“愛里跨(ありか)の恋愛スイッチ小説(柚子葉ちゃん編38)” | 愛里跨の恋愛スイッチ小説ブログ

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38、愛の磁石




私は震える彼の肩を優しく摩りながら、
痛みに悶え堪えるような苦しい泣き声を静かに聞いていた。
彼は泣き顔を上げて私の頬に優しく触れると、
「ありがとう」と言って力強く抱きしめる。
けれどすぐに私から離れ、すっと立ち上がると「ごめん」と言った。
私もゆっくり立ち上がり、バッグからハンカチを取り出して、
彼の頬に優しく当て伝う涙を拭う。



柚子葉「使って」
桐生 「……ありがとう。
      あー。カッコ悪いな、僕は。
   貴女の前で泣いてしまうなんて、情けない」
柚子葉「カッコ悪くなんかないよ。
   情けないなんて、そんなことないよ。
   私のために流してくれた涙だもん」
桐生 「柚子葉さん。
   本当に、貴女って女性は……
   あの時と同じで、変わってないな」
柚子葉「明義さん」
桐生 「もうすぐ久々里さんが来るよ。
   こんなところを見られたら誤解される」
柚子葉「う、うん」
桐生 「ハンカチ、洗って返すから。借りるね」
柚子葉「……うん」



彼は再び私の頬に触れると寵愛の眼差しで見つめた。
その澄んだ瞳に一瞬で引き込まれそうになる。
磁力のように強くて、抵抗してもすぐに引き戻されそう。
それはとても自然で、自然すぎて余計に不自然で。
この説明のつかない感情を戸惑い隠すように俯いた。
でも、鋭い彼は私の胸の内を悟ったようで、
我に返ったようにすっと手を引いて、
車が往来する病院前の道路に視線を移した。
ころころと変わる彼の表情と仕草に、なぜか物悲しさを感じて
焦燥に駆られる心がどよめき落ち着かない。
その時、ウインカーを点滅させて一台の車が敷地内に入ってきた。
それは私を迎えに来た萄真さんの乗用車で、
ヘッドライトがサーチライトのように私達を眩しく照らす。
まるでほんの数分前の出来事を知って捕まえにきたように。





萄真「柚子葉。なんで外で待ってる。
  夜は冷えるから待合室で待ってろって言った、のに。
  隣に居るのは誰……」



玄関前で待っている私の姿を瞬時に見つけた萄真さんは、
ヘッドライトを落とすとゆっくり路肩によって車を停める。
様子を窺いながら傍にいる人物が誰なのか目を凝らした。
それが明義さんだと認識した彼は、ある出来事を思い出す。








(萄真の回想シーン)




話し終えて決意表明のような握手を交わす二人。
夏生さん宅の書斎から出ようとする彼を、
萄真さんは改まった口調で引き留めた。



萄真「桐生さん」
桐生「はい」
萄真「すみません。
  この部屋を出る前にもう一つだけ、お聞きしていいですか」
桐生「はい。いいですよ」
萄真「先程。桐生さんは俺に言いましたよね。
  正しい者、か弱い者を守れる強さを持ちたくて警察官になったと。
  柚子葉の存在がそう思わせてくれたのかもしれないと。
  そして、貴方とお兄さん」
桐生「……」
萄真「ある出来事から柚子葉を守れなかったリベンジをさせてほしい、と」
桐生「……はい。
  そうお答えしましたし、お願いしました」
萄真「それは、警察官の貴方としてですか。
  それとも。一人の男性として。ですか」
桐生「……何を仰りたいのですか?」
萄真「貴方は、言葉を選んで柚子葉を憧れの先輩だったとお話しになったが、
  本当はまだ、柚子葉のことを思っていらっしゃるのではないですか」
桐生「……」



萄真さんは咎めるような目で警戒し桐生さんを真っ直ぐ見た。
明らかに始めとは違う鋭い視線に、
彼の目の色も瞬時に変わり警察官独特の目つきになる。
暫く無言でじっと見合う二人。
しかし桐生さんはすぐに穏やかな表情に戻り、
柔らかい視線を萄真さんに送った。



