“愛里跨(ありか)の恋愛スイッチ小説(柚子葉ちゃん編37)” | 愛里跨の恋愛スイッチ小説ブログ

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37、過去の清算



現在。
11月8日金曜日、午後18時過ぎ。
ここは福岡市に在る総合病院の整形外科病棟の廊下。
仕事を終えた私は、ある病室の前に立っていた。



あのほんわかとした夜から一週間、
私の新生活は目まぐるしかった。
事故後の定期健診は異常なし。
エックス線写真検査に異常は見られず、
頭のたんこぶはかなり小さくなって、
痛みも和らぎ手足のしびれもない。
このまま何もなければ、
血腫も一週間くらいで自然に吸収されるそうだ。
担当医師から出勤許可が下りて翌日。
本社に出勤し、みんなに一週間遅れをとっての修了試験。
合格後、総合販売部に配属が決まり、
夏梅社長と統括マネージャーの藤裳氏と面会する。
久しぶりに同じ部署になった笹森くんとも会い、
共に先輩社員から指導を受けながら、
本社一階のショールームで接客する。
C班のみんなとは仕事が終わった後に会った。
杏樹さんと柑太さんも、
仕事中は大人対応で業務にあたっているけれど、
プライベートでは甘い日々を過ごしているようで、
昼休みの杏樹さんの恋バナがとにかくすごい。
私も彼女に負けず劣らずで、
萄真さんとは至って順調に毎日ホットな同棲生活を送っている。
黒歴史暴露のお陰ですっかり迷いも蟠りもなくなった。



そのはずなのに……
今立っているこの場所には、まだ迷いも蟠りも残っている。
桃奈との友情も、貴義との交際にも未練はない。
けれど、明義さんのことはまだ引っかかっていて、
彼と再会する前に、
過去を遡り矛盾した想いにケジメをつけたいと思った。
それには根本になった桃奈に会う必要があると。
ドアの前で名札を確認すると深呼吸し、
コンコンコンとノックしてゆっくりとドアを開く。
開けた視界に飛び込んできたのは、
夕食を終えたばかりの病衣姿の桃奈。
彼女は私を見て目を大きく見開き、
動くことができなくなるほど驚いている。




桃奈 「えっ……」
柚子葉「桃奈。久しぶりね」
桃奈 「柚子葉」
柚子葉「あの。突然来ちゃって、ごめんなさい。
   身体、大丈夫?」
桃奈 「何故。私がここに居るって知ってるの」
柚子葉「あの日ね……桃奈が怪我した日。
   康夫さんから電話があって、ここに運ばれたって聞いたの。
   結構ひどい怪我を負ってICUに居るって。
   それで私、すぐに」
桃奈 「まったく。
   あの人、至らないことしてくれたわね」
柚子葉「……」
桃奈 「屈辱だわ」
柚子葉「本当はね、もっと早く来たかったんだけど、
   私も……仕事中に怪我したものだから。
   お見舞い、遅くなった。
   良かったらこれ、食べてね」



