『エネルギー』(美沙鈴シリーズ㉖)ショートショート29 | 安浪蘭人には“愛”があるーArrow Land is “LOVE”.ー

安浪蘭人には“愛”があるーArrow Land is “LOVE”.ー

安浪蘭人(あろうらんど)です。人間ですが、作家、コピーライターもやってます。気ままにやりたいように生きられる幸せを噛み締めています。あなたに伝えたいコトは“ありがとう”!。これからも遊びに来てくださいね(^o^)v❣️

今夜も…、お逢いできて嬉しいです!

さあ、今回は『エネルギー』をお送り
します。

今までのシリーズの話とは少し変わっ
ています。

とにかく、読んでみてください。

では、お楽しみください。





カランカラン。カウベルの音。

ドアを開けると、ユリが「おっ、来た来た」と俺の方に来た。

「今日はカウンターじゃなくて、ソファー席に来てくれる?」

と言って美沙さんに「セット持って行くよ」と声を掛けている。美沙さんは

「あ、私が持って行くから、ユリちゃんはスーさんと一緒にテーブル席に行
ってていいわよ」

と答えて、ユリと俺をソファーの方へ向かわせた。

「スーさん、食べるモノは私の方で用意していい?」

と言うので、「うん。お任せします」と言って、ソファーの方へ行くと、見
覚えのある顔が座っている。中学2年と3年の時に同じクラスだった柳井の
顔だった。

「うわあ、久しぶりだなあ。何年ぶりになる?」

と訊くと、柳井は、

「38年ぶりかな?カズちゃんの力を貸して欲しいんだ」

やけに真面目な顔をして、俺の顔を見つめて来る。

「ん?どうした?」

と 俺が言うと、柳井は初めてニッコリ笑い、

「それ、変わらないなあ…。昔より優しい言い方にはなってるけど、どんな
時でも『ん?どうした?』って話を訊いてくれる感じ、なんかホッとする」

そう言って、もう一度顔を引き締め、

「カズちゃんは笑うかも知れないけど…、ボク、今、蓄電関係の会社をやっ
てるんだ」

…申し訳ないが、笑ってしまった。柳井が社長?イメージが湧かない。

「もちろん、起ち上げ社長じゃない。起業家になれるほど図々しくないつも
りだよ」

俺は、「起業家って図々しくないとなれないのか?」と言った。

柳井は慌てて、顔の前で手を横に振り、

「いやいや、そうじゃなくてボクが起業を志すほどには図々しくないってい
う意味だよ。自分の分はわかってるつもりだから…。でもね、結果的に責任
を取らされてるって言うか、極めて情けない状態で責任者を押し付けられた
っていうのが実情なんだ。だから、藁をも縋るように横…じゃなくて、新し
い苗字忘れたから名前で言うけどユリさんの力を借りて、カズちゃんを探し
たんだ」

まだ見えない。もう少し喋らせよう。

「それで…、何がどうなったんだ?全く状況がつかめないんだけど…」

柳井はうなずくと、

「ボクの会社は蓄電の会社だって言ったけど、10キロワット以上の大電力の
蓄電を可能にした設備なんだ。言ってみれば法律を無視した商品な訳だよ。
10キロワット以上の蓄電は出来ないのに、10キロワット以上の蓄電を出来る
っていう商品な訳…だよ」

そう言って、ため息をつく。俺は言った。

「おまえが社長をやっている会社の社員は可哀想だと思うぞ。今のおまえの
認識には間違えているところが2か所ある。10キロワット以上の蓄電を出来
たって何ら問題はない。家庭用の蓄電設備だって言えば法律的な問題は出て
来るけど、B to Bの世界ではNAS電池だってなんだってあるじゃないか。
次に10キロワット以上の蓄電は出来ないのに、って言ったけど、事業用設備
なら、むしろできるのが当たり前だ。それも家庭用蓄電の法律を踏まえて話
してるなら、10キロワットじゃ何にもできないから法改正が必要だ、くらい
の気持ちでいないと電池なんか扱えないだろう?」