桐生「それは。男として私が柚子葉さんを好きで、
  職権を濫用してリベンジしたいと貴方にお願いしたと。
  そう思っていらっしゃるということですか?久々里さん」
萄真「率直に言えば、そうです。
  人間の思いや話す言葉には必ず、表と裏があります。
  貴方が言い直したのは、俺に気を遣ったからでしょうが、
  本心を隠すためってことも考えられます。
  いや、違うな。本心は隠してないですよね。
  『私は柚子葉さんがとても好きでした』と、
  俺に公言しましたから」
桐生「……ふっ。貴方はすごい方ですね」
萄真「俺の見立て、間違ってないと思うんですが」
桐生「……高い観察力と洞察力。
  もう一人の警察官に
  状況を説明していた時に感じていたんですが周辺視野も広い。
  それに、相手の言葉や視線をしっかり読んでいますよね。
  ほんの少しの言葉の中から置かれている状況まで読んで」
萄真「……」
桐生「第一線で捜査活動している刑事並みの観察眼でプロ顔負けです」
萄真「俺のこと、馬鹿にしてます?」
桐生「いいえ。素直に感心しているんです。
  警察官は職質時や警ら中の車内からでも、
  対象者の目の動きや姿勢から心理を読むことができます。
  それに匹敵するくらいです。
  久々里さんはとても有能な方ですね。
  流石、多くの社員を雇用する一企業の重役でいらっしゃる」
萄真「お褒め頂いて光栄ですが、
  俺のことはどうでもいいので本題に戻します。
  どうなんですか。
  貴方の本心をお聞かせ願いたい」
桐生「私が私的な感情だけで職権を行使して、
  久々里さんや柚子葉さんに対して加虐行為をしてしまったら、
  特別公務員暴行陵虐罪という重罪に問われて、
  懲役か禁錮に処せられます。
  それは私だけの問題でなく、
  警視正である父や親族にも迷惑を掛けます。
  先程もお話したように私は組織人です。
  上の命令がなければ勝手には動きません。
  非番の時なら出来ることもあると申し上げましたが
  お二人や貴方のご家族がお困りの時に、
  少しはお力になれるかもということです」
萄真「では。あくまでも警察官として、ということですね」
桐生「はい。そう受け取ってください」
萄真「分かりました。
  すみません。深読みして。
  大変失礼なことを言いました」
桐生「いいんです。
  警戒されて当然です。
  愛する女性があんな酷い事件に遭遇したばかりで、
  しかも相手が凶悪犯罪リストに上がってる人間です。
  なのに貴方は、多少のことでは動じない度胸もあって、
  怯むことなく私と対等にお話できるのですから。
  久々里さんには警察官の素質がありますよ」
萄真「愛する人の為なら俺は、自分を犠牲にしても守り抜きます。
  柚子葉を傷つける相手が、彼女の母親や坂野元のような凶悪犯、
  例えば、善良な警察官であっても」
桐生「そうですか。
  感服致しました。
  本当に。柚子葉さんのパートナーが貴方で良かったです」
萄真「はい。俺もそう思ってます」







停車した萄真さんの車を観察するように見ている明義さん。
彼の姿を見ながら車をゆっくりと発進させ、
玄関前のロータリーに入るとブレーキを踏んで車を停める。
運転席のドアが開き、落ち着いた表情で萄真さんが降りてきた。
そして明義さんに近寄って軽く会釈する。
彼も深く頭を下げて「お久しぶりです」と挨拶した。
それが私にはとても不自然に感じて居心地が悪かった。