私は震える手を誤魔化しながら、
果物の入った紙袋をベッドテーブルの上に置いた。
桃奈は怪訝な面持で私を見ている。



桃奈 「それで?私に何の用?」
柚子葉「私。桃奈に謝りたくてきたんだ。
   高校二年の時のこと。
   好きな人に告白したって教えてくれた時のこと」
桃奈 「えっ? 高二の時の……」
柚子葉「うん。
   桃奈が慕情まで訪ねてきた夜、
   町公園でケンカしたことも」
桃奈 「あぁ。あれ。
   ふっ。私はてっきり、
   貴義のことできたのかと思った。
   あいつが言ってたから。
   私を刺した後、柚子葉と会ったって」
柚子葉「えっ!?貴義さんが桃奈を刺したの!?」
桃奈 「そうよ」
柚子葉「で、でも、康夫さんは桃奈が自殺したって」
桃奈 「それは救急搬送された時に、
   救急隊の人に私が言ったからよ。
   その後にすぐ意識が無くなって、
   気がついたら病院のベッドの上だったけど。
   そう言わないとあいつ、犯罪者になるじゃない」
柚子葉「そ、そんなのって」
桃奈 「貴義は本来の目的を果たせずに、
   あの後もかなりキレてたけど、でも。
   悔しがってもいたわね。
   俺という男が居ながらあんな男を摑まえやがってって。
   あいつ、本当に馬鹿だわ」
柚子葉「何のこと、言ってるの……」
桃奈 「傍に久々里副社長が居たんだってね」
柚子葉「う、うん。
   貴義さんと会ったのは本当に偶然で、
   私はその日、会社の同僚と一緒に居たの」
桃奈 「そう。
   まぁ、貴義じゃ、久々里副社長の足元も及ばないって、
   さらりとディスっといたけど」
柚子葉「桃奈」
桃奈 「で?今更、私に何を謝りたいのよ」
柚子葉「うん……桃奈の言う通り、
   貴女の話しをまともに聞かなかった私が悪かった。
   私、勘違いしてたの。
   桃奈は明義さんが好きで告白したんだって。
   剣道場の裏でラブレターと、
   ハンドメイドの道衣袋を渡したって嬉しそうに言ってたから」
桃奈 「ふうん。それで私と明義くんがくっついた?
   ねえ、柚子葉。知ってた?
   剣道場の裏には貴義が所属してた柔道部の部室もあったのよ。
   どうしたらそんな思い込みになるかな」
柚子葉「桃奈が貴義さんと両想いだったって知ってたら、
   私、彼と付き合ってなかった。
   桃奈の話しを最後まで聞いてたら、
   私は明義さんと……きっと何かが変わってた。
   何もかもがうまくいってて」
桃奈 「それは、私が貴義と付き合って、
   柚子葉は明義さんと付き合ってたって?
   それで全てが丸く収まってたって言いたいの」
柚子葉「そ、そうなっていたかもって」
桃奈 「そんな単純な問題なの」
柚子葉「えっ」
桃奈 「始めは勘違いしてたって、
   すれ違ってたって、本気で好きだったら、
   付き合ってて違うなって感じたら、
   自然の流れで元鞘に収まるものじゃないの」
柚子葉「……」
桃奈 「昔っから柚子葉はおめでたいんだよね。
   貴女、頭良くて成績優秀者で、
   先生からもみんなからもしっかり者って言われてたけど。
   肝心なところがいつも抜けてるのよね。
   何でも自分の思う通りにはいかないのよ」
柚子葉「私、そんな風に思ったことなんて一度もないよ。
   でも今は、桃奈に何を言われても、悪いのは私だから。
   自分の本心を桃奈にも明義さんにも言えなかった私のせい」




私は胸の前で祈るように両手を握り、
真剣な顔で彼女を見つめた。
桃奈は暫く呆れ返った表情で見つめ返していたけれど、
鼻で笑って気が抜けたようにどすんと椅子に腰かける。




桃奈 「もういいわよ。
   終わったことだし。
   ここで過去がどうだったなんて話しても、
   失った時間は取り戻せないじゃない。 
   それに、もう怒ってないよ」
柚子葉「桃奈」
桃菜 「あいつ、白状したのよ。
   学生時代、柚子葉に告って断わられたって。
   それも私が目を覚ました後にね」
柚子葉「えっ」
桃奈 「それに過去がどうって言うなら、
   貴義が全ての悪の根源だもんね」
柚子葉「悪の、根源……」
桃奈 「私さ、康夫さんと離婚する前、
   天神の飲み屋で貴義に偶然会ったんだ。
   それで事情話して彼の家に転がり込んだの。
   彼の父親がガンで亡くなって、
   母親もうつ病で長期入院してたから、
   大きな一軒家に貴義一人住んでたんだよ。
   弟は早くに家を出たって言ってたからさ。
   あいつが明義くんの部屋に入った時に、
   あるものを見つけたらしくてさ。
   弟はずっと柚子葉を好きだったって知って、
   柚子葉は俺をずっと裏切ってたって怒りを露わに話してた。
   自分は何人もと浮気してたくせにね」
柚子葉「 (明義さんの何かって。
   貴義は彼の何を見つけたの……)
   桃奈、浮気のこと知ってんだ」
桃奈 「知ってるわよ。
   毎回、俺はモテる男だって武勇伝みたいに話すんだもの。
   それであいつ、明義くんに腹いせで、
   柚子葉と付き合って婚約したって言ってた」
柚子葉「腹いせって。何、それ。
   (酷い……酷すぎる。
   実の弟を何だと思ってるの。
   たったそれだけの思いだけで、彼はいっぱい苦しんで。
   そして私は何年も。何年も……)」
桃奈 「その後に貴女の母親と会って、
   本性を知って一気に萎えたらしいけどね。
   でも……柚子葉にはまだ未練があるって、
   また寄りを戻したいって思ったらしい。
   聞いてて私、なんだか身勝手すぎるなって思った。
   私の気持ちも、柚子葉の気持ちも、
   明義くんの気持ちも無視して、
   自分さえよければいいのかって思ったら、
   だんだん腹が立ってきてね。
   それで私、柚子葉にはもうフィアンセが居るって話した。
   口論になって柚子葉に会いに行こうとしたあいつを、
   止めるためにキッチンから包丁を持ち出して、
   それで揉み合ってこのざま」
柚子葉「桃奈」

