暗愚の沼

悪の住処

人間にとって、死だけが平等である

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コメント返信にかこつけて、カオスチャイルドを久し振りに考…
コメントちょっと勘違いされているんですよね…byカ土シール
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02月04日 09:56
IP:180.44.185.89
僕は拓留に関して可哀想とは書きましたが、
>拓留は色々な事件を乗り越えた結果、遂に謎の奇病、カオスチャイルド症候群を根治した。拓留は尾上を救う為に、自ら警察に自首した……感動だ!
>二人は良く戦った! 英雄!
とは思いませんでした。
確かに症候群を治す画像の話も最後にありましたが、、、なんとなくですが、感動できたという人たちもそこで感動してるんじゃあ無いんじゃないですかね。
まぁそりゃ置いといて、拓留がかわいそうと思ったのはそういうことじゃないんです。
要約するとこの話って、頭のなかで人殺したいなって一瞬思ったら大変なことになっちゃったって話じゃないですか。
殺人鬼でもなければ普通は、「こいつ本当にムカつく!殺してやりたいくらいに!!」って思っても実際殺さないしそれ自体は悪くないじゃないですか。
創作の話だからそんなことはありえないんですけど、自分以外の誰かが、例えば知人が、妄想してたら殺人鬼をリアルブートしてしまった→その知人は終身刑になってしまった。
っていうのを目の当たりにしたらそりゃ可哀想って思うのが大半なんじゃないですかね。妄想したら(自分ではどうすることも出来ない不思議な事が起きて)終身刑ですからね…。
だから僕はこの話のオチに感動こそできなかったけれど拓留はかわいそうだな。と思ったわけです。

そもそもこの話は、ライターさんの思惑的には、「「二人は良く戦った! 英雄!」という心理状態に向かわせるゲーム」だったんですかね?
まぁ僕もこの話をどう納得して終わってほしかったのか完全にわかってないわけなんですが(だってけっきょく最後ポカーンとしちゃったしね)なんかそんな感じでもないような気がするんですよね。

→ 返信

 え? そこで感動したんじゃなかったらどこで感動するんでしょうか?
 世間一般の感想としては、実際の事件の実行犯である尾上を庇い(その記憶を消し)、拓留が身代わりで捕まったその自己犠牲精神に感動を覚えているんじゃないんですか? 尾上もどっかで拓留が自分を助けてくれたってことがわかっているから、彼のことを「知らない」って言ったんですよね。お互いの意志を慮った結果、二人の行き先は日常と牢獄に別れる――そのすれ違いが切ないってことなのでは?
 いや、それ以外に感動ポイントある?
 ……あ、別に俺が感動したって話はしてませんが(笑)
 拓留が可哀想な理由については何かちょっとズレてるかなあ、と。
 力士シールさんが言っている例で、作中に見合っているのは渋谷倒壊時の拓留の悪意を受け、尾上が拓留両親を殺してしまうシーンだよね。俺もそのレベルならまあ、『コントロール不能の凶器』的な意味で、拓留に情状酌量の余地があるのはわかる。
 だけど、違うでしょ?
 ニュージェネレーションの狂気の再来ですよ? 六人もの猟奇殺人事件の被害者が出ている事件な訳。
 そういった事件を内包した願望を抱き、気付かなかったとはいえそれを尾上に実行させてしまった。その上で責任は免れないでしょ。
 拓留が可哀想? じゃあ、拓留が世界に実在しなかったら普通に殺されなかった六人の被害者は可哀想じゃないの? っつー話ですよ(笑)
 というか、今回の事件を一行で説明すると、
 宮代拓留っていうのは世界に害をもたらす不要な存在だったんだね(完)
 じゃないですか?
 まあ、そこまでまとめちゃうとゲームの意味がなくなるというのはわかるけどw
 俺にとってこのゲームはニュージェネレーションの狂気の再来の元凶である宮代拓留とその実行犯である尾上世莉架に感情移入させ、カオスチャイルド症候群を乗り越えさせることで、ニュージェネレーションの狂気の再来があったからこそ、という正当化を許すサイコパスなゲームだと思うけれどねw

 というか、だとしたら力士シールさんなりに、
 1 このゲームで感動した人はどこで感動したと思われるか。
 2 このゲームの製作者はどういう意図であのオチにしたのか。
 考えてみてくださいよ。

コメント返信にかこつけて、カオスチャイルドを久し振りに考…
コメント無題byカ土シール
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02月04日 10:00
IP:180.44.185.89
>まあ、黒尾上は拓留にとって要らない子だったんですよね(笑) あー、酷い主人公だなあ。
何言ってるんですか(笑)
そりゃいい子だと思ってた子が狂気のマッドシリアルキラーだったら要らないですよ。
一旦自分が洗脳してしまって、それで自分に洗脳を解く力があるのならそりゃ普通の子に戻しますよ。
そんな子が身近にいたら暗渠さんはそのままの彼女が要るんですか?そのほうが僕にはわからないですよ。そうでしょう?

乃々編の拓留の反応は本当に不自然だと思うんですよね。
無理に話伸ばそうとしておかしくなっちゃったというか。
だってトゥルールートでは拓留は「馬鹿だな。もっと早くに話してくれたら良かったのに」みたいな反応だったらしいことがサラッと書かれるだけですからね。全然態度違うやんけ!っていう…いやそっちの反応で良いんですけど(笑)

買ったのは随分前なんですが途中で放置してて、アニメが始まっちゃったからオチ見る前に急いでクリアしとこうと思って最近やっとクリアしたらなんかモヤモヤしてしまったっていうね…。
で、評判見たら皆良いって言う人多くて…シュタゲ越えた!って言ってる人もちらほらいたりして普通に驚いてるんですよね…。受け付けない人もいるだろうけど…という感想もまぁあるので、僕は受け付けられなかったんだな…うーん残念という感じでした。

→ 返信

 いやー、いい子だと思ってた子が狂気のマッドシリアルキラーだったら要らない、という君の回答はサイコパスとは別の意味で危ういわ(笑) ある意味、あのゲームの根幹を全否定しているように感じられる。
 カオスチャイルドって、良くも悪くも黒尾上の物語だからね? 結局、彼女が拓留の妄想を得て、現実にしたっていう事件が主題の物語な訳じゃないですか。
 んー。何かこう、歪められて殺人計画で動くまでに至る黒尾上の心を凄まじく軽いものとして踏み躙っている発言に思えるかな。
 まず、洗脳していたのを元に戻す、という表現を君は使っているけれど、それは間違いなんじゃないかと俺は思うかな。
 だって、黒尾上ってうっうー言ってる表の尾上よりも、悪い意味でちゃんと人間臭い奴だと思うからね。
 もちろん、前提としては拓留の計画を完遂しようっていう人形のような状態はあるよ。あるけれど、その上で拓留の家族やクラスメートを排除していったのはどうしようもなく彼女のエゴだよね。怜悧な冷たい欲望を感じるわけ。
 本当の宮代拓留に寄り添っているのは自分だけで、だから平穏に彼に纏わりつく余分は要らない、という風に。
 だから、事件の根幹を為す黒幕の心を、ただ単純に塗り替えるというのは、どうしようもなく軽い。何も考えてない行為のように俺には映るね。
 それはミステリにおいて犯人の自白が、犯行に至る動機の告白が、一種のカタルシスとして機能するようなものだよ。
 ミステリにおいては、探偵が表の主人公、犯人が裏の主人公みたいなもので、それが洗脳により決着しちゃったら興醒めだと思うんだよね。犯行方法も動機も心情も、全て自白剤を飲ませて吐かせたらそれはミステリじゃないでしょ。
 再洗脳による解決は、デウスエクスマキナというか、やはりご都合主義的な、努力と積み重ねを感じさせないものになってしまっていると思う。
 あと、個人的な意見だけれど、事件の黒幕って凄く重要な存在じゃないかな? 物凄い事件を起こした、そんな彼らの背景が重厚であればあるほど、俺たちはその敵に立ち向かう事に燃えられるのだと思う。
 だから、俺にとっては尾上がニュージェネレーションの狂気の再来を起こしたというのは重要で、物語の根幹に関わる要素だと思っている。
 君は尾上が拓留の無意識に悪い洗脳をされてしまって、だからそれを解けばいいと言っているようだけれど、しかし、黒尾上の計画に加担する数年は、どうしようもなく存在してしまっていて、俺はそんな黒尾上も尾上なのだと、拓留が二面性を持っていたように、尾上も二面性を持った上でこそ彼女なのだと信じる。
 だからこそ、洗脳を解いたという表現は使わない。
 拓留は限界状況において自分が洗脳してしまった女の子が、それから働いた狂気の献身を全否定し、自分の都合の良いように再度塗り潰したんだ。その意味で拓留は最低な野郎だとは思う。
 黒尾上がそのままでいいと言っている訳ではない。ここら辺は前の返信にも書いたと思うのでちゃんと読んでね。
 拓留は自分が生み出してしまった黒尾上と責任を持って向き合い対峙し乗り越える必要があったんだ。
 神の権限をもってして、黒尾上を断罪するように塗り潰すのではなくね。

 まあ、乃々編は簡単に解決しちゃうと尺が足らなくなるから、拓留の反発というドラマが必要だったのかな、とは思うよ。そういう意味ではカオスチャイルドはキャラクターがシナリオの進行に都合良く感情を捻じ曲げられている感が強いのかもね。

 俺も記事にも書いたけれど、ある程度展開のネタバレを踏んだ上でプレイして、やっぱり感想は好意的なものが多かったので、俺もプレイし終わった時に満足しているんだろうなー、と漠然と思っていたら実際は真逆の感想だったというね(笑)

コメント返信にかこつけて、カオスチャイルドを久し振りに考…
コメント少し勘違いbyカ土シール
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02月04日 11:52
IP:180.44.185.89
>拓留は色々な事件を乗り越えた結果、遂に謎の奇病、カオスチャイルド症候群を根治した。
みんなを治せるようにしたことに感動したのだろう?と言われていたのかと、こっちが勘違いしていました。
まぁどっちにしろそこで良かったねー!とは思いませんでしたね。
老化現象の話が出てきたと思ったらすぐに主人公はもう治ってるって流れでしたし…あっという間過ぎですからね。
感動したって人もみんなそこで感動してるのとは少し違う気がします。

