・・・・・・・・・・・・・・「先生の隣にいさせて。」第6話
さっ、私も用意しなきゃ。
部屋に戻って、真新しい制服に袖を通した。
パリッとしたシャツが、背筋をシャンとさせる。
首元の赤いリボン。
キュッとすれば苦しいし、ゆるくすればだらしない。
ちょうどいい場所を見つけるのに手間取った。
少し長めのスカートは、なんだか落ち着かない。
東京だし…そう思って、ウエストで一回折り返す。
髪は…結ぼうか…。
サイドの髪をちょっとつまんで、耳を出してみた。
う~ん…。
やっぱりこのままでいいや。
両親から入学祝いにもらった腕時計を、左腕につけてみる。
今まで時計なんて着けていなかったから、何だか気になって仕方がない。
やっぱり外そうか…。
いや、つけて行こう。
時計の針を合わそうと、部屋の時間を見る。
わっ、もうこんな時間!
あんなに早く起きたのに。
バタバタと用意して、リビングに向かう。
「お姉ちゃん、おはよう!」
「おはよう、塔子。」
綺麗にお化粧をして、春色のスーツを着たお姉ちゃんが、朝食をとっていた。
「ご飯できてるよ。」
「ありがとう!」
お姉ちゃんの作ってくれたご飯を、急いで食べる。
「ごちそうさま。お姉ちゃん、途中まで一緒に行こう。」
食器を片づけ、椅子の背にかけてあったブレザーを、手に取った。
「ブレザーのしつけ糸、はずしてある?」
お姉ちゃんに言われて、ブレザーの裾を見ると、×の形に縫われた糸がついていた。
「これ、切るの?」
「切るんだよ。ほら、貸して。」
お姉ちゃんはパチンと糸を切って、窮屈そうに繋がれた2枚の布を解放してあげた。
「ポケットも見てごらん。」
「あっ、縫ってある!」
「これも取んなきゃ。そうしないと使えないよ。」
「へえ…お姉ちゃん、何でも知ってるんだね。」
「教えてもらったの、私も。…さ、これで大丈夫。」
お姉ちゃんはにっこり笑って、私にブレザーを着せてくれる。
肩の辺りをポンと叩いて、ぎゅっとした。
「うん、バッチリ。一枚写真撮らせてね。お父さんとお母さんに送るから。」
私は、いつもながらのピースサインで写真に納まった。
「じゃ、一緒に出ようか。」
「うん。」
ドアを開けて一歩外に出ると、春の風がサーッと吹き抜けていった。
学校に着くと、名簿でクラスを確認するように言われた。
1年…B組…か。
いろいろ入った分厚い封筒を受け取って、教室へと急いだ。
奥から2番目の教室に、1年B組の表示。
そっと中を覗けば、緊張した雰囲気が漂っている。
黒板に「入学おめでとう」の文字。
それと、出席番号順に座るようにと書いてあった。
全く知り合いのいない私は、そっと自分の席に着き、見るともなしに封筒の中の書類を出したり入れたりしながら、時間を潰していた。
前の席の子が、「よろしく」と話しかけてくれたので、私も挨拶をする。
彼女と仲良くなる前にチャイムが鳴って、ガラッとドアが開いた。
ビクッとして背筋がピンとなる。
「おはよう!」
その声にドキッとして、入ってきた人の顔を見れば、あまりの驚きに心臓が止まるかと思った。
見覚えのある黒の礼服と、その横顔。
…先生?うそでしょ?
「えー、これから入学式に…。」
話しながら教室の真ん中までくると、教卓に手をつき、私たちの方を向く。
ほどなく、ほぼ真正面に座っている私と目が合った。
「入学式に…。」
先生の言葉が止まり、手元の紙に視線を落とす。
そして、もう一度私を見た。
長めの瞬きを一つして、言葉を続けていく。
「えっと…に、入学式になりますが…えっと…じゃあ、とりあえず廊下に並んでください。」
クラスのみんなは、そろそろと立ち上がり、廊下に並び始めた。
私はその場から動けずに、ただぼーっと先生を見上げていた。
先生は、教壇から降りて私の横にそっと立ち止まり、他の生徒にわからないように私に声をかけた。
「やっぱり、塔子ちゃんだったんだ…。」
「えっ?」
「クラスの名簿を見たときに、塔子ちゃんと同じ名前だって気付いたんだけど…まさか、ほんとに塔子ちゃんだったとは…ギリギリでいろいろ決まったから、バタバタだったんだ。とりあえず、俺たちのことは内緒で…。」
「は、はい。」
「よし、じゃ、行こう。」
先生の後ろについて、教室を後にした。
あまりの展開に、じわっと汗がにじむ。
入学初日から秘密を持った私たち。
なんだか悪いことをしているようで冷や冷やする。
だけど、正直ホッとした。
一人きりで不安だった私は、先生のおかげでとても心強くなった。
こうして私の担任は、お姉ちゃんの彼氏、「成田くん」になった。