   

全く知らなかった桃奈の本心と経緯を聞かされて、
溜まり溜まっていた色んな感情が涙となって一気に溢れる。
それから彼女は、これまで起きた出来事や、
今まで話せなかった私への思いを聞かせてくれた。
今回の一件で貴義さんと別れたこと。
事件のことを知って明義さんが真相を聞きに来たこと。
そしてリハビリで知り合った理学療法士の男性と、
真面目な交際が始まったことも。
私達は犯した過ちを認めて互いに謝り仲直りしたのだ。








すっきりした気持ちで病院の玄関を出た私。
辺りはすっかり日が暮れて暗くなり、
道沿いに並んだ街灯が建物や車を静かに照らしている。
来てよかったと思いながら、しみじみと三階の病室の窓を見上げた。
しかしショルダーバッグからバイブ音が微かに聞こえて、
安堵と満足感に浸っていた私はすぐに現実に戻される。 
スマートフォンを手に取り画面を見ると、
着信はやはり萄真さんだった。



柚子葉「もしもし」
萄真 『もしもし、柚子葉!』
柚子葉「萄真、お疲れ様」
萄真 「とっくに仕事終わってる時間なのに、
   今どこに居るんだ?
   連絡もしないで心配するだろ』
柚子葉「ご、ごめんね、萄真。
   用事が終わって今、市立総合病院を出たところで」
萄真 『私立病院?
   そんなところで何してるの』
柚子葉「どうしても気になることがあって、
   仕事が終わった後、桃奈のお見舞いに来たの」
萄真 『三葉の見舞い?』
柚子葉「うん。詳しくは帰ったら話すけど、
   私、どうしても自分の過去に決着をつけたくて」
萄真 『柚子葉。それはどういうこと?』
柚子葉「明義さんと再会する前に、
   どうしてもしておかないといけないと思って。
   それで桃奈と話して和解したんだ。
   勇気を出して彼女と会って良かったと思ってるよ。
   私の知らないことも分かって、
   今ね、すごく心がすっきりしてて気持ちいいんだ」
萄真 『ふーっ。まったく。
   何かあったかと思って焦ったよ。
   まだ坂野元のことも終わってないんだから、
   そういうことなら前もって言ってくれよ。
   何処に行って誰と会うくらいは連絡できるだろ』
柚子葉「ごめんなさい。心配かけて」  
萄真 『こっちも仕事終わったんだ。
   今から迎えに行くから病院の待合室で待ってて。
   今夜は外で食べよう』
柚子葉「うん。萄真、本当にごめんなさい」
萄真 『心配はしたけど、怒ってないからもう謝るな』
柚子葉「うん」
萄真 『渋滞してなければ20分くらいで行けるからね』
柚子葉「うん。気をつけて来てね」
萄真 『OK。じゃあ、後でな』
柚子葉「うん」




話し終えて微笑みながらスマホのフックボダンを押す。
私の中で膨れるような心地良さと、
喜びが広がり自然と笑みがこぼれる。
時間を確認した私は、萄真さんの到着を心待ちし、
くるっと回れ右して病院の玄関へ向かおうとした。
しかし玄関前に立っている男性の姿を見た途端、
以前にも感じたことのある痛みが私の胸を激しく波打たせる。
見間違い?他人の空似?
この間、みんなで過去を暴露し合ったから、
ついさっき桃奈とも話したから私、白昼夢を見てるの?
そんなことをあれこれ頭の中で巡らせながら、
戸惑う現状を立て直そうをする。
男性はフリーズする私を懐かしそうに見つめ、
ゆっくりと近寄ってきた。
距離が縮まるにつれて感情の波は激しくうねり、
騒ぐような心臓の動きに今にもその場に倒れ込んでしまうそうだ。