そう言うと、柳井はキラキラした目で俺を見る。

「やっぱりカズちゃんだ!経済産業省で担当官と話していた時にボクの経歴
書を見て、年齢と住所から考えると、鈴木さんと同級生くらいな感じですよ
ね?って言われたんだ。鈴木さんて、鈴木誰さんですか?って訊いたらカズ
ちゃんの名前を言うから、中学の同級生でしたって、言ったんだ。そしたら
鈴木さんと相談してからもう一度ご足労くださいって言われてね。ボクとの
話は修正箇所が多過ぎて大変だから、見ればわかる資料を用意して来てくだ
さいって言われたの。やっぱりカズちゃんは今でもスゴイんだなあって、一
所懸命探したんだよ。そしたら、ユリさんのコトをボクの母親が知ってるっ
て言うから、カズちゃんを知らないか訊いてって頼んだの。そうしたら知っ
てるって言うから、すぐにセッティングしてもらったんだ」

俺は頭を抱えそうになった。柳井はラッキーで俺と出逢えただけで、自分は
何にもしてないじゃないか…。まあ、いいや。とにかく会えただけでも良か
った。蓄電の担当審議官と言えば…、稲葉さんだったなあ。

「オフクロさんとユリに感謝するんだな。で、俺に何をして欲しいんだ?」

そう言うと、柳井は目をキラキラさせて言った。

「ウチの蓄電設備の正しい仕様書を作りたいんだ。いろいろな計測データは
あるんだけど、稲葉審議官によると、必要な仕様書になっていないって言う
んだ。稲葉審議官は、『前の社長の時はイケイケの捏造データだったけど、
あなたの場合は、それじゃ商品にする意味ないでしょう?というデータにな
っていますよ』って言われた。ちゃんと技術者と話し合いましたか?とも言
われた。何でそんなふうに言われるのかがわからないんだ。ちゃんと10キロ
ワット以内に収めた仕様書なのに…」

それを聞いた瞬間に、稲葉さんが言った意味が理解できた。俺は訊いた。

「今、仕様書持ってる?」

柳井は少し驚いたように、

「ユリさんが、カズちゃんは飲んでる時は仕事の話はしないよって言うから
持って来てないけど、母親に頼めばすぐ持って来てくれるよ」

と言うので、俺はいささか腹が立っていた。

「今の話って仕事の話だよね?その話だけして、肝心の仕様書は持って来て
ないって、どういう了見なんだよ?しかも、お母さんに頼めばすぐ持って来
るっていうのが気に入らねー。おまえが今、タクシーでも何でも使ってすぐ
に持って来いよ。何でも人頼みじゃ話は進まねーぞ。ほら、行って来い!」

というと、柳井を叩き出した。柳井は、

「そうだね。ごめんね。すぐ持って来る!」

と言って、走って行った。その様子を見ていたユリと美沙さんが、それぞれ
にこんなコトを言った。

「スズッキ―が仕事してるところ初めて見た!カッコいい!」

「スーさんが仕事してるところ初めて見たけど、出来る感じね!」

俺は頭を掻きながら、ユリに言った。

「俺がこの店で仕事をしないのは、仕事柄、問題が出るとその場で決断まで
しなきゃならない案件が多いんだよ。そうすると、ここで飲んでる人の空気
感を無視して、指示を出さなきゃならないコトが多くなる。今は、ユリと柳
井の席にしかお客はいなかったからいいけど、この後、もし、他のお客さん
が来たら、俺が店を出ないとイケなくなるから、せっかく仕事が終わって1
日の疲れを取りに来てるのに、またオンにならなきゃならないのは避けてる
んだよ」

と言うと、ユリは顔の前で手を合わせて、

「ごめんね。柳井にはスズッキーはこの店では仕事はしないよって言ったん
だけど、この店に連れて行ってって言われてOKしちゃったのがイケないん
だね。これからは気を付けるね」

と言った。本当に申し訳なさそうな顔をするので、

「いや、気にしないで。同級生にそうやって頼まれれば、連れて来ちゃうよ
ね。ユリは悪くないから、気にする必要はないよ」

と言うと、焼肉を持って美沙さんがテーブルの方に来た。

「急ぎなら仕事しちゃっていいわよ。他のお客さんは断ったっていいんだか
ら。と言うより、35年も付き合ってて初めて仕事っぽいところを見たけど、
ちょっと興味が湧く仕事っぷりだなあ…と思って…。柳井さんは人は良さそ
うだけど、他力本願っていう感じがあるでしょう?スーさんが切り込んで行
く感じをもう少し見ていたいっていうのが、正直な気持ち」