萄真 「柚子葉。待たせてごめんね。
   夜は冷えるから中で待ってろって言ったのに」
柚子葉「萄真。あ、あのね、明義さんと偶然」
桐生 「玄関前で偶然に柚子葉さんに会ったんです。
   ここに、私の母が入院しているものですから」
萄真 「そうなんですね。
   それはご心配ですね」
桐生 「はい。
   柚子葉さんから久々里さんがお迎えにくるとお聞きしたので、
   貴方が到着するまでお話をしていました。
   いくら人目があるとは言え、この辺りも物騒ですし、
   あの男といつ遭遇するか分かりません。 
   身柄が確保されるまでは安心できませんから」
萄真 「あの男」
桐生 「はい」
萄真 「坂野元ですか。
   それは、ありがとうございます。
   柚子葉も貴方が居てくれて安心だったでしょう」
桐生 「いえ。
   それでは、私はこれで失礼いたします。
   道中、お気をつけて」



明義さんは丁寧に頭を下げて、
その場から中央駐車場へ向かおうとした。
しかし萄真さんは、透かさず彼に声を掛ける。



萄真 「桐生さん」
桐生 「はい」
萄真 「今から、お時間ありますか」
柚子葉「萄真」
桐生 「えっ?」
萄真 「この後、何もご予定がなくて、
   お疲れじゃなければ、ご一緒に食事しませんか」
桐生 「……」
柚子葉「萄真!?
   (萄真と明義さんと三人で食事なんて、
   何を考えてるの!?
   まさか一緒にいたこと、怒ってる……)」
萄真 「柚子葉もいいよな」
柚子葉「う、うん。もちろん、いいよ」
萄真 「どうですか?
   兄の家では桐生さんもお仕事中で、
   ゆっくりお話もできませんでしたし。
   今後もあの男の件で、ご尽力頂くことがあると思います。
   それに、貴方に紹介したい者もおりまして」
桐生 「そうですか。
   そういうことなら、夜は予定もないですし、
   少しのお時間ならお付き合いいたします」
萄真 「ありがとうございます。
   この近くに行きつけのうなぎ屋があるんです。
   すごく料理がうまくて、
   一気に仕事疲れを解消できる癒し空間ですよ。
   大将夫婦もいい人なんで、
   きっと桐生さんも気にいると思います」
桐生 「そうなんですね。
   うなぎは大好物なので、それは楽しみです」
萄真 「だったら良かった。
   店で俺の友人が待っていますので、
   俺の車で行きましょう。
   帰りはここまでお送りしますから」
桐生 「では。お願いいたします」
柚子葉「萄真。友人って柑太さん?
   慕情で待ってるの?」
萄真 「そうだよ。
   柚子葉の合格祝いと快気祝いをしようって、
   杏樹さんと一緒に君を待ってる」
柚子葉「杏樹さんも。
   それならさっき電話で言ってくれたらよかったのに」
萄真 「それじゃあサプライズにならないだろ」
柚子葉「あぁ。サプライズなんだ」
桐生 「いいんですか?
   そんな大切なお約束の時に、私がご一緒しても」
萄真 「いいんです。
   というより、是非桐生さんにも一緒に祝ってもらいたいです。
   柚子葉のために」
柚子葉「萄、真……」
桐生 「……分かりました。
   では、お言葉に甘えてご一緒させていただきます」
萄真 「良かった。
   どうぞ、車に乗ってください」
桐生 「ありがとうございます」   




萄真さんはドアを開けて私を助手席に乗せると、
「失礼します」と言って明義さんも後部座席に乗りこんだ。
走り出した萄真さんの車は、
慕情で待っている柑太さんと杏樹さんの許へと向かう。
大好きだった男性と今大好きな男性が、
車内というもっとも狭い空間に同時に存在するなんて。
過去と現在がバトルしているようで、堪らなく居心地悪い。
私は世間話しをする二人の声を聴きながら、
車窓から見えるイルミネーションを虚しく見つめていた。









うなぎ処“慕情”の引き戸を開けると、
調理場で魚を捌く気さくな大将の豪快な声と、
癒し系の女将、華さんの元気な声が店内に響く。
小さな中庭が見える高級料亭のような和空間。
情緒あふれる落ち着いた雰囲気に、
初めて訪れる明義さんの表情も綻び、
緊張もほぐれている様子だった。
萄真さんは私と明義さんを座敷の席に案内し、
声を掛けるといつもの個室のふすまを開ける。
中ではお通しを頬張る杏樹さんと、
ビールを飲んでいる柑太さんが待っていた。