 感動案件は拓留と尾上のすれ違いだろうね。
 やはり、俺はここで拓留はすべての元凶だし、尾上は実行犯だし、そんな彼らがこんないい感じのオチを迎えても別に感情移入できないよね、という感じだったんだと思う。
 途中からですますが崩れてごめんなさいね。ネット上の癖なので、コメント者さんの再返信があればそちらも崩して別に構いません。
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15. 確かに世莉架が無罪ってのはちょっと…という気がしますね
もともと世莉架がイマジナリーフレンド(結局は自身の内側にあるもの)だったという真実を知ったからこそ拓留が、全部自分のせいだと考えることは、まぁそこまで不自然には思えませんでした。
これが単に幼馴染が猟奇殺人犯とか、結婚して産んだ子供にネグレクトしちゃった結果、殺人犯になっちゃったとかそういうことでしたら話は違うんですが。
たしかに別人とも言えるしでも自分とも言えるということなんでしょうね。そこは個人的にはおかしくは思わなかったのですがそれ以外は概ね同じような意見です。

乃々編も驚きの展開で面白かったんですが心情的にはしっくり来ませんでしたね。
そもそも姿形こそ偽られていてもそこまで「騙されてた!許さん!!」って気になりますかね??っていう…まぁ最終的にはあの優しさは嘘じゃない!本当だったじゃないか!って気がついて丸く収まりますが。
トゥルーエンドの最後で、罪をかぶって刑務所行きな拓留はまぁかわいそうとは思いましたが、そこで世莉架がやってきてあのセリフの流れで…
ん?ここ感動の場面??ってのは感じましたね。ネットじゃトゥルーを評価する声が結構あるみたいなので 
>感動しましたか(笑)?
というのを見た時は
ですよね~~!!禿同!!という感じでした。
シュタゲとカオへはすごい面白く感じたのになぁ。
話自体はそれなりに面白く読んでいけたのに(わくわくさん口だけで全然ラスボス感無いな…とかはあったものの)最後の最後で全く感情移入できずに残念でした。
カ土シール 2017-01-31 11:08:02


→ 返信


 なにぶんゲームをプレイしたのがしばらく前なので、当時の心境やゲーム内容の詳細な記憶が朧げになってきている事を最初に告白しておきます。

 世莉架に対する拓留の行動で当時の俺は気になったのは、多分『全てを自分のせいだと思った』という事よりは、ジャーナリストとしての自分を貫かなかった事ですかね。

 記事内では探偵役が犯人を庇ったら興醒めだ、と書かれていると思いますけれど、主人公が周囲に迷惑を掛け、周囲を危険に晒しつつ、突き進んできた結果、最終的に得られた真実から逃げるのだとすれば、これほど意味のない物語もないだろう、とは思います。

 ジャーナリズムは踏み躙る物で、別に事件の詳細を世間に公表しろとは言いませんが、真実から逃げた時点で、拓留は物語の軸として存在した『主人公の意志』を裏切っている訳です。

 まー、あれですよ。勇者が魔王を討伐に出掛けて、魔王を倒さなかったら視聴者としてはアレな気分にはなるでしょ? 魔王が実は人類の身から出た錆だった、とかそういうドラマを用意しても構いませんが、やはり、最終的な決断というのは、主人公の一貫性が現れますよね。「いや、優柔不断なのが拓留だろ」と主人公に寄り添えたのなら、別にそれでもいい。しかし、俺にとっては拓留はまずその点で、嫌いな主人公でした。拓留に関しては嫌いなポイントが幾つかあって、その理由には大きく二つのポイント、『カタルシスの不足』と『主人公とヒロインの内面の積み重ねの致命的脆弱さ』があると思います。

 まあ段々と語っていきます。


 俺はヒロインとしては乃々が好きです。拓留のあの『裏切られた!』とばかりの反応は、僕もちょっと理解出来ませんでしたね。俺にとっての非共感型主人公。っていうか日本人ってビジュアルを重視し過ぎじゃね? 馬鹿なの?

 例え、外見が変わっても、心の在りようが変わっても、彼女が貫き続けた家族を大切にするという行動は変わらないでしょう。拓留は実験体である頃の彼女を目撃している事もあって、どっちかっていうと「姿を偽ってそこまで周囲に尽くすのは大変だったろうな……」というのが先に来るような気はします。いや、拓留は泉里の事を襲って来る超能力者として警戒していたという前提があったんでしたっけ? うろ覚えです。

 カオスチャイルドってキャラクターの感情表現がメッチャ下手糞なんですよね(笑)w まあ、シュタゲとカオヘとはライターが違うんでそこら辺が出たのもあるでしょう。カオスチャイルドのライター、アニメ畑の人で、確かノベルゲームの脚本はこれが初めてだった筈ですし。何か展開の引きは上手くても、最終的にあまり主人公・ヒロインに共感出来ないのが満足感の減少に一役買っていたのかも。

 拓留が可哀想だと思ったんですね(笑) そこが俺とは違う所です。いやあ、しっかり英雄的糊塗にやられている。

 多分、世莉架に関してはそこまであの感動の展開に値する人物なのかどうか、コメントされた方は疑問に思ったんでしょうね。


16. しかしよくよく考えてみると世莉架は実は悪くなかったんじゃないでしょうか?
何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、そもそも世莉架という存在が生まれたのは、まず拓留の頭の中です。
そこで拓留の妄想の友達として存在している世莉架は、その時点では普通の女の子だったろうということ。
トゥルールートのタイトルだったり殺人の記憶を夢としていたりするのも「世莉架の本質は殺人鬼ではない」ということだったり、「元来の性格に戻った」と言っているのだと思えます。
言うなれば実体化してから事件収束までの殺人鬼モードは、伊藤くんと似たような状態。
「誰か」に思考を歪められていた状態ではないかということです。
そしてその歪めた誰かは真実を知ってしまったからこそ(ほとんど事故みたいなものとは言え)全部自分が悪いと言ったのではないでしょうか。
また伊藤くんが送られたのは少年院ではなく医療少年院であって、「治療」を続けいずれ社会復帰できるだろうと語られています。彼の場合まだまだ脳のダメージが大きいので観察が必要ということでしょう。「悪いことしたから少年院行きになった」というのとは違います。
また拓留も死ぬまで拘置所から出られないであろうとも語られています(結人は頑張るつもりでしょうが…)事件の元凶ということで、物語的にも罰を受ける役割をちゃんと果たしていると思います。「主役の犯罪行為を英雄的に糊塗する物語」とは違うんじゃないですか。
いつまた世莉架が殺人鬼になるかわからないというのも、まぁ上記のこと考えるとならないでしょうし、伊藤くんと違って深刻なダメージもないようですから(あったら久野里さんが止めるでしょう)普通の生活をしても悪くないんじゃないかと思います。

…と、ここまで書いといて何ですが、
トゥルールートやり直してみてもやっぱり最後そこまで感動しなかったんですよね…
サイコパス世莉架が本質だと考えると暗渠さんの言っている事はそのとおりで、無罪なのはおかしいと思うんですけどね。

話はそれますが正しい正しくないは置いといて、世莉架が悪じゃなかった、という前提だとしたら暗渠さんは最後感動できますか?
カ土シール 2017-02-02 12:01:33


→ 返信


 前提条件として、世莉架について『どのような存在なのか』という事について、色々定義する事は可能でしょう。

 しかし、例えばニュージェネレーションの狂気の再来の被害者に自分の家族が選ばれたとして、そんな悠長な事を言っている余裕はあるのでしょうか。

 悪質で異常な殺人を、綿密な計画の元に、複数回行っているのだから、その犯罪性には疑いの余地がありません。勿論、現実の裁判においても情状酌量の余地を認められたり、精神鑑定を受けたりする事もあるでしょうが、彼女の罪は彼女がどんな存在であろうと、一切変わる事がありません。

 悪い悪くないという他者観測ではなく、ただの実質として、世莉架は悪なのです。狂気の大犯罪者ですからね。


 また、世莉架を悲劇のヒロインとして扱う事は勿論可能です。

 拓留の少年時代、イマジナリーフレンドとして存在した世莉架は、渋谷倒壊の折、拓留の悪意によって変質し、拓留の両親を殺害してしまう。

 以降、拓留の幼馴染として振る舞いつつも、拓留の英雄願望の為に事件を起こすという二重生活を送る事になる。一方的に汚い仕事を担わされる存在として改変され、個人病院のオッサンとも利用し合うような抜け出せない裏の関係を続ける事になる。

 それが心理的な負担であるが故に、拓留の真の欲望は英雄願望の達成だと固執し、平穏の側だけにいる拓留の個人病院の『家族』に嫉妬し、事件を利用し、己のエゴで拓留の周囲の平穏をズタズタにする……。

 まあ、一種の悲劇のヒロインとしての条件は満たしているでしょう。

 しかし、悲劇のヒロインであった彼女、暗く辛く重い彼女の気持ちに一切向き合う事なく、それを断罪するように彼女を明るいだけの物に更に『改変』するというのは、まるで創造主としての所業みたいです。人として人に向き合う姿勢としては到底言えず、会話が不十分である事が際立つせいで、『悲劇のヒロインから悲劇の記憶を消せばヒロインは救われた事になる』という一方的かつ傲慢な上から目線な行動を取った拓留は最低のクズだな、という感は拭えないと思います。

 まず、物語のコンセプトとして、カオスチャイルドみたいな分かりやすいラスボスがいない。個人病院のオッサンは返り咲きを狙っているだけなので小物っぽいし、和久井も華ルートではちゃんと脅威として君臨してくれますが、メインルートではあくまで傍観決めるサブ。

 だから、メインヒロイン=黒幕的な尾上がラストを飾る人物になる訳ですよね。

 尾上をもしラスボス、倒すべき敵として描くとしたら、拓留から生まれたとしても、拓留にとって非共感的なまでに膨れ上がった、どうしようもない化け物にまで物語の中で育てる必要があったでしょう。その場合、当然、ラストは尾上の死、『黒幕は死んだ』で決着です。

 尾上をもしヒロイン、救うべき悲劇の存在として描くとしたら、もっと尾上のどうしようもない苦しみ、自分はやりたくないのにやらされている、洗脳に抗えない、ずっと平穏にいるだけで許される主人公の周囲が許せないという感情を、もっと丁寧に描くべきだったでしょう。その場合、物語は拓留と『黒世莉架』の和解で終了するでしょう。創造主チートコードを使って、悪に塗りつぶした彼女を再び平穏に塗りつぶすという洗脳上等のただのウンコでしかない行動は取らせる必要ないと思います。

 尾上はどちらなのか。

 それが明瞭にならず、悲劇のヒロインとして扱うにも、彼女はどうにもその後の安らかな生活を約束される程の善良な少女とも思えないから感動出来ない。

 ラスボスとしては、結局カオスヘッドのコピーキャットに過ぎず、自身の抱える野望とか陰謀論とかがうっすいので、最終的に小粒だよね、ってカタルシスが弱い。

 ゲームをやり終わって俺が抱えていた感覚は、『で? ライターはどんな事をプレイヤーに感じてほしかったの?』『このゲーム、何を主題として伝えたかったの?』でした。

 いいとこどりして、ライトユーザーも取り込もうとした結果、カオスヘッドにはあったはずの軸がブレた。一つの物語としても芯が良く分からない事になった。それがカオスチャイルドというゲームじゃないかな、と。


 色々と書き綴ってしまいましたが、コメント内容について端的に返信


→ 尾上はどんな経緯があれ猟奇殺人の実行犯です。情状酌量の余地あれど死刑か無期懲役。

→ 拓留は尾上をそのような計画を行うように洗脳した全ての元凶です。警察に捕まるのは『当然』。普通の事。

→ いや、伊藤君の件については医療少年院だからいいとか言っているのなら流石にちょっとどうかと突っ込みたくなります。そもそも拓留が存在しなければ、伊藤君は殺人を犯す事自体がなかったんですけど(笑)?

