解剖学教室へようこそ | あおぞらと黒い雨傘

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解剖学教室へようこそ (ちくま文庫)/養老 孟司
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どうして解剖なんかするのか。気味がわるくはないのか。からだはどのようにできているのか。解剖すれば、本当にそれがわかるのか。「動かぬ肉体」から説き起こし、解剖学の歴史を縦軸に、ことばの役割、ものの見方、心とからだの問題など、幅広い視野から人という存在を捉えなおす。養老孟司の原点。


解剖学についての基本的知識や歴史、そこにみる死生観が、養老孟司氏の経験談とともに綴ってある。

第1章から第8章までの構成で、解剖とはどういうものか、実際の死体とはどういうものか、解剖学の歴史、人体をつくる単位、解剖学の発展、細胞について、死とは何か、の順に書かれている。


東京大学医学部解剖実習室の写真が掲載されているのにはびっくり。白い布の下には死体だろうか、それが十数体。見開きでまずは「つかんで」くる。


でも、内容を辿っていくとグロテスクな感じはあまりなく、知識としておもしろいと思えるものばかり。


系統解剖や病理解剖の違い、事件であがる変死体をどう扱うかなどが解説されたあと、実際の解剖ではどんな道具をつかって、どんな手順で人をさばいていくのかが書かれている。


挿絵もあり、骨格はもちろん、筋肉、からだの各部分が詳細に描かれているのでわかりやすい。


ただ、解剖学の歴史をたどっていくと、むかしは宗教上の理由で死体をいじるのがタブーだったせいか、解剖図が出始めたころのはかなりいい加減だということがわかる。


アラビアの解剖図などは肺循環しか当たっていなかったというし、中国の漢方医学図も「多分こうだろう」というかんじで書かれている。


「器官」などの配置を明らかにしたのはアンドレウス・ヴェサリウスという人。「人体の構造について」という書の挿絵も紹介されていて、写実的な内容にはおどろかされる。というか、感動。


これが「知への探求」か、と思い知る。


ダヴィンチの人体解剖図もすごいけど、ヴェサリウスはさすが。腐敗処理のしていない昔の死体を、鼻をつまみながら丹念にスケッチして、研究したのだろう。


「200の骨を集めて、正しい順序に並べると、このように骨格が生じる。そこで骨格は生きるのである。」



やっぱり、人間とはなんだろうと順を追って考えていくと、誰もがたどりつくところなんだろうか。


巻末近くに心とからだの関係についても少し言及しているので必見。