三月末の暖かなひるまへであつた。
私は町のとある錢湯で、のんびりと湯ぶねにつかつていた。
お客は私一人で、板の間はまだ殆どかわいたままであつた。
天井の明り窓から明るい日がさし入つて、すきとほるやうなお湯の上に、
ゆらゆらとかげろふがたつている。(p.1)
という段落で始まる随筆です。
「東京」「岡山」など、地名が章の名前になっており
その土地にまつわる四季の思い出が、春夏秋冬の順に書かれています。
当時、洋書を探しによく神田をさすらっていて、
その日も英語ばかり見続けたのに疲れ果て、
もういいや、最後に日本語見てから帰ろうと入った古本屋さんで見つけました。
黄土色の砂漠みたいな本棚のなか、
そこだけ色鉛筆を蒔いたようにカラフルな函入りの本が並んでいました。
本当は端から手にとって中身を見て決めたいけれど、
軽々しくそんなことができる雰囲気でもなく
直感でこの本にしようと決めました。
数年前に祖母が縫ってくれた着物が、古代紫に赤の半襟+帯あげ+帯じめだったので
「この組み合わせだー」ととても懐かしかったのです。
「函から出させて頂いてもいいですか」と聞くと、目で返事する店主のおじさん。
おそるおそる引き抜いた最初のページのお風呂+春+空+ひらがな感、
呼吸と雰囲気がその頃よく読んでいた林芙美子
とかなり近い気がして、
よし正解!と勝手に確信、これくださいと手渡しました。
驚いたのが、装丁を著者自らが手がけていることです。
落ち着いた紫に波の模様+くすんだ紅の菱形模様(どちらも小紋?)、
背表紙の、まるにひらがなが一文字ずつ入ったデザインなど、
洒落ているなぁとしみじみ思いました。
昭和18年2月、錦城出版社発行、一万五千部刷ったらしく、二円三十銭也。
お城の模様(大阪の出版社なので大阪城?)の検印紙に
ひらがなの「たま」の検印が楽しいです。
戦争中に出版されたせいか、紙質はいいとは言えず(本がとにかく軽い
ページごとに微妙に紙の厚さが違っていたり
印刷が心もとない部分があったりもするのですが(インクの節約?
四季折々の自然や心情を描いた、のびのびした文体が
旧仮名遣いや古本ならではの風合いと一緒になって、とてもほっとする本です。
澄みとおつたあをい空には、一片の雲もなく、息をすると、山の靈氣が吸ひこまれてくるやうな氣がした。
からだぢゆうが、すがすがしくなるやうであつた。
溫泉につかつて歸つてきてみると、部屋は淸らかに掃除がすんで、
次ぎの間の長火鉢の上に、鐵瓶が白い湯氣をふいてゐた。
白いお砂糖のかかつた梅干を口にふくんで、さ綠の煎茶をすすると、胸がすうつとした。(p.190)
九月五日の、はつ秋の空が美しく澄んだ朝だつた。(中略)
掃除をすませた座敷の、したんの卓の前に坐つて、私は滿ち足りたおもひに、空を眺めた。
あをい空に、ふはりと白く、ちひさな雲が一とひら浮いてゐる。
拭きこんだ縁側に、その雲がうつつてゐる。生垣の靑葉のいろもうつつてゐる。
――さて、今度はどんなものを書かうかな。あれと同じ程度では前より落ちたと思はれる。
どうしたつて、あれより佳いものを書かなくつちやいけないけれど。……(pp.122-123)
日常に根ざしたことがらが、素直に綴られています。
あっさり飄々としつつ、芯はしっかり通っていてしなやかな強さが感じられ
読んでいてとても気持ちがいいです。
お茶や温泉の場面が数回出てくるのも嬉しいですし、
苺ミルクとかアイスクリイムの川とか、ちりばめられたカタカナもきれいですし、
知っている人?がたくさん出てくるのもおもしろい。
冒頭の「東京」では、後に夫となる青年と高村光太郎・智恵子夫妻の家に行き、
「世に出ぬ私の詩をみとめてくだすつた最初の人(p.151)」である草野心平
(鉄瓶メンバー@智恵子抄■
が揃ってびっくり)と偶然再会したり、
吉川英治や吉屋信子と一緒にお茶席に呼ばれたりも。
題字と挿絵(上手い!)は、「雪は天からの手紙である」の中谷宇吉郎博士。
箱根で一緒にお花見にも行ってます。
本書以外では
芥川龍之介の家に内田百閒と行ったら先客が柳原白蓮で、あとから来たのが堀辰雄とか、
林芙美子・吉屋信子・宇野千代・美川きよと食事会とか、
鈴木三重吉に胡瓜の漬け物を伝授してもらったりとか、
漱石と歌舞伎座ですれ違ったりとか、福田恆存に着物をほめられたりとか
村岡花子と一緒に歌会始に行ったりとか、盛りだくさんです。
なかでも、悪妻説が多いけど、これ一つでお札でおつりが来ると思う
漱石の奥様のエピソード(全集Ⅱ 「踊りぞめ」)と
映画にできそうな藤田嗣治(全集Ⅲ 「パリの木綿」)が自分内一位二位です(だれも聞いてないから。
・・・・・・・・
著者の森田たまは、1894(明治27)年、北海道の札幌で生まれました。
17歳で「少女世界」に投稿した文章が認められて上京、小説家森田草平に師事します。
その後結婚→自殺未遂→再婚→関東大震災で夫の郷里の大阪へ転居→
1932(昭和7)年、38歳の時に書いた「きもの・好色」という随筆が
森田草平の推薦で中央公論に掲載され(pp.122-123の引用部分は、
中央公論社からの掲載通知が郵送で届く直前の様子です)、
