弐の段 玖(急)『猛る夜叉』 | 仮面ライダー響鬼・異伝=明日への夢=

弐の段 玖(急)『猛る夜叉』

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 最初、その場に居たもの全てが何が起きたのか理解するのに数刻を要した。
 地下道に響き渡る、轟音とも呼べる獣の様な雄叫び(おたけび)

 その中心に座すは、深い群青の肌。若々しき真紅の立体的な隈取。頭部には鬼レリーフから天を突くような「角」が。腰には五芒星のバックルが装着されており、そしてその(かいな)には、鉈とも肉切り包丁とも思える、分厚い短刀を携えている。

 そして、理解した。

『それ』は『鬼』だと。

 ただし、「異形な」──


「それ」は「口元」を開き、かはぁ……っと白い息を吐いて、ぎっとスズメを睨ん(にらん)だ。


 あきらを振りほどいたスズメは、背中に冷たいものが走るのを抑えられなかった。
 それが恐怖だと知るには時間はかからない。
『それ』が放つ殺気と猛威はそれほどまでに圧倒的だったのだ。
 そして押さえ切れない戦慄と共に、ようやく喘ぐ(あえぐ)様に言葉が次いで出た。

「──『夜叉王』……っ!」

『夜叉王』と呼ばれた『それ』は、まるで肉食獣が獲物を捕らえるかの様に、スズメに襲い掛かった。 

 




 夜叉(または薬叉)は、原典となる古代ヒンドゥー神話ではヤクシャ・またはヤクシニーと呼ばれ、人を食らう鬼神であると同時に、森林・水などに棲まう神霊であり、癒しの力を司り医学に長けた精霊ともされていた。

 現代の仏教においては、転じて地獄の獄卒である他、毘沙門天あるいは薬師如来の眷属として、悪を懲らしめ無病息災を司る役割を得るに至っている。
 そして代表的な金剛夜叉明王は北方を守護し、敵や悪を喰らい尽くして善を護る仏。あるいは戦の神として祈願される事となった。

 悪を食らい、病魔を払い、傷を癒す。
 戦と癒し、相反するものを備えた『鬼』

 ──それが『夜叉』という存在である。






 最初、あきらは目の前で何が起きているのか、理解出来ず呆然とその『鬼』を見つめていた。
 スズメに突き飛ばされて受けた擦り傷の痛みすら、どこか遠くのものの様に感じられる。
 突如として明日夢が居たと(おぼ)しき場所から轟音を立てて水柱が立ち、目を開けてみれば響鬼にも似た『鬼』が立っていたという事実が、あきらを混乱させていたのだ。

「あ、安達……君?」

 恐る恐る声をかけて見ると、その『鬼』は僅かに首を動かしてあきらを一瞥した後、まるで獣の様に女天狗──スズメに襲い掛かった。

 念のために明日夢が居たと思しき場所を見てみるが、明日夢の姿は無かった。

(やっぱり…… でも、なぜ!?)

 戸惑うあきらは、呆然とその『鬼』が戦う様を見ていたが、背後からうめき声が聞こえて意識を取り戻した。

 うめき声の方を見やると、そこには頭を抱えて路上でのたうち回っているひとみの姿が『見えた』

「持田さん!?」

 あきらは慌てて駆け寄って抱き上げ、そして息を呑んで驚愕した。
 なぜならひとみの額に、額冠の様に朱鬼のような『鬼』のレリーフが浮かび上がっていたからだ。

「何なの……これ」

 あきらは喘ぐようにそう呟くのが精一杯だった。

「いた……い、頭、痛い……っ!」

「しっかりして! 持田さん!!」

 あきらはひとみの苦悶の声に改めて自分を取り戻し、しっかりとひとみを抱きしめた。

(一体……何が二人に起きてるの?)

