長編小説「日陰症候群は蒼を知らない」 3~異世界の住人~ | 「空虚ノスタルジア」

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前回の話はこちら

 

4話はこちらから

 

 

 

 

「…性器の測定は以上です」

「ふうん。まあ全体的には平均以上ってとこだね。でも一回しか経験無いなら童貞として売ってもいいんじゃない?」

「ナギ、それはこっちが考えることだ」

 

 

 …羞恥の一切を棄てた…つもりではあったが、全裸になるなりキョウコが俺のペニスの長さや太さを計測し、挙句の果てに「勃起時も測るので勃たせてください」などと無茶な要求を温度の無い声で言われ、こんな状態で勃起するわけもなく苦戦していたら手コキされる始末、これは一種の拷問だろうか?俺がもしスパイなら手コキの時点で洗いざらい機密情報を吐いていたかもしれない。

 

 しかし、表情の一切を変えることなく機械的に計測を終えたキョウコより慣れた目線でニヤニヤと一部始終を見届けるナギの方が俺は歪に思えた。「全体的に平均以上」だの「童貞」だの、幼気な少年から発する言葉としてはあまりに違い過ぎる。

 

「お疲れさん、もう服着ちゃっていいよ」

「あの…その子は一体何なんですか?」

 

 いそいそと服を着ながら俺は思い切ってこちらから質問をぶつけてみた。すると当の本人…つまりナギは険しい顔で俺の背後に回ると見掛けによらず強い力で膝を蹴り上げる。完全に油断してジーンズを履くために片足を上げていた俺はバランスを崩して前のめりに転んでしまった。辛うじてテーブルにぶつからなかったことだけが幸いだ。

 

「痛ってーな。何すんだよ!」

「子供扱いすんなよな!俺はこう見えても成人してんだよ!」

 

 立ち上がった俺にヒステリックな声を上げるとナギは水戸黄門の印籠のように免許証を掲げた。

 

「平成6年、10月10日…6年!?俺より二つも上なのか!?」

 

 俄かには信じ難いが免許証の写真は確かにナギの顔であり、「私共も未成年者を愛人として斡旋することはございません」というキョウコの沈着冷静な声が事実だと認めざるを得ない雰囲気を醸し出す。まあ、成人と捉えれば今までの一部始終も辻褄は合うのだけど、それにしても見掛けも背丈も変声期前の声もどこをどう取っても少年にしか映らない、俺の知らない世界が無限にあるのは重々承知、だがこれは想像の範疇を明らかに越えたものだ。

 

「ナギ、そうカッカするな。その見た目を売りにしてるのも事実だろ?」

「ええ。ナギさんはショタ好きの顧客の圧倒的支持がありますから、ナンバー2のポジションも見掛けのおかげかと」

 

 …高低差の全く無いキョウコの声は本来なら無害なはずなのにそぐわない内容のせいで背中に冷たいものを感じる。それは俺の覚悟がいかに薄っぺらかったか痛感させて、俺は彼らに露呈するのを恐れ「最終試験は合格したんでしょうか?」と、こちらから切り出した。ナギが成人かどうかより俺が合格なのかどうかが今は最優先である。

 

 

「ああ、合格。君にはここでしっかりと働いてもらうよ」

「…ありがとうございます。それで…」

「借金の件はこちらで話を付けておく、それから君の家族の最低限の生活は保証しよう」

 

 

 真に受けていいものか?今更そんな事を考える余裕はない、俺は与えられた仕事を遂行するのみだ。万が一、円城寺司が約束を破棄したならば…刺し違えるだけ。

 

 

「だが、君が仕事を放棄して逃げ出した際は…分かってるね?」

 

 円城寺司はニヤけた表情でこちらにグッと顔を近付けると、耳元でそう囁いた。さすがに破壊力があるらしく、ナギからは笑顔が消えキョウコは軽く視線を逸らす。俺としては言葉の意味がどうこうではなく、こんなおっさんに耳打ちされる自体に鳥肌が立つのだが「ええ、心得ています」と、平静を装い頷いてみせた。満足気な様子で手を握られる光景は政治家の選挙活動を彷彿とさせて、俺はまた反吐が出そうな苦々しい思いに駆られるのだった。

 

「詳しい説明は彼女から受けてくれ、私はもう行かなきゃならん」

「おやっさん、ウナギは?」

「いつものところでいいなら連れてってやる」

 

 バンザイのポーズではしゃぐナギの姿はやはり少年のもので、あの免許証も偽造ではないかとついつい勘繰ってしまう。まあ、別に何歳だろうが俺には無関係なのだけどそれでも「愛人業」そのものが闇で外部に漏れれば一巻の終わりという状況下にある限り、全く無関係ではないのだろう。逆に言えば外部の俺がここに居る時点で彼らはリスクを背負っている気もするがそれ以上考えると気が遠くなりそうなので、俺は何も言わず傍目から見れば親子みたいな2人を眺めた。

 

 そして、円城寺司が黒のバッグを手にすると何の前触れも無いまま勢いよくドアの開く音がした。平静さをいくら心掛けてもこういう不意打ちにポーカーフェイスを保てるほど肝は座っていない、俺は思わず窓辺のカーテンの中へ身を隠してしまった。仕方ない、元々臆病な人間なのだ。

 

「あれ?零さんがここに来るなんて珍しい」

 

 数秒置いて最初に反応したのはナギだった。恐る恐るドアに目を向けるとやけにチャラチャラした銀髪のホスト風な男が腕を組んで俺を睨んでおり、その視線はキョウコとはまた違ったタイプの冷たく突き刺さるものを感じた。

 

「新入りの顔を見に来たんだが…こんな田舎っぽい奴を雇うとか正気?」

 

 我が物顔でズカズカと上がり込むと男は見下し感満載の声を放ち、たった一瞬で俺を見事に苛立たせる。まともな人間が1人も居ない状況に嘆きながらも俺はモデルのような端正な顔立ちに思わず見惚れてしまい言葉に詰まった。ファッション雑誌からそのまま飛び出てきたという表現はこの男のためにあるかもしれない。色白で目鼻立ちはくっきりとしており、シャツから覗かせる鎖骨が艶っぽい、加えて足も長く、歩き姿も含めてパリコレのモデルのようである。こういう類の人間はテレビでしか見た事が無く、目の前の光景は夢か幻じゃないかとさえ思った。

 

「コイツ、使い物になんのか?」

 

 すっかりこの男の雰囲気に呑まれた俺は何も言い返せないまま青いカラコンの入った大きな瞳を見上げ、円城寺司、或いはナギの言葉をただ待つしかなかった。

 

 この男…日暮零が俺の今後に深く関わることになるなんて予想だにもせず、まるで異世界の住人みたいな男の目に俺はどう映っているのか?そんな呑気なことばかりが頭に過ぎるのだった…

 

 

(続く)

 

 

 

 

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