桐生 「柚子葉さん?」
柚子葉「明義、さん」
桐生 「すごいな。
   こんな所で、柚子葉さんに会えるとは思わなかったよ」
柚子葉「う、うん。私も」
桐生 「やっぱり。貴女は変わらないな」
柚子葉「明義さんも、変わってないよ」
桐生 「一段と綺麗になったね」
柚子葉「そ、そんなことないよ。
   仕事疲れでボロボロだし、
   あの頃からすればかなり老けちゃったでしょ」
桐生 「それは僕も同じだよ」
柚子葉「ううん。明義さんは一段と凛々しくなった。
   警察官になったって聞いたよ」
桐生 「あぁ……久々里さんからだね」
柚子葉「う、うん」
桐生 「でも。
   こんな遅い時間に一人で病院って、何かあったの?
   まさか!どこか調子悪くて救急外来に!?」
柚子葉「ち、違うよ。
   三葉桃奈さんのお見舞いに来て、
   終わって帰るところだったの」
桐生 「そう。頭の怪我はもう大丈夫なの?」
柚子葉「えっ。どうして怪我のこと」
桐生 「あぁ。ごめん。
   職務上、被害届けとか実況見分調書とか目を通すから」
柚子葉「そ、そうだよね。
   こぶも小さくなってきたし、
   それこそ、先日の検診で異常がなかったから、
   仕事にも復帰したのよ」
桐生 「そう。それなら良かった。
   でも、無理はダメだよ。
   頭の怪我は後から異常が出る場合があるからね」
柚子葉「うん。ありがとう。
   明義さんも誰かのお見舞い?」
桐生 「うん。母さんのね」
柚子葉「お母様、どこかお悪いの?」
桐生 「うん。もうあまり長くないんだ」
柚子葉「えっ」
桐生 「持病で元入ってた施設から先月転院してね。
   在宅で看取りケアも考えたんだけど、
   貴女も知ってる通りで、
   あの兄さんだから任せられなくてさ。
   少しでも痛みを軽くして安心させてあげたくてね」
柚子葉「そうだったの」
桐生 「ごめん。久しぶりに会えたのに、
   こんな内輪の湿っぽい話し聞かせてしまって」
柚子葉「そんな、いいの。
   聞いたのは私なんだから。
   でも、お母様のこと、辛いね」
桐生 「まあね。
   でも母さんにとっては、このほうが幸せなんだ。
   父さんのところへもうすぐ逝けるし、
   兄さんからもやっと解放される」
柚子葉「明義さん」




貴義さんのことを語るときの明義さんは、
温和な表情が瞬時に消えて増悪の籠った形相になる。
それは音楽室で高校一年生の彼が私に見せた表情と変わらずで、
それ以上に今は歳月が年輪のような重みを感じさせた。
しかも桃奈から聞いたばかりだからか、
彼が語らなくてもその場に私も居て、
彼らの今までを見ていたように悟ってしまう。



桐生 「今から帰るなら家まで送ろうか?
   それともどこかで食事でもする?
   久しぶりの再会を祝して」
柚子葉「明義さん……
   お心遣い、ありがとう。
   嬉しい申し出だけど、実はね、 
   あと10分くらいしたら迎えが来るの」
桐生 「そうなんだ。
   久々里さんが来てくれるんだね」
柚子葉「う、うん」
桐生 「じゃあ、彼が着くまで話そう。
   立ちっぱなしじゃしんどいだろ?
   玄関前のベンチに座ろうか」
柚子葉「ええ」



彼はエスコートするように私の手を優しく握った。
ベンチに座ると霜月のひんやりとした空気を感じる。
私は冷たい風を避けるように肩をすぼめた。
そんな私を見逃さない明義さんは、
自分の首に巻いていたマフラーをさっと取り、
広げると私を守るように包み掛けた。
明義さんの温もりがじんわりと伝わって、
またも私の胸を詰まらせる。




桐生 「寒い?」
柚子葉「ううん。温かい。
   マフラー、あ、ありがとう」
桐生 「うん。
   まだ11月初旬なのに、夜は冷えるもんな」
柚子葉「そうだね。これからもっと寒くなるね。
   (もうすぐ萄真が来る。
   こんなところを見られたら、なんて思われるだろう)」
桐生 「貴女を襲った坂野元のことだけど、
   あれから何か変わったことはない?」
柚子葉「ううん。何も。
   あれから不気味なくらい母からも連絡はないんだ」
桐生 「久々里夏生さんのお宅に伺った日の翌日、
   貴女のご実家に巡回連絡させてもらったんだ。
   だけど留守をしているようでね。
   夜間パトロールの時も家に灯りはついてなかった」
柚子葉「そう。
   母は気まぐれで、自分が思ったことはすぐに行動に移すの。
   それが悪い事でも、後先考えなしに。
   父と離婚してより一層、その傾向が酷くなって、
   それが嫌で私はいつも母から逃げていたな。
   怖くて辛くてどこかに行きたいって思うくらい」
桐生 「知ってるよ」
柚子葉「えっ」
桐生 「貴女は兄さんからも逃げていただろ」
柚子葉「……」







