愚かもの跡地

自殺しました(※ブログが)。

人間にとって、死だけが平等である

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 人生においてもブログにおいても自殺は楽しい。
 これでおしまい。
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 結局関わる価値のない人間に自分の排他性を発露し暴言をぶつけることで無為な時間を過ごしてしまうのをやめるには、自らの目標に邁進することだろう。
 生きているだけでゴミと化していく人間は放っておけばそのまま腐っていくのだからそれでいい。俺が石をそのゴミに放り投げてもそのゴミの価値は変わることがないのに、俺もムダな労力を割いてきたものだ。
 なんだかようやく踏ん切りがついた気がする。
 ネットの関わりはいいものもあったし悪いものもあった。最たる悪いものが最後まで存続したのは、結局の所ネットストーカーに勝る悪質な犯罪者はいないということなのだろうか。人間の黒い部分とネットの親和性は高く、だからこそ多くの人間がネットの炎上の犠牲になっていくのかもしれない。
 俺も自分を見直してみれば間違いやすい人間であり、常識を損ないやすい人間であり、どちらかと言えば罵倒と批判を好む悪に偏った人間であった。
 そんな人間でも上手く擬態し、あるいは擬態し切れず周囲に悪意を振り撒き、そういったネット生活は楽しいこともあったが、最終的には続かず、不毛な結果に終わることも多かった。それは俺の不徳の致すところ、という感じだろう。
 というわけで一度区切りをつけよう。
 創作サイトには少し未練がなくもなかったが、やはり今の俺はとにかく作品を書いて、それを公募に出すというそのループだけにこだわって生きた方がいいような気もする。たとえ、俺の作品がくだらなくて稚拙で、生涯で売り物になるレベルに辿り着けないとしても、それでもその方が俺のやりたいところに近付ける気がする。
 これでこのブログは終わりにする。漠然と小説家になったら昔の知人や友人にツイッターで報告するような姿を思い描いていたのだが、それももう別にいいだろう。
 すべては最適化される、というか自分に合わないものは生活から置き去りにされる。
 これでこのブログは終わりだ。
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03月18日 08:46

IP:126.211.1.210

森友問題が加熱してますね。
甘田さんはどう見ます?

→ 返信

 なつうさぎ=モコウってことでいいんだよな? リンク先のブログを見てみたら、文体が似通っているから多分間違いないだろう。
 君の書いた記事を見て、俺はなかなか感慨深くなったよ。まあ、本心ではどう思っているかわからないけれど、君がある一面においてはあんな風に俺を見ていたんだっていうこと(というか、あの記事は俺のことでいいんだよな?)、それに加えて客観的に見た俺のブログの衰退の経緯を読んでみて、なんかしんみりとしてしまったわけだ。
 久しぶりにアメーバについたコメントを覗いてみて、名前のリンクからその記事を見たから一連のコメント返しをやろうと思った。
 ブログの記事についてだが、概ね事実を捉えているし、核心をついているとは思う。結局、俺から人から離れていったのは意見の相違と俺の止まらない攻撃性が大きかったからな。
 でも、本当のところを言えば、別にあれだけ人が集まったのだって、俺の成果じゃないと思う。
 カゲロウプロジェクトっていうネット上の大きな盛り上がりがあって、それをテーマにしたスカイプのグループがあって、それと連動する形でこのブログにも人が集まっていただけだ。
 狂ったような勢いで書きまくって、周りを傷付けることもあったけれど、それ以上に表現し続けた。狂乱のさなかのように誰かに向かって書きまくったからこそ、あの集まりは維持できた部分がある。でもカゲプロやボカロのブームも静まって、俺は勢いを保持できなくなった。俺は集まった人にもネットのブームにも背を押されていて、そしてそれが失われていく過程で、俺は虎の威を借る狐だって当然気づいていたよ。
 というか、最初からわかっていたんだ。ネット弁慶でコミュ障で生涯で友達もほとんどできたことのない俺が、ある一時期とはいえ皆の中心、リーダーみたいに振る舞えたのは、あのブームと爆発的な表現欲が噛み合った結果でしかなかったんだよ。
 一言で言えばあの頃の俺はただ単に運がよかっただけだ。だからそれが終われば当然一人になる。
 一人になるとなかなか誰かに向かって日常的に喋ることもなくなる。
 でも、今は俺は小説を書いているよ。
 一応、公募に出す作品として書いているけれど、それでもそれは誰にも届くことのない拙いものだし、つまらなすぎて自己満足すらできないものだ。
 それでも割と珍しく真面目に書いてる。自分の課したルールを一週間ちょいだけど守って、それで昨日一つの作品の第一稿ができたところだ。つまらないから書き直さないといけないけれど。

 振り返りと近況はこんなところかな。


 森友学園についてだが、最近はあまり情報も取ってなくて、大体日刊ゲンダイくらいしか読んでない。そもそも俺が持っている知識なんて、胡散臭い類のものでしかないことを君ならわかっているとは思うけど。
 まず、安倍総理についてだが、単体で見れば彼はよくない。よくないとしか言えないとは思う。
 結局、アメリカの年次改革要望書に従って政策を進めてきただけだし、それが全然日本の為にはなっていないからだ。TPPで医療と農業がダメになるっていうのは言われてたことだし(結局おじゃんになったけど)、アベノミクスでは大企業の内部留保が溜まり一部の投資家だけが潤った。安保法改正で戦争ができる国になった、かどうかは知らないけれど、アメリカの戦いにこれまで以上に巻きこまれていいように使われるのは目に見えてる。
 今回の森友問題は安倍の極右的な側面が表出したもので、すごくわかりやすいからメディアも喜んで取り上げたんだよね。これは日本の大衆の常識をほとんど操作しているといっていい大メディアの幹部と美味しいものをよく食べてる安倍総理には珍しい失態だ。安倍と日本会議がベッタリなのはもう知られていたことだけれど、それがこれ以上ないほどに大衆にもわかるくらいに表出したことは面白いよな。状況証拠でしかないらしいけれど、今回の問題の大元も安倍が総理になったタイミング、あるいは会食したタイミングとピッタリ同期しているということもあって、俺は森友学園は安倍が日本帝国主義の復活の旗印第一号として造った学校だといって間違いじゃないと思っているよ。もちろん、それは当然国会とかでは否定されるだろうけれど。ただ、自民党も数の暴力に酔うあまり、手続きがすごく杜撰、みたいな現状が度々報じられてきていたから、勝ち戦に乗った日本会議が杜撰な手法によって問題を露呈させる、というのは象徴的だとは思うんだよね。少数の集団があまりにも力を持ちすぎたことによってそこに驕りが生じ、そして今問題として表面化しているわけだ。森友学園に関してはこんなところかな。

 ただ俺は単純に安倍を下ろして果たしてそれで問題が解決するのか、というのは最近思ってて、これは単純に民主党が不甲斐ないとかいう話ではない。
 すべては日本の敗戦から始まっているとも言えるんだけれど、そこからアメリカベッタリの自民党しか政党としてちゃんと成長してきてない気がするんだよね。だから他の政党がすごい脆弱なの。まあ都合が悪い人間がポロポロと殺されていたりもするのもあるけどね。
 安倍総理も色々文句は言われているけれど、一応アメリカとかロシアにパイプを作ろうとしている感はあるよね。
 日本は結局前の戦争で勢力的に負け戦だったことがあるから、大国のアメリカやロシアとの繋がりをきちんと作っていくというのは大事だとは思う。
 内政に関してはほぼ間違っていることしかしていないから死んでほしいとも思うけれど、外交に関しては残念ながら安倍だからできている繋がりがないとも言い切れない感じかな。トランプの娘が安倍を好きらしいしね。

 アメリカが衰退してきたから日本も武力を持たねばならぬ、みたいな理屈があるけれど、それならいっそ日本がアメリカを覆すくらいの武力を持って、いい加減敗戦後の従属関係から脱却して欲しい感はある。

 でも、日本が未来ある国になるにあたって、一番の問題は高齢少子かな。安倍総理はそこのところにまっっったく興味がなくて、大体もう憲法改正とか防衛費増大とか東京オリンピックまで総理やるとか、それだけでしょ? なんか一回抜本的に今あるシステムを変えて、キツい労働している人がちゃんと金もらえるとか学校は当然無料にするとか、子供を産むと有利になることを増やすとか、未来がある感じに国の決まりも変えていかないといい加減無理が来ているよね。アニメーターの悲鳴とかも最近気になってて、もう金持っている上層の人間を全員虐殺すれば案外いい国になるんじゃないかと思わなくもない(極端)。