ユリと一緒に焼肉を食べていると、柳井が息を切らして仕様書を持って来た。

「これが…、問題の…仕様書」

息を切らしたまま、そう言う柳井。

「問題があるって自覚はあるんだね。見せて」

一目見て…、問題はわかった。

「蓄電容量が9,9ワットってなってるね。本当は10キロワット以上なのに、
数字を少なく記載してるから問題を回避してるって柳井は思ってるよね?」

柳井は、得意げに俺に言った。

「以前のように法律を無視した仕様書ではなくしたんだ。問題はない筈だよ
ね?」

そう言って、少し得意そうな顔をしているので、またムカッとした。

「仕様書っていうのは、それを使った時の正しいスペックが記載されていな
ければ意味がないんだよ。おまえは仕様書の定義が解ってない。数字を正し
く把握している技術者はいるのか?今すぐ、ここに呼べる?」

柳井はスマホを見て、「今、零時半だよね…」と言いながら電話をした。そ
して、数秒後、電話の向こうと話し始めた。

「夜中にゴメンね。…うん、石神井公園まで来てくれないかなあ。今、飲み
に来てるんだけど…」

と言っているのを聞いて、「技術者?何さん?電話変わって!」と言った。

柳井は「小泉さん」と言って、スマホを渡して来た。

「あ、鈴木と申します。柳井の同級生ですが、人が飲んでるところに押しか
けて来て、仕様書をチェックして欲しいっていうもんですから、電池の正確
な数字を知りたくて…。柳井も数字は持っているんでしょうけど、小泉さん
の認識に合わせて仕様書を作るべきだと言って、こんな真夜中ですがご連絡
させました。経済産業省・担当審議官の稲葉さんが、私に相談してみろと言
ったそうなので、どこが問題なのかも含めて、技術者の小泉さんと情報を共
有するべきだ、という話になりまして…。ええ、夜分ご足労を掛けますが、
この時間なので、タクシーでおいでください。もし、仕事が終わった後で、
一杯差し上げた時に、マイカーを運転して来ていらっしゃると代行を呼ばな
きゃならなくて、タクシーと変わりませんから。え?それは柳井に払わせま
すよ。こんな時間にお呼び出しするんですから…。ええ、お待ちしてます」

電話を切ると、柳井が俺に文句を言った。

「カズちゃん、ボクは待ってたんだ。押しかけて来た訳じゃないよ!それに
小泉さんと情報を共有すべきだ、なんて話はしてなかった。タクシー代は、
今日はボク、お金持ってるから払えるけど、どうしてお財布も確認せずに、
払えるって思ったのさ?」

と憤慨している。柳井は中学の頃から…、本当に変わってない。

「今の電話に全部解説が必要なのか?おまえが先に飲んでたって言ったら、
小泉さんはこんな時間にここに来る気になるか?押しかけて来たって聞くと
『ウチの社長もやる気を出したんだな…』と思うだろ?この時間に呼び出す
んだから、俺とおまえでちゃんと話し合った上で声を掛けようという話にな
ったって伝えなきゃ、ただ数字の報告なら柳井社長もお持ちですよ、で終わ
るだろう?柳井の独断じゃなくて、小泉さんと認識を合わせようという話だ
から、この時間でも行こうと思ってくれるんじゃないか?しかも経産省の担
当審議官が推薦している奴に直に電話で話をされてる。そして、おまえが飲
みに来てるって余計なコトを言うから、飲んだ場合を考えてマイカーではな
く、タクシーでおいでくださいって言った。経費処理の話じゃなくて、今日
のタクシー代は柳井のポケットマネーで払うんだぞ。こんな時間にありがと
うって、会社の給料とは別に、僕の気持ちだからって一万円をタクシー代と
は別に渡してやれ。そうやって、会社のために動くと得もするっていう気持
ちが芽生えるように育てて行くんだよ。そういう行動が社長の行動だ」

柳井は口をポカーンと空けて聴いていた。

「今の時間で、それだけのコトを考えて、話を作りながら電話してたの?」

そう言って、首を横に振っている。

「柳井が言ったセリフの中で一つ引っかかってるんだけど、責任を取らされ
る形で社長になった、って言ってたよね?それ、どういうコト?」

隣でユリも「うんうん、私も気になってた!」と言った。

「ああ、会社を起ち上げる時に、名前だけ役員になってくれって頼まれたん
だ。最初に集めた資本金を使い切ったところで社長の日山さんが居なくなっ
ちゃったの。それで残っている人間の中で、日山さんの奥さんとか日山さん
の甥っ子とか日山さんの親戚関係じゃない人はボクしかいなかったから、役
員関係で残ってたのがボクだけだったの。それで、社長をやれってみんなに
言われて断り切れなかったんだ。それで、法律を無視して各家庭で10キロワ
ット以上の蓄電をする村を作って、電気代とかがこんなに安くできたってい
うデータを出せば、法律を改正する動きになるって日山さんが言ってたから
法律は守ろうよって、データを変えたんだ」

