主に人に迷惑をかける人生 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 主に人に迷惑をかける人生。

 妄想と現実の区別がつかない男。木岡高男(きおか・たかお)。
 小動物とか殺しちゃう女。鷺宮希美(さぎみや・のぞみ)。
 荻川花湖(おぎかわ・かこ)。妄想と現実の狭間。

 俺とカコはホテルから出てきた。真昼間だけれどそういう界隈なので別に問題はないだろう。
 カコはアホっぽい顔で幸せそうに言った。
「ああ~、なんかもう愛の交流って感じだよね! 幸せここに極まれりっつーかねー。あ~、愛しちゃってるなあ、私。そして、愛されちゃってるなあ、私!」
「なあ……前々から言おうと思ってたんだけどさ……」
「なぁに、タカくん!」
「俺、別にお前のこととか愛してないからな?」
「……え」
 と、その時のカコの顔は何だかやっぱりアホみたいで、拒否られたその瞬間の絶望を貼り付ければカコのような美少女も魅力的に映えるのではないか、と考えた目論見は失敗に終わる。
 やっぱりカコはダメだな~。
 な、なんでなんでなんで……ってなっているカコを置き去りにしてスタスタと歩み去る。
 彼女は追っては来なかった。
 追いかけてくる気力さえも潰えたのかよ、脆すぎだろ……と一瞬振り返ってみると、どうやらカコは足腰も立たなくなったみたいで、あの場所から一歩も動けないみたいだった。
 ああいう界隈で足腰立たなくなっちゃった系女子って狼たちに群がられて、かなりカワイソウな目に遭ってしまうんじゃないか、と一瞬思ったけどどうでもいいか。
 だってカコだもんな~、どうでもいいわ~。
 俺はカコの名前を携帯番号から消して、そのまま日が暮れるのを待つ。
 そして、希美の待つ川べりへと赴く。

 鷺宮希美と俺の関係を説明するのは難しい。
「で、それでそのカコ? って女の子をラブホ前の盛り場に置き去ってバイバイってワケなのね~。はーアンタホント最低だわ」
「だよな~」
「そもそも存在しているのがおかしいよね、アンタみたいなゴミって。親の愛とか一切受けている感じとかしない、人格破綻者だし、よくこれまで自殺したり人を殺したりせずに生きていたよね。
 よっ、流石はこの世界の汚泥を一身に背負う木岡高男だわ」
「だよな~」
 なんかホント、希美に毒舌吐かれている方が気分落ち着くわ。
「だってアイツ、俺に愛してるとか言ってるんだぜ? おかしくない?」
「いやいやおかしくないから~恋人は愛し合うものでしょ?」
「一般に平均して三ヶ月で終わる恋愛を果たして愛と呼べるのでしょうか~」
「今はそういうネタはいいから」
「で、終わったの?」
「終わったよ」
 希美の足元にはバラバラ死体が……キャー、事件です婦警さ~ん、抱いて~。なんちゃって。
 バラバラ死体って言っても子猫のね。でもいや、十分事件性あったわ。
 なんか首輪とか付いているし……血塗れで誰の家のミケかタマかはもう読めないけどね。
 希美はリストカットしちゃう女の子で、でもなんかこう、
『ああ私って生きている意味ないんですぅ。私、ドジでグズでマヌケだし勉強はできないし運動音痴だしバイトではミスるしホント病んでるんです、ああリスカしよ……』
 ってタイプではないから。
 おもむろに手首にナイフ当ててスッて切って、それで傷口に口を当てて自分の血液を全部飲んで、唾液と自然治癒でその傷が治るまで待って、その晩に初めて鳥を殺したんだって。そういう女の子だから。
 血に飢えた現代の女吸血鬼……とか言うと果てしなくバカっぽいけど、希美はサイコパスで動物をこうやって殺していて、きっと遠くない未来に人間もバラバラにしちゃうんだろうな。あー通報しなくっちゃ~。
 でも俺、バラバラにされた猫を見てもホラ、何も感じないんだよね。
 悲しくもないし、気持ち悪くもない。
 嬉しくも、気持ち良くもない。
 気持ちに一切の波風は立たない。
 だってただの死体だぜ? 死体が語るかよ。
 生きている人間のがよっぽど気持ち悪いぜ。『愛してる』だってさ! はっ。
 だから俺は共犯者にすらならない傍観者だ。
 こうして希美の『芸術作品』っぽい何かを見て、「あ~生きることって心底意味ないな」ってことを確認するためだけにここに来ているだけなんだ。

 数日後、そろそろ許してやろうかと思って、俺は『荻川花湖』と書いてある、住居を訪れてピンポ~んってチャイムを押す。
 さあ、出ておいで、子猫ちゃん。
「宅配便で~す」
「はいはい、今出ま~す」
 ああ、花湖ちゃん、チャイムが鳴ったらすぐ出ると危ないよ?
「あ、あれ……宅急便ですよね?」
「違うけど?」
「あ、あなた誰……!」
「先日俺とセックスしたじゃん。『愛してる愛してる愛してる』ってうるさくてさぁ、俺さぁ、ラブホテルの前に置き去りにしたけど、ごめんね? 許してよ」
「な、何言っているの、意味わからない……! 初対面ですよね! 初対面ですよね?! 嘘、信じられない……警察を呼びます!」
 逃げながら、スマフォのディスプレイを表示させると、起動させたままのアプリが見える。
 そこには慌てた様子で警察に電話をかける花湖ちゃんの姿があった。
 その姿はそうまるで……ラブホテルで俺とのセックスで喘いだカコそのものだ。
 あーあー。俺のこと拒絶しちゃっていいのかよ。俺には将来を渇望される猟奇殺人犯候補とかいるんだぜ。
 ああもうホントうんざりだよ。運命が決まってるんだよ、運命が。俺とお前は結ばれる運命なんだよ。俺にストーカーされて目を付けられた時点で諦めろよ。俺にはリアルなビジョン見えてるんだよ。お前をフるところまでちゃんと予測立ててんの。
 何回目のデートでキスをして、十何回目のデートでやっとプレゼントでいい空気になってセックスまで持っていくとかそういう未来って全部確定しているのに、なんで今更抵抗するワケ……?
 ああ、ホントバカだよ、カコ。

 昔、俺を評する言葉で的を得ていると思えた言葉がある。
 その女の子のことは当然犯して、教室で首吊り自殺に見せかけて殺したけど。
 その子はこんなことを言ってたぜ。
「せんせー、木岡くんは、現実と妄想の区別が、ついてません」