家族で上京して作家として生きていくことになります。
精神的・経済的に追いつめられた時のこともちゃんと書かれているのですが、
自分にも場所にも、何かやどこかに重心が縛り付けられているような息苦しさがなくて、
どこからも等距離で平衡が保たれているのが
とても印象深かったです。
これは、「ある意味では日本の外国とも云ふやうな土地(①p.88)」だった札幌で、
運送会社の社長で、洋装を貫き、使用人と一緒に食卓を囲むようなリベラルな父親と
所謂大和撫子&良妻賢母な母とのあいだで、三人姉妹の次女として育ったことが
かなり影響しているように思います。
札幌での生活を、森田たまは以下のように書いています。
空が、一ばん深い海よりも碧くひろかつた。
さらさらとポプラの梢をわたる風の音は土用半ばに既に秋であつた。
白樺の林、楡の森、小説の中に出てくる樹木が日常眼に親しいばかりでなく
キャベツのスープ、小麦粉のパン、酢づけの胡瓜や玉葱や花びらのやうに
白い粉をふいたポテト。台所の天井には袋入りのハムがぶらさがつていて、
母はその下でグーズベリイのジャムをつくつた。しぼりたての牛乳、
つくりたてのバタ、私は小説の中の人達とおなじやうなものをたべてゐるのである。(①p.167)
みんなが入植者なのである意味しがらみがなく、
遊び友達には外国人の子も日本人の子もいて、
ビスケットもお漬け物もお母さんの手製で、
外国人から英語も習うけど百人一首もする、という和洋入り交じった環境が
いつも俯瞰で自分を見ているような、どこか超然としているところと
何に対しても偏見や気負いを持たずに向かいあう
飄々としたところにつながっているような気がしました。
着物にまつわる描写が多いのも楽しいです。
この本にも「黄八丈の綿入れに、紫の小紋の羽織(p.16)」や「お納戸地の瀧縞のお召の單衣(p.65)」、
「しぶい小豆色の御紋附に、黑地に菊の帯(p.178)」に
裏千家夫人や柳宗悦夫人の着物の着こなしに感嘆する場面が出てきます。
本の装丁の通りに染めてもらって仕立てたりもしていて、着物に詳しければもっとおもしろいだろうなという箇所がたくさんありました
洋服を肯定しつつ、秋になると秋刀魚が恋しくなるように
日本の女性が着物を忘れることはないだろうとも書かれていて、
本当にそうだなぁと思いました。
祖父の母(=曾祖母)が初節句に贈られたおひなさまです。
渋めの色に手刺繍で鶴が縫い取られています。
たまより十歳ほど年下なのですが、この頃はこういう雰囲気だったのかななどと思っております
文章がとても明晰で、文体も内容も前時代的な印象をほとんど感じないので、
この本を含め、ほぼ絶版なのが勿体なくてなりません。
装丁も洒落ていますし、函入り文庫みたいな感じで出たら絶対揃えるのに←何様デスカ
本人は「私はまちがひなく日本人でありながら、あたまの何処かがぼんやりとぼやけて、
折々自分の故郷はどこか遠い遠い、行つたこともない外国の、
野の果に風車のまわつてゐる片田舎ででもあるやうな、へんな錯覚をおこす(①p.169)」
と書いているのですが、それがいい方にバランスよく作用していて、
風車の風が窓から入ってくるようなすがすがしさが
とても気に入っています。
<おまけ寝言>
その後借りた全集や、他の随筆を読んでわかったのですが、
林芙美子と仲がよかったのだそうです。
びっくりしつつ、「ああやっぱり」と本当に思いました。
森田たまの父は秋田、母は淡路島の出身です。
文才は父方の家系によるものだそうですが、
おそらく母方の瀬戸内海DNA(?)もどこかに作用していて、
それが林芙美子と似ていると感じた理由だと思います。
二人で町に行ったり、家に遊びに行ったりしていたそうで
「二人のあひだではいつも彼女が話をし、私は大てい聞き役であつたが、
あんなに話のおもしろかつた友人はあとにもさきにもない(Ⅲ p.361)」と述べています。
また、最初の本である『もめん随筆』には以下のような箇所があります。
何心なく雑誌の頁を繰つていると、一生に一度でもいいから札幌見物がしてみたいと
何処か田舎の女中さんが云つている。芙美子さんだなとすぐ思い、
子供が当てものをする時のやうな愉しさではらはらと頁を返して作者の名を見た。
やつぱり芙美子さんであつた。
私は机の前に坐り直して、こくこくと搾りたての牛乳を飲むやうに読んでいつた。(p.171)
『放浪記』に、「北海道あたりの、アカシヤの香る並樹道を
一人できままに歩いてみたいものなり(pp.65-66)」という一文があるので、
二人で話しているときに、林芙美子がよくこう言っていたのかなと思いました。
<参考文献>
もめん随筆 (中公文庫)
①
今昔
・森田たま随筆全集
Ⅰ もめん随筆(講談社、1972 年)
・森田たま随筆全集
Ⅱ きもの随筆(講談社、1972 年)
『はるなつあきふゆ』は、22章のうち8章が収録されています
・森田たま随筆全集
Ⅲ 絹の随筆(講談社、1972 年)
口絵写真の、背景に写っているアーツ&クラフツ風味のキャビネットもいいです。
+装丁が栃折久美子!