 以上つらつらと飛び飛びな感じで書きました。天田でした。

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03月17日 16:41

IP:182.250.246.193

人の意見を自分の意見に置き換えて論破することで快楽を得ている人間なのでしょうね あなたは有罪だ。

少しは自分の意見が他人の 不快感につながるっていうの心の中だけでも 認識した方がいいですよ

そんな自分の意見が正しいみたいに物事を判断して あなたは結婚生活でも長く続きませんね

→ 返信

 なかなかこのコメントはセンスがあると思った。
 俺が相手の意見を自分なりに解釈し、それを否定することを楽しんでいる、というのはあながち間違っていないと思う。思い込みが強く、かつ攻撃的な性格であるとは思うよ。
 そこで『あなたは有罪だ』というのが脈絡なく来るのがなかなかセンスがある。俺は何の罪に問われるのか。
 確かに俺はネット弁慶にしてももうちょっと相手の気持ちを考えるべきだね。それには同意するよ。すまなかった。
 あと、最後の一文が俺の結婚生活を想定しているのが、俺にとって一番面白いポイントだ。あのな、俺みたいな人はまず結婚ができないんだよ(笑)

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03月13日 05:34

IP:180.220.159.40

拉致されてきた16人は超高校級の才能を持つ者達であり、超高校級狩りから逃げるために才能を忘れることで隠れていたのだと思います。
もし一般人であったとなると、百田や最原はまだしも、入間の発明や春川の戦闘能力が思い込みによる物だとは考えにくいと思うのです。

→ 返信

 元の記事についてまず書く。俺はこのゲームの終わりにAmazon低評価勢と同じく憤りを感じていた。しかし、プロローグを見て、自分なりにいくつか考察をすることで一番不快だったポイントは嘘なんだな、と自分なりに思えるようになった。という訳でここの考察は割と大掴みなもので、穴があってもあまり気にしない、自分が納得できればそれでいい、というものであった、とは言っておきたい。
 俺は基本的にプロローグの16人は素の状態であると考えている。彼らは普通の高校生で、好きなものはあるがそこまで突出した才能を持っていない。
 その彼らが超高校級の才能を持つに至ったのはきっと思い出しライトだろう。
 そして、超高校級の才能をそんな便利アイテムだけで身につけられるか、ということだが、ダンガンロンパはそれを『可』とする世界観だと俺は考えている。なぜなら2にはすべての才能を使いこなすことのできるカムクライズルという存在が人工的に造られたりしているからだ。

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コメント返信にかこつけて、カオスチャイルドを久し振りに考…
コメントちょっと勘違いされているんですよね…byカ土シール
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02月04日 09:56
IP:180.44.185.89
僕は拓留に関して可哀想とは書きましたが、
>拓留は色々な事件を乗り越えた結果、遂に謎の奇病、カオスチャイルド症候群を根治した。拓留は尾上を救う為に、自ら警察に自首した……感動だ!
>二人は良く戦った! 英雄!
とは思いませんでした。
確かに症候群を治す画像の話も最後にありましたが、、、なんとなくですが、感動できたという人たちもそこで感動してるんじゃあ無いんじゃないですかね。
まぁそりゃ置いといて、拓留がかわいそうと思ったのはそういうことじゃないんです。
要約するとこの話って、頭のなかで人殺したいなって一瞬思ったら大変なことになっちゃったって話じゃないですか。
殺人鬼でもなければ普通は、「こいつ本当にムカつく!殺してやりたいくらいに!!」って思っても実際殺さないしそれ自体は悪くないじゃないですか。
創作の話だからそんなことはありえないんですけど、自分以外の誰かが、例えば知人が、妄想してたら殺人鬼をリアルブートしてしまった→その知人は終身刑になってしまった。
っていうのを目の当たりにしたらそりゃ可哀想って思うのが大半なんじゃないですかね。妄想したら(自分ではどうすることも出来ない不思議な事が起きて)終身刑ですからね…。
だから僕はこの話のオチに感動こそできなかったけれど拓留はかわいそうだな。と思ったわけです。

そもそもこの話は、ライターさんの思惑的には、「「二人は良く戦った! 英雄!」という心理状態に向かわせるゲーム」だったんですかね?
まぁ僕もこの話をどう納得して終わってほしかったのか完全にわかってないわけなんですが(だってけっきょく最後ポカーンとしちゃったしね)なんかそんな感じでもないような気がするんですよね。

→ 返信

 え? そこで感動したんじゃなかったらどこで感動するんでしょうか?
 世間一般の感想としては、実際の事件の実行犯である尾上を庇い(その記憶を消し)、拓留が身代わりで捕まったその自己犠牲精神に感動を覚えているんじゃないんですか? 尾上もどっかで拓留が自分を助けてくれたってことがわかっているから、彼のことを「知らない」って言ったんですよね。お互いの意志を慮った結果、二人の行き先は日常と牢獄に別れる――そのすれ違いが切ないってことなのでは?
 いや、それ以外に感動ポイントある?
 ……あ、別に俺が感動したって話はしてませんが(笑)
 拓留が可哀想な理由については何かちょっとズレてるかなあ、と。
 力士シールさんが言っている例で、作中に見合っているのは渋谷倒壊時の拓留の悪意を受け、尾上が拓留両親を殺してしまうシーンだよね。俺もそのレベルならまあ、『コントロール不能の凶器』的な意味で、拓留に情状酌量の余地があるのはわかる。
 だけど、違うでしょ?
 ニュージェネレーションの狂気の再来ですよ? 六人もの猟奇殺人事件の被害者が出ている事件な訳。
 そういった事件を内包した願望を抱き、気付かなかったとはいえそれを尾上に実行させてしまった。その上で責任は免れないでしょ。
 拓留が可哀想? じゃあ、拓留が世界に実在しなかったら普通に殺されなかった六人の被害者は可哀想じゃないの? っつー話ですよ(笑)
 というか、今回の事件を一行で説明すると、
 宮代拓留っていうのは世界に害をもたらす不要な存在だったんだね(完)
 じゃないですか?
 まあ、そこまでまとめちゃうとゲームの意味がなくなるというのはわかるけどw
 俺にとってこのゲームはニュージェネレーションの狂気の再来の元凶である宮代拓留とその実行犯である尾上世莉架に感情移入させ、カオスチャイルド症候群を乗り越えさせることで、ニュージェネレーションの狂気の再来があったからこそ、という正当化を許すサイコパスなゲームだと思うけれどねw

 というか、だとしたら力士シールさんなりに、
 1 このゲームで感動した人はどこで感動したと思われるか。
 2 このゲームの製作者はどういう意図であのオチにしたのか。
 考えてみてくださいよ。

コメント返信にかこつけて、カオスチャイルドを久し振りに考…
コメント無題byカ土シール
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02月04日 10:00
IP:180.44.185.89
>まあ、黒尾上は拓留にとって要らない子だったんですよね(笑) あー、酷い主人公だなあ。
何言ってるんですか(笑)
そりゃいい子だと思ってた子が狂気のマッドシリアルキラーだったら要らないですよ。
一旦自分が洗脳してしまって、それで自分に洗脳を解く力があるのならそりゃ普通の子に戻しますよ。
そんな子が身近にいたら暗渠さんはそのままの彼女が要るんですか?そのほうが僕にはわからないですよ。そうでしょう?