 ひとみを抱きしめながら、あきらは再び戦う明日夢を見た。
 隠し切れない不安を込めて──






 一方で京介とハヤテの戦いは膠着状態になっていた。
 理由は明らかで、突如として轟いた轟音と雄たけびに注意が殺がれた(そがれた)からだ。
 それでも相手に切っ先を突きつけ合って、臨戦の構えを解いていないのは流石と言うべきか。

「まさか……明日夢、なのか?」

 京介も見慣れない『鬼』の出現に困惑していた。
 その『鬼』を明日夢と判断したのは他でもない、あきらが何故か苦しんでいるひとみを介抱しているのが『見えた』からだ。
 そして明日夢の姿は見えず、代わりに『鬼』がそこに居る。しごく単純な消去法だった。
 だが、それをすんなりと受け入れられる程、落ち着いてもいられなかった。
 その『鬼』が放つ殺気と禍々しさ。それは明日夢の性格とは最も縁遠いものだ。

 京介が知る明日夢は、明るく芯が強く、臆病に見えるほど人の心に優しく触れる気遣いに溢れた少年だ。

 ──断じて、あの様な『モノ』が、明日夢であるわけが無い。

 そう、信じたかった。
 例え目の前の光景が現実だったとしても──
 
 ここに至って、女天狗が言っていた『神隠し』の呪法がすでに破られて居たことに気がついた。
 あきらとひとみの姿がしっかり『見えて』居るのがその証拠だ。
 ──だが、何故?
 まさか── 明日夢が『変身』した衝撃で『破られた』のだろうか。
 タイミング的にはそれが正解の様にも思えるが、にわかには信じがたい。
 
 だとすれば、何という『力』か。
『変身』しただけで、呪法を無効化するなどとは。

 京介は知らず息を呑んで、その『鬼』を見つめた──






 仄暗い(ほのぐらい)某所。
 その様子を『鏡』で見つめている男がいた。
 精悍で、研ぎ澄まされた日本刀の様な面差しのその男。
 ザンキにも似た容貌のその男は、口元には喜びを。眼差しに憐憫の色を宿らせ、変身した明日夢をじっと見つめていた。

「……まさか、このような形で『覚醒』するとはな」

 だが、と呟いて、男──邪鬼は目を閉じた。

「『種』は芽吹き『苗』となった……後は、『花咲く』のを待つのみ」

 邪鬼は、そう言うと立ち上がって背後に居る『モノ』達に視線を向ける。

「大望の時は近い。 準備にかかるとしよう」

 闇の中に居る『モノ』達は、それぞれの言葉で「応」と返した──






 身体が熱い。

 心が猛る。

 明日夢は衝動のままにスズメに襲い掛かった。
 我武者羅(がむしゃら)に短刀を振るい、狼の如く襲い掛かり、猿の様に体をかわす。

 そこには技も何も無い。
 それこそ野獣の様な戦いであった。

「ちぃ──っ!」

 スズメは明日夢の攻撃を紙一重でかわし続けるが、何せ相手は野獣同然だ。技もへったくれも無い。 動きが読みにくいことこの上無かった。
 
 それに、あの『短刀』

 本来なら、『鬼』が──いや『人ならざるモノ』が持ちえるはずが無い、『人が人外のモノ』を『斬る』為の短刀なのだ。

 なぜそんなものが、この『鬼』の手に。
 いや、それよりもこの剣に斬られれば、それだけで致命傷になりかねない。
 スズメは逆手に持った小太刀を正眼に構えなおした。
 
「るがぁあああ!!」

 雄叫びを上げて『鬼』と化した明日夢が右手の短刀を振り上げる。
 そして振り下ろされるその刹那、スズメの小太刀が狙い誤ることなく手首を切り、返す刀で胴を薙ぎ、更にその勢いで左肩口から袈裟懸けに一刀両断にした。

 ガラン、と音がして、明日夢の両手から短刀が落ちた。

「明日夢!」

「やったか!!」

 京介の絶叫とハヤテの喝采が重なる。

 ──だが

「ぐるぅ……っ」

 棒立ちになった明日夢の身体に異変が起き始めていた。

「なっ!?」

 スズメはその様を見て驚愕した

 群青の肌から水が滲み出て、千切れかかった右手首が、そして通常なら即死してもおかしくない腹部と肩の傷が、まるで時間を遡るように再生していくではないか。

 確かに『鬼』には通常人とはかけ離れた再生能力がある。
 例えば筋肉を酷使すると、それが一端破損し、より強固な筋肉に鍛え上げられる様に、超高速の再生能力をもって、通常人とはかけ離れた剛力や跳躍力を身に纏う(まとう)事を可能としているのだ。
 