(柚子葉の回想シーン)




全裸の私は床に蹲り、蹴られたお腹を押さえている。
貴義はその場にあったクッションを私に投げつけた。
私は怒りを隠し怯えるように弱く睨んだ。



柚子葉「貴義、止めて。もう止めて」
貴義 「つまんねえ女。
   俺が抱いてやってるのになんで感じないんだよ。
   たまには俺が喜ぶような喘ぎ声出せないの」
柚子葉「……」
貴義 「それとも何。
   俺が下手だって言いたいのか。
   こうなってるのは俺のせいか?
   あーっ!?なんとか言ってみろ」
柚子葉「や、やめて。
   もう、蹴らないで。お願い」
貴義 「あーあ。シラケた。
   麗子と仕切り直してくるわ。
   俺が帰るまでに帰ってくれよな」
柚子葉「……」




貴義は「死ね!」と捨て台詞を吐くと部屋から出でいった。
母親から死んでと言われ、彼からも死ねと言われる。
私は悲しくて悲しくて、
床に落ちた洋服をゆっくり掴んで、
顔に押し当て声を殺して泣いた。
この家には、彼のお母さんも明義さんもいる。
いくら壁やドアで仕切られていても防音壁ではない。
きっとさっきの怒鳴り声も聞こえてるはずで、
床に散らばった下着と洋服を拾い、すすり泣きながら着替えた。
けれどお腹の痛みがひどくてすぐに立ち上がれず、
暫く床の上に横たわっていた。
するとコンコンと小さくドアから音がする。
私はゆっくり身体をおこすと「はい」と弱弱しく答えた。
ドアが開いて彼のお母さんが部屋に入ってくると、
震えながら私を抱きしめて泣きながら話しかけた。




剛田母「柚子葉さん。大丈夫?」
柚子葉「お母様……」
剛田母「貴義がごめんなさい。
   本当にごめんなさい……
   貴女までこんな目に遭わせてしまって」
柚子葉「えっ」
剛田母「ここに居ちゃいけないわ。
   またあの子が帰ってきたら何をされるか。
   立てる?私の肩に掴って」



私は全身痛くて立てなくて、またもその場に座り込む。
すると彼女は「ちょっと待ってて」と言って部屋を出た。
お母さんにまで心配を掛けて悲しませてしまうなんて本当に情けない。
そう思うと必死で堪えていた涙がまだ流れ出す。
数分するとまたコンコンとノック音がして、
私は涙声で「はい」と答えた
今度入ってきたのは明義さんで、悲しく青ざめた顔している。
彼は私の姿を見るとすぐに近寄り、
優しくお姫様抱っこして部屋から連れ出した。
そして向かいにある自分の部屋へと連れていく。
ゆっくりと私をソファに座らせ、
無言のまま机の引き出しから塗り薬を出した。
彼は腕や足に点々とついている青あざや腫れている個所に、
優しくマッサージするように軟膏を塗ってくれたのだ。
触れられる度、傷の痛みと彼の温かい優しさが混じって、
胸がつかえて息ができないくらい苦しい。
薬を塗り終えてウエットティッシュで手を拭いた明義さんは、
涙に震える私の髪をゆっくりと撫でた。





