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2017年06月20日(火)

Coalport

テーマ:アンティーク:その他の陶磁器

 

先日のお茶、1830年頃のコールポートです。

冬に地元に帰ったときに、母から借りて戻ってきました

 

アプリコットの地に金彩で薔薇、

白地のところには手描きの薔薇の花綱が描かれていて、

カップの外側には竪琴のようなかたちの金彩がぐるっと一周しています。

 

 

    

 

アデレードシェイプという形です。

1830年に即位したウィリアム4世の王妃の名前(Adeilaide)に因んで名付けられたそう

 

ロココのリバイバルの影響を受けていて

宮廷ぽい優雅なフォルムなのですが、

ベースがアプリコットなのもあってどこか軽やかな感じもしました。

 

 

この日は父の日用に、朝から大量にお菓子を焼いていました。

マドレーヌ、フィナンシェそれぞれ3種類(プレーン、紅茶、クランベリー)に

いちごのスノーボール、くるみのクッキー2種類、ごまときなこのクッキーです

 

ひと段落したところで、味見を兼ねて10分休憩。

くるみとチョコチップのクッキーに

スプーンは同じ頃のシンプルなものにしました。

 

 

カップだけで見ると自分史上最大級に華やかなセットなのですが

お茶をそそぐと紅茶の水色がとてもよく映えて、

そのぶん落ち着いた優しげな雰囲気になりました。

 

持ちやすくしっかりしていて

高台もついているので冷めにくいと、

見た目だけでなく、飲む人のことをちゃんと考えたつくりなのがスバラシイ。

 

200年近く前にはどんな人が手にしてたんだろうな、

このカップで紅茶を飲んでほっとしてるのは

私で何人目なんだろうとどうでもいいことを考えつつ古に思いをはせつつ

お茶を頂いておりました。

 

「お茶を一杯」のあいだでも

時間的にも空間的にもだいぶ遠くまで行ってきたような感覚になって、

ふうっとほどけていくようなところが、アンティークはすごいなと思います。

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2017年06月13日(火)

薔薇ノ花咲ク(3)

テーマ:庭の風景

 

ピエール・ド・ロンサールが咲きました。

 

つるばらで、育てているうちこれだけが

春にしか咲かない一期咲きなので

咲いてくれるととても嬉しいです。

 

つぼみの時期が長くて

ゆっくりゆっくり開いていくのもまたをかし。

 

 

 

ロンサールは、薔薇を歌った詩で有名な

16世紀に活躍したフランスの詩人、Pierre de Ronsard(1524-1585)に因んで名付けられています。

 

なので、ときどき本の中に登場するのが興味深いです。

今まで気づいたものは

 

その①:J. R. ヒメーネス『プラテーロとわたし』

その②:饗庭孝男『窓』

その③:饗庭孝男『聖なる夏』

その④:アトランさやか『薔薇をめぐるパリの旅』

その⑤:アリソン・アトリー『時の旅人』 (本そのものについての記事はこちら

 

③の本では、著者がフランスのヴァンドームで

目指す修道院に行くために乗ったタクシーの運転手さんが

近くの村で生まれたロンサールのことを話題にしたと書かれていて、

それだけ溶け込んでいるんだなぁとしみじみ思いました。

 

 

  

 

ニュー・ドーンも咲きました。

 

伸び方が驚異的で、今年はかなり切り詰めてもアーチにできました。

藤村さんと呼ばれております。

New Dawn=新しい夜明け なので、咲く前に「まだ夜明け前」などと言っているうち

なぜか『夜明け前』→島崎藤村に;

 

薄いピンクがかった花がまとまって咲くので活けやすい。

つぼみもくるくる絞ったクリームのようでかわいいです(ただ棘が妙にシャープ

 

 

 

 

あじさいのアナベルも咲きました。

こちらもすいぶん株が大きくなってありがたや。

 

 

 

二番花も咲き始めて、庭にピンクが戻ってまいりました。

 

花をながめながら草引きと、枝を払うのを少しずつ進めています。

「庭の草はけづれども絶えぬものにて候ひぞかし」@阿仏尼『庭の訓』

なんだか今年はいろいろ伸びるのが早い気が…

 

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2017年06月02日(金)

薔薇ノ花咲ク(2)

テーマ:庭の風景

 

ばら、次々に咲いています。

 

アイスバーグ。

 