乃々編の拓留の反応は本当に不自然だと思うんですよね。
無理に話伸ばそうとしておかしくなっちゃったというか。
だってトゥルールートでは拓留は「馬鹿だな。もっと早くに話してくれたら良かったのに」みたいな反応だったらしいことがサラッと書かれるだけですからね。全然態度違うやんけ!っていう…いやそっちの反応で良いんですけど(笑)

買ったのは随分前なんですが途中で放置してて、アニメが始まっちゃったからオチ見る前に急いでクリアしとこうと思って最近やっとクリアしたらなんかモヤモヤしてしまったっていうね…。
で、評判見たら皆良いって言う人多くて…シュタゲ越えた!って言ってる人もちらほらいたりして普通に驚いてるんですよね…。受け付けない人もいるだろうけど…という感想もまぁあるので、僕は受け付けられなかったんだな…うーん残念という感じでした。

→ 返信

 いやー、いい子だと思ってた子が狂気のマッドシリアルキラーだったら要らない、という君の回答はサイコパスとは別の意味で危ういわ(笑) ある意味、あのゲームの根幹を全否定しているように感じられる。
 カオスチャイルドって、良くも悪くも黒尾上の物語だからね? 結局、彼女が拓留の妄想を得て、現実にしたっていう事件が主題の物語な訳じゃないですか。
 んー。何かこう、歪められて殺人計画で動くまでに至る黒尾上の心を凄まじく軽いものとして踏み躙っている発言に思えるかな。
 まず、洗脳していたのを元に戻す、という表現を君は使っているけれど、それは間違いなんじゃないかと俺は思うかな。
 だって、黒尾上ってうっうー言ってる表の尾上よりも、悪い意味でちゃんと人間臭い奴だと思うからね。
 もちろん、前提としては拓留の計画を完遂しようっていう人形のような状態はあるよ。あるけれど、その上で拓留の家族やクラスメートを排除していったのはどうしようもなく彼女のエゴだよね。怜悧な冷たい欲望を感じるわけ。
 本当の宮代拓留に寄り添っているのは自分だけで、だから平穏に彼に纏わりつく余分は要らない、という風に。
 だから、事件の根幹を為す黒幕の心を、ただ単純に塗り替えるというのは、どうしようもなく軽い。何も考えてない行為のように俺には映るね。
 それはミステリにおいて犯人の自白が、犯行に至る動機の告白が、一種のカタルシスとして機能するようなものだよ。
 ミステリにおいては、探偵が表の主人公、犯人が裏の主人公みたいなもので、それが洗脳により決着しちゃったら興醒めだと思うんだよね。犯行方法も動機も心情も、全て自白剤を飲ませて吐かせたらそれはミステリじゃないでしょ。
 再洗脳による解決は、デウスエクスマキナというか、やはりご都合主義的な、努力と積み重ねを感じさせないものになってしまっていると思う。
 あと、個人的な意見だけれど、事件の黒幕って凄く重要な存在じゃないかな? 物凄い事件を起こした、そんな彼らの背景が重厚であればあるほど、俺たちはその敵に立ち向かう事に燃えられるのだと思う。
 だから、俺にとっては尾上がニュージェネレーションの狂気の再来を起こしたというのは重要で、物語の根幹に関わる要素だと思っている。
 君は尾上が拓留の無意識に悪い洗脳をされてしまって、だからそれを解けばいいと言っているようだけれど、しかし、黒尾上の計画に加担する数年は、どうしようもなく存在してしまっていて、俺はそんな黒尾上も尾上なのだと、拓留が二面性を持っていたように、尾上も二面性を持った上でこそ彼女なのだと信じる。
 だからこそ、洗脳を解いたという表現は使わない。
 拓留は限界状況において自分が洗脳してしまった女の子が、それから働いた狂気の献身を全否定し、自分の都合の良いように再度塗り潰したんだ。その意味で拓留は最低な野郎だとは思う。
 黒尾上がそのままでいいと言っている訳ではない。ここら辺は前の返信にも書いたと思うのでちゃんと読んでね。
 拓留は自分が生み出してしまった黒尾上と責任を持って向き合い対峙し乗り越える必要があったんだ。
 神の権限をもってして、黒尾上を断罪するように塗り潰すのではなくね。

 まあ、乃々編は簡単に解決しちゃうと尺が足らなくなるから、拓留の反発というドラマが必要だったのかな、とは思うよ。そういう意味ではカオスチャイルドはキャラクターがシナリオの進行に都合良く感情を捻じ曲げられている感が強いのかもね。

 俺も記事にも書いたけれど、ある程度展開のネタバレを踏んだ上でプレイして、やっぱり感想は好意的なものが多かったので、俺もプレイし終わった時に満足しているんだろうなー、と漠然と思っていたら実際は真逆の感想だったというね(笑)

コメント返信にかこつけて、カオスチャイルドを久し振りに考…
コメント少し勘違いbyカ土シール
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02月04日 11:52
IP:180.44.185.89
>拓留は色々な事件を乗り越えた結果、遂に謎の奇病、カオスチャイルド症候群を根治した。
みんなを治せるようにしたことに感動したのだろう?と言われていたのかと、こっちが勘違いしていました。
まぁどっちにしろそこで良かったねー!とは思いませんでしたね。
老化現象の話が出てきたと思ったらすぐに主人公はもう治ってるって流れでしたし…あっという間過ぎですからね。
感動したって人もみんなそこで感動してるのとは少し違う気がします。

 感動案件は拓留と尾上のすれ違いだろうね。
 やはり、俺はここで拓留はすべての元凶だし、尾上は実行犯だし、そんな彼らがこんないい感じのオチを迎えても別に感情移入できないよね、という感じだったんだと思う。
 途中からですますが崩れてごめんなさいね。ネット上の癖なので、コメント者さんの再返信があればそちらも崩して別に構いません。
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15. 確かに世莉架が無罪ってのはちょっと…という気がしますね
もともと世莉架がイマジナリーフレンド(結局は自身の内側にあるもの)だったという真実を知ったからこそ拓留が、全部自分のせいだと考えることは、まぁそこまで不自然には思えませんでした。
これが単に幼馴染が猟奇殺人犯とか、結婚して産んだ子供にネグレクトしちゃった結果、殺人犯になっちゃったとかそういうことでしたら話は違うんですが。
たしかに別人とも言えるしでも自分とも言えるということなんでしょうね。そこは個人的にはおかしくは思わなかったのですがそれ以外は概ね同じような意見です。

乃々編も驚きの展開で面白かったんですが心情的にはしっくり来ませんでしたね。
そもそも姿形こそ偽られていてもそこまで「騙されてた!許さん!!」って気になりますかね??っていう…まぁ最終的にはあの優しさは嘘じゃない!本当だったじゃないか!って気がついて丸く収まりますが。
トゥルーエンドの最後で、罪をかぶって刑務所行きな拓留はまぁかわいそうとは思いましたが、そこで世莉架がやってきてあのセリフの流れで…
ん?ここ感動の場面??ってのは感じましたね。ネットじゃトゥルーを評価する声が結構あるみたいなので 
>感動しましたか(笑)?
というのを見た時は
ですよね~~!!禿同!!という感じでした。
シュタゲとカオへはすごい面白く感じたのになぁ。
話自体はそれなりに面白く読んでいけたのに(わくわくさん口だけで全然ラスボス感無いな…とかはあったものの)最後の最後で全く感情移入できずに残念でした。
カ土シール 2017-01-31 11:08:02


→ 返信


 なにぶんゲームをプレイしたのがしばらく前なので、当時の心境やゲーム内容の詳細な記憶が朧げになってきている事を最初に告白しておきます。

 世莉架に対する拓留の行動で当時の俺は気になったのは、多分『全てを自分のせいだと思った』という事よりは、ジャーナリストとしての自分を貫かなかった事ですかね。

 記事内では探偵役が犯人を庇ったら興醒めだ、と書かれていると思いますけれど、主人公が周囲に迷惑を掛け、周囲を危険に晒しつつ、突き進んできた結果、最終的に得られた真実から逃げるのだとすれば、これほど意味のない物語もないだろう、とは思います。

 ジャーナリズムは踏み躙る物で、別に事件の詳細を世間に公表しろとは言いませんが、真実から逃げた時点で、拓留は物語の軸として存在した『主人公の意志』を裏切っている訳です。

 まー、あれですよ。勇者が魔王を討伐に出掛けて、魔王を倒さなかったら視聴者としてはアレな気分にはなるでしょ? 魔王が実は人類の身から出た錆だった、とかそういうドラマを用意しても構いませんが、やはり、最終的な決断というのは、主人公の一貫性が現れますよね。「いや、優柔不断なのが拓留だろ」と主人公に寄り添えたのなら、別にそれでもいい。しかし、俺にとっては拓留はまずその点で、嫌いな主人公でした。拓留に関しては嫌いなポイントが幾つかあって、その理由には大きく二つのポイント、『カタルシスの不足』と『主人公とヒロインの内面の積み重ねの致命的脆弱さ』があると思います。

 まあ段々と語っていきます。


 俺はヒロインとしては乃々が好きです。拓留のあの『裏切られた!』とばかりの反応は、僕もちょっと理解出来ませんでしたね。俺にとっての非共感型主人公。っていうか日本人ってビジュアルを重視し過ぎじゃね? 馬鹿なの?

