伊勢神宮も秦氏が関係している | misaのブログ

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古代イスラエル、秦氏の事をお伝えして、ようやく本題に戻ることができます。

今年、式年遷宮が行われる伊勢神宮もまた、秦氏と非常に関係があるのです。

秦氏は渡来人であるのに、日本に神社を数多く建立しています。

宇佐八幡宮や伏見稲荷大社のみならず、松尾大社、金刀比羅宮、白山神社、日吉大社、諏訪大社、宗像大社、愛宕神社などもそうです。

そして、神社の頂点ともいえる伊勢神宮の創建にも秦氏が関わっていたのです。

伊勢神宮は、元々現在の場所にはなく、最初に祀られた場所は笠縫(かさぬい)神社のある所でした。

現在は、祠しか残っていないそうですが、建っている場所は奈良の秦楽寺(じんらくじ)の境内になっています。

ここは、古代から雅楽の拠点であり、秦氏の氏寺でもありました。

伊勢神宮は、伊勢に鎮座するまでに全国各地を転々と移動して来ましたが、元伊勢の創建にも秦氏が深く関わっていた事が分かります。

イスラエルとはイセラエルのことで、古代ヘブライ語で「 栄光なる伊勢」という意味だそうです。

イエスキリストを「イサ」と呼ぶ国もあるそうです。

伊勢神宮は、内宮に天照大神を祀っていますが、伊勢神宮の創建に秦氏が関わっている以上、天照大神も秦氏と無関係ではないでしょう。

天照大神は男神です。

有名な「天岩戸開き」の神話ですが、「天照大神がお隠れになった」というのは、すなわち亡くなられた事を意味し、「再び光が戻った」というのは生き返った事を意味します。

「一度亡くなった後に復活した」と云えば、そう、あの方です。

イエス・キリストです。

つまり、天照大神はイエス・キリストである可能性があるのです。

余談ですが、秦氏の建立した広隆寺には弥勒菩薩があります。

photo:02


国宝の第一号に指定されたお方です。

こちらの写真のキリストと弥勒菩薩の手のしぐさを見比べて下さい。

photo:01


全く同じですね。

http://blog.goo.ne.jp/kyoutouki_toukagen/e/9ce86a9345b667efe67c2ae1d2f272ed

このポーズは中央アジアのキリスト教関連の遺跡でも見られるもので、当地の原始キリスト教徒やネストリウス派キリスト教徒が描いた宗教画の中でイエスがとっているポーズで、三位一体を象徴するポーズだと言われています。

広隆寺の弥勒菩薩が同じポーズをとっているということは、イエス・キリストが仏教の神々の中に組み込まれ、弥勒菩薩として信仰されるようになった結果とも考えられます。

広隆寺は仏教以外の宗教の寺院として建立され、後に仏教寺院に改変されたとする説は、かなりの信憑性をもって語り継がれている事実です。

仏教において弥勒とは“未来における救世主”を意味し、弥勒が下生することで犯罪・天災・戦乱のない至福の世界が訪れるとされ、キリストの再臨により地上に至福の「千年王国」が訪れるとする聖書の教えにそっくりなのです。

弥勒思想というものは,ユダヤ教やキリスト教の「メシヤ(救世主)」思想がインドに入って生まれたもので、インドでメシアが「マイトレーヤ」と変化し、それが中国に入って「ミレフ」、日本に入って「ミロク(弥勒)」と呼ばれるようになったと言われます。

日本に伝来した大乗仏教そのものがキリスト教(原始キリスト教)の影響で成立したという説があり、現在ではかなりの信憑性が認められています。

<転載終わり>

弥勒菩薩さまもイエス・キリストと関係があったなんて、驚きの連続であります。

教科書では教えてくれない歴史って、奥が深くて面白いですね。

続きます。

*今日のおまけ*

3Dで見て下さい。マジカル・アイより。

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