龍暗は苦笑しながら、城の奥へと向かう。
「いやしかし・・あの右将軍の怒りっぷりは・・・すごかったなぁ。」
大勢の兵士の前で「馬鹿か、お前。」、といわれたのだ。
しかも軍の先陣をきる、名誉ある第一部隊を務める、右将軍が。
「そりゃ、怒るよなぁ。」
まいったな、右将軍系の派閥はでかいし、こりゃ毎日の朝議が思いやられる。
と、頭の中では悩みの種が増えているが、龍暗の口元には笑みが浮かんでいた。
「あんの堅物をね、馬鹿か、お前って・・・・。」
いってみてぇな、とつぶやいて、奥庭に降り立つ。
「まぁ、仕方ねぇな、お国のため、なんてガラじゃないしな、俺ら。」
奥の離れに向かって歩き出した、龍暗は空を見上げた。
夜風が、目の前の竹林を揺らす。
空には、欠けた月が雲に隠れようとしていた。
闇。
びゅっ、っと空気が切れた。
「なんだよ、夜襲か?」
頬が生温かい。
気配が微塵もしない。
風が竹を揺らす音だけが、さやさやさやとする。
「まいったなぁ・・・。俺はこっち向きじゃないんだよなぁ。」
月が雲を出る様子はない。
龍暗は、ちっと舌を打ち、一気に走りだした。
夜目がきく相手が襲ってきているのだ、とどまって的になるよりは、という判断だった。
耳元で空気が切れていく。
何度目かのときに、腕に激痛が走る。
「・・・くっ・・・・・いい腕だな。」
この暗闇、龍暗の服の色も暗色に近い。
それをこれほどまでに正確に当てに来られるとは。
「そうだな。」
耳元で声がした。
カン、カンと金属がリズミカルに跳ね上がる音、
空気を布がする音。
そしてかすかに人が呻く声。
龍暗は、立ち止まって息を整えた。
光がさした。
目に映ったのは流菜が刀をひきぬくところだった。
「黄我だな・・・・。」
引き抜く際に血が、服に飛び散る。
「いい腕のをよこしたなぁ・・・。」
いてぇ、と棒手裏剣をひきぬく。
「なぁ、これ毒とかあるのか?」
「ないだろ。こいつは、毒とかのタイプじゃないな。まぁ、念のため若葉にみてもらえ。」
「あ、もう来てんのか。」
「・・・・黄我に気付かないとは・・・あいつらもそろそろ死ぬな。」
流菜の目が冷たく光った。
「いや~悪かったなぁ、偵察要員の三下だったからさ、無視してて。」
「今すぐ腹でも、残りの目でも、ついて、さっさと死ね。」
龍暗は治療された腕を、何度か動かしながら、まぁまぁと止めに入る。
「俺の護衛なんてのは、依頼してないんだから。」
「というありがたい、言葉をもらったから、本題に入らせてもらう。」
龍暗は身を乗り出した。
「ここらの小国は、徴兵の目的までは動く気配を見せない。」
「表向きの話はいい。」
「まぁ・・・その代わり、俺らが大活躍の時期に入ってるな。」
戦国領主時代。
それは表の時代。
裏の時代もまた、戦国時代なのだ。
表に国が無数にあるように、裏にも組織が4つある。
忍びの系統である、黄我(こうが)、異我(いが)。
そして、暗殺の系統である、氷影(ひえい)と、火嵐(からん)。
各国の依頼に従い、密偵、陽動、暗殺とさまざまな任をこなしながら、勢力を争っているのだ。
つい数年前までは、その中でも氷影は圧倒的な力を持ち、領地までもっていたほどだった。
「・・・覇王の暗殺、各国領主の暗殺、密偵と、いろんな城下にうようよいるな。」
右目の眼帯をなでながら、独角(どっかく)は続ける。
「ここの周辺の国は、一括して黄我に依頼しているようだな。依頼は、まぁ・・覇王の動きと――」
「オレたちの監視か。」
流菜が口をはさむ。服に飛び散った、血を気にする様子もない。
「そういうことだな。大して覇王がやっかいでなぁ・・・火嵐が雇われているんだなぁ。」
ほぅ・・・・と流菜の眉がうごく。
「相当気にいったんだろうな、覇王が。他の依頼を全部断っているようだ。」
「火嵐が総出でお守とは・・・・戦にも出しているんだろうな。褒美は、領地か。」
「まぁ、大方そんなところだろう。戦に出ているようだと、やっかいだぞ。兵が城を挙げている間に、
簡単に攻め落とされる。」
「戦するなら、裏部隊を用意しての総力戦ってことかぁ。やっかいだなぁ・・・ただでさえ、城内もきな臭いのに。」
龍暗はじろりと、流菜を睨む。
「あれほど、右将軍は挑発するなっていっただろうが。あのじいさんの派閥はでかいんだぞ。
もともと、覇王にさっさと降伏したほうがいいと思ってるやつらだしな。内通し出すぞ。」
「だから、踏み絵といっただろうが。」
「あのなぁ、それと怒らせるのは違うんだよ~、勘弁してくれよ。やんやん言われるの、俺だぞ。」
やんわりと、女の声が割って入った。
「何を言っても駄目ですよ、龍暗殿。左頭がそんなことを気遣うわけないでしょう。」
龍暗のために塗り薬を調合し終えた、若葉が微笑みを浮かべている。
「殺さないだけよかったと、思って差し上げなくては。」
「黙れ。それに、オレはもう左頭じゃない。」
不機嫌そうに、流菜は茶をすする。
気にする様子もなく、若葉はにこにこと微笑んでいる。
「まぁ、いいや。監視と暗殺もやむなし、って依頼がでてるのはわかった。同盟は無理だな。
戦になったら、陸の孤島状態というわけか。」
龍暗の頭の中に、いくつものシナリオが組みあがっては、崩れ去り、また、組み上がる。
「覇王の密偵は誰が行ってるんだっけ?」
「紫紺(しこん)と朽葉(くちば)をいかせてる。数日中にはいったんひいてくるだろう。
期待にはそえないかもしれないぜ。火嵐が全力をあげている以上、うちの強者たちでも、荷が重い。」
「氷影の上位筆頭と、左頭をいかせてなお、荷が重いとなると・・・そこまで強くなったのか?」
「お前が離れてからは、異様に強くなったな。うちみたいな残党崩れじゃ、到底及ばんよ。」
独角は、ははっっと笑って手元の茶をすすり、顔をしかめた。
「なぁ、酒ないか?」