 例え、外見が変わっても、心の在りようが変わっても、彼女が貫き続けた家族を大切にするという行動は変わらないでしょう。拓留は実験体である頃の彼女を目撃している事もあって、どっちかっていうと「姿を偽ってそこまで周囲に尽くすのは大変だったろうな……」というのが先に来るような気はします。いや、拓留は泉里の事を襲って来る超能力者として警戒していたという前提があったんでしたっけ? うろ覚えです。

 カオスチャイルドってキャラクターの感情表現がメッチャ下手糞なんですよね(笑)w まあ、シュタゲとカオヘとはライターが違うんでそこら辺が出たのもあるでしょう。カオスチャイルドのライター、アニメ畑の人で、確かノベルゲームの脚本はこれが初めてだった筈ですし。何か展開の引きは上手くても、最終的にあまり主人公・ヒロインに共感出来ないのが満足感の減少に一役買っていたのかも。

 拓留が可哀想だと思ったんですね(笑) そこが俺とは違う所です。いやあ、しっかり英雄的糊塗にやられている。

 多分、世莉架に関してはそこまであの感動の展開に値する人物なのかどうか、コメントされた方は疑問に思ったんでしょうね。


16. しかしよくよく考えてみると世莉架は実は悪くなかったんじゃないでしょうか?
何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、そもそも世莉架という存在が生まれたのは、まず拓留の頭の中です。
そこで拓留の妄想の友達として存在している世莉架は、その時点では普通の女の子だったろうということ。
トゥルールートのタイトルだったり殺人の記憶を夢としていたりするのも「世莉架の本質は殺人鬼ではない」ということだったり、「元来の性格に戻った」と言っているのだと思えます。
言うなれば実体化してから事件収束までの殺人鬼モードは、伊藤くんと似たような状態。
「誰か」に思考を歪められていた状態ではないかということです。
そしてその歪めた誰かは真実を知ってしまったからこそ(ほとんど事故みたいなものとは言え)全部自分が悪いと言ったのではないでしょうか。
また伊藤くんが送られたのは少年院ではなく医療少年院であって、「治療」を続けいずれ社会復帰できるだろうと語られています。彼の場合まだまだ脳のダメージが大きいので観察が必要ということでしょう。「悪いことしたから少年院行きになった」というのとは違います。
また拓留も死ぬまで拘置所から出られないであろうとも語られています(結人は頑張るつもりでしょうが…)事件の元凶ということで、物語的にも罰を受ける役割をちゃんと果たしていると思います。「主役の犯罪行為を英雄的に糊塗する物語」とは違うんじゃないですか。
いつまた世莉架が殺人鬼になるかわからないというのも、まぁ上記のこと考えるとならないでしょうし、伊藤くんと違って深刻なダメージもないようですから(あったら久野里さんが止めるでしょう)普通の生活をしても悪くないんじゃないかと思います。

…と、ここまで書いといて何ですが、
トゥルールートやり直してみてもやっぱり最後そこまで感動しなかったんですよね…
サイコパス世莉架が本質だと考えると暗渠さんの言っている事はそのとおりで、無罪なのはおかしいと思うんですけどね。

話はそれますが正しい正しくないは置いといて、世莉架が悪じゃなかった、という前提だとしたら暗渠さんは最後感動できますか?
カ土シール 2017-02-02 12:01:33


→ 返信


 前提条件として、世莉架について『どのような存在なのか』という事について、色々定義する事は可能でしょう。

 しかし、例えばニュージェネレーションの狂気の再来の被害者に自分の家族が選ばれたとして、そんな悠長な事を言っている余裕はあるのでしょうか。

 悪質で異常な殺人を、綿密な計画の元に、複数回行っているのだから、その犯罪性には疑いの余地がありません。勿論、現実の裁判においても情状酌量の余地を認められたり、精神鑑定を受けたりする事もあるでしょうが、彼女の罪は彼女がどんな存在であろうと、一切変わる事がありません。

 悪い悪くないという他者観測ではなく、ただの実質として、世莉架は悪なのです。狂気の大犯罪者ですからね。


 また、世莉架を悲劇のヒロインとして扱う事は勿論可能です。

 拓留の少年時代、イマジナリーフレンドとして存在した世莉架は、渋谷倒壊の折、拓留の悪意によって変質し、拓留の両親を殺害してしまう。

 以降、拓留の幼馴染として振る舞いつつも、拓留の英雄願望の為に事件を起こすという二重生活を送る事になる。一方的に汚い仕事を担わされる存在として改変され、個人病院のオッサンとも利用し合うような抜け出せない裏の関係を続ける事になる。

 それが心理的な負担であるが故に、拓留の真の欲望は英雄願望の達成だと固執し、平穏の側だけにいる拓留の個人病院の『家族』に嫉妬し、事件を利用し、己のエゴで拓留の周囲の平穏をズタズタにする……。

 まあ、一種の悲劇のヒロインとしての条件は満たしているでしょう。

 しかし、悲劇のヒロインであった彼女、暗く辛く重い彼女の気持ちに一切向き合う事なく、それを断罪するように彼女を明るいだけの物に更に『改変』するというのは、まるで創造主としての所業みたいです。人として人に向き合う姿勢としては到底言えず、会話が不十分である事が際立つせいで、『悲劇のヒロインから悲劇の記憶を消せばヒロインは救われた事になる』という一方的かつ傲慢な上から目線な行動を取った拓留は最低のクズだな、という感は拭えないと思います。

 まず、物語のコンセプトとして、カオスチャイルドみたいな分かりやすいラスボスがいない。個人病院のオッサンは返り咲きを狙っているだけなので小物っぽいし、和久井も華ルートではちゃんと脅威として君臨してくれますが、メインルートではあくまで傍観決めるサブ。

 だから、メインヒロイン=黒幕的な尾上がラストを飾る人物になる訳ですよね。

 尾上をもしラスボス、倒すべき敵として描くとしたら、拓留から生まれたとしても、拓留にとって非共感的なまでに膨れ上がった、どうしようもない化け物にまで物語の中で育てる必要があったでしょう。その場合、当然、ラストは尾上の死、『黒幕は死んだ』で決着です。

 尾上をもしヒロイン、救うべき悲劇の存在として描くとしたら、もっと尾上のどうしようもない苦しみ、自分はやりたくないのにやらされている、洗脳に抗えない、ずっと平穏にいるだけで許される主人公の周囲が許せないという感情を、もっと丁寧に描くべきだったでしょう。その場合、物語は拓留と『黒世莉架』の和解で終了するでしょう。創造主チートコードを使って、悪に塗りつぶした彼女を再び平穏に塗りつぶすという洗脳上等のただのウンコでしかない行動は取らせる必要ないと思います。

 尾上はどちらなのか。

 それが明瞭にならず、悲劇のヒロインとして扱うにも、彼女はどうにもその後の安らかな生活を約束される程の善良な少女とも思えないから感動出来ない。

 ラスボスとしては、結局カオスヘッドのコピーキャットに過ぎず、自身の抱える野望とか陰謀論とかがうっすいので、最終的に小粒だよね、ってカタルシスが弱い。

 ゲームをやり終わって俺が抱えていた感覚は、『で? ライターはどんな事をプレイヤーに感じてほしかったの?』『このゲーム、何を主題として伝えたかったの?』でした。

 いいとこどりして、ライトユーザーも取り込もうとした結果、カオスヘッドにはあったはずの軸がブレた。一つの物語としても芯が良く分からない事になった。それがカオスチャイルドというゲームじゃないかな、と。


 色々と書き綴ってしまいましたが、コメント内容について端的に返信


→ 尾上はどんな経緯があれ猟奇殺人の実行犯です。情状酌量の余地あれど死刑か無期懲役。

→ 拓留は尾上をそのような計画を行うように洗脳した全ての元凶です。警察に捕まるのは『当然』。普通の事。

→ いや、伊藤君の件については医療少年院だからいいとか言っているのなら流石にちょっとどうかと突っ込みたくなります。そもそも拓留が存在しなければ、伊藤君は殺人を犯す事自体がなかったんですけど(笑)?

