って「財前直見に
似てるね」って感じです。

これでお気付きだと思いますが、似て
る似てないは、全くの主観です。だか
ら、まずはニュートラルにその人のパ
フォーマンスを見て、聴いて、感じれ
ばいいと思います。その時、気持ちよ
ければ、OKなんだと思います。

ちょっとエラそうに言ってしまいまし
たが、素直に感じるコトの大切さを50
を過ぎると痛感するもんです。そして
その人の好さ・いい所を探す楽しみが
出て来ます。

若いうちは、人の上げ足取りをしてし
まいがちですが、熟して来ると、いい
モノはいいと思うようになります。

そういう「年齢」を楽しんでみるのも
面白いと思うのですが、いかがでしょ
うか?



さて、今回は『仕事』をお送りします。

前回を下敷きにして、仕事について、
思っているコトに触れて行くつもりで
す。ごく軽い気持ちで書きますので、
構えなくていいですよ(^o^)。

では、お楽しみください。





カランカラン。カウベルの音。

今日は満員御礼のようだ。カウンターに1つ、空いた席があって、俺が座る
と全く空きがなくなった。

「あら、お帰りなさい。今日は遅いのね。とはいっても、ここ2年くらい、
お店がやってる日は毎日来てくれてるんだから、本当にありがとね。今日は
混んじゃっててごめんね」

と言って、美沙さんがおしぼりを出してくれた。さっちゃんが、テーブル席
で丸いスツールで、お客さんのグラスを作るとすぐ、俺の隣で立ったまま、
1杯目のロックと、チェイサーの焼酎のウーロン割を作って、またテーブル
席に戻って行った。カウンターの内側で、愛ちゃんが、

「今のスーさんのグラスは私が作るべきでしたね。気が利かなくてごめんな
さい」

と謝るので、

「いや、気にしなくていいよ。さっちゃんは、たぶん、息抜きに来たんだか
ら…。一つの席にズーッと居るのって、なかなか大変なんだよ」

というと、「あっ!」と何かを思い出したように俺の顔を見て、

「スーさんが、仕事してる顔を初めて見たって、ママが嬉しそうに言ってま
したよ。仕事してるところを見られて喜ばれる人が居るんだなって、とても
不思議な気がしたんですけど…」

そう言って、小さく一つ「コホン」と咳をしたので、カウンターの中を見る
と、何も置いていない。

「いろはす、飲んでいいよ。遠慮は自分持ちだからな」

と言うと、愛ちゃんは首を傾げて、

「遠慮は自分持ちってどういう意味ですか?」

と訊いた。俺は、

「自分で飲みたいと思ったら飲んでいいって言ってるのに、無理して我慢し
て咳して風邪引いたって、遠慮は自分でしたんだから、自分の責任だよって
意味だよ」

と答えた。愛ちゃんは、

「なるほど。それを遠慮は自分持ちって言うんですね?短く言えて相手に伝
わりやすい言葉ですね」

そう言って、「お飲み物、いただきます」と言うと、いろはすをキッチンの
中で注いで来て、俺とグラスを合わせた。

「スーさんのコト、伺いたいんですけど…」

というので、「遠慮は自分持ちだから、訊きたいならどうぞ」と言うと、

「あ、そうやって使うんですね?勉強になります!で、訊きたいコトなんで
すけど、私は仕事でこの店に来る時には、いつもお逢いしてるじゃないです
か?毎日、このお店に来るのに奥さんは反対しないんですか?と 言うより
私も毎日来るのはキツイと思って、週4日働こう、とか、決めた訳ですけど
毎日来るのが苦痛になるコトはないんですか?雨が降ったって、風が強くた
って家に居たい時があると思うんですけど、どうして、毎日楽しそうにお金
を払い続けているんだろう…?って不思議でしょうがないんですけど…」

愛ちゃんは、かなり真剣な目つきで訊いて来た。俺は、グラスに一口、口を
つけると、ゆっくりと、考えながら逆に質問した。

「愛ちゃんはお金をもらえるのに来るのがイヤになる時もあるのに、俺はお
金を払うだけなのに毎日毎日出勤するみたいに来るのはなぜ?ってコトだよ
ね?う~ん、いい質問だねー。愛ちゃんは自分の居場所って、あるかい?」

愛ちゃんは少し考えて、

「はい、ありますよ。今、住んでる家の自分のシェアしてる6畳のスペース
と、共有スペースのダイニング…かな?同居人の息子さんと遊ぶのは、大体
ダイニングですねー。でも、やっぱり、自分の6畳の方が落ち着くかな?」