→ 俺の書き方が悪かったのもあったのでしょうが、『英雄的糊塗』というのは主にメタ的な意味です。作品世界内で拓留がどう扱われたかではなく、それを見たプレイヤーが彼を英雄のように見てしまう錯覚を示しています。ちなみにコメント者さんも完全にやられちゃっています。ただの大量殺人事件の根本的な要因に過ぎない拓留と、その実行犯でしかない尾上が、いかにも『英雄的を達成した。拓留はその犠牲になった』みたいな書かれ方がしているのがあざとい、という意味です。読者が拓留が捕まったのが「いやああれだけの猟奇殺人事件の原因だよ? 普通普通。っていうか、そんな危ない人がこれまで野放しにされてたって怖すぎ(笑)」ってなるのではなく、「拓留は色々な事件を乗り越えた結果、遂に謎の奇病、カオスチャイルド症候群を根治した。拓留は尾上を救う為に、自ら警察に自主した……感動だ!」ってなっちゃうのってかなり精神がヤバいと思うんですけれど、ネット感想だと拓留に感動するサイコパスばっかだな、日本ヤバいなって印象です。サイコパスじゃないのはどうやら俺だけのようだ(ジョーク)。いや、普通に拓留がいなかったら猟奇殺人事件起こらなかったからね? カオスチャイルド症候群も既存描写と矛盾が見られたりして、プレイヤーにニュージェネレーションの狂気の再来の達成感を感じさせるのが目的だとしたら、相当あざといしヤバいからね? 頭が。


 まーね、物語っていうのは基本的に主人公勢に感情移入するもんです。

 RPGで主人公がブチブチ敵を大量殺戮していても、別に悪いとは思わないのが人間ですわ。

 一人殺せば殺人者かもしれないが、一万人殺せば英雄とか、そういう狂気の沙汰なウンコな言葉もあったりするし。

 ただ、物語の根幹である大事件の原因と主犯格が「うわー、こいつらメッチャ悪いな~、自業自得の終わりじゃん」と感じさせるのではなく、「二人は良く戦った! 英雄!」という心理状態に向かわせるゲームというのは流石にサイコパス過ぎねえかなあ、という印象です。悪人なら悪行を楽しませて欲しいし、正統派ならちゃんと平和を守って終わらせて欲しい。どっちつかずは一番良くない。

 っていうか、散々やって結局コピーキャットかよ、悪の大野望もねえのかよ、とうんざりします。

 作中の行動は完全に犯罪者のそれなんだから、ちゃんとプレイヤーにそう感じさせて欲しい。悪の魅力が伝わるくらいに、いい感じのヒールなら俺も見たい。

 英雄的糊塗っていうのは作中の拓留が罰を受けただのどーのの話ではなく、貴方も含めたプレイヤーが『拓留は英雄である』っていう製作者の意図に、まんまと乗っかって騙されているっていう点な訳です。

 以上。


→ あ、最後に。感動しませんし、カタルシスもないです。まず前提を呑めません。エゴで他人を殺戮する存在はどう転んでも悪で、やはり悲劇のヒロインとして消化するには主人公との対話と説得力のあるモノローグが足らな過ぎた。加えて言うなら、尾上は明るい尾上と、暗い尾上がいるんだ~、だから暗い尾上は明るい尾上でもう一回上書きすればいいよね~、みたいな展開は、一応覚悟と決意を持ってあれだけの事件をやり遂げた彼女を貶める気持ち悪いものだと思います。

 主人公の隣に幼馴染としてありたかった尾上も、主人公の目的の為に悪に身を投じた尾上も、両方持っているのが尾上じゃないんですか? ラストが作中でメインを張っていた存在の消去(あるいは上書き)っていうのも実は後味が悪くて、まあ、黒尾上は拓留にとって要らない子だったんですよね(笑) あー、酷い主人公だなあ。


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 ニューダンガンロンパV3、クリア後から数日経ち、同じくクリアした知人から感想を聞かせて貰い、改めて思ったのですが、やはり第六章後半の展開はよろしくなかっただろうな、と。
 あるいは、ゲーマーとして色々な破滅的な次回作を経験してきた人、メタ的なエンディングを味わってきた人にとって、ダンガンロンパはその中では良く出来ているゲームという見方も出来るのかもしれません。
 ただ、ダンガンロンパが『サイコポップ』という宣伝と共に登場したように、第一作目が持っていたある種の万人受けする面白さ、キャラクターへの好評、普段ゲームをしない人であっても、『普遍的な面白さ』を感じるような、そういう作品としてのポピュラーさは、残念ながらこの作品のラストには感じられませんでした。
 まず、六章の問題として、これまで積み重ねてきた五章分の伏線、世界観の真相を、全て『夢オチ』ばりに投げ捨てたのが良くなかった。これはダンガンロンパ1・2を踏襲しているとは言えません。あくまで、これまでの世界観をなかった事にしたのではなくて、これまでの描写を踏まえた上で、『しかし実は世界はこうなっていた!』『実は登場人物達の経歴はこうだった!』と叩き付けてくれました。これは、伏線を踏まえた『どんでん返し』であり、今作の乱丁のような、『六章で出て来た内容によって、これまでの内容をなかった事にする』という展開ではありません。
 あと、これまで愛着を持って共に歩んできたV3のキャラクターが、全て主催者による設定に過ぎなかった、という展開。これも今までのプレイ時間が一体何だったのか、と思わせてしまうでしょう。
 それに加え、ダンガンロンパ1・2・3における、希望ヶ峰学園編のキャラクター全てがフィクションに過ぎなかったという展開。これはダンガンロンパにおいて、大勢いたであろうキャラクターに愛着を持つ人の心を傷付けたはずです。わざわざこれまでのキャラクターの声と姿を並べる事で、それに拍車をかけていた。
 自分は、ダンガンロンパ3の希望編が、『めでたしめでたし』で締めたくなるくらいには穏当に終わってくれたので、ダンガンロンパの既存作をネタとして使われる事にそこまでの拒絶感はありませんでした。しかし、大勢のファンの事を考えるのならば、やはり製作者側の配慮は足らなかったと思わざるを得ません。
 また、製作者の怨念を感じました。スーパーダンガンロンパ2にあまり思い入れがないかのように受け取られても仕方ないようなツイッター発言を見ましたが、製作者は実はダンガンロンパを続けたくなかったのでしょうか? ダンガンロンパは1で完結するべき作品で、続けようという意志は製作者側にはなかった。しかし続けざるを得なかった。それは、ダンガンロンパが大好きで、残忍なデスゲーム、絶望が希望に勝つというシナリオが大好きで耽溺しているファンがいたからです、全てはプレイヤーのせいです、と、メタ的に見れば感じざるを得ないような展開を見せるのはどうなのでしょうか。そして、メタ的に読み進めてみれば、この作品のラスボスはプレイヤーという総体なのです。
 まず、ダンガンロンパの製作者は、コロシアイゲームというこの作品の在り方、希望が絶望にギリギリ勝つというカタルシスに、何らかの誇り、『これが面白いんだという確信』を持っていなかったのでしょうか? 何故、集大成としての作品で、プレイヤーに面白いと感じさせる根本の部分をへし折るのでしょうか? そして、ダンガンロンパ(というやりたくもない絶望のゲーム)が続いてしまうのは、わざわざ応援し、ダンガンロンパを好きになり、キャラにも愛着を持ってくれるファンのせいなのでしょうか? この責任転嫁は酷い。製作者としての姿勢を貫くのなら、モノクマにでも成り切って、『この世界に絶望が続くのは、ボクが絶望を振り撒きたくて仕方ないからだ』と言い切るべきではないでしょうか。とても格好悪いと思いました。逃げ腰です。
 そして、逃げ腰なのは、世界がどうなったのかという事を見せずに終えた事も含めてです。
 ダンガンロンパはある程度、ライト層までも取り込んで(『君の名を』を見れば分かるように、作品のヒットにはこれまでそういった媒体に触れた事のないような一般層の取り込みにもかかっています)膨らんできた人気作品でした。アニメ・ダンガンロンパ3の未来編は微妙な出来でしたが、合計アニメ4クール分もやれたのはそもそも人気作品の証でしょう。
 そういった人気作品、ポピュラーであるべき作品で、しかも結末部分で、明らかにネガティヴな感情を持たざるを得ない(あるいは一般的に持っても仕方ないと思わせるような)そんな要素を入れるべきではない。それは大衆に向けて作品を送り出すクリエイターの当然の判断ではないでしょうか。
 自分はこの作品にそういった大勢に向けた配慮を感じなかったです。
 絶対絶望少女2はクラウドファンディングでやるかも、といったインタビュー記事を見ましたが、その時にどれくらいのファンが残っていて、どれくらい熱心に援助してくれるのか、それが一種の試金石になるかもしれませんね。

 プロローグについて

 ダンガンロンパ企画&シナリオの小高和剛さんがツイッターでクリア後にプロローグをプレイする事について言及しています。実際にやってみると、人によってはある程度気持ちが落ち着くかもしれません(自分がそうでした)。
 嘘に塗れ、洗脳に溢れる本作ですからいくらでも反証は出来るでしょうが、取り合えずプロローグが(思い出しライトが使われていない)素のスタート状態と仮定すると、
・V3の登場人物達は、拉致監禁されている。この事から、オーディションを受けて自分からコロシアイに志願されたのではない。
・V3の登場人物達は、才能を強化されているものの、元の性格等にはそれほどの変化はない。
・モノクマに対するリアクションは、訝しみ、その中身は誰かを怪しむもので、大々的にコロシアイゲームが楽しまれている世間とは見合わない。過去に世界的に放映された希望ヶ峰学園における全世界配信を目撃し、更にモノクマの正体である江ノ島盾子が既に死んでいる事を知っているという反応であると考えられる。
・登場人物達の制服は全て異なり、ある程度多くの学校が運営されるくらいには平穏な日常が戻っているように受け取れる。