→ 俺の書き方が悪かったのもあったのでしょうが、『英雄的糊塗』というのは主にメタ的な意味です。作品世界内で拓留がどう扱われたかではなく、それを見たプレイヤーが彼を英雄のように見てしまう錯覚を示しています。ちなみにコメント者さんも完全にやられちゃっています。ただの大量殺人事件の根本的な要因に過ぎない拓留と、その実行犯でしかない尾上が、いかにも『英雄的を達成した。拓留はその犠牲になった』みたいな書かれ方がしているのがあざとい、という意味です。読者が拓留が捕まったのが「いやああれだけの猟奇殺人事件の原因だよ? 普通普通。っていうか、そんな危ない人がこれまで野放しにされてたって怖すぎ(笑)」ってなるのではなく、「拓留は色々な事件を乗り越えた結果、遂に謎の奇病、カオスチャイルド症候群を根治した。拓留は尾上を救う為に、自ら警察に自主した……感動だ!」ってなっちゃうのってかなり精神がヤバいと思うんですけれど、ネット感想だと拓留に感動するサイコパスばっかだな、日本ヤバいなって印象です。サイコパスじゃないのはどうやら俺だけのようだ(ジョーク)。いや、普通に拓留がいなかったら猟奇殺人事件起こらなかったからね? カオスチャイルド症候群も既存描写と矛盾が見られたりして、プレイヤーにニュージェネレーションの狂気の再来の達成感を感じさせるのが目的だとしたら、相当あざといしヤバいからね? 頭が。


 まーね、物語っていうのは基本的に主人公勢に感情移入するもんです。

 RPGで主人公がブチブチ敵を大量殺戮していても、別に悪いとは思わないのが人間ですわ。

 一人殺せば殺人者かもしれないが、一万人殺せば英雄とか、そういう狂気の沙汰なウンコな言葉もあったりするし。

 ただ、物語の根幹である大事件の原因と主犯格が「うわー、こいつらメッチャ悪いな~、自業自得の終わりじゃん」と感じさせるのではなく、「二人は良く戦った! 英雄!」という心理状態に向かわせるゲームというのは流石にサイコパス過ぎねえかなあ、という印象です。悪人なら悪行を楽しませて欲しいし、正統派ならちゃんと平和を守って終わらせて欲しい。どっちつかずは一番良くない。

 っていうか、散々やって結局コピーキャットかよ、悪の大野望もねえのかよ、とうんざりします。

 作中の行動は完全に犯罪者のそれなんだから、ちゃんとプレイヤーにそう感じさせて欲しい。悪の魅力が伝わるくらいに、いい感じのヒールなら俺も見たい。

 英雄的糊塗っていうのは作中の拓留が罰を受けただのどーのの話ではなく、貴方も含めたプレイヤーが『拓留は英雄である』っていう製作者の意図に、まんまと乗っかって騙されているっていう点な訳です。

 以上。


→ あ、最後に。感動しませんし、カタルシスもないです。まず前提を呑めません。エゴで他人を殺戮する存在はどう転んでも悪で、やはり悲劇のヒロインとして消化するには主人公との対話と説得力のあるモノローグが足らな過ぎた。加えて言うなら、尾上は明るい尾上と、暗い尾上がいるんだ~、だから暗い尾上は明るい尾上でもう一回上書きすればいいよね~、みたいな展開は、一応覚悟と決意を持ってあれだけの事件をやり遂げた彼女を貶める気持ち悪いものだと思います。

 主人公の隣に幼馴染としてありたかった尾上も、主人公の目的の為に悪に身を投じた尾上も、両方持っているのが尾上じゃないんですか? ラストが作中でメインを張っていた存在の消去(あるいは上書き)っていうのも実は後味が悪くて、まあ、黒尾上は拓留にとって要らない子だったんですよね(笑) あー、酷い主人公だなあ。


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 ニューダンガンロンパV3、クリア後から数日経ち、同じくクリアした知人から感想を聞かせて貰い、改めて思ったのですが、やはり第六章後半の展開はよろしくなかっただろうな、と。
 あるいは、ゲーマーとして色々な破滅的な次回作を経験してきた人、メタ的なエンディングを味わってきた人にとって、ダンガンロンパはその中では良く出来ているゲームという見方も出来るのかもしれません。
 ただ、ダンガンロンパが『サイコポップ』という宣伝と共に登場したように、第一作目が持っていたある種の万人受けする面白さ、キャラクターへの好評、普段ゲームをしない人であっても、『普遍的な面白さ』を感じるような、そういう作品としてのポピュラーさは、残念ながらこの作品のラストには感じられませんでした。
 まず、六章の問題として、これまで積み重ねてきた五章分の伏線、世界観の真相を、全て『夢オチ』ばりに投げ捨てたのが良くなかった。これはダンガンロンパ1・2を踏襲しているとは言えません。あくまで、これまでの世界観をなかった事にしたのではなくて、これまでの描写を踏まえた上で、『しかし実は世界はこうなっていた!』『実は登場人物達の経歴はこうだった!』と叩き付けてくれました。これは、伏線を踏まえた『どんでん返し』であり、今作の乱丁のような、『六章で出て来た内容によって、これまでの内容をなかった事にする』という展開ではありません。
 あと、これまで愛着を持って共に歩んできたV3のキャラクターが、全て主催者による設定に過ぎなかった、という展開。これも今までのプレイ時間が一体何だったのか、と思わせてしまうでしょう。
 それに加え、ダンガンロンパ1・2・3における、希望ヶ峰学園編のキャラクター全てがフィクションに過ぎなかったという展開。これはダンガンロンパにおいて、大勢いたであろうキャラクターに愛着を持つ人の心を傷付けたはずです。わざわざこれまでのキャラクターの声と姿を並べる事で、それに拍車をかけていた。
 自分は、ダンガンロンパ3の希望編が、『めでたしめでたし』で締めたくなるくらいには穏当に終わってくれたので、ダンガンロンパの既存作をネタとして使われる事にそこまでの拒絶感はありませんでした。しかし、大勢のファンの事を考えるのならば、やはり製作者側の配慮は足らなかったと思わざるを得ません。
 また、製作者の怨念を感じました。スーパーダンガンロンパ2にあまり思い入れがないかのように受け取られても仕方ないようなツイッター発言を見ましたが、製作者は実はダンガンロンパを続けたくなかったのでしょうか? ダンガンロンパは1で完結するべき作品で、続けようという意志は製作者側にはなかった。しかし続けざるを得なかった。それは、ダンガンロンパが大好きで、残忍なデスゲーム、絶望が希望に勝つというシナリオが大好きで耽溺しているファンがいたからです、全てはプレイヤーのせいです、と、メタ的に見れば感じざるを得ないような展開を見せるのはどうなのでしょうか。そして、メタ的に読み進めてみれば、この作品のラスボスはプレイヤーという総体なのです。
 まず、ダンガンロンパの製作者は、コロシアイゲームというこの作品の在り方、希望が絶望にギリギリ勝つというカタルシスに、何らかの誇り、『これが面白いんだという確信』を持っていなかったのでしょうか? 何故、集大成としての作品で、プレイヤーに面白いと感じさせる根本の部分をへし折るのでしょうか? そして、ダンガンロンパ(というやりたくもない絶望のゲーム)が続いてしまうのは、わざわざ応援し、ダンガンロンパを好きになり、キャラにも愛着を持ってくれるファンのせいなのでしょうか? この責任転嫁は酷い。製作者としての姿勢を貫くのなら、モノクマにでも成り切って、『この世界に絶望が続くのは、ボクが絶望を振り撒きたくて仕方ないからだ』と言い切るべきではないでしょうか。とても格好悪いと思いました。逃げ腰です。
 そして、逃げ腰なのは、世界がどうなったのかという事を見せずに終えた事も含めてです。
 ダンガンロンパはある程度、ライト層までも取り込んで(『君の名を』を見れば分かるように、作品のヒットにはこれまでそういった媒体に触れた事のないような一般層の取り込みにもかかっています)膨らんできた人気作品でした。アニメ・ダンガンロンパ3の未来編は微妙な出来でしたが、合計アニメ4クール分もやれたのはそもそも人気作品の証でしょう。
 そういった人気作品、ポピュラーであるべき作品で、しかも結末部分で、明らかにネガティヴな感情を持たざるを得ない(あるいは一般的に持っても仕方ないと思わせるような)そんな要素を入れるべきではない。それは大衆に向けて作品を送り出すクリエイターの当然の判断ではないでしょうか。
 自分はこの作品にそういった大勢に向けた配慮を感じなかったです。
 絶対絶望少女2はクラウドファンディングでやるかも、といったインタビュー記事を見ましたが、その時にどれくらいのファンが残っていて、どれくらい熱心に援助してくれるのか、それが一種の試金石になるかもしれませんね。