と言っている。俺は、

「そこからやんないとダメなのかよ…。いいか。経産省が蓄電の法律を変え
るには、実績がないとまず変わらないんだよ。つまり、自治体と組んで先行
データを取る必要がある、ってコトなんだ。その自治体での条例を作って、
実験データを作る。これは違法ではないんだよ。その上で全国に展開できる
ように法律を改正するコトが必要になって来る。10キロワットの蓄電じゃ、
一軒のうちの1日分の電気も賄えないだろう?だから、電力会社に儲けさせ
る気なら、家庭用蓄電池は10キロワットまでという法律は無くせないことに
なるけど、東日本大震災以降、家庭での蓄電量を増やせるようにしようって
いうムーブメントが起きている。だから、それを何とかしたくて日山社長は
会社を作ったんだろう。違うのか?」

柳井はまた、ポカーンと口を開けて聞いていたが、

「なるほど、そうだったんだ。じゃあ、日山さんは経営はうまく行かなかっ
たけど、会社をちゃんとやって行くつもりで作ったんだね?みんなは詐欺だ
って言ってたから、悪い人なのかと思ってたんだけど…」

俺は、

「また、そこからかい?柳井がもう少し力になってたら、もしかしたら凄い
会社になってたかも知れないよ。ただし逃げた時点で日山さんは悪いんだ。
責任のある立場でお金を集めて、使い切ったから逃げるっていうのは、悪い
奴だとしか言われないよ。ただ、何をやろうとしていたのか?くらいは柳井
は役員だったんだから、わかるように訊き出す義務があるんだ。役員にする
から、と言われて何をする会社かも知らずに引き受けたとすれば、それはお
まえにも責任があるぞ」

柳井は

「なるほど。そうだね。うん。その通りだと思う…」

と言ってうなずいている。1から教えるのはよくあるコトだ。経営コンサル
タントと言う仕事をしていると、2代目社長への政権交代の時期には、まず
最初の仕事が、先代は何を考えていたのかを継承するコトから始まる。ただ
その場合、先代から伝えたいコトは聞いている。今回は、柳井の話と日山さ
んが何をしていたのかを類推するところからなのが、少し厄介なだけだ。

カランカラン。小泉さんがドアを開けた。思ったより年配だ。60代半ばだろ
うか?ただし、技術者と言うより、番頭さんの風情がある。

「初めまして。鈴木です。夜分遅くご足労をおかけし、申し訳ありません」

しっかり握手を返しながら、

「小泉です。日山さんとは20年来の仕事仲間でした。柳井社長が、ようやく
日山社長のやろうとしていたことに気付いてくれたように感じ、嬉しくなっ
て飛んで来ました!」

今夜は朝までコースになるだろう。美沙さんは店の外の看板の電気を消して
くれた。これで気兼ねなく話を出来る。

「早速ですが…」

俺は小泉さんに数字を確認した。小泉さんが嬉しそうに柳井の顔を見ながら
俺に報告を始める。俺は、その言葉を制して、

「柳井、小泉さんに何か言うコトはないのか?」

と言うと、うなづきながら

「小泉さん、こんな時間にありがとう。お世話を掛けます」

と頭を下げた。小泉さんは、

「間に合いますね。今なら、行けますね!」

と言って、嬉しそうに柳井の肩を叩いた。少し話したところで、美沙さんが

「少し、お腹に入れませんか?」

と冷しゃぶのゴマダレ掛けを持って来てくれた。俺は美沙さんにビールを頼
んだ。

「小泉さんも少しならいいでしょう?」

と言うと、小泉さんは、

「こんな仕事なら、いつでも大歓迎です。毎日、会社に行くのが辛かった。
今日から、会社に行くのが楽しみになって来ました!」

そう言って、嬉しそうにビールを啜っている。仕事って、気持ち次第だよな
あ…、と思いながらカウンターを見ると、美沙さんが俺にガッツポーズを送
ってくれている。俺は、幸せ者だ。





にほんブログ村 小説ブログ 小説家へ
にほんブログ村