 以上の点から、六章の白銀つむぎの発言の内、
・ダンガンロンパ1・2・3(希望ヶ峰学園編)がフィクションであるという発言が嘘である(白銀つむぎは江ノ島盾子の模倣者という発言が真。それと、フィクション発言は、『複数の研究者により徹底的に調べられた』という希望ヶ峰学園公式資料集が存在している事実とも矛盾している)。
・ニューダンガンロンパV3のキャラクター達が自分から望んでオーディションを受け、コロシアイが大々的なエンターテイメントとして大衆に受け入れられているという発言は嘘である(少なくとも拉致監禁を伴う違法性の高いもので、モノクマも身近にある脅威というよりは過去の異物という反応。視聴者の声にはこんなに金を払ってやったのに、というセリフもあったので、デスゲームに良くある金持ちが残虐なコロシアイを運営するという展開なのでは)。

 総じると、ダンガンロンパ1・2・3を経た後、世界は復興し平和が戻り、日本にも日常的な登校風景が見られるようにすらなった。しかし、江ノ島盾子を含む超高校級の絶望への熱狂的シンパが53回に及ぶまでのデスゲームを秘密裏に開催し、一般人を拉致監禁した上で巻き込み、嗜好者に金を支払わせ運営していた。こんな所が真相に近いんじゃないかと考察しました。

 上記は自分の想像も交えていますが、大切なのはプロローグの描写をある程度信じてみると、第六章での『ダンガンロンパ1・2・3はフィクション』『ダンガンロンパV3のキャラクターは自分からデスゲームに志願した』という二大不快ポイントが、嘘だったのではないか、という考えに至る人もいました、という事です。ただ、どんな考察をするかも含めて、溜飲が下がるかは人によるかとは思います。クリア後、プロローグを見ていない人は見てみるといいかもしれません。

 加え、ラスボス疑惑のあった赤松楓の妹ですが、実は絶対絶望少女の主人公なんじゃないか、と閃きました。考えてみれば絶対絶望少女はダンガンロンパ主人公、苗木誠の妹の苗木こまるが主人公でしたし。そうなるとパートナーは、ジェノサイダー翔と同じく機敏な動きが期待出来そうな春川真姫でしょうか。
 ただ、今回で良い意味でも悪い意味でも全力でプレイヤーの予想を裏切るのが好きなんだなと思いましたので、どうなるのかは分かりませんが(笑) というか絶対絶望少女2は作られるんでしょうか。

 第六章ラストで怒りが込み上げ、ネットレビューを読みそれが炎上し、そして、プロローグを読んで少しばかり溜飲が下がりました。世界がどうなったのか、ちゃんと答え合わせする意味でも、自分は今でもダンガンロンパ、あるいは絶対絶望少女の新作を楽しみにしています。



ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期 - PS Vita
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 ネタバレだよ!!





 ニューダンガンロンパV3とは! ダンガンロンパファンのあなたもきっと「さよならダンガンロンパ」と呟きたくなるような!! 最後のダンガンロンパなんだ!!!
 


 すっかり中二状態のまんまで放置プレイを決め込んでいるこのブログ、振り返ってみると大体、大作映画や大作ゲームにグダグダと文句を垂れる時のみ更新をしているような具合だが、今回も残念ながら新作ゲームのグダグダを言う感じになってしまうのであった。

 ニューダンガンロンパV3。
 取りあえずクリアしたので、概略は省いて感じた事だけを書き殴ってみる。

 まー、既に色々言われまくっているようですが、ラストの展開について。
 まず、ダンガンロンパの展開としては、今回のゲームの舞台設定も世界観も、キャラクター設定も全てフィクション、っていう展開については良くも悪くもダンガンロンパらしいというか。
 アニメのダンガンロンパ3(未来編)が、何か希望の定義について語り合いながら異能バトルしてるみたいな、何これダンガンロンパじゃねえじゃん、っていうのよりはまあ、うん。流石本家本元というか。ダンガンロンパらしいひっくり返し方ではある。
 ただ、気になるとすれば二点。
 珍しくキャラにも愛着が湧いて、メインシナリオクリア後、キャラの好感度上げをしようとか思っていたんだけれど、その気持ちは六章の展開で消えたねw
 まあ、ぶっちゃけ思っちゃうもんな。このキャラクターも、黒幕が考えたキャラ設定に過ぎず、本当のコイツは自ら望んで殺し合いゲームを楽しむ為に来たクソ野郎なんだ、的な事が、どうしても頭に上ってしまう。
 つまり、シナリオで積み上げてきた、キャラへの好感度とか、感情移入が、全部パーになってしまった、というのは感じた。
 ダンガンロンパ1~3、いわゆる希望ヶ峰学園編については、あの作品はアニメの未来編最終話で『めでたしめでたし』っていうレベルでエンドマークがついているので、新機軸の今作においてはネタ的な利用はまあアリじゃねえかな、とは思った。ただ、今作、今ここまでやってきた、プレイしてきたキャラクター達への高まった感情が弱まるっていうのは、一つのパッケージとして致命的かと。
 あと、今作のラスボスってある意味、『プレイヤー』なんだよね。ダンガンロンパV3を買って、今プレイしているお客さんが(つまり俺も含むそれが)標的にされていて。
 で、そのプレイヤーは悪趣味で、キャラクターが死ぬのを楽しんでいて、絶望と希望が競り合って最後に希望が勝つのを見るのが大好きなんだ、と。だから、この悪趣味なゲームが延々とシリーズタイトルを重ねてしまうんだ、と。
 プレイヤーが悪い、みたいな言い方をされる。
 いや、今の御時世さ、色々な娯楽媒体がある中で、確かにダンガンロンパは人気のシリーズになったけれども。わざわざソフト代金まで払ってさ、もちろんプレイ時間も捻出してさ、そして最後まで辿り着いたプレイヤーに冷水をぶっかける事はないだろ、と。
 あと、サイコポップっていうか、キャラクターが理不尽に死んでいきながらも、どうにか希望を見つけていくっていうシナリオの面白さを、作者は自信を持って打ち出していって、その結果シリーズのヒットがあったとすれば、今作でやった事って、そういう『面白さ』を『悪趣味だ』って全否定した、っていうか。つまり自分の作家性のエンターテイメントな部分をわざわざ否定している。作家性的に言えば自殺っつーのかな。
 しかも、このプレイヤー批判的なのが、どうもエヴァ旧劇だとかフェイトホロウアタラクシアとかを思い出させる。ある娯楽に耽溺している客に、クリエイター自ら冷水をぶっかけて、さあ、現実にお帰りって言うみたいな。
 いや、今作の場合は、わざわざプレイヤーの醜い部分を強調して、『ほら、お前はこんなに悪趣味なんだよ』って突きつけるっていうか。これって、明らかに対価を支払っている人にとっては一般的な意味での娯楽足り得ないよね。例えばさ、二時間の映画のラスト十分に監督がいきなり出演して、こんな映画はクソだ、こんな映画を見ているお前は愚かだ、とか言っているような感じ。自己否定でもあるし、お客さんの否定でもある。
 もう一つ言うなら、今作はシナリオの積み上げ、伏線を最後で全てひっくり返す、無意味に帰すという意味では、『夢オチ』に非常に近い。限りなくダメな夢オチ。例えば作中の夢で、作中の現実が比喩されるような、そういう上手い使い方とかじゃなくて、唐突に『今までのは全部嘘でした』『ただのでっちあげでした』『夢でした』とやる。あまりによろしくない。
 この作品で面白かった、いや、ホント非常に熱中してプレイしたんですがね、それは五章まで。
 もっと言えば、四章~五章の間くらいが一番面白くって、今作で一番『敵』として上手い具合にキャラ立ちしてるな~って感じた王馬小吉が、正に事件の首謀者としての存在感を増していくところ。
 コロシアイが終わる度に増えていく文字列が正に『せかいはおうまこきちのもの』というメッセージを表し、ゴン太を実行犯に仕立て上げる事で、自らは手を汚す事なく(クロとして指定される事なく)、学級裁判で殺人を犯した。そして、外の世界が滅亡しているという真実を明かし、そして、その世界最後の生き残りに絶望的なコロシアイゲームを仕掛けたのが正に自分だと暴露した、そこ辺り。
 王馬小吉は自らも積極的に前に出てきて、しかも嘘ばっかりで本当の事を掴ませないというとてもトリッキーなキャラで、彼なら次なる黒幕として十分成立すると思わせてくれた。
 また、地球最後の生き残りっていう事で、首謀者を指定したとしても、コロシアイですり減ったその人数でどうやって人類を継続させていくか、という事も気になった。
 学級裁判は最終的に二人になるまで行われる、っていうルールも『アダムとイヴ』の逸話を隠喩しているのかと思われた。
 例えば、王馬小吉が本当に首謀者で、でも今回のゲームでは彼は殺せず、彼は逃げ延びる。今回のコロシアイの生き残りと、地球のどこかで生存していた人類が合流し、再び超高校級の総統である所の彼との戦いが始まる、っていう次回作があっても良かったかもしれない。
 結果的に五章で王馬小吉は死んでしまうんだけれど、六章については例えば、赤松楓の妹が首謀者として実在していて、影でこのコロシアイを操っていた、とかにすれば初代ダンガンロンパのリフレインを感じて、ベタだけど面白い展開になっていたと思う。あるいは、白金つむぎが犯人だという路線を貫くとしても、メタは必要最低限にして、彼女は江ノ島盾子の病的な模倣者であり、人類が絶滅の危機に瀕してもなお、初代ダンガンロンパの展開の模倣を続けていた、とかにしたら良かったと思う。素人考えでもそのくらいポンポン代替案が浮かぶ。ベタで良かったんじゃないだろうか? 誰も喜ばないエンドに何の意味があるんだろうか?
 メタ要素、人類滅亡という状況がフィクションだった、という時点で、緊迫感が消失してしまった。状況への感情移入が消失した。
 また、キャラクターは全て、コロシアイゲームに志願した一般人シロウトに過ぎなかった、その一般人に首謀者がキャラ付けという記憶操作を行っただけ、経歴も記憶も過去も家族も全てが嘘、という事で、キャラクターへの感情移入が死んでしまった。
 この二大マイナス要素はなければない方が当然良かった。
 Amazonレビューでも見たが、この作品は四章・五章辺りが物凄く面白く、そこら辺では『これまでのダンガンロンパで一番面白いのでは?』という評価だった。
 それだけに六章の学級裁判から、感情が死んでいく感じがかなり勿体ない。
 というか、これは絶望ではなく、シラけただけだ。
 シラケまくったのだ。
 舞台も嘘、キャラクターも嘘、感情移入しまくってきたキャラクター達が、ほとんど夢オチ式に霞のような存在へとボヤケてしまい、結局、自分は一体何をやっていたんだ、という気分になる。
 絶望なんてしていない。
 虚しくなっただけだ。