 プロローグについて

 ダンガンロンパ企画&シナリオの小高和剛さんがツイッターでクリア後にプロローグをプレイする事について言及しています。実際にやってみると、人によってはある程度気持ちが落ち着くかもしれません(自分がそうでした)。
 嘘に塗れ、洗脳に溢れる本作ですからいくらでも反証は出来るでしょうが、取り合えずプロローグが(思い出しライトが使われていない)素のスタート状態と仮定すると、
・V3の登場人物達は、拉致監禁されている。この事から、オーディションを受けて自分からコロシアイに志願されたのではない。
・V3の登場人物達は、才能を強化されているものの、元の性格等にはそれほどの変化はない。
・モノクマに対するリアクションは、訝しみ、その中身は誰かを怪しむもので、大々的にコロシアイゲームが楽しまれている世間とは見合わない。過去に世界的に放映された希望ヶ峰学園における全世界配信を目撃し、更にモノクマの正体である江ノ島盾子が既に死んでいる事を知っているという反応であると考えられる。
・登場人物達の制服は全て異なり、ある程度多くの学校が運営されるくらいには平穏な日常が戻っているように受け取れる。

 以上の点から、六章の白銀つむぎの発言の内、
・ダンガンロンパ1・2・3(希望ヶ峰学園編)がフィクションであるという発言が嘘である(白銀つむぎは江ノ島盾子の模倣者という発言が真。それと、フィクション発言は、『複数の研究者により徹底的に調べられた』という希望ヶ峰学園公式資料集が存在している事実とも矛盾している)。
・ニューダンガンロンパV3のキャラクター達が自分から望んでオーディションを受け、コロシアイが大々的なエンターテイメントとして大衆に受け入れられているという発言は嘘である(少なくとも拉致監禁を伴う違法性の高いもので、モノクマも身近にある脅威というよりは過去の異物という反応。視聴者の声にはこんなに金を払ってやったのに、というセリフもあったので、デスゲームに良くある金持ちが残虐なコロシアイを運営するという展開なのでは)。

 総じると、ダンガンロンパ1・2・3を経た後、世界は復興し平和が戻り、日本にも日常的な登校風景が見られるようにすらなった。しかし、江ノ島盾子を含む超高校級の絶望への熱狂的シンパが53回に及ぶまでのデスゲームを秘密裏に開催し、一般人を拉致監禁した上で巻き込み、嗜好者に金を支払わせ運営していた。こんな所が真相に近いんじゃないかと考察しました。

 上記は自分の想像も交えていますが、大切なのはプロローグの描写をある程度信じてみると、第六章での『ダンガンロンパ1・2・3はフィクション』『ダンガンロンパV3のキャラクターは自分からデスゲームに志願した』という二大不快ポイントが、嘘だったのではないか、という考えに至る人もいました、という事です。ただ、どんな考察をするかも含めて、溜飲が下がるかは人によるかとは思います。クリア後、プロローグを見ていない人は見てみるといいかもしれません。

 加え、ラスボス疑惑のあった赤松楓の妹ですが、実は絶対絶望少女の主人公なんじゃないか、と閃きました。考えてみれば絶対絶望少女はダンガンロンパ主人公、苗木誠の妹の苗木こまるが主人公でしたし。そうなるとパートナーは、ジェノサイダー翔と同じく機敏な動きが期待出来そうな春川真姫でしょうか。
 ただ、今回で良い意味でも悪い意味でも全力でプレイヤーの予想を裏切るのが好きなんだなと思いましたので、どうなるのかは分かりませんが(笑) というか絶対絶望少女2は作られるんでしょうか。

 第六章ラストで怒りが込み上げ、ネットレビューを読みそれが炎上し、そして、プロローグを読んで少しばかり溜飲が下がりました。世界がどうなったのか、ちゃんと答え合わせする意味でも、自分は今でもダンガンロンパ、あるいは絶対絶望少女の新作を楽しみにしています。



ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期 - PS Vita
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 ネタバレだよ!!





 ニューダンガンロンパV3とは! ダンガンロンパファンのあなたもきっと「さよならダンガンロンパ」と呟きたくなるような!! 最後のダンガンロンパなんだ!!!
 


 すっかり中二状態のまんまで放置プレイを決め込んでいるこのブログ、振り返ってみると大体、大作映画や大作ゲームにグダグダと文句を垂れる時のみ更新をしているような具合だが、今回も残念ながら新作ゲームのグダグダを言う感じになってしまうのであった。

 ニューダンガンロンパV3。
 取りあえずクリアしたので、概略は省いて感じた事だけを書き殴ってみる。

 まー、既に色々言われまくっているようですが、ラストの展開について。
 まず、ダンガンロンパの展開としては、今回のゲームの舞台設定も世界観も、キャラクター設定も全てフィクション、っていう展開については良くも悪くもダンガンロンパらしいというか。
 アニメのダンガンロンパ3(未来編)が、何か希望の定義について語り合いながら異能バトルしてるみたいな、何これダンガンロンパじゃねえじゃん、っていうのよりはまあ、うん。流石本家本元というか。ダンガンロンパらしいひっくり返し方ではある。
 ただ、気になるとすれば二点。
 珍しくキャラにも愛着が湧いて、メインシナリオクリア後、キャラの好感度上げをしようとか思っていたんだけれど、その気持ちは六章の展開で消えたねw
 まあ、ぶっちゃけ思っちゃうもんな。このキャラクターも、黒幕が考えたキャラ設定に過ぎず、本当のコイツは自ら望んで殺し合いゲームを楽しむ為に来たクソ野郎なんだ、的な事が、どうしても頭に上ってしまう。
 つまり、シナリオで積み上げてきた、キャラへの好感度とか、感情移入が、全部パーになってしまった、というのは感じた。
 ダンガンロンパ1~3、いわゆる希望ヶ峰学園編については、あの作品はアニメの未来編最終話で『めでたしめでたし』っていうレベルでエンドマークがついているので、新機軸の今作においてはネタ的な利用はまあアリじゃねえかな、とは思った。ただ、今作、今ここまでやってきた、プレイしてきたキャラクター達への高まった感情が弱まるっていうのは、一つのパッケージとして致命的かと。
 あと、今作のラスボスってある意味、『プレイヤー』なんだよね。ダンガンロンパV3を買って、今プレイしているお客さんが(つまり俺も含むそれが)標的にされていて。
 で、そのプレイヤーは悪趣味で、キャラクターが死ぬのを楽しんでいて、絶望と希望が競り合って最後に希望が勝つのを見るのが大好きなんだ、と。だから、この悪趣味なゲームが延々とシリーズタイトルを重ねてしまうんだ、と。
 プレイヤーが悪い、みたいな言い方をされる。
 いや、今の御時世さ、色々な娯楽媒体がある中で、確かにダンガンロンパは人気のシリーズになったけれども。わざわざソフト代金まで払ってさ、もちろんプレイ時間も捻出してさ、そして最後まで辿り着いたプレイヤーに冷水をぶっかける事はないだろ、と。
 あと、サイコポップっていうか、キャラクターが理不尽に死んでいきながらも、どうにか希望を見つけていくっていうシナリオの面白さを、作者は自信を持って打ち出していって、その結果シリーズのヒットがあったとすれば、今作でやった事って、そういう『面白さ』を『悪趣味だ』って全否定した、っていうか。つまり自分の作家性のエンターテイメントな部分をわざわざ否定している。作家性的に言えば自殺っつーのかな。
 しかも、このプレイヤー批判的なのが、どうもエヴァ旧劇だとかフェイトホロウアタラクシアとかを思い出させる。ある娯楽に耽溺している客に、クリエイター自ら冷水をぶっかけて、さあ、現実にお帰りって言うみたいな。
 いや、今作の場合は、わざわざプレイヤーの醜い部分を強調して、『ほら、お前はこんなに悪趣味なんだよ』って突きつけるっていうか。これって、明らかに対価を支払っている人にとっては一般的な意味での娯楽足り得ないよね。例えばさ、二時間の映画のラスト十分に監督がいきなり出演して、こんな映画はクソだ、こんな映画を見ているお前は愚かだ、とか言っているような感じ。自己否定でもあるし、お客さんの否定でもある。
 もう一つ言うなら、今作はシナリオの積み上げ、伏線を最後で全てひっくり返す、無意味に帰すという意味では、『夢オチ』に非常に近い。限りなくダメな夢オチ。例えば作中の夢で、作中の現実が比喩されるような、そういう上手い使い方とかじゃなくて、唐突に『今までのは全部嘘でした』『ただのでっちあげでした』『夢でした』とやる。あまりによろしくない。
 この作品で面白かった、いや、ホント非常に熱中してプレイしたんですがね、それは五章まで。
 もっと言えば、四章~五章の間くらいが一番面白くって、今作で一番『敵』として上手い具合にキャラ立ちしてるな~って感じた王馬小吉が、正に事件の首謀者としての存在感を増していくところ。
 コロシアイが終わる度に増えていく文字列が正に『せかいはおうまこきちのもの』というメッセージを表し、ゴン太を実行犯に仕立て上げる事で、自らは手を汚す事なく(クロとして指定される事なく)、学級裁判で殺人を犯した。そして、外の世界が滅亡しているという真実を明かし、そして、その世界最後の生き残りに絶望的なコロシアイゲームを仕掛けたのが正に自分だと暴露した、そこ辺り。
 王馬小吉は自らも積極的に前に出てきて、しかも嘘ばっかりで本当の事を掴ませないというとてもトリッキーなキャラで、彼なら次なる黒幕として十分成立すると思わせてくれた。
 また、地球最後の生き残りっていう事で、首謀者を指定したとしても、コロシアイですり減ったその人数でどうやって人類を継続させていくか、という事も気になった。
 学級裁判は最終的に二人になるまで行われる、っていうルールも『アダムとイヴ』の逸話を隠喩しているのかと思われた。
 例えば、王馬小吉が本当に首謀者で、でも今回のゲームでは彼は殺せず、彼は逃げ延びる。今回のコロシアイの生き残りと、地球のどこかで生存していた人類が合流し、再び超高校級の総統である所の彼との戦いが始まる、っていう次回作があっても良かったかもしれない。
 結果的に五章で王馬小吉は死んでしまうんだけれど、六章については例えば、赤松楓の妹が首謀者として実在していて、影でこのコロシアイを操っていた、とかにすれば初代ダンガンロンパのリフレインを感じて、ベタだけど面白い展開になっていたと思う。あるいは、白金つむぎが犯人だという路線を貫くとしても、メタは必要最低限にして、彼女は江ノ島盾子の病的な模倣者であり、人類が絶滅の危機に瀕してもなお、初代ダンガンロンパの展開の模倣を続けていた、とかにしたら良かったと思う。素人考えでもそのくらいポンポン代替案が浮かぶ。ベタで良かったんじゃないだろうか? 誰も喜ばないエンドに何の意味があるんだろうか?
 メタ要素、人類滅亡という状況がフィクションだった、という時点で、緊迫感が消失してしまった。状況への感情移入が消失した。
 また、キャラクターは全て、コロシアイゲームに志願した一般人シロウトに過ぎなかった、その一般人に首謀者がキャラ付けという記憶操作を行っただけ、経歴も記憶も過去も家族も全てが嘘、という事で、キャラクターへの感情移入が死んでしまった。
 この二大マイナス要素はなければない方が当然良かった。
 Amazonレビューでも見たが、この作品は四章・五章辺りが物凄く面白く、そこら辺では『これまでのダンガンロンパで一番面白いのでは?』という評価だった。
 それだけに六章の学級裁判から、感情が死んでいく感じがかなり勿体ない。
 というか、これは絶望ではなく、シラけただけだ。
 シラケまくったのだ。
 舞台も嘘、キャラクターも嘘、感情移入しまくってきたキャラクター達が、ほとんど夢オチ式に霞のような存在へとボヤケてしまい、結局、自分は一体何をやっていたんだ、という気分になる。
 絶望なんてしていない。
 虚しくなっただけだ。