 だが、それにも限度と言うものがある。

 例えばザンキが膝や心臓を痛め、ついぞ回復することが無かったかのように、有る程度は『人としての肉体』に限界があるのだ

 だが、目の前の明日夢の回復力はその範疇を遥かに越えていた。
 さもなくば、千切れかかった手首が、臓腑や心の臓に達する傷が、どうして瞬時に癒えようか。
 
 スズメは思わず後ずさりして、呻いた(うめいた)

「ば、化け物……っ!」

 と。

 その怯えを、明日夢の中の『鬼』は見過ごさなかった。
 猿の如く飛びかかり、その両手首をぎりぎりと捻り締め上げる。

「きゃあああ!!」

 そんなスズメの悲鳴など歯牙にもかけず、明日夢は更に腕を広げてスズメの腕を引きちぎらんと力を込めだした。 
 ガランと音がして、スズメの手から小太刀が落ちる。
それどころか、明日夢はその牙を剥いてスズメの首筋になんと齧り(かじり)ついた。

 絹を切り裂くような悲鳴が地下道に響き渡る。

 誰もが耳を塞ぎたくなるような、それは断末魔の絶叫だった──






 流石にもう見ていられなかった。文字通り地獄の悪鬼となる明日夢の姿を。
 あきらは必死になって明日夢に懇願した。

「安達君! もうそれ以上はやめて下さい! そのままじゃ、そのままじゃ!」

 後は、言葉にならなかった。

 そんな時だった。
 
「あ、まみ……さん」

「!? 持田さん!」

「安達君……どうし、たの?」

 そして震えて差し出された手は
 ──鬼に変わり始めた、ひとみの手、だった。

 それを見て、あきらは息を呑まずにはいられなかった。
 そして、直感した。 このひとみの変身は、明日夢の暴走につられているのだと。

「安達君、しっかりして下さい! 元の安達君に戻って! このままじゃ、持田さんが……っ、持田さんが!」

「も ち だ ……?」

 明日夢はその名前に初めて反応した。 かじりついていた、スズメの首から顔を離し、あきらに視線を移す。

 その一瞬だった。
 明日夢の前を駆け抜け、スズメがその風にさらわれた。
 風が駆け抜けた方向を見やると、出口付近でスズメを抱いたハヤテの姿が有る。
 まさに一瞬の出来事だった。

 ハヤテは怒気をはらませて言い放った。

「やっぱりその『遺産』は危険だ……っ。 手前ぇら、絶対後悔するぞ。今ここで俺たちに素直に殺されなかったことをな!」

 それだけ言うと、ハヤテとスズメの姿は突風を残して飛び去っていった。

 後には、一陣の風が残された。






「好き勝手やって、言いたい放題いいやがって。
 おい、明日夢! しっかりしろ、大丈夫か? 明日夢!」

 駆け寄ってきた京介は、渇を入れるように明日夢の身体を揺さぶった。
 すると明日夢はのろのろと京介の顔を見る。

「きょぅ……すけ?」

「ああ、俺だ!分かるな!?」

 すると明日夢の顔の変身が徐々に解除され、元の優しい面差しに戻る。
 ただ、焦点があっておらず、目はうつろな状態だった。
 京介も顔の変身を解除してしっかりと明日夢の目を見る。

「……持田は?」

 ぼそりと感情のこもらない明日夢の声に、京介はあきらに視線を移した。
 あきらもそれに気づいてひとみの様子を伺う。

 額冠状の鬼のレリーフはすでに消えうせ、手も白魚のような白く柔らかいものに戻っていた。
 ただ、意識を失っているのか、目を閉じて反応が無い。
 あきらが手早く脈をとる。 その脈が正常に働いているのを確認して京介にうなずき返し、明日夢にも言った。