 追記

 結局の所、うやむやになる世界の真相は何だったのか、というのを『プロローグ』を見て考察する。

 1 主人公達はオーディションに合格し、参加したのではなくて、いきなり拉致されてきた。
 2 主人公達に特別な超高校級の才能はない(赤松楓で言えば、ピアノに打ち込んでいた、という背景はある)。
 3 世界はある程度平和な状態である(普通に学校に通学できているから)。アニメダンガンロンパ3希望編以降の時系列と考えられる。
 4 六章で気になっていた『外の世界の声』に「俺らがどれだけ金を払ってきたと思ってる」みたいな声がある。これはただ単純にゲームソフトを購入したレベルのプレイヤーには見合わない『大量の出資』を予感させる。その為、ダンガンロンパV3におけるコロシアイというのは、希望ヶ峰学園編が終了し平和になった世界の中で、一部の『デスゲームが見たい』という願望を抑えきれなかった出資者(金持ち)が、全世界的に放映された江ノ島盾子のコロシアイを様式美として、ダンガンロンパチームに53回も続けさせているというのが真相である気がする。あるいは希望ヶ峰学園編後の世界では、このダンガンロンパというゲーム自体が大々的な娯楽になっている可能性もある。
 5 希望ヶ峰学園編がフィクションであるというのはフェイク。実際に人類史上最大の絶望的事件等の歴史は、踏まえた上でダンガンロンパV3の世界観はあると思われる(プロローグの反応から)。
 6 超高校級のコスプレイヤーという才能すらも思い出しライトで用意されたものだとすると、白銀つむぎは黒幕役をやらされた一般人である。
 
 六章の目的は、世界に実際に起こった大事件である人類史上最大の絶望的事件、あるいは主人公達の素性(ダンガンロンパに自ら志願したのではなくて拉致された)を虚飾で塗り固め、絶望に陥らせる事だった。
 希望ヶ峰学園編がフェイクだったとすれば、作中に登場する有識者が編纂した『歴史資料』は一体何だったのか、という矛盾が出て来る。
 53回続いたというデスゲームが、金持ちの道楽なのか、一般の趣味なのかは分からないが、ただ、それは『希望ヶ峰学園編』という現実ありきの作品群である事は間違いないように思える。
 また、プロローグを見るに、主人公達のキャラクターは才能以外は特に思い出しライト以前以後で変わらず、『インタビュー画像』の方が思い出しライトを悪用した上で撮られた映像だったのだと考えられる。
 


ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期 - PS4
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 最近放置プレイ過ぎて、読者どころか投稿者である俺にすら忘れかけられているこのブログですが、話題のペルソナ5をクリアしたので感想を書きたいと思います。

※ペルソナ4及びペルソナ5のネタバレを含みますのでご注意下さい。

 あと、そこそこ毒を吐きますので、ペルソナ5楽しかった~っつー人は読まない方がいいかもです。





 まず、ペルソナ5クリアしたんですが、一番に来るのは、長い、って事。
 まあ、ノーマルの難易度でぼちぼちコンティニューしつつ、寝落ちしたりもしたけれど、クリアまで110時間弱くらい掛かりましたw
 感想を見ると、80、90時間掛かるのはザラで、長い人はやはり寝落ちとか込みで120時間。短い人はイージーサクサクで65時間くらいみたいです。
 体感では一作40時間くらいのRPGが一般的だとして、その2倍、3倍くらいのボリュームはあるかと思われ、それが普段ゲームをしない・ゲーマーではない俺にはちょっと長過ぎるかな、という感じでした。
 そこが一番重くのしかかってきたのは終盤で、『いや~、そろそろ終盤戦だな。どんな風に物語を畳むのかな』と思い始めたストーリーボスっぽいヤツのステージに入ってから余裕で30時間くらい掛かるというw ストーリーボス→ラスボスの2ステージで30時間ですねw やっぱりラスト近くになって、主人公もイマイチ逆境から抜け出しきれず止め時も見つからないみたいな感じなのに、ダンジョンもかなり重くて、他の事が手に付かないみたいなのは、やっぱりRPG以外にも休みにやんなきゃな事がある、っていう自分みたいなヤツにはちょっとキツかったです。
 やはり、この感想でも名作だったペルソナ4との比較が入ってしまうのですが、ペルソナ4はもうちょっと短く、スッキリまとまってた上に面白かったよな、みたいな所はどうしてもあります。

 次にストーリー全体の構成について。
 全体として見ると、権力を傘に来て、私利私欲を満たす悪党がいて、それを怪盗団が成敗して心を盗んで強制的に改心させる、という。そのストーリーラインで、どんどんスケールをインフレさせていっただけ、というか。かなりシンプルな感じはあります。
 ここでもやはりマヨナカテレビ、という異世界の中心にあるガジェットの意味合いや使われ方が、進めて行くにつれ徐々に明らかになったり、犯人役を追いながら、小さなクリアを積み重ねながら仲間を増やし、真犯人と真相に迫っていったペルソナ4の巧みさと比べるとやや一本調子かな、と。
 ペルソナ5では終盤、実は本当の悪の根源にいるのは、悪党という個人ではなくて、有名人のスキャンダルにすぐ食らいつく、しかし自分では何もしない停滞を好む大衆そのものだ、という展開があり、興味深く思いました。現実でもまるで有名人のスキャンダルを数の暴力によって裁く事にしか興味がないような、一種の暴力装置になってしまっている無名の大衆というのは、もはや悪の象徴と言って過言ではないと思います。いや、別に俺もスキャンダルを眺めるのは好きなんですけれど、自分もそこに含まれてしまうかもしれないという、危うい意味での悪だと思う。
 なのですが、結局このペルソナ5というゲームにおいては、話はその大衆を操作する神を成敗する、というこれまでと同じパターンを踏襲してしまう。
 ペルソナ4ではラスボスの伊邪那美大神にフィニッシュブロウを放つシーンがかなり印象的でした。ペルソナ4のラストステージは、自分はそんなにレベル上げとかをしない方だし、RPGもあまりやる方ではないので、トライアンドエラーを繰り返しながらラスボスまで辿り着き、ようやく倒す所まで漕ぎ着けたのでかなり感情移入度も強かったんだとは思います。そこから幾万の呪言を喰らって、仲間が倒れていき、とうとう主人公まで倒れてしまう。おいおいどうすんだと思った所で、闇の中にこれまで関係を深めてきたコミュメンバー達が現れ、主人公を励ましてくれる。そして、主人公のペルソナが覚醒し、伊邪那岐大神として覚醒し、幾万の真言を放ち、伊邪那美大神を打ち倒す。ベタと言えばベタなのかもしれませんが、感情移入も相まって感動で俺はボロ泣きしてしまいましたw
 やはり、それと比較してしまうのですが、ペルソナ5ではフィニッシュブロウがこう……いやあ、これまで散々怪盗団の評価を忙しく上げたり下げたりして、いやあ大衆って信用出来ねえなあ、っていうか本当の敵は大衆だったかもしれないわ、って一度はなった相手なのに、最終的には神に、超一時的な大衆の熱狂を利用して、元気玉展開で倒すというw いや~~~、アレはちょっと酷かった(笑) SAOとかでも元気玉って言われる展開があるけれど、やっぱりその元気玉のエネルギー元とはある程度関係を築いていないとリアリティが感じられない。そもそも元のドラゴンボールでは悟空ではエネルギーが集められず、ミスターサタンの一声で皆が力を貸してくれるっていうある意味皮肉な展開ではあるのだけれど、それにしたって、チームの応援をずっとしてきた三島の鶴の一声で大衆皆も声援を送り、一気に怪盗団の認知が100%を超えてそれでラスボスも倒せるとかそれはない。大衆から見放され、どんな評価を受けようとも自分の意志を貫こう、正義を示そうって展開に入っていたのと、安易な元気玉展開は反する。
 それだったら、多数の民衆を操作し悪を体現する神に、少数でありながら正義を貫いた怪盗団の力が勝った、という展開の方が良かったのではないか。そこはゲームなのだから、力が弱くても正しい方が、力が強くて悪い方に勝つ、というご都合主義が働いても良かったと思う。
 あるいは、民衆が力を貸してくれるにしても、怪盗団が大衆を改心させて(強制的にポジティヴにさせて)、怪盗団への支持率を上げるとかそこまで踏み込んだ行為に及んでくれるなら良かったかな、と思う。そもそも、これまでの悪党は強制的に良いヤツに心変わりさせちゃってよくって、大衆を皆良いヤツに心変わりさせるのはどうしていけないのか?
 ラスボスの神を倒しても、大衆は変わってないので、あまりカタルシスも爽快感もない。怪盗団も主人公もかなり報われない感じが強い。
 あるいはベタだけれど、怪盗が神と戦う様が大衆に広く中継されていて、それを見た大衆が勇気を取り戻し、次第に支持率が上がるとかでも良かったかもしれない。
 とにかくフィニッシュブロウ、及びラスボスとの決着の仕方が、雑(笑)