 追記

 結局の所、うやむやになる世界の真相は何だったのか、というのを『プロローグ』を見て考察する。

 1 主人公達はオーディションに合格し、参加したのではなくて、いきなり拉致されてきた。
 2 主人公達に特別な超高校級の才能はない(赤松楓で言えば、ピアノに打ち込んでいた、という背景はある)。
 3 世界はある程度平和な状態である(普通に学校に通学できているから)。アニメダンガンロンパ3希望編以降の時系列と考えられる。
 4 六章で気になっていた『外の世界の声』に「俺らがどれだけ金を払ってきたと思ってる」みたいな声がある。これはただ単純にゲームソフトを購入したレベルのプレイヤーには見合わない『大量の出資』を予感させる。その為、ダンガンロンパV3におけるコロシアイというのは、希望ヶ峰学園編が終了し平和になった世界の中で、一部の『デスゲームが見たい』という願望を抑えきれなかった出資者(金持ち)が、全世界的に放映された江ノ島盾子のコロシアイを様式美として、ダンガンロンパチームに53回も続けさせているというのが真相である気がする。あるいは希望ヶ峰学園編後の世界では、このダンガンロンパというゲーム自体が大々的な娯楽になっている可能性もある。
 5 希望ヶ峰学園編がフィクションであるというのはフェイク。実際に人類史上最大の絶望的事件等の歴史は、踏まえた上でダンガンロンパV3の世界観はあると思われる(プロローグの反応から)。
 6 超高校級のコスプレイヤーという才能すらも思い出しライトで用意されたものだとすると、白銀つむぎは黒幕役をやらされた一般人である。
 
 六章の目的は、世界に実際に起こった大事件である人類史上最大の絶望的事件、あるいは主人公達の素性(ダンガンロンパに自ら志願したのではなくて拉致された)を虚飾で塗り固め、絶望に陥らせる事だった。
 希望ヶ峰学園編がフェイクだったとすれば、作中に登場する有識者が編纂した『歴史資料』は一体何だったのか、という矛盾が出て来る。
 53回続いたというデスゲームが、金持ちの道楽なのか、一般の趣味なのかは分からないが、ただ、それは『希望ヶ峰学園編』という現実ありきの作品群である事は間違いないように思える。
 また、プロローグを見るに、主人公達のキャラクターは才能以外は特に思い出しライト以前以後で変わらず、『インタビュー画像』の方が思い出しライトを悪用した上で撮られた映像だったのだと考えられる。
 


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 最近放置プレイ過ぎて、読者どころか投稿者である俺にすら忘れかけられているこのブログですが、話題のペルソナ5をクリアしたので感想を書きたいと思います。

※ペルソナ4及びペルソナ5のネタバレを含みますのでご注意下さい。

 あと、そこそこ毒を吐きますので、ペルソナ5楽しかった~っつー人は読まない方がいいかもです。





 まず、ペルソナ5クリアしたんですが、一番に来るのは、長い、って事。
 まあ、ノーマルの難易度でぼちぼちコンティニューしつつ、寝落ちしたりもしたけれど、クリアまで110時間弱くらい掛かりましたw
 感想を見ると、80、90時間掛かるのはザラで、長い人はやはり寝落ちとか込みで120時間。短い人はイージーサクサクで65時間くらいみたいです。
 体感では一作40時間くらいのRPGが一般的だとして、その2倍、3倍くらいのボリュームはあるかと思われ、それが普段ゲームをしない・ゲーマーではない俺にはちょっと長過ぎるかな、という感じでした。
 そこが一番重くのしかかってきたのは終盤で、『いや~、そろそろ終盤戦だな。どんな風に物語を畳むのかな』と思い始めたストーリーボスっぽいヤツのステージに入ってから余裕で30時間くらい掛かるというw ストーリーボス→ラスボスの2ステージで30時間ですねw やっぱりラスト近くになって、主人公もイマイチ逆境から抜け出しきれず止め時も見つからないみたいな感じなのに、ダンジョンもかなり重くて、他の事が手に付かないみたいなのは、やっぱりRPG以外にも休みにやんなきゃな事がある、っていう自分みたいなヤツにはちょっとキツかったです。
 やはり、この感想でも名作だったペルソナ4との比較が入ってしまうのですが、ペルソナ4はもうちょっと短く、スッキリまとまってた上に面白かったよな、みたいな所はどうしてもあります。