ドイツ原産で、ヘリテージやグラハムトーマスのもとになったばらです。

葉がふかみどりなのもきれいです。

 

    

 

アスピリンローズ。

 

修景用の小ぶりのばらで、まとまって咲きます。

中心がほんのりピンクがかった白で、

ケーキの上に乗っている砂糖菓子のような咲き方がかわいいです。

 

 

 

つるばらのサマースノー。

 

花びらのふちがフリルのようになっていて、葉っぱは小さめ、あかるめの緑。

軽やかで清潔な印象です。

 

 

食卓の窓からばらが見えるようになるといいなと育て始めたところ、

今年はついに窓の上側まで持ってこれました(バンザイ。

 

茎が細めでとげがないので、誘引しやすいです。

 

   

 

番外編、夏椿に絡ませてある定家かずら。

今年はずいぶん伸びて、たくさん咲いています。

 

香りも甘くておいしそうなためか、

見たことのない蜂が集団で蜜を吸いに来ててびっくり(グルメ旅行…?;

 

最初に咲いたダービーさんたちの一番花が終わり、

こんな感じで、庭が白い花だらけになっていますが

陽射しが強い日にも緑と白のさっぱりした色味は涼やかで

ああ初夏だなぁと思いつつ、草引きをしたり剪定をしたりしています。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

白いばらで毎年思い出すのが、永井荷風の『ふらんす物語』です。

 

ふらんす物語 (新潮文庫)   ふらんす物語 (新潮文庫)

 

1907(明治40)年7月、23歳からの3年10ヶ月をアメリカで過ごしていた荷風は

28歳で横浜正金銀行のリヨン支店に勤めることになり、フランスにやってきました。

 

ニューヨークを出航して一週間、フランスのル・アーブル港に上陸すると

荷風はまず、かねてから憧れだったパリへ向かい、サン・ラザール駅に降り立ちます。

 

客引きをあしらい、自力で手頃そうな宿を見つけて入ると

「酒樽のように肥った大きなマダム」が出迎えてくれました。

 

「髪の毛は半ば白いが」「頬は林檎のように血色がよく」、

「女の手一ツで何もかも切って廻すと云う巴里の町の女房らしい(①pp.19-20)」マダムは

いろいろ世話を焼いてくれ、二日しかパリにいられないが観光をしたいという荷風に

馬車を貸しきって名所を回るように勧めてくれました。

 

二日目の夕方、荷風は首尾よく観光を終えて

汽車でリヨンに向かうため、チェックアウトをします。

 

駅まで頼んだ馬車が到着するのを待っているあいだ、マダムは荷風をいすにかけさせて

汽車の旅のあれこれについて親切に助言をしてくれました。

そして

 

・・・いざ馬車が来て出発と云う間際、ほんのその場の思付ではあったろうが、

暖炉の上の花瓶から白薔薇の一輪を抜取って、

道中のおなぐさみにとまで自分に手渡ししてくれた。

 牡丹のような、大きな、仏蘭西の白薔薇である。自分は訳もなく非常に感動した。(p.21)

 

荷風はこのばらと一緒にマルセイユ行きの列車に乗り、

「明い静なフランスの野の夕暮れ(①p.22)」の中、窓からずっと景色をながめて

それまで暮らしていたアメリカとは大きく異なる

「何もかも皆女性的(①p.25)」なフランスの自然に心を打たれつつ、疲れて眠ってしまいます。

 

夜中の3時、明るくなってはっと起きると、リヨンの駅に着いていました。

急いで帽子をつかんで降りて、駅の近くのホテルに泊まった翌朝

荷風はばらの花を「汽車の窓の上に置いたまま、自分は慌忙てて下車した為め、

すっかり取忘れて了った(①p.27)」ことに気づきます。

 

荷風はばらの花に思いをはせて、以下のように随筆を結んでいます。

 

花は依然として香しく、今頃はマルセイユに行って了ったろう。

或はその途中出入の人の足に踏蹂られて了ったかも知れぬ………。(p.27)

 

・・・・・・

 

異国の地で一人旅をする人にばらを一輪、という

何気ないけど風流な温かさ、

こういう文化が根付いているんだなぁとしみじみ思いました。

 

車窓からの風景の描写が本当にみごとで、

荷風の後ろ姿ごしの、白いばらがのった窓枠のむこうがわ、

額縁の中で刻々と変わっていく風景画を眺めやるような気持ちでいつも読んでいます。

 