 あと、悪役及び大衆が、あまりにもテンプレート的な描かれ方をしてしまっているというか。
 今回は完全に勧善懲悪の感じが強く、とにかく怪盗団は正義で、ステージボスは悪、という固定化があった。しかし、俺はピカレスクを書くなら、『悪には悪の理由がある』というのを書いて欲しかった。悪党の権力に良いように貪られる被害者……そこから立ち向かう、やり返す、というのがワンパターン化していて、じゃあ、悪党はどうして悪党になってしまったのか? という掘り下げが足りない。悪党も元被害者だったかもしれないのに、現状、とにかく悪どい事をやっていれば怪盗のターゲットとして選ばれ、強制的に心変わりさせられてしまう。それは果たして正しいのかどうか? という疑念が、怪盗団のメンバーからはほぼ聞こえてこない。序盤から中盤までは人気取り、知名度アップの為に『とにかくやったれ』みたいな勢いでやっちゃってる感は正直あまり好きではない。まあ、そこから自業自得というか、ハメられて落とされる展開が待っていたりして、ドンドン敵の地位が上がっていくというのは『果たしてどう切り抜けるのか』という意味では面白いのだが、逆に言うと「えー、どうすんのコレ……」みたいな胃の重い展開が、終盤ずっと続くという事でもある。更にストーリーをクリアしても、主人公はほぼ報われたとは言えず、得られたのはただ仲間だけである。そういう意味でスッキリした、大団円だった、ハッピーエンドだった、と手放しで言えない感がある。
 大衆については、やっぱりかなり都合の良い存在として描かれているというか。何か、こう一人一人が考えている個人の集合なのに、怪盗団や神に振り回され、とにかく支持率を乱高下させるだけで、考える頭を持ってないまるでシャドウのような主体のない存在として描かれているのはちょっと悪意があるかな、と思う。
 悪党については、例えば全ての事件を繋げるというか、人は正義にも悪にも転び得る存在なのだが、各ステージボスが逆境の状況にあった時に、悪の道に引きずり込むような悪のカリスマの存在があったりしたらストーリー的にもまとまりが出来て面白かったかもしれない。

 俺はあまりゲームをやる方ではなくて、アマゾンでいい評価を受けている作品をぼちぼちやるくらいなのだが、例えばペルソナ4、デジタルモンスターサイバースルゥース、ネットハイといったゲームにはやり終えた後に、名作の余韻というか、良いゲームだったなあ、これなら人気も納得だわ、という達成感があった。しかし、ペルソナ5はやはりテーマが重いだけに「良かった良かった……」と手放しで言い切れない感はある。
 ペルソナ4の方が万人受けする作風ではあるとは思った。ただ、今作も仲間との掛け合いは良くて、ペルソナ5とはまた違う、ちょっとラフな掛け合い、逆境の中で戦うキャラクター達に愛着が湧いてきたのも事実だ。あと、やたらヒロインっぽい好待遇を受けている、新島真は可愛いと思う(笑)
 ペルソナ5はペルソナ4とは全く別系統のシナリオに挑んだ。ミステリのような先の見えなさ、興味深さについてはペルソナ4の方が上だが、しかし、ペルソナ5の、パレス、メメントス、ベルベットルーム、モルガナの正体、イゴール、カロリーヌ&ジュスティーヌ、それら異世界に関わる全ての要素が一つのストーリーに集約されていく様は、大きなカタルシスを覚える人がいても不思議ではない。実際、前作とは違う新しい事をやっている、ピカレスクという難しいテーマを扱っている割には、多くの人の好評価を得ているというのは素晴らしい事だと思った。
 やはり、俺はピカレスクというか、主人公が悪に踏み込む題材というのにはかなり厳しい反応を示してしまうらしい。俺自身がそういう展開が好みだからこそ、色々と言いたい事が増えてしまう。そもそも俺は主人公が悪のサイドなら欲望のままに好き勝手にしてもらって、グチャグチャになった妄想塗れの世界を見てみたいと思うような歪んだ男なのだ。カオスチャイルドはほぼ拒絶反応を示してしまったが、ペルソナ5は色々と言いたくなったとはいえ、そこそこ熱中して長い時間をプレイ出来たと思っている。

 ありがとうございました。



ペルソナ5 - PS4

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 話題の映画、『君の名を。』を観てきた所だ。シン・ゴジラを観た時に予告を見たのがきっかけ。上映期間開始から評判も上々で、観に行くと決めていたが、やらおんというアニメ系まとめサイトで割と深刻なネタバレを喰らい、胸糞悪くなった。観た結果、ネタバレされてもそこまで面白さが差し引きされた訳ではないと思う。
 このレビューは絶賛系という訳ではなく、俺は基本的に性格が悪いので、あの映画の賞賛を見たいという人には向かない。どちらかというとあの映画に物足りなさを感じた人向けの批評だ。

 まず、大雑把に書いてしまうと、中盤に割と大きなネタバラシがあり、そこで俺は『この映画は売れるな』と感じた。しかし、終盤の展開で、勿体ないというかグダグダ言いたい事が増えてしまった。という訳で割とグダグダ言うレビューです。

 この映画について、かなりサイテーな一言感想を思いついたんだが、それは『なかなか面白かった。でも、エヴァとシュタゲの方がもっと面白いよ』というもの。娯楽度とカタルシスが足りない。後で詳しく書く。

 この映画を楽しめそうな客層だが、ジャンルとしては『セカイ系恋愛モノ』で間違いないと思う。一人で観に行くなら男性より女性の方が楽しめそうだ。カップルで行った場合、「凄い良かったね〜、感動した〜、号泣しちゃったー」と女性がきゃあきゃあ言っている隣で、男性が「そうだね、良かったね」と合わせるような優しい微笑みを浮かべるような感じだと思う。実際、男連れの隣席の女性は超・号泣していた。もちろん、男性にも楽しめる要素はあるが、あくまで主軸となるのは男女の恋愛なので、女性の方が親和性は高いと感じる。

 俺にはシン・ゴジラより面白かった。シン・ゴジラはただただ事態の推移を眺めているだけで登場人物に感情移入する事が出来なかったし、何より俺はボーイ・ミーツ・ガールが好きなのだ。

 あと、神木隆之介が主人公・男の声優をやっているそうで、女性ファンがキャーキャー言っているのを、視聴前にネットで見て、誰だよと思っていたら、SPECの一十一だったのでテンションが上がった。本編の声は特にニノマエ感はなかった。ただ、視聴前にバンダイチャンネルで新海誠・同監督の二作目、『雲のむこう、約束の場所』を観て、話が地味だし、設定も小難しいだけだな、と感じていたのだが、何よりキャラ絵と声優の素人演技っぽさが気になっていたので、恋愛モノにはむしろ必須と思われるメイン二人の演技については大幅な質の向上が見られた。

 もう既に観ている人向けに、中盤から終盤の展開について説明を省き、ザックリと感想を書いてしまうとしよう。中盤の大山である、主人公と入れ替わっていたヒロインが実は三年前の流星で死んでいた、という事実の露呈は、主人公のヒロイン探しの旅という見せ方も相まってとても良かった。
 ただ俺はSF的な設定はたとえそれほど凝っていなくても作中で理屈が合っていればいいと思う方だが、片割れ時は流石に理屈付けが弱過ぎると思った。ここら辺をスピリチュアルとか運命とかで、違和感なく乗り越えてただただ二人がどうなってしまうかに注意を向けられるとすれば、やはり女性の方が感情移入度が高くなるだろう。女性を侮っているのではなく、男と女ではやはり優先順位が違うというか、女が人一人の人生や恋愛を重視するとすれば、男は大勢や理屈が気になってしまう生き物だ。こういう事を書くと性差別みたいな感じに受け止められてしまうかもしれないが、男女は感性と優れている所が違うという話。
 本題に戻るとしたら、時を越えて精神が入れ替わるのは、ある程度情緒的に理解出来るとしても、三年間の時を越えて僅かな時でも物理的に時間を越えて会えるというのにはやはり何らかの伏線が欲しい。三年越しの恋愛としては、奇跡的な時を越えた接触というのは充分なカタルシスなのに、理屈の説明がちょっと弱過ぎるので、没入出来ない。片割れ時には異邦人が訪れるとか、あの山の頂上は魂を分け合った人と会える特別な場所なんだとか、あるいはあの時点でヒロインは死んでるからあの世との境目で幽霊として会えたとか、もうちょっと何かなかったのか。
 あと、いくら恋愛が主題だとしても、流れ星が落ちてきて町が一つ消滅し、五百人が死亡するという事態の回避はこの物語の大きなテーマなんだから、もっと盛り上げてくれ。『これどうすればいいんだ、絶望的じゃね?』って思った後にはちゃんと『全部上手くいった〜よかった〜』というカタルシスがある、それがエンタメってものだろ! と思う。
 終盤の展開は、未来の展開を知った主人公は皆を救おうとするが幼馴染以外誰も信じてくれない→稚拙ながらも避難計画を進めるも避難があまり進まない・幼馴染二人も大人に捕まる・一度絶望→しかし、主人公との愛により再び走り出したヒロインが父親との確執を乗り越え説得し、避難は無事成功! くらいまで書こうよ。何かあんまり避難が進んでない風でヒロインは父親とロクに話も出来てないのに、町民全員無事でしたって言われてもね。
 あと、タイトルにもなってるから仕方ないけど、君の名をちょっと忘れ過ぎじゃない? というのは感じてしまって、カタルシスとエンタメを重視するなら、隕石の避難が成功した後に、山の頂上でもう一回再会して「良かったね!」と喜びを分かち合い、「また会おうね!」と約束でもした方が良かったんじゃなかろうか。
 展開はまとめた方がハッピーエンド感は増すし面白い。そして五年後……はベタな手法ではあるが関係性に一度結論を出してからでないとダレる。

 ヒロインが流星の回避よりも主人公の名前を忘れる事の方を気にしてるように見える事、すきだ、と書かれて走り出しても、避難を更に進める為に父親と話し合うのは間に合わないのが、やはりこの映画が最終的には恋愛・二人の人生を中心としているのを象徴している。隕石はただの恋愛上のガジェットに過ぎず、大破壊と恋愛を結び付けるのはやっぱりセカイ系的だ。

 序盤から振り返るに、やはり映像美は素晴らしい。俺は普段作画は気にしない人だが、それでもあれだけ目を見張るカットがあると、再視聴への意欲が湧きやすいのかな、と思う。町を破壊する流星があくまで美しくそして恐ろしいものとして描かれていたのが印象的。主人公がヒロインの口かみ酒を飲み、再び過去に戻る幻想的な世界は、紐と流星が象徴的に使われていてよかった。千二百年毎に流星が落ちてくるというのも大掛かりで良かったが、歴史を焼失させずに設定としてちゃんと語った方が良かった気はする。
 主人公とヒロインの身体が入れ替わる、いわゆるトランスジェンダーとしては、主人公がヒロインの胸を揉みしだくのがギャグとして終盤まで受けていた。
 序盤の入れ替わりの日々をミュージッククリップのようにコミカルなシーンを抜き出すように描いていたシーンは新鮮で良かった。
 あと、主人公とヒロインに三年の誤差があるというアイデアは、例えばその良さが、ヒロインが彼女と知り合う前の主人公に、東京へ電車で会いに行くシーン等に象徴されている。二人の関係は時を越えて紐のように編み込まれる。