 次にストーリー全体の構成について。
 全体として見ると、権力を傘に来て、私利私欲を満たす悪党がいて、それを怪盗団が成敗して心を盗んで強制的に改心させる、という。そのストーリーラインで、どんどんスケールをインフレさせていっただけ、というか。かなりシンプルな感じはあります。
 ここでもやはりマヨナカテレビ、という異世界の中心にあるガジェットの意味合いや使われ方が、進めて行くにつれ徐々に明らかになったり、犯人役を追いながら、小さなクリアを積み重ねながら仲間を増やし、真犯人と真相に迫っていったペルソナ4の巧みさと比べるとやや一本調子かな、と。
 ペルソナ5では終盤、実は本当の悪の根源にいるのは、悪党という個人ではなくて、有名人のスキャンダルにすぐ食らいつく、しかし自分では何もしない停滞を好む大衆そのものだ、という展開があり、興味深く思いました。現実でもまるで有名人のスキャンダルを数の暴力によって裁く事にしか興味がないような、一種の暴力装置になってしまっている無名の大衆というのは、もはや悪の象徴と言って過言ではないと思います。いや、別に俺もスキャンダルを眺めるのは好きなんですけれど、自分もそこに含まれてしまうかもしれないという、危うい意味での悪だと思う。
 なのですが、結局このペルソナ5というゲームにおいては、話はその大衆を操作する神を成敗する、というこれまでと同じパターンを踏襲してしまう。
 ペルソナ4ではラスボスの伊邪那美大神にフィニッシュブロウを放つシーンがかなり印象的でした。ペルソナ4のラストステージは、自分はそんなにレベル上げとかをしない方だし、RPGもあまりやる方ではないので、トライアンドエラーを繰り返しながらラスボスまで辿り着き、ようやく倒す所まで漕ぎ着けたのでかなり感情移入度も強かったんだとは思います。そこから幾万の呪言を喰らって、仲間が倒れていき、とうとう主人公まで倒れてしまう。おいおいどうすんだと思った所で、闇の中にこれまで関係を深めてきたコミュメンバー達が現れ、主人公を励ましてくれる。そして、主人公のペルソナが覚醒し、伊邪那岐大神として覚醒し、幾万の真言を放ち、伊邪那美大神を打ち倒す。ベタと言えばベタなのかもしれませんが、感情移入も相まって感動で俺はボロ泣きしてしまいましたw
 やはり、それと比較してしまうのですが、ペルソナ5ではフィニッシュブロウがこう……いやあ、これまで散々怪盗団の評価を忙しく上げたり下げたりして、いやあ大衆って信用出来ねえなあ、っていうか本当の敵は大衆だったかもしれないわ、って一度はなった相手なのに、最終的には神に、超一時的な大衆の熱狂を利用して、元気玉展開で倒すというw いや~~~、アレはちょっと酷かった(笑) SAOとかでも元気玉って言われる展開があるけれど、やっぱりその元気玉のエネルギー元とはある程度関係を築いていないとリアリティが感じられない。そもそも元のドラゴンボールでは悟空ではエネルギーが集められず、ミスターサタンの一声で皆が力を貸してくれるっていうある意味皮肉な展開ではあるのだけれど、それにしたって、チームの応援をずっとしてきた三島の鶴の一声で大衆皆も声援を送り、一気に怪盗団の認知が100%を超えてそれでラスボスも倒せるとかそれはない。大衆から見放され、どんな評価を受けようとも自分の意志を貫こう、正義を示そうって展開に入っていたのと、安易な元気玉展開は反する。
 それだったら、多数の民衆を操作し悪を体現する神に、少数でありながら正義を貫いた怪盗団の力が勝った、という展開の方が良かったのではないか。そこはゲームなのだから、力が弱くても正しい方が、力が強くて悪い方に勝つ、というご都合主義が働いても良かったと思う。
 あるいは、民衆が力を貸してくれるにしても、怪盗団が大衆を改心させて(強制的にポジティヴにさせて)、怪盗団への支持率を上げるとかそこまで踏み込んだ行為に及んでくれるなら良かったかな、と思う。そもそも、これまでの悪党は強制的に良いヤツに心変わりさせちゃってよくって、大衆を皆良いヤツに心変わりさせるのはどうしていけないのか?
 ラスボスの神を倒しても、大衆は変わってないので、あまりカタルシスも爽快感もない。怪盗団も主人公もかなり報われない感じが強い。
 あるいはベタだけれど、怪盗が神と戦う様が大衆に広く中継されていて、それを見た大衆が勇気を取り戻し、次第に支持率が上がるとかでも良かったかもしれない。
 とにかくフィニッシュブロウ、及びラスボスとの決着の仕方が、雑(笑)

 あと、悪役及び大衆が、あまりにもテンプレート的な描かれ方をしてしまっているというか。
 今回は完全に勧善懲悪の感じが強く、とにかく怪盗団は正義で、ステージボスは悪、という固定化があった。しかし、俺はピカレスクを書くなら、『悪には悪の理由がある』というのを書いて欲しかった。悪党の権力に良いように貪られる被害者……そこから立ち向かう、やり返す、というのがワンパターン化していて、じゃあ、悪党はどうして悪党になってしまったのか? という掘り下げが足りない。悪党も元被害者だったかもしれないのに、現状、とにかく悪どい事をやっていれば怪盗のターゲットとして選ばれ、強制的に心変わりさせられてしまう。それは果たして正しいのかどうか? という疑念が、怪盗団のメンバーからはほぼ聞こえてこない。序盤から中盤までは人気取り、知名度アップの為に『とにかくやったれ』みたいな勢いでやっちゃってる感は正直あまり好きではない。まあ、そこから自業自得というか、ハメられて落とされる展開が待っていたりして、ドンドン敵の地位が上がっていくというのは『果たしてどう切り抜けるのか』という意味では面白いのだが、逆に言うと「えー、どうすんのコレ……」みたいな胃の重い展開が、終盤ずっと続くという事でもある。更にストーリーをクリアしても、主人公はほぼ報われたとは言えず、得られたのはただ仲間だけである。そういう意味でスッキリした、大団円だった、ハッピーエンドだった、と手放しで言えない感がある。
 大衆については、やっぱりかなり都合の良い存在として描かれているというか。何か、こう一人一人が考えている個人の集合なのに、怪盗団や神に振り回され、とにかく支持率を乱高下させるだけで、考える頭を持ってないまるでシャドウのような主体のない存在として描かれているのはちょっと悪意があるかな、と思う。
 悪党については、例えば全ての事件を繋げるというか、人は正義にも悪にも転び得る存在なのだが、各ステージボスが逆境の状況にあった時に、悪の道に引きずり込むような悪のカリスマの存在があったりしたらストーリー的にもまとまりが出来て面白かったかもしれない。

 俺はあまりゲームをやる方ではなくて、アマゾンでいい評価を受けている作品をぼちぼちやるくらいなのだが、例えばペルソナ4、デジタルモンスターサイバースルゥース、ネットハイといったゲームにはやり終えた後に、名作の余韻というか、良いゲームだったなあ、これなら人気も納得だわ、という達成感があった。しかし、ペルソナ5はやはりテーマが重いだけに「良かった良かった……」と手放しで言い切れない感はある。
 ペルソナ4の方が万人受けする作風ではあるとは思った。ただ、今作も仲間との掛け合いは良くて、ペルソナ5とはまた違う、ちょっとラフな掛け合い、逆境の中で戦うキャラクター達に愛着が湧いてきたのも事実だ。あと、やたらヒロインっぽい好待遇を受けている、新島真は可愛いと思う(笑)
 ペルソナ5はペルソナ4とは全く別系統のシナリオに挑んだ。ミステリのような先の見えなさ、興味深さについてはペルソナ4の方が上だが、しかし、ペルソナ5の、パレス、メメントス、ベルベットルーム、モルガナの正体、イゴール、カロリーヌ&ジュスティーヌ、それら異世界に関わる全ての要素が一つのストーリーに集約されていく様は、大きなカタルシスを覚える人がいても不思議ではない。実際、前作とは違う新しい事をやっている、ピカレスクという難しいテーマを扱っている割には、多くの人の好評価を得ているというのは素晴らしい事だと思った。
 やはり、俺はピカレスクというか、主人公が悪に踏み込む題材というのにはかなり厳しい反応を示してしまうらしい。俺自身がそういう展開が好みだからこそ、色々と言いたい事が増えてしまう。そもそも俺は主人公が悪のサイドなら欲望のままに好き勝手にしてもらって、グチャグチャになった妄想塗れの世界を見てみたいと思うような歪んだ男なのだ。カオスチャイルドはほぼ拒絶反応を示してしまったが、ペルソナ5は色々と言いたくなったとはいえ、そこそこ熱中して長い時間をプレイ出来たと思っている。

 ありがとうございました。



ペルソナ5 - PS4

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