饗庭孝男『聖なる夏』
ロマネスク美術、とりわけ教会や修道院に「ふかい魅力(p.179)」を抱いている著者が
「建築という、いわば時代の思想の可視的な表現をつうじて、
背後にある中世の精神を少しでも解読できたら(p.180)」と
夏に一人で訪ね歩いた南フランス(+スペイン・イタリア)の教会や修道院について書かれています。
バス乗り場を探すところから始まって、
成り立ちや歴史的な背景、建築物としての側面や、
壁画や柱像など美術的な側面、その背後にある精神性などが
簡潔ですが深さのある文章で記されています。
昔、古本屋さんで偶然見つけて手にとりました。
装丁が本当にきれいな本です。
函には教会の彫刻の模様があしらわれ、
中の本は真っ白で、表紙に小さく花の型押し、背表紙に金色で題名と著者名が入っています。
本文の計算された段組や、裏からかすかに浮き上がる活字まで、全てがいと美し。
見返しのブルーグレイもとてもいい色です
宗教や建築用語など、不勉強できちんと理解しきれないところもあるのですが
私は近くの石に座って、十世紀も昔から、ほとんど何一つ変わらないであろう、
この、修道院をとりまく風景の中で、自分がときの中の小さな、つかの間の動きでしかなく、
過ぎてゆく影のような存在でしかないと思いながら、しかし、
この永遠の風景の中にいることにふかい平安を感じていた(p.44)
透明な空の青の下、重厚で飾り気のない修道院と、
谷をうずめるばかりに咲いて微風にそよいでいる紫のラヴェンダーの花と香りを前にして、
私は、まるで此の世の外のような豊かな沈黙と孤独がそこを支配していることに感動した(p.130)
という箇所などは、あぁほんとにわかるなぁとしみじみ思いました。
なにより風景の描写がほんとに圧巻で、
「夏草と光にみちた中庭」と「影にみちた回廊の柱(p.42)」、
「人気なくしんと静まりかえった正午ちかい時間(p.12)」、
「透明に青く、正四角形に区切られた空(p.68)」、
「泉の溢れる音(p.61)」に「蔓のからみついた門(p.132)」、
「いつの間にか淡い薔薇色にかわって行った(p.178)」空 など、
自分もそこに立っているかのように思えてきます。
「信仰と自然を内的につつみこんで、小さな村とともに長い歴史を生きていた(p.9)」聖ジュスト教会や、
「ほとんど音楽的とも言ってよい旋律が中庭と回廊を支配している(p.68)」フォントネー修道院など、
『窓(■ )』に出てくる場所も含まれていたのが嬉しかったです。
ロンサールが「晩年の何年かを僧院長としてすごした(p.89)」聖ジル礼拝堂の章もありました。
本の中の季節は最終章に至るまでずっと
「明るく静かな午後の光がいっぱいにおち(p.44)」た夏なのですが、
ふしぎと涼やかな印象で、読んでいるととても落ち着きます。
「聖なる場の歴史的な深さ(p.15)」をしみじみと思いつつ、
蝉時雨の中、畳に正座をするような、
とても静謐な気持ちになる本です。