 より面白い作品として、エヴァとシュタゲを上げてしまったが、エヴァは大破壊・世界の終末、少年少女という要素を含む分かりやすいヒット作だから上げてみた。シュタゲは悲劇を回避しヒロインと再会するという物語としては設定の作り込み、感動度において上だと感じたので上げた。
 今作はとにかく主人公とヒロインの人生と恋愛が主題で、それを等身大に受け止められる女性の方が楽しめる作品だ。近年、腐女子の購買力が話題になるが、今後アニメ作品を支えていくのはむしろ女性かもしれない。その意味でもこの作品は伸びるだろう。
 エヴァ? シュタゲ? そんなのオタク臭くて見てらんねーよ、という女性の方も、等身大の人生、恋愛、糸と糸を編み込むように繋がる人と人の関係を描いた本作なら楽しんで観れるんじゃなかろうか。
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 このブログも謎のデザイン変更を経て、ロクに更新もせずにほっぽっといてあったのだけれど、リゼロ18話を見てからの虚脱状態がなかなか抜け切らないので感想記事でも書こうと思う。
 先輩は先にこの18話を見て、結局スバル君が主人公としては受け入れらないというか、主人公というのはもっと前向きに明るく皆を引っ張っていくべきなんだ、的なことを言っていたので、俺としてもあまり期待はしていなかった。俺は先輩とは違いテンプレラノベには基本的に食傷を覚える一般人なので、普段とは味わいの違う主人公に抵抗はないというか、むしろ歓迎なのだけれど、これまでのスバル君というのは何かこう変に身勝手なポジティヴさのある痛々しい男という感じで、どちらかというと難題を解決するクエストの中の主人公という駒、物語の一つの部品として見なしている側面が強かった。
 それであんまり期待しないで18話を見たんですけれど、ボロ泣きさせられましたね。ええ。
 映像自体はスゴかったけれど何ら感情的取っ掛かりは得られなかったシンゴジラ(今日見てきた)よりも内面への衝撃は大きかったよね。
 今回の話では、あくまでループしつつ難題を解決するゲーム部分の進展は見られないのでそこが不満という人もいるようだけれど、これまで割と広範囲の人をイライラさせてきたスバル君の内面にきちんとスポットが当たり、変化の兆しを見せたのは少なくとも登場人物の心の動きとしては大きなポイントだよね。
 アニメは動くべきだ、喋るばっかの紙芝居は嫌だいって人も多いんだろうけれど、俺は物語シリーズとかも好きだし、キャラが喋りまくって心が転がっていくみたいなシーンには感情移入する方だから、今回はとても感動した。
 まず、スバル君が単なる自意識過剰野郎ではなく、内心では自分が無力であることを噛みしめており、自分が大嫌いであること、異世界に来る前のニート時代の怠慢が今の結果を招いていること、努力する振りをすることで自分を正当化しようとしていたこと等を自分からちゃんと吐露したのはとても良かったと思う。この渾身の自虐シーンは正直自分が嫌いなダメ人間の俺のような人間にはかなり響いた。まずここで感情移入がかなり捗ったのがポイント。続くレムのスバル君が好きなところを順に上げていくシーンは良いシーンだとは思ったものの、少しリアリティは欠くかな(というかスバル君に甘すぎないかな)とは思った。けれど、スバル君が今の無力な結果を呈している自分を嫌いで、自分のことは自分にしか分からないと考えているとしても、それでもレムにはレムでスバル君の存在に抱いた救いがあったのだ、それは逆にスバル君にも分からないことなんだ、というセリフには説得力があった。正直、レムが鬼の村で過ごしていた描写はかなり重い印象が強かったんだけれど、その溜めがあったからこそ、今になって『スバル君に救われて止まっていた私の時間も動き出した』というセリフに説得力が出たんだと思えた。そして、『自分の止まっていた時間が動き出したように、今度はスバル君の時間も動かそう、そう、ゼロから始めよう』という言葉は福音のように響いた。
 それでスバル君がエミリアが好きだとか言い出すから俺も他のアニメ視聴者組と同様にしばし凍りついてしまったのだけれど、アニメでは描写しきれなかった原作のレムのセリフをまとめサイトとかで補完し、更にもう一度18話を見返すことで、大体の二人の心情的な流れは分かった。少なくとも、レムがエミリアのことが好きだ、とスバルに言われても、心を離さない理由については納得できた。
 そもそも今回の話でスバル君は『エミリアとか王選のことは諦めてここから逃げて二人で暮らそう』とレムに持ちかけている。これは後ろ向きではあるものの、パックの氷漬けからレムだけでも逃がそうという意味も含んでおり、実質的なプロポーズである。だが、レムは未来の日々を色々と空想した上で、スバル君に女性として選ばれることを拒絶する。これはスバル君が前向きではなく後ろ向きにこの提案をしているから、というのも理由ではあるけれど、本質的な理由としてはレムの中ではスバル君と結ばれたいという気持ちよりも、『自分を英雄として救い出してくれた、自分の時を動かしてくれた』人生レベルの大恩人であるスバル君の勇姿の方が優先されるからである。
 勿論、レムはスバル君のことを男性として好きではあるのだけれど、それよりもスバル君に英雄として立って欲しい、それを侍女的な献身的な愛で支えたい、というのが第一歩に来るのだ。
 そして、スバル君はエミリアを好きだと言うが、これは大きな物語の流れで掴めば、英雄としてもう一度立つぜ、という意味に等しいだろう。
 だからレムはスバル君が自分と逃げて小さな幸せを得るよりも、エミリアを救うために立ち上がったことに涙を流した訳だ。それはレムが英雄と感じる、大好きなスバル君の再臨である訳だから。
 レムとの語らいの中で視聴者が昂ぶっている中でいきなりエミリアが好きだ、とかスバル君が言い出すから流れが断ち切られたように感じられる、エミリアを救うのはそれはそれでいいけれど、今は今回のやり取りで好きになったレムのために立ち上がるぜ、という言い方でいいんじゃないの? と思う人も多いだろうけれど、これまで物語上のメインヒロインとして扱われてきたエミリアと両天秤のようにレムが主人公の中で重要な存在になったことが、『君を見てる』『君が見てる』『だから俯かない』と続けられることで証明されているように思える。
 エミリアを救うために、そしてレムの期待を裏切らないために、もう一度立ち上がろう、という心理。救う相手と支えられる相手。どちらも足りない主人公であるスバル君には大事な存在なんだろう。ってこう書くと何かこう両手に花っつーかマクロスFのお前がお前たちが俺の翼だ! を思い出すけれどね、ええ。まあラノベだしいいや。

 あー、それにしても、やっぱりなろう作品は底辺っぽいマインドの人を串刺しにしますね。今回の話も感情移入するか、他人事モードでセリフなげぇよってなるか、視聴者によって分かれただろうな……異世界に行って俺tueeee、モテモテよりはストレートに自虐してくれた方が感情移入は捗るね。逆に言うと普段の調子に乗ってちょい行動力ある風味のスバル君には若干感情移入できないのもあり。今話は溜めて溜めて主人公の自らの無力感の吐露、そして主人公とヒロインの関係性の再定義をやったっていう意味で重要な回だったと思う。
 が、アクションやゲーム展開重視の人には残念ながら『進まねえ……なげえ……』って感じだったのかな。俺としては、これで原作買うまであるくらいには刺さったね……泣いたね虚脱したね……っていうか娯楽系統でここまで感情移入させられたのは久しぶり。こう、自分がダメなんだ、って叩きつけるように叫ぶまで行くとなかなかないものね。そういう意味で貴重だったと思います。
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永遠に完成しないめどみちゃんの、

 放課後、私が美術部の部室である美術室の扉を開けると、そこには部長が一人で佇んでいました。
 ――いいえ、正確には部長の前にめどみちゃんが並べられていました。
「部長、こんにちは」
「ああ、君か。すまない、今日のめどみちゃんはもう使ってしまったんだよ」
 まあ、めどみちゃんを使うのなんて、部長くらいなんですけれど。
「今日の首尾はいかがですか?」
「ふむ。君はどう思うね?」
 私は改めて、美術室の机を寄せて作られた寝台の上に並べられためどみちゃんに目を向けました。めどみちゃんは美術部の備品の人間です。
 めどみちゃんは全裸に剥かれていました。自然と私の目はめどみちゃんの胸に向いていました。相変わらず綺麗な乳首をしています。
 取り合えず胴体は仰向けになっていて、胸の少し下を手で隠すように、腕はバッテンの形で交差しています。指先は全て切断されており、五つずつ両肩の横に並べられていました。
 足は水泳のバタ足をする時のようにピンと伸ばされており、やはり足の指先も切断され、左右のお尻の脇に並べられていました。私はまじまじとめどみちゃんの性器を観察しました。今日も綺麗なピンク色をしています。
 部長が悪戯げな声をかけてきました。
「君はめどみちゃんの性感帯を観察するのが好きだねえ」
 せ、性感帯って……いや確かに乳首を見ていたのも事実ですが。
「同じ女子として色々気になっちゃうんですよ!!」
 勢いづいて言い訳する私です。ぜんぜん全く関係ないですけれど、部長はやっぱり綺麗な色をしている方がいいんですかねっ、とか思ったりしちゃったり。
 ……こほん。
 ともあれ今日のめどみちゃん鑑賞に戻るといたしましょうか。
 めどみちゃんアートとしては重要な部位である頭部ですが、今回は首から上が切断され、首だけで机の上に立っていました。丁度、首の切断面の方を、めどみちゃんの顔が向いています。その目は閉じられていました。そして、めどみちゃんの長い髪は、ばさあ、と周囲に広がっていました。見方によっては、めどみちゃんの首が単体で、クラゲのような新種の生物になったようにも見えます。髪に覆われて切断面は見えませんが、指と同じ小物的にめどみちゃんの耳は切り取られており、頭の上に乗せられ、髪飾りの役割を果たしていました。
「……どうだね?」
 私には答えようがありませんでした。めどみちゃんアートはやはり部長の芸術であり、その良し悪しは私にはよくわからないのです。いつものことでした。
「やっぱり私には、部長がご自分でどう感じるかが重要なのだと思いますよ」
「そうか、そうだな……うーむ」
 部長は顎に手を当てて、深い思考の海に溺れていきました。