柑太 「萄真、柚子葉さん。お疲れ。
   すまんな。おまえらが来る前に少し摘まんでるぞ」
萄真 「いいよ。杏樹さん、久しぶりだね」
杏樹 「萄真さん、お久しぶりです。
   一日お疲れ様です」
萄真 「お疲れ様。待たせてごめん」
杏樹 「全然、待ってませんよ。
   柚子葉さんもおつ!」
柚子葉「うん。お疲れ様。
   杏樹さん、柑太さん、ごめんね」
柑太 「いいの、いいの。とにかく入れよ」
柚子葉「うん」
柑太 「……萄真。その方は?」
萄真 「あぁ。彼は桐生明義さん」
杏樹 「えっ」
柑太 「桐生さんって。
   おまえが話してた、警察官の」
桐生 「初めまして。桐生明義と申します。
   お祝いの席なのに、初対面の私が突然伺ってすみません」
萄真 「成り行き上、急遽決まったから連絡出来なかったんだ。
   桐生さんには柚子葉のために、
   一緒に祝ってほしいって俺から誘った。
   というわけで宜しく頼むよ」
柑太 「そういうこと。
   初めまして。僕は増川柑太と申します。
   久々里の大学時代からの親友で、
   一応、柚子葉さんの上司です。
   宜しくお願い致します」
桐生 「増川さんですね。
   こちらこそ、宜しくお願い致します」
杏樹 「一応って何よ。
   私は柚子葉さんの親友で同期の馬木杏樹と申します。
   宜しくお願い致します」
桐生 「馬木さん。
   あぁ。貴女でしたか。
   先日柚子葉さんと総合病院にいらっしゃったご友人は」
杏樹 「えっ。私のこと、ご存じなんですか?」
柚子葉「桃奈のお見舞いに行った時のこと、
   明義さんは事情を知ってるから」
杏樹 「あぁ。そうなんだね」
桐生 「その節は、大変申し訳ございませんでした。
   兄の愚行、ご無礼をお許しください」
柚子葉「明義さん」
杏樹 「桐生さん、頭を上げてくださいよ。
   もう終わったことで気にしていませんよ」
柑太 「そうですよ。
   過去のことは気にせずに今日は楽しみましょう。
   この面子ですから肩ぐるしいのは抜きにしてね」
桐生 「は、はい。ありがとうございます。
   こちらこそ宜しくお願い致します」



軽い挨拶を終えた後、女将が注文を聞きに来て、
萄真さんはいつものコースを五人前頼んだ。
車の運転をする萄真さんと明義さんはお酒を控え、
ノンアルコールビールを注文する。
タクシーで来た柑太さんと杏樹さん、
そして私はレモン酎ハイを頼んだ。
注文の品が揃うと柑太さんの音頭で皆でグラスを交わす。

 







明義さんと私達四人が笑いながら食事をするなんて。
萄真さんの車でも異常な状況下だったのに
こんな異質なことが起きると誰が想像できただろうか。
一週間前、黒歴史フェアゲームをしたばかりで、
皆が明義さんを知っているから余計に不思議で、
非常に複雑で不気味でもある。
しかし明義さんの心は私よりもっと複雑だったかもしれない。
病院の玄関前で偶然私と再会したと思ったら、
萄真さんに食事に誘われてここにいるのだから。
しかも彼は、私達の知らない世界を歩く人。
その彼が今、
杏樹と柑太の質問コーナー並みに質問攻めに遭っている。
それはちょっと酷なのでは?と思うほど。



