弐の段 捌 『駆ける白銀』 | 仮面ライダー響鬼・異伝=明日への夢=

弐の段 捌 『駆ける白銀』

[仮面ライダー響鬼] ブログ村キーワード[二次創作小説] ブログ村キーワード 

 眼前の『天狗』が朱塗りの小刀を(かざ)すと、いかなる(わざ)か、その小刀が刃渡り二尺ほどの太刀(たち)へと変化した。
 天狗はその太刀を抜刀すると、無造作に京介の脳天めがけて打ち下ろす。

 だが京介は冷静にその太刀筋の軌跡を読み、音叉をもってその太刀を受け流し、流れに任せるように太刀を逸らしながら身を(ひるがえ)した。

「させるかよ!」

 そして、受け流した衝撃で凛と鳴動する音叉を額に翳す。
 音叉の凄烈な音が京介の額から全身を震わせ、その『響き』が全身に『力』を(みなぎ)らせ、爆発するように開放される。

 お
 おおおおおおおおおおおおおお!!

「覇ぁ!!」

 白銀の炎が全身を(まと)い、裂帛の気合と共に弾けた。

 飛散した美しい炎の後に残されたのは、若々しく研ぎ澄まされた刃のような白銀の姿をした『鬼』であった。

 変身した京介は流れるような動作で音叉を腰に装着し、そのまま腰の後ろに装着してあった音撃棒を構える。
 そして眼前の『天狗』の相対しつつ、明日夢達の姿を目で追った。
 しかし、どういうわけかその姿を『認識出来ない』。強化された視力をもってしてもである。
 声は聞こえるのだが、その方向も前後左右と方向がまるででたらめだった。

 ──これが女の言っていた『神隠し』の術か。

 だが幸いな事に、『天狗』達の姿は認識出来る。
 ならば今は三人を逃がすために、どうにかしてこの二人を抑えなければならない。