 しばらく前から、私は部長の悩みは尽きることがないだろうな、と気付いていました。美術部の備品であるめどみちゃんは普段は物言わぬ人間であり、その身体をどのようにバラして飾りつけるのも思いのままです。しかし、めどみちゃんはあくまで練習用の人間なのです。そこに根が深い問題があると私は感じていました。
 めどみちゃんを使えるのは一日一度なのですけれど、逆にどんなにバラバラにしても一夜明ければめどみちゃんは五体満足な物言わぬ人間に戻ってしまうのです。
 それこそが問題でした。
 つまり、めどみちゃんは芸術作品にしてもその状態で保存が出来ないのです。そのため、部長はいつまで経ってもよりよいめどみちゃんアートを求め続けてしまうのです。成功だろうが失敗だろうが、一度完成させてしまえば部長もめどみちゃんに諦めがつくでしょうに、めどみちゃんが永遠に完成しないばっかりに。

 私は近々、部長に告白するつもりでいます。どうか、めどみちゃんの代わりに、私を使ってくださいと。めどみちゃんと違い、ぶっつけ本番で、一度きりの生命ですけれど、部長には私を完成させて欲しいのです。
 いざ、制作が始まれば、めどみちゃんと違って私は泣き喚くでしょうし、乳首もあんなに綺麗じゃないし、性器もあそこまでピンク色ではないです。フラれる可能性だっでありますけれど、私だってめどみちゃんに負けてられない、そう思うんですよね。
 だからその時は、どうかよろしくおねがいしますね、部長。
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殺人鬼ちゃんと強姦魔くん

 それは僕がいつも通り、冒涜的な一連の作業を終えた後の事だった。月明かりに照らされた路地を更に奥に進むと、そこには君がいた。君はこの界隈では有名な連続殺人鬼だった。君の足元には、腹を掻っ捌かれて腸を引き摺り出された中年男性の死体があった。
「やあ、こんばんは」
「…………」
 僕は挨拶をしてみたが、君は一瞬だけ、その昏い目でこちらを睨んだだけだった。
「それにしても、どうして君は人殺しなんかしているんだい?」
「――酔狂な質問ね」
 連続殺人鬼を捕まえておいて、なんて今更な問いかけなんだ、って感じか。
「逆に聞くけど、じゃあ貴方は何で今、生きているのかしら?」
 『逆に』になっていないと僕は思った。
「睡眠って心地良いと思わない? 意識を手放した休息の時間を、人間は快楽として受け止めるのよ。ありとあらゆる活動は、人間にとってストレスだわ。そして、睡眠は一時的な休息に過ぎない。でも、死ねば永遠にどんな悩みも手放せるわ。死こそが永遠の解放なのよ」
「なるほど。君はそういった思想の元に死を押し付けている訳だね。身勝手にも」
「……ええ、そうね。でも、それは今しがたも女性を強引に犯してきた貴方には言われたくないけど」
「何なら今から君ともセックスしてあげてもいい」
「そして、首を横に振れば強引に犯してくるって寸法ね。お断りよ。襲いかかってきたら、貴方の首を引き裂いてあげる」
「それは怖いな」
 君は呆れたようにすぐに去ってしまった。別に君になら殺されてもいいかな、と思った僕は少し残念だった。
 一人でこの路地にいると、噎せ返るような匂いがした。血の匂い、精液の匂い、吐瀉物に腐敗物。何だかここがどうしようもない行き止まりのように思えてきた。
 ここに女を連れ込んで性欲を吐き捨てるという行為は、徒に僕のエネルギーを変換して浪費して、更には一人の人生を残忍に踏み躙っているだけだ。生産的な意味は何もない。僕は何の役にも立たない。どころか、人に迷惑をかけているだけだ。
 笑えてきて、あるいは泣けてきて、僕は月を見上げる。少しばかり感傷的な気分になっていた。
 そして、獣のような声が聞こえて、背中が熱くなった。
 刺された。
 僕が先程強姦した女性は、僕に馬乗りになるとナイフを滅多刺しにしてきた。修羅の形相だった。その表情はある意味凄い必死に生きているなあ、という感じで、さっき会った君や、あるいはきっと僕よりも熱量を持っている感じだった。それが可笑しくて、僕は笑った。何を真剣になって生きちゃってるの?
 罵声が聞こえる。
 月が綺麗だった。
 君に殺されないのが、少しばかり残念だ。
 僕は死んだ。
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カオスチャイルド返信続き(tomさん)
コメント無題byモ工
削除

07月08日 12:50
IP:126.204.57.224
色んなコメントが削除になっちゃってますね~
そろそろ選挙だよ
よく考えて入れるんだよ

 明日法事があるからもう投票はしてきたよ。
 よく考えたかは分からないけれど……まあ、確かに投票するとなると色々考えることはあるね。

 憲法改正に賛成か反対かというのが大きな争点になり、それだけでもどちら側の政党に入れるかは分かれてくる訳だけれど、俺は野党側に入れたよ。
 モコウは俺のこれまでの経緯を見てるから分かるんじゃないかと思うが。
 安倍総理が嫌いで、最近は日刊ゲンダイって新聞を見たりしているんだけれど、去年から今年に掛けて3.11後の政府の情報隠しについて調べて、陰謀論とかスピリチュアルとかを辿って、まあ、ジャーナリストとして分かりやすい人を挙げると堤未果さんとかなのかな、アメリカに追随していくことの不味さみたいなのはかなり分かってきた訳でね。だから安倍総理単体というよりは小泉劇場から続くあまりにもアメリカの傀儡過ぎる自民党へは入れたくねーな当然って感じか。アメリカは詐欺と人殺しがうまいよねって思ってるんだけれど、自民党も着々とそういう政党へ進化しつつあるな(笑)
 多分、俺が自分でも片手落ちだと思うのは日本に入り込んでいる中韓の影響力を把握しきれてないところだとは思うんだけれどね。ま、安倍総理だって、統一教会と深い関わりがあるし、ネトウヨを煽っているだけで政治家という時点で中韓の暗部とは関わっているんだろうけれど。
 TPPだとか、集団自衛権だとか、まあ、アメリカの年次企画書の通りに自民党は特にやってきた訳だけれど、それが誰のための物なのかっていうのはもう明らかな訳でね。一部の人だけのためにある。原発利権とかもそうなんだけど。
 集団的自衛権は中国を想定している訳ではなくて(中国から自衛するのは個別的自衛権で対応できる訳だから)、国力が落ちているアメリカに代わって、中東でアメリカが積み上げてきた血の歴史の尻拭いを日本が担いなさい、と。
 中国を警戒しているっつったって、本当に交戦状態になったら真っ先に原発にミサイルぶち込むわな。何かまあ、色々矛盾しているのが学歴がない奴も容易にわかるわけで。これは何だろう、普通にプロパガンダに踊らされすぎずに単純に現実を見つめてみたら分かる話だとは思うんだけれどな。
 だから、とにかく利権ありきで、厄介なのはそれでトップから下の会社員・作業員込みで『それで食っている』人が既に大勢いるって現実なんだよな。だから容易にこれは崩せない。地震が多い国で原発やって、まあ危ないだろうなって思われても先進的だー新しいエネルギーだーで押し切って、でも結局地震で事故って……って完全にリスクが露呈したにも関わらず、原発再稼働とか言ってる。子供でも分かることを大人が分からないフリをするのはやっぱり利権があるからだよな。
 安倍総理も『完全にコントロール下にある』とか言っちゃう。実際は何も出来てないに等しい。ほとんどそのまま残ってる。チェルノブイリみたいな石棺処理すら出来ない。そして、データには残らないけれど人も放射能で死んでる。免疫が下がる。急死が増える。それはもう何かこう「最近人死ぬね」くらいにしか認知されないけれど。芸能人もクリエイターもガンガン死ぬ。汚染土が各地に運び込まれていることを知ってる人は知ってるし、イギリス在住の人とかは日本は普通に放射能まみれだよね、ということを平気で言う。
 まあ、現代における身体リスクって放射線だけじゃないけれど、一つの健康被害は起こってる。
 あと、近くの国に侵略を繰り返す中国に相対するために軍事力が必要って意見についてだけど、俺は一回アメリカと袂を分かってからじゃないとダメなんじゃねーかと思ってる。実際に交戦が始まった際にアメリカが守る保証はないみたいな意見もある。未来のリスク的じゃなくて、今日的に考えて日本に武器を作らせ、原発を維持させ、また兵力を供給させようとしているのは中国じゃなくてアメリカな訳だしな。
 米国の大統領でトランプが候補にいるけれど、俺はアメリカが自国だけのことを考えてくれるのはいいことだと思うね。アメリカは世界トップの軍事力みたいなことに甘えて無法を働き過ぎたよ。犯罪国家だから。トランプは『イラク戦争は失敗だった』ってはっきり言ってるしそこは評価できる。アメリカは弱ってるんだし、国力の回復を考えるのは当然。
 何かあまりにも親米の洗脳に染まり過ぎて、日本人は戦争で核爆弾を唯一使ってきたようなマッドな国家がアメリカだっつーのを忘れちまってるんじゃないかって思うんだよね。アメリカは銃社会で乱射事件が日常的に起こってるし、強姦の件数だって韓国よりアメリカのが多いんよ。
 俺はアメリカとの関係をこのまま維持するのがいいとは思えない。
 地政学的に考えれば近隣の大国である中国やロシアとの関係を正常化する方が未来があるでしょ。
 何か科学の発達には戦争が関係しているとか何とかそういう言葉で誤魔化されがちなんだけれど、当然、快楽殺人犯よりも戦争の方が国家犯罪だから罪の大きさでは重いに決まってんだよねw
 どんなに善行を積み重ねようと一回犯罪したら終わりなのが一般人の社会生活なのに、アメリカという国家は裁ける存在がいないために悪いことをし過ぎた訳だ。でもまあ、当然の結果として国力の衰退を早めた。当たり前のことなんだがね。
 まあ、俺の一票で何が変わるという訳ではないが、ある程度考えて投票することで自分のスタンスが定まるのはいいことかもしんねーな。

 いかにこう奴隷と資産家を二分化するかっていうゲームが行われていて、そしてそれに資産家として参加するのに必要なのは才能とか努力とかじゃなくて生まれなんじゃねーのかと考えられていて、もう世界をちゃんと変えるには特権階級と特権階級を有するルールを作ることに長ける人間を一族郎党あの世に送るしかねーのかな、とか、そういうことを考えてる。実際そうでもしねーと原発も止まらねーだろうな。実際には。今の人間ってもう露骨には暴力には訴えないだろうけどね。でも何かこう、署名活動とかいくらしても『ルールを決める側』が変わらないと無理で、で『ルールを決める側』はそれはそれでもうそう生まれついちゃっててそれ以外できないある意味バカなので、まあもう死ぬしかねーんじゃねーのかな、とは思う訳だな。誰もそれをしないし、現実的じゃねーから今日も腐った世界は存続するわけだがな。
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