柑太 「桐生さんは普段お酒は飲まないんですか?」
桐生 「私は、飲まないですね」
柚子葉「全然、飲まないの?」
桐生 「そうだね。ここ数年はないかな」
杏樹 「それは体質的にですか?
   それとも警察のお仕事柄っていうか職務上?」
桐生 「体質上は問題ないんですけど、
   いつ緊急の呼び出しがあるか分からないので、
   飲まないようにしてます。
   勤務形態が三交代勤務で24時間なんで、
   交番勤務だと夜間パトロールもあって、
   110番通報が入ると逮捕事案もあるので、
   ひどい時は一睡もしないこともあるんです。
   仕事が終わって、自宅に戻って、
   『あぁ。今日も無傷で良かった』とほっとしたら、
   飲み食いよりとにかくお風呂に入って、
   布団に倒れ込むように寝るって感じです。
   でも同僚の中には、飲む人もいますよ」
柑太 「そうなんだ。壮絶で過酷な仕事だな」
萄真 「うん。何よりストイックだ」
柚子葉「なんだか、大変そう」
杏樹 「警察24時とかテレビでやってるの観たり、
   刑事ドラマなんかのイメージとは全く違うんですか」
柑太 「取り調べ室で容疑者にカツ丼を出す刑事とか」
杏樹 「そうそう」
桐生 「あぁ。それ、よく聞かれるんですけど、
   任意同行されて取り調べを受ける被疑者だったら、
   そういうのも自腹では可能です」
柑太 「へー。自腹なんだ」
桐生 「実際には取調室での飲食は一切ないです。
   ものを与える行為が利益誘導にあたるし、
   自白をさせても供述の証拠価値がなくなりますからね」
柑太 「はーぁ。目から鱗だな」
柚子葉「うん。聞く全てが驚きだよ」
杏樹 「そういうリアルトークを聞くと、
   これから特番を観る目が変わるなー」
桐生 「あれは放映できる範囲ですし、捜査上まずい点もありますから、
    現実と違うところもありますね」

柑太 「正月とかゴールデンウイークとかも休みなし?」

 

 

 


桐生 「年末年始やゴールデンウイークなんて私達にはありません。
   曜日や祝日も一切関係なく、連休なんて取れませんね。
   とにかく三日間のローテーションがひたすら続きます」
杏樹 「それって、完全ブラックじゃないですか」
柑太 「僕なら絶対に過労死だな」
桐生 「当番日に休みを取らなければ、
   有給休暇の申請はできるんですが、
   余程のことがない限りはしないです」
萄真 「俺達が平穏な生活ができるように、
   身体を張って治安維持してもらってるんだ。
   感謝しなきゃな」 
柚子葉「そうだね」
柑太 「いつもご苦労様です」
杏樹 「ありがとうございます」
桐生 「やめてくださいよ。
   今日は非番ですし、肩ぐるしいのは抜きなんでしょ?
   私の話しばかりじゃ面白くないですよ」   
杏樹 「面白いというよりも、感動って感じよね。
   ねっ、柚子葉さん」
柚子葉「そうね。本当に大変なお仕事だなって尊敬する」
桐生 「そういう皆さんも大変なお仕事じゃないですか。
   私達こそ尊敬しますよ。
   殺人事件や傷害事件の現場なんて、
   本職の私達でさえ一瞬躊躇いますからね。
   そんな凄惨な現場も依頼があれば清掃されるんでしょ?
   あっ。すみません。
   お食事時にする内容ではなかったですね」
萄真 「大丈夫ですよ。俺達はもう慣れてます」
柑太 「そうそう。この慣れが怖いだよなー」
柚子葉「私は入社一ヶ月だから、全く慣れてないよ」
杏樹 「私も右に同じで全く慣れませーん。
   柚子葉さんなんて清掃作業中に倒れちゃって大変だったものね」