「持田さんは、大丈夫ですよ」

「よか……った」

 その時、初めて明日夢の表情に微かな笑顔が戻った。
 それを見て、あきらは安堵すると同時に、何か胸にちくりと針が刺さる様な感覚を覚える。
 ──それがひとみへの「嫉妬」であったと自覚するのには、後日のことである。
 だが、今はそれどころではなかった。
 安堵したのか、変身したことへの疲労なのか、明日夢もまた膝を折って倒れこんでしまったのである。
 そして、首から肩にかけて元の素肌に戻っていく。

「やば! あ、天美! ちょっと向こう向いていろ!」
 
 その言葉に思わず頬を桜色に染めて、あきらは慌ててあらぬ方向に視線を向けた。

「あー 予備の服あったかな……」

 少し離れた所で京介がごそごそと何かを探している気配がする。
 あきらは明日夢が心配で、思わず視線を戻しかけるが、視界に明日夢の素足が見えるとまた慌てて視線を別方向に向けるという、傍目には奇妙な行動を取り続けていた。

 そして数分が過ぎて

「これで良し……っと。天美、もう良いぞ」

 京介のその言葉に、ようやく安堵のため息をついて明日夢の方を見た。
 明日夢は少し大きめの学校指定のジャージを着せられ、バッグを枕にこんこんと眠っているように見える。
 ただ、その呼吸と表情が穏やかだったので、あきらはようやく安心することが出来た。

「でも、明日夢のヤツ、なんでこんな物持ってたんだ?」

 変身を解き、着替えを済ませた京介は、明日夢が持っていた2対1組の無骨な短刀を興味深げに見た。
 短刀と言うより、鉈か肉切り包丁かという奇妙な代物である。

「まさか、これも『遺産』てヤツ……なのか?」

 そうして京介が短刀に手を伸ばした時。

 バチィイイ!! と激しい音がしたかと思うと京介の身体が、鞠の様に吹き飛ばされていた。

「き、桐矢君!?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だけど……」

 苦悶の表情で右腕を押さえている。まるで大電流に感電したような有様だった。

 試しに恐る恐ると、あきらがその短刀に触ると──

「熱っ!」

 吹き飛ばされこそしなかったものの、まるで熱湯につけた様に手のひらが真っ赤になっている。

「なんなんだ? これ」

「さぁ……」

 まるで得体の知れない、おぞましい物を見るように、京介とあきらは不安げに顔を見合わせた。

 そう言えば、この短刀を見たときの女天狗の取り乱し様も不可解だった。
 どう見ても、この『短刀』のことを知っていたとしか思えない。
 何か曰くつきの品なのだろうか。

『鬼のあんたが、なんで持てるの!?』

 ──確かにあの女天狗、スズメはそう言ったのだ。
 となれば、『鬼』に深く関わる品であろうことは想像に難くない。
 とはいえ、ここであれこれ悩んでいても時間の無駄だ。 

「とりあえず、俺支部に連絡して来る。迎えに来てくれるようにって」

「そうですね、それが良いと思います」  

「じゃぁ、二人のことを頼む」

 そう言い残すと、京介は電波の届く範囲、地下道の出口まで駆けていった。

 残されたあきらは、バッグからスポーツタオルを取り出し、転がっている剣をとりあえず、恐る恐ると手に取ってみる。
 今度は熱さは感じなかったが、何か得体のしれない『何か』が身体の中に入り込んで来た。
 そのおぞましさに眉を寄せながら、手早くタオルにつつんでバッグに入れる。

 それにしても──と、あきらは思う。

 どうして二人がこんな目に、と。

 地下道を冬の冷気が走リ抜けていく。

 でも、背筋が思わず寒くなったのはそのせいではないだろう。


 あきらは、これから襲い掛かってくるであろう災厄に、密かに身体を震わせ己の肩を抱いた。

 ──そう
 これは『始まり』に過ぎないのだと。


 鈴鳴る腕輪編=完=

 次回『忍び寄る悪鬼篇』開幕



 

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