 

 

 

 

<おまけ>

 

荷風はリヨンの銀行に8ヶ月務めて、翌1908年3月末に退職します。

退職後は、5月28日に帰国の途につくまでパリに滞在していました。

 

パリにいるあいだ、荷風は著作を読んでひそかに尊敬していた上田敏を偶然見かけ、

その後これまた偶然カフェで一緒になった日本人の知り合いが紹介してくれて

知遇を得ることができました。

 

帰国後は慶應大学で仏文学を教えることになります。

声をかけてくれたのはなんと上田敏ヽ(゚◇゚ )ノ

 

文学部の刷新にあたり、慶大側が森鴎外とも相談して人選を考える

→夏目漱石か上田敏が適任だという結論に

→漱石は1907年に朝日新聞に入社し、作家として小説を連載中でNG

 &上田敏も京大で教えているのでちょっと難しそう…

→大学側が鴎外に、もし上田敏も無理なら誰がいいでしょうかと聞くと

 荷風が適任だろうと推薦

→上田敏がこの話をしに荷風の家まで訪ねてきてくれました。

 

この日のことを荷風は

「この時のわがよろこびは初めて巴里にて相見し時に優るとも劣らざりけり」と言い、

海外で知り合っても「帰国すればそのままに打絶ゆる」ことが多い中、

「先生のわが身に対する交情こそさる通一遍のものにてはなかりしなれ(②p.103)」と感激しています。

 

鴎外とはもっと前に面識があったようで、

1903(明治36)年、市村座という劇場に行った際、

自分の書いた戯曲が上演されていたため観に来ていた鴎外に

知り合いの紹介で初めて会っています。

 

荷風は前の1902年に、『地獄の花』という小説を出版していました。

急に紹介されてうろたえている荷風に、

 

先生[姉注:鴎外]はわれを顧み微笑して『地獄の花』はすでに読みたりと言はれき。

余文壇に出でしよりかくの如き歓喜と光栄に打たれることなし。(②p.81)

 

嬉しさでいっぱいになった荷風は「楽しき未来の夢さまざま心の中にゑがきつつ(②p.81)」

下谷から麹町の自宅まで歩いて帰っています。

グーグル先生によると7㎞弱、1時間20分はかかるようです。一言7000m、鴎外パワーおそるべし。

 

(このあたりの経緯はこちらに収められている「書かでもの記」に詳しいです)

 

荷風随筆集 下 (岩波文庫 緑 41-8)  荷風随筆集 下 (岩波文庫 緑 41-8)

 

 

荷風の教え子には佐藤春夫や堀口大學がいます。

 

後年(1933年)、堀口大學が銀座で偶然荷風に会ったときのことを日記に書いており、

人となりがほのぼのうかがえて楽しいです。

 

「荷風先生の御散歩姿を拝す」「先生は何時お目にかかっても若々し」→

 コーヒーをごちそうになりながら、家族や仕事のことをいろいろ気にかけてくれ、

 かなり前に大學が海外から送った手紙のことなどもちゃんと覚えてくれていることなどにふれて→

「久々にて先生の温容に接し、歓尽きず。(③p.17)」

 

 

季節と詩心 (講談社文芸文庫)   季節と詩心 (講談社文芸文庫)

 

荷風が森鴎外や上田敏の人柄や、自分にしてくれたことに感激したように

堀口大學も荷風に対して尊敬と感謝の思いを抱いていて、

この系譜がなんともいいなぁと思わされます。

 

そして「山のあなた」とか「夕暮の底遠くして」とか「巷に雨の降る如く」とか

数行ながらいまだに暗唱できるフランスの詩は

ほとんどこちらのお三方の訳であることに気づいて深く頭を垂れるのでありました

 

荷風が1913(大正2)年に出版した翻訳詩集『珊瑚集』には

アンリ・ド・レニエ(記事はこちら)の詩が10編ほど載っています。

 

珊瑚集―仏蘭西近代抒情詩選 (岩波文庫)   珊瑚集―仏蘭西近代抒情詩選 (岩波文庫)

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2017年05月29日(月)

New Hall

テーマ:アンティーク:その他の陶磁器

 

実家でお茶、その9。

 

ニューホールのカップです。

1825-30年頃のもので、パターンナンバーは2901。

 

ピンクのばらに葉っぱが描かれた

「イングランドのばら」と呼ばれるデザインです。

 