柚子葉「ははっ。そういうこともあったわね」
桐生 「えっ……」
杏樹 「増川課長ー。職場改善、お願いしまーす」
柑太 「なんで僕!?
   それを言うなら夏梅社長に言ってくれ」
桐生 「柚子葉さん、仕事中に倒れたの?」
柚子葉「う、うん。初めての特殊清掃で、
   なんかぶつぶつと譫言を言って、
   その場で気を失っちゃったみたい」
杏樹 「本当にあの時は大変だったんですよ。
   あのまま意識が戻らなかったらどうしようって、
   みんな心配してさ、柑太も青ざめてたし」
柑太 「当たり前だろ。
   大事な部下が目の前で倒れたら誰でも」
桐生 「もう大丈夫なのか!?」
柑太 「えっ」
杏樹 「あぁ」
柚子葉「え……っと」
萄真 「(ふーん。なるほどな)」



それまでの柔和な喋り方をしていた彼とは明らかに違う、
憂わしげな表情と叫び声に、皆が一瞬驚いて明義さんを見た。
しかし萄真さんだけは違っていて、
悟りきったようなクールな顔でドリンクを飲んでいる。



柚子葉「え、ええ。全然大丈夫だったよ。
   今もこの通り、ぴんぴん」
桐生 「そ、そう。それなら良かった」
萄真 「……」
柑太 「(これはこれは。
   おいおい、大丈夫か?萄真)」
桐生 「す、すみません。
   いきなり大きな声を出してしまって。
   大変なお仕事だとは聞いていましたが、
   気を失って倒れるほどとは知らなくて、
   びっくりしてしまいました」
杏樹 「私こそ、すみません。
   内輪の話題でこの場では軽率でしたね。
   じゃあ、気分を変えて他のお話しましょうか」
柚子葉「杏樹さん」



かしこい杏樹さんは重い雰囲気を察して、
ホテル勤め時代の面白いエピソードを語りだした。
結婚式の披露宴で花嫁の父親が祭壇の前で、
テンパって娘の手を取らずに新郎の手を握ったとか。
新郎の父親が緊張しすぎて親族挨拶の時に、
「私が新郎の××です」と名乗り、
涙目状態の新郎が「いつから親父と浮気してたんだ」と号泣。
宴会終了後に新郎の父親は妻からバッグで殴られて、
流血騒ぎになってスタッフ総出で止めたとか。
それを聞いて私達は涙が出るくらいお腹を抱えて笑う。
彼女のお陰でその場の雰囲気は笑顔に包まれた。
その後の私達は、美味しい慕情のうなぎ定食を堪能し、
楽しくも奇天烈な時間は二時間後お開きとなる。







店を出て駐車場に向かう私達五人は、
ひんやりとした空気を肌で感じながら静かになっていく街を歩く。
杏樹さんは明義さんと並んで歩き、
私はちょっとだけ距離を取り後ろをついていった。
彼女は最後まで気遣って明義さんにあれこれと聞いている。
けれど二人の会話よりも私は、
少し後ろを歩いている萄真さんと柑太が気になった。
何を話しているんだろうと思いながら何度も振り返る。