明義 「どこを殴られた?」
柚子葉「お腹を、蹴られて」
明義 「貴女を蹴った!?
   あいつにどこを蹴られたの!?
   僕に見せて!」
柚子葉「そ、それはちょっと、恥ずかしい」
明義 「あぁ……そうだよね」
柚子葉「だ、大丈夫だから」
明義 「大丈夫じゃないだろ。どう見ても」
柚子葉「本当に大丈夫。
   少し休んだら落ち着くから」
明義 「あいつぅ……くそっ!」
柚子葉「明義くん」
明義 「ご、ごめん。汚い言葉だった」
柚子葉「お薬、塗ってくれて、ありがとう」
明義 「なんで。
   こんなになるまで、兄さんの傍にいるの」
柚子葉「……」
明義 「僕なら貴女が悲しむようなこと、絶対にしないのに」
柚子葉「私にそんなこと言ったら、悲しむ人がいるでしょ」
明義 「何を、言ってるの?」
柚子葉「お薬のお陰で良くなった。
   もう立てるから平気。
   ありがとう。
   私、うちに帰るね」
明義 「家まで、送る。
   母さんのママチャリだけどいいかな」
柚子葉「うん。
   じゃあ、お願いしようかな」
明義 「赤いチャリで、カッコ悪いけど」
柚子葉「いいよ。カッコ悪くてもいい」
明義 「うん」
柚子葉「ありがとう。
   一緒に居るところ、貴義に見られないようにしないと」
明義 「いいよ!見られたって。その時は僕が」
柚子葉「机の写真……」
明義 「あぁ。あれは、音楽部のライブの。
   文化祭で撮ったやつ」
柚子葉「私……」
明義 「カッコ良かったんだ。
   貴女のピアノを弾く姿がすごく。
   気がついたら何枚も撮ってて、
   あれはその中のお気に入りの一枚。
   貴女の姿、目に焼きついてて、
   哀愁があって思い返すと心の中にじーんとくる。
   透き通った音が今でも泉のように湧いてくるんだ。
   なんていう曲だっだかな」
柚子葉「ヘンデルの“私を泣かせてください”よ。
   父に連れられて“リナルド”っていう歌劇を観に行ったの。
   その劇中で流れた曲で大好きな曲なんだ」
明義 「“私を泣かせてください”
   今の貴女だね」
柚子葉「うん。そうだね」
明義 「僕の前では、無理せず泣いていいよ」
柚子葉「明義くん。
   そんなこと、言っちゃだめだよ。
   それに、私の写真なんか飾って、
   大切な人に見られたら大変だよ」
明義 「大切な人って。
   大切な人は今、僕の目の前に居るよ」
柚子葉「……」








見つめる明義さんの瞳は深い哀愁を湛えていた。
私は過去に浸りにきたんじゃない。
過去にケジメをつけるためにここにきた。
だから今日この場所で彼に会えたのは必然。
降って湧いたようなこの時を無駄にしちゃいけない。
自分の感情を誤魔化して微笑んだ。




桐生 「遠い目をしてるな。
   何か、思い出してた?」
柚子葉「明義さんの机の上にあった写真をね、思い出したんだ」
桐生 「ピアノを弾いてる柚子葉さんの写真?」
柚子葉「うん」
桐生 「ごめんな。柚子葉さん」
柚子葉「えっ。なんで急に謝るの?」
桐生 「あの時……貴女を助けられなかった。
   貴女の泣き叫ぶ声が、何度も何度も、
   この耳に聞こえていたのに……僕は何をしてたんだ」
柚子葉「明義、さん」
桐生 「部屋に飛び込んで、あいつを殴り倒して、
   貴女を抱きかかえて連れ出せば良かった……
   そうすれば良かったのに、
   この想いだけで、簡単にできたはずなのに、僕は」
柚子葉「もう、終わったことだよ。
   それに明義さんは私をお姫様抱っこして、
   あの部屋から連れ出してくれたよ。
   お薬も優しく塗ってくれて、
   赤いママチャリで家まで送ってくれたよ。
   私には明義さんが白馬に乗った王子様みたいで、
   すごくカッコ良かったよ」
桐生 「柚子葉さん……
   僕は……怖かったんだ。
   あいつを前にして、貴女の傷ついた姿を見てしまったら、
   僕はきっと、あいつの息の根を止めてしまうほど殴ってた」
柚子葉「明義、さん」
桐生 「貴女を愛していたから。
   なのに守れなかった。
   救えなかった。
   誰よりも大切な人なのに……」
柚子葉「私の初恋の相手が、明義さんで本当に良かった」
桐生 「……えっ」
柚子葉「こんな素敵な人に今日まで思ってもらえて、
   両想いだったなんて、私はなんて幸せ者なんだろうね」
桐生 「柚子……」
柚子葉「それだけで私は十分明義さんに守ってもらえてたよ。
   たくさん愛をもらえてたよ。
   だから明義さんも、忌まわしい過去を清算して、
   自分の心を苦しみから解放してあげて」
桐生 「柚子葉……さん」   
  



後悔の念が荒波のように襲い、
明義さんは腕で顔を隠し胸を締めつける寂寥に咽ぶ。
私は震える彼の肩を優しく摩りながら、
痛みに悶え堪えるような苦しい泣き声を静かに聞いていた。
彼は泣き顔を上げて私の頬に優しく触れると、
「ありがとう」と言って力強く抱きしめたのだ。






(続く)




この物語はフィクションです。



 


 

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