※あれから、15年。〜母と僕のニューヨーク(1)〜 | 泣き虫デザイナーのニューヨーク奮闘記、 のその後、それからの ご あきうえ

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I am a fashion designer.
Creating clothes is my passion. I've designed clothes and accessories for actors, singers, and other media personalities.




「あれから、15年。母と僕のニューヨーク①」


「あのな、母さん
オレがNY行ったらどうする?
母さん、一人なるやん。
大丈夫かなぁ。」

15年前、僕は母に言いました。



これね、NY行きが決まってからの会話ならわかるよね?


でもさ、これね
ASAYANの「世界にはばたくファッションデザイナーオーディション」に
応募書類を送った直後の話なの。   笑

まだ、審査も始まってないのに
応募しただけなのに…

その年、数年一人暮らししてた大阪の茶屋町のマンションを引き払って
実家に帰って母と二人で住んでたの。
他の兄弟はみんな早くに結婚して家庭持ってたからね。

まぁ、一人暮らし中もご飯は実家に毎日の様に食べに行ってたし
週に一回は洗濯物も実家に持ってって母がやってくれてたから
一人暮らしらしい、一人暮らしでもなく
逆に僕が一人になった方が母は心配だったと思う。
今、思うとね。



「あのな、母さん
オレがNY行ったらどうする?
母さん、一人なるやん」

15年前、僕は母に言いました。



書類審査の結果も出てない、国内審査も始まってない、
ただ応募書類を出しただけの段階なのに
もうNY審査まで進む気になってる息子…

自分が勝手にNYに行く前提で、
自分のが一人で生きて行けないのに、母が一人になったらどうしよう…
って、とんちんかんな心配をする息子…


そんな馬鹿な息子に、母は
「行って来なさい。
母さん大丈夫やから。
絶対に受かるわ。
なんの心配もしなくて良いからね。
頑張りや。」

母さんは笑顔でそう答えてくれた。
ただ、普通にそう言ってくれた。


今日ね、両親のお墓詣りに行った後
実家に少しだけ戻って、母さんの大切な手紙や写真が入ってる引き出しを見てたらね、

このFAXが見つかってん。

オレ、初めて見る。
大事に密封されて保管されてた…

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15年前、僕がオーディションでグランプリを獲った時、
ASAYANのスタッフさんが、母に送ってくれた連絡のFAX。

母はそれをずっとずっと、
大切にしまってくれてたんや…

もう誰も住んでいない実家で久しぶりに涙止まらなかった。

母さんはこのFAX送られて来た時、めっちゃ喜んでくれたんやな。


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