と答えた。俺は、頷いて、

「そう…。それじゃ、愛ちゃんは仕事ってどんなモノだと思ってる?」

と訊くと、愛ちゃんは、ニッコリ笑って、

「スーさんとの話って、最近やっとわかって来たんですけど、全然違う話に
なっちゃったって思う話でも、最後にはちゃんと元の話に戻って来るから、
安心して脱線出来るってわかってるんですけど…、最初に訊いたコトに関連
して、どうしてそういう質問が出て来るのかを考えるようになったんです。
でも、今のところ、どうしてこの質問なのかって見当がつかないなあ…。私
は、仕事って、お金を稼ぐためのモノだと思ってますけど…」

と答えた。やはり、この子はとてもクレバーだと思う。俺の質問が自分の問
いに答えるために必要な要素だともう理解してるとは鋭いなあ…と心の中で
舌を巻いた。

「愛ちゃんは、本当に頭がいいと思うよ。愛ちゃんの質問に答えるために必
要なコトを訊いてるのは確かだね。その中身を自分で考えながら答えてると
は、御見それしました。まずは居場所が6畳の自分の部屋って答えたよね?
それから、仕事はお金を稼ぐためのモノだって答えた。愛ちゃんの世界観が
よくわかる答えだと思った」

愛ちゃんはとても不思議そうに、俺の顔をしみじみと見た。

「スーさんマジックにハマって行くのを感じます。ものすごく当たり前のコ
トを言ったつもりだったけど、スーさんとは決定的に何か違うコトを言った
んだ、というコトだけはわかる…。これから、どんな話になって行くんだろ
う…?このワクワク感が、人を惹き込むんですよね?きっと…」

そう言うと、「飲み物を足して来ていいですか?」と言って、グラス一杯に
桃の香りを満たして来た。

「俺は学生の時からバンドをやってたから好きなコトで稼いでたんだよね。
社会人になったのはバンドを解散してからだから、お金を稼ぐために働くっ
て言う概念がなかったんだ。何せ、大学の時に家庭教師をやった時だって、
お金は後で、学校で落ちこぼれた子だけを教えたんだ。俺が高校の時に初め
て落ちこぼれたから、落ちこぼれる奴の気持ちは誰よりわかってるから、そ
れを助けたい!っていう思いだけで家庭教師をやったんだよ。凄かったよ、
全員教え始めた時点では学校の先生は『その志望校は無理だ』って言ってた
んだけど、全員志望校か、それ以上の学校に受かったんだ。俺が募集した生
徒の条件は『学校の成績には関係なく、行きたい学校がある生徒!』ってい
う募集条件だった」

愛ちゃんは、そこまで聞くと、もう一つ質問を挟んだ。

「大学生まででやったバイトって、家庭教師だけだったんですか?」

俺は、笑いながら答えた。

「いや、高校を卒業してすぐ、新聞配達の奨学生になって新聞の専売所に住
み込みで働きながら浪人をしてたんだ。新聞を配るだけじゃなくて、集金も
お客さんの勧誘もやったよ。

それから、大学に入る前には印刷屋の本の綴じ込みを機械に突っ込んで行く
バイトとか、大学に通い始めてからは、ファミレスのホール・スタッフのバ
イトもやった。大学に行ってるから当然ナイト・メンバーだったよ。深夜料
金が貰えるくらいから閉店作業まで、とかね。

お金が足りない時は日払いのマネキン運びなんかもやった。アマチュア・バ
ンドをやりながらだから、どうしても楽器が欲しかったり、音を作るために
PAが必要だったりするとみんなでバイトして買ってた。学生最後のバイト
が家庭教師だったんだ。サークルも引退になって余った時間でやり始めた。

でも、就職はバンドを解散した後だから、24歳の時だったかな?レコード会
社からバンドでのデビューじゃなくて、俺のソロプロジェクトとしてデビュ
ーさせるっていう話をされた時に、他のメンバーが就職し始めたんだ。俺は
一人でデビューしたいなんて思ってなかったもんだから、瓦乞食なんかにな
るか!って断っちゃってね。

経営コンサルタントになろうって思ったんだ。それで、資金調達を勉強した
くて証券会社に入った。その2年後にリスク・マネジメントを学びたくて損
保業界に入った。どっちも当時の1部上場会社だよ。とりあえず必要なコト
は学んだと思って、自分の会社を作って独立した。それからズーッと経営コ
ンサルタントをやってる。

だから、お金を稼ぐための仕事っていう概念がなかったんだよね。ファミレ
スのバイトも実はお金を稼ぐためのバイトだったくせに、どうしてファミレ
スを選んだのかって言うと、お金を使う側の理屈を目の当たりにしたかった
からなんだ。

ファミレスって、お金のない人はあんまり来ない。お金のない人は深夜のマ
ックには居るんだけど、ファミレスには少しはお金のある人が来る。そうい
う人はどんなわがままを言うんだろうか?とか、お金を使う側の理屈が知り
たかったんだ。