他の窯のこのデザインの葉は

金彩でしっかり描かれていることが多いのですが、

これは緑色の小さめの葉が添えられていて

なにやら楽しげな雰囲気が。

 

 

写真だとちょっと派手かなというふうに見えてしまうのですが;

お茶を注ぐといろんな方向を向きながら連なったばらや

ソーサーのふちの∫∫∫こういうのが並んだ模様など、

かわいらしさと落ち着いた品のよさを感じました。

オールドイングリッシュハンドルの角度のきれもスバラシイ

 

 

   

 

見込みの金彩もいい具合にかすれていて、

持ちぬ氏のみなさんも気に入って使ってらしたんだろうなと思います。

 

もう一つのティーカップは同じ頃のダヴェンポート、

ポットは詳細がわからないのですが

似ているので一緒に使っています。脚がかわいい

(両方とも以前こちらの記事で書いたものです)

 

   

 

200年近く経っているので

金が落ち着いたやわらかい雰囲気になっていて

そんなにきらきらしすぎず、やさしい華やかさがありがたや。

ただ甘いだけでなくて、長年生き抜いてきた気概のようなものも感じます

 

アーモンドのタルトをのせたケーキ皿はスポードで

お菓子で隠れていますが

中央にこんなばらが描かれています。

 

 

カップやお皿を並べて支度をしているあいだは

それぞれのうつわに描かれたばらの花が全部見えているので、

ばらの庭にいるような感じになれるのも楽しかったです。

 

 

最初の写真のC&Sはこの本の90ページに載っていました

 

ヨーロッパ アンティーク・カップ
<p> </p><a  data-cke-saved-href=   ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑

 

 

・・・・・・・・・・

 

今回の実家の記事はこれでおしまいです。

長いこと読んでくださってありがとうございました(深々。

 

家にあるものでお茶菓子を作り続けていたので

似たようなものばかりになっていて申し訳ありません;

記事を書きながら気がついて「魚ー!(訓読み)」となりましたが最早どうしようもなかった;

 

次回からは普段の記事に戻りますが、またよろしくお願いいたします。

2017年05月27日(土)

Pichon / Creil et Montereau

テーマ:アンティーク:その他の陶磁器

 

 

実家でお茶、その8。

 

ティーセットはPichonです。

 

ピションは南仏のUzèsという町で1802年に創業した窯です。

なんと200年以上経った今も現役!

(仏語の公式サイトがこちらに→http://www.ceramique-pichon.com/

 

 

細かな縁のビーズ模様と貫入の入り方、

飴色のとろりとした質感がやさしくて、

両手でカップを包むとしみじみほっと息がつけます。

 

本来はティーカップは右手で優雅に持つのが正解なのですが

小さい頃に言われつけたからか、飲みものの器を手にすると

お湯のみを持つように左手を添える方がしっくりくる体質が抜けません…すみませぬ;

 

 

くるみとホワイトチョコのクッキーがのっているのは

クレイユ&モントローのパニエ皿です。

panier=フランス語でかごの意

 

 

 

バスケットのような編んだ模様が中心まで、

縁はスカラップがくりぬかれたような透かしになっています。

 

丸いお皿に見えますが微妙に楕円になっていて

楕円+透かし好きにはほんとに壺なお皿でした。

 

光が当たると縁の影が

お花のように食卓に落ちるのもいいなと思いました。

作られたのは19世紀、

かつてはろうそくの光で影が揺れていたのかな。

 

 

   

 

数年前に、食卓の向こうの窓にステンドグラスがつきました。

口の広いカップだと、そそいだ紅茶に

金平糖のように模様が映り込むのがいとをかし。

 

フランスのものは

シンプルな形でもどこかかわいらしさと親しみやすさがあって

おおらかというか、全面的に肯定してくれる感じが安らかだなぁと思います。

 

 

<6月1日追記>

 

バターで作る/オイルで作る クッキーと型なしタルトの本 (生活シリーズ)  バターで作る/オイルで作る クッキーと型なしタルトの本 (生活シリーズ)

 

レシピはこちらの「基本の溶かしバタークッキー」です。

数日前のコールポートの時はレシピ通り、

この記事の写真のはくるみを10g減らし、

粗く砕いたホワイトチョコを板チョコ半枚ぶんぐらい足しています。

 

簡単に作れておいしいです。実家にいるあいだ、何度も焼いておりました。

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