柑太 「大丈夫か?おまえ」
萄真 「何がだ」
柑太 「何故、柚子葉さんと彼が一緒に居る。
   どうしておまえから桐生さんを誘った」
萄真 「柚子葉を総合病院まで迎えに行ったら彼が居た。
   母親の見舞いに行ってた彼と偶然会ったらしい。
   俺が迎えに来ると聞いたようだが、
   来るまで話しながら待ってたらしいな。
   (あの男とは……)
   坂野元といつ遭遇するか分からないからって。
   それで、俺から彼を誘った」
柑太 「それを簡単に信じたのか。
   さっきの桐生さんを見たろ。
   柚子葉さんに惚れてるって言ったようなもんだ。
   それにあの話しを柚子葉さんから聞いた後だぞ。
   全く気にならなかったのか?
   普通なら最も避けたい相手で、会わせたくない相手で、
   それが偶然だったとしても、
   一緒に居るのを見た時点ですくにでも引き離したいだろ。
   それなのに仲良くお手々繋いで食事か?
   おまえにとっても柚子葉さんにとっても、
   厄介で気になる相手のはずだろうが」 
萄真 「厄介で気になる。
   そうだな。気になるから誘ったが正しいな」
柑太 「他人事かよ。
   僕なら絶対に誘わないな。
   揉める原因を作るだけだ」
萄真 「彼は。俺に言い切ったんだ。
   一人の男としてではなく、あくまでも警察官として、
   俺達に協力して柚子葉を守りたいってね」
柑太 「本当にそれだけなのか?
   それこそ、病院事件もあるし。
   他にも何かあるかもしれないだろ」
萄真 「だから。確かめたかったんだよ。
   それが彼の本心か」
柑太 「萄真、おまえ……彼を試したのか」
萄真 「ああ」
柑太 「相手は警察官だぞ」
萄真 「そうだな。
   でも、杏樹さんもやってる」
柑太 「な、何を」
萄真 「誘導尋問して彼を試してる」
柑太 「えっ。どんな理由があって、
   杏樹が桐生さんを試すようなことをするんだよ」
萄真 「本当におまえって鈍感だよな。
   自分の彼女の真意にも気づかないのか。
   あの子も柚子葉を大切に思って、
   傷つかないように守ってるからだろ。
   今もああやって、桐生さんにくっついて、
   柚子葉と喋らせないようにしてる」
柑太 「そんなこと、言わないとわかんねえよ。
   僕はストレートに勝負する人間だからな。
   わかんねえ。
   そういう人の裏を読むようなやり方」
萄真 「二人きりになったら、杏樹さんを安心させてやれよ。
   俺も柚子葉も大丈夫だって」
柑太 「お、おお。分かった」



思い込みや先入観、本質を曇らせる阻害要因を、
全て取り除いて明義さんを受け入れる萄真さん。
その要因をまっさらにできず不信感を露わにする柑太さん。
周囲に悟られないようにコミュニケーションを取りながら、
明義さんの本音を知ろうする杏樹さん。
そして、冷静な表情を浮かべ杏樹さんと話しながらも、
三人の思いを既に感じ取っている明義さん。
私の知らないところでそれぞれの思いが動き出していた。
私を中心に磁界のように弧を描きながら。



コインパーキングに着くと萄真さんは、
「車を出すからここで待ってて」と私達に言った。
杏樹さんは相変わらず、明義さんと何か話している。
私は精算機の傍の自動販売機で、
缶コーヒーを買う柑太さんを見つめていた。
後ろで萄真さんと何を話していたのか、今なら聞ける。
私が柑太さんに近寄ろうとした時、
杏樹さんが私達に聞こえる声で話し出す。






杏樹 「桐生さん。
   貴方は誰から柚子葉さんを守ろうとしているんですか」
桐生 「……」
柚子葉「杏樹さん?」
柑太 「どうした?杏樹」
杏樹 「私達は柚子葉さんの親友です。
   恋人の萄真さんはもちろん、
   傷を負って路上に倒れていた柚子葉さんを見つけたのは、
   うちの夏梅社長で、あんなことが二度と起きないようにって、
   仕事中も社員総出で彼女を守ってます。
   柚子葉さんはこれまでたくさん傷ついて、
   いっぱい苦しんで、いっぱい泣いて……」
桐生 「馬木さん」
杏樹 「私と柑太には話さなくてもいいです。
   でも萄真さんには知る権利があると思います。
   彼女が危険に晒されているなら尚更。
   彼は貴方を信じているから今日、私達に紹介したんです。
   桐生さんがまだ柚子葉さんを愛してるって分かってても」
柚子葉「杏樹さん、何を言ってるの!?」
柑太 「杏樹!」
桐生 「……」
杏樹 「桐生さんが本当に誠実な男性で、正義感のある警察官だったら、
   柚子葉さんを今でも心から愛してるなら、正直に話して。
   誰から柚子葉さんを守ろうとしてるんですか」
桐生 「そ、それは」
杏樹 「彼女に傷を負わせた坂野元ですか?
   柚子葉さんのお母さんですか?
   それとも。
   貴方のお兄さん、剛田貴義さんですか」
桐生 「……」





(続く)




この物語はフィクションです。


 

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