卒業したら証券会社に入るつもりだったから、サークルも証券研究会ってい
う文化会のサークルに入ってたし、そこで論文を書いて連盟に提出すると、
優秀な論文が選ばれて各大学から選ばれた大学が発表をするっていうセミナ
ーがあった。その費用を稼いだりするのにバイトは必須だったんだよね。一
つの大学に入る訳だけど、連盟があるサークルに入るとどこの大学にも友達
は出来るだろう?本当に顔の広い学生時代だった。学園祭の実行委員会なん
かにも参加してたから、女子大とかがイベントの時の進行なんかで協力要請
して来るし、当時は都内のどこの大学にも顔パスだった」

と言うと、愛ちゃんは、

「なんか同じ人間だとは思えないなあ…。どうしてそんなに意味を求めて行
動してたんですか?私とは違い過ぎて、話がよくわからないですよ。私は、
お金がなかったから、大学に行こうって言う選択肢がなかったんだから…」

と言った途端に、それまで黙って愛ちゃんの後ろに居た美沙さんが、

「愛。それは違うわよ。お金がなかったのはスーさんも一緒なの。スーさん
の親御さんは体を壊していて、生活保護だったから、自宅で大学浪人が出来
なかったのよ。だから新聞の奨学生になって家を出たのよ。あなただって、
大学に行く気でライフデザインをしていたら、そういう方法だって選べた筈
よ。選択肢なんて、思った通りに出来るんだよ、って当時のスーさんが笑っ
てるのを聞いた時、この子は強いなあ…って感動したんだもの、忘れられな
いわ。

それに論文を書くサークルって何よ?って、当時の私は思ったの。サークル
って楽しく遊ぶものだと思ってたから。ところがスーさんの奥さんて違う大
学の証券研究会の連盟に参加してた女性なんだなあ…、これが。当時、有り
得ないくらい派手なペア・ルックでセミナーに参加したり、参加大学が増え
るキッカケを作ったりしてて、どこでも楽しんじゃうんだよ、スーさんて」

と言って、呆れた顔をしている。もっと呆れた顔をしてポカーンと口を開け
たままになってる愛ちゃんが、ゆっくりこちらに向き直って来た。

「そうか…。ママはスーさんのそういう時代も知ってるんですね。よくその
女性にスーさんを譲る気になりましたね?」

と言った途端に、美沙さんは怒気を含んだ言葉を吐いた。

「だって、私とは肉体関係はなかったんだから…」

愛ちゃんは吹き出した。

「そんなコトで…?それだったら、私を選んで!って迫っちゃえばよかった
んじゃないですか?ママらしくない感じがする…」

そう言って、ケタケタ笑っている。美沙さんは、少し考えながら言った。

「その当時のスーさんて、いつも主役だったの。誰と一緒に居てもスーさん
が主役になっちゃうの。奥さんは脇役になれる人だった。私は主役になりた
いオンナだった。そこが運命を分けた所だと思うんだ…」

そう言って、遠くを見るような目をしている。俺は頭を掻きながら言った。

「仕事って、仕える事って書くでしょう?サラリーマンの頃に、仕事って、
俺は誰に仕えているんだろうって考えてた。会社なのかな?と思ったけど、
どうもそれも違うと思ってた。と言うのは、証券マンはノルマを達成するた
めに、『ダマ転』て言うんだけど、お客さんに黙って転売しちゃって手数料
だけを稼ぐっていう違法な方法をとってしまう気の弱い営業マンが居るんだ
よ。これはバレると罰せられちゃうんだ。つまり、会社に忠誠を誓っても、
お客さんを裏切ると捕まっちゃうんだとすると、会社に忠誠を誓うのは間違
ってるコトになるでしょう?じゃあ、誰に仕えてるんだ?って思ってた時に
ある出来事があって、突然わかっちゃったんだ。

『天職』って言葉があるでしょう?それだ!と思ったの。天に仕えればいい
んだ!って。天に仕えると、誰かに罰せられるってコトがなくなるんだ。だ
って天て、言ってみれば神様に仕えてるみたいなもんじゃない?間違わなく
なるんだよ。だから、天職と呼べる仕事についていればいいんだ!ってわか
ったんだ。だから、サラリーマンはやめて、自分でコンサルを始めたんだ。
それが天職だってわかってたから…」

そう言うと、愛ちゃんは、

「でも、天職でもお金を稼ぐためにやるんじゃないんですか?」

と訊いて来たので、

「天職って、いくら稼げるかじゃないんだよ。最初稼げなくてもいいの。そ
の仕事が本当に天職なら、いずれどんな生活をしていたとしても、食って行
けるようになるんだよ。人間国宝になってるような人に3人会ったんだけど
みんな、特に儲かる職種なんかじゃないんだ。でも、すごく稼いでる。その
人じゃなきゃ出来ない仕事をしてる人は、お金は後からついて来るんだよ。
それが解ったから、自分の天職を探してたんだ。歌を歌うコトか、コンサル
だと思ったんだ。ただ、歌うコトは自分で、と言うより、レコード会社との
担当者との相性が大きいような気がしたから、コンサルを選んだんだ」

と答えた。美沙さんが、いいフォローを入れてくれた。

「会社を作った時は、来月の従業員の給料の15万円をどうするかで悩んでた
のに、10年経った時点で来月を乗り切るのに1500万円をどうしようって悩ん
だ瞬間に、俺も頑張って来たんだなあ…って嬉しくなったって言ってたわよ
ね?結局、その1500万円も何とかしちゃったでしょう?それを聞いた時に、
スーさんは天職に出逢ってるんだって思ったのを憶えてる。今はひと月で悩
む金額は億単位なんじゃない?」

俺は、笑いながら、

「というより、あんまり困らなくなったかな?億単位で何とかできるように
はなってるしね。それも、みんなのおかげだと思ってる」

と言った。愛ちゃんは、

「どうして、それがみんなのおかげなんですか?スーさんの実力があるだけ
なんじゃないんですか?」

と不思議そうに訊いて来た。俺は、頷きながら、

「そこで最初の質問に戻るんだけど、居場所の話。俺は『居場所』って人の
心の中だと思ってるんだ。だから、リアルな場所に本当の居場所がある訳じ
ゃないと思ってるんだ。例えば、美沙鈴のカウンターに座るっていう物理的
な場所と、美沙さんやさっちゃんや愛ちゃんの心の中で受け入れてくれてる
場所があって、俺は居場所があるって思ってる。このカウンターに座ってて
も、美沙さんがこの店を手放してしまって、違う経営者と違うスタッフでこ
の店を運営していたとして、俺は毎晩来るかって言うと、たぶん来ない。そ
ういう居場所があるから、その居場所に通うコトが喜びになってる。1番最
初の質問に戻ると、子供が出来るまではカミさんのコトもこの店に週に3回
は連れて来てた。だからカミさんも行くな!って言ったコトはない」

と答えた。愛ちゃんは、

「ほら、やっぱり、答えになってたんだ、私への質問は。しかも、すごく深
くわかった感じになってます。トクさんが言ってたけど、言葉が立体的だっ
て言ってた意味がわかったような気がします。内容は凄くわかったんだけど
私が1から説明してごらん、て言われたら、たぶんできません。トクさんと
同じ状態になってる。スーさんマジックだ!」

と言って、何か、はしゃいでいるように見える。テーブル席に居た池ちゃん
が、俺の隣に来て、愛ちゃんに言った。

「オレ、少しわかっちゃった。スーさんのテクニックは黒子と同じだと思う
んだ」

愛ちゃんは、首を傾げて、ゆっくりと言った。

「黒子ってバスケ?」

それを聞くと池ちゃんは、

「そうそう。その『黒子のバスケ』の黒子の必殺技の1つに『ミスディレク
ション・オーバーフロー』ってのがあるでしょう?スーさん情報って、小さ
な情報でもすごく詳しいんだよ。それで、最初のうちに内容的にはオーバー
フローしてるんだよ、俺達の頭の中では…。本人じゃないから細かいコトま
では憶えてられない。そこで核心を突く情報がやって来る。その時点で、こ
っちが説明できるデータ量は超えてるから、再生は出来ないんだけど、核心
は理解できるような構成になっているから、内容は理解できるんだ。トクさ
んが再生できないって言ってから、よく聴くようにしてるんだけど、きっと
それで間違ってないと思うんだ!」

そう言って、得意そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「俺は喋りながら必殺技を繰り出してるって言うの?そんなにたいそうなコ
トじゃないと思うんだけど、何だか正解なような気もする…」

と言ったら、池ちゃんは嬉しそうに自分の席に戻った。愛ちゃんは、

「なるほど…。この店には、スーさんの居場所しかないって言うか、みんな
スーさんのコトが好きなんですねー。そうじゃなきゃ、他の席の話をみんな
が聞いてるなんてコトはないですもんね。居場所を大切にしてて、仕事は天
職だから、この店に毎日通ってくれてるんだ…。よくわかりました」

と言った途端、池ちゃんが自分の席で立ち上がると、愛ちゃんを指さして、

「愛ちゃん、スゲー!スーさんの話を一言でまとめた人、初めて見たー!」

と言って、

「ミスディレクション・オーバーフロー破れたり~!まさか愛ちゃんが破る
とは…、御見それしました!」

と言って、騒いでいる。美沙さんと愛ちゃんは大笑いしている。これが俺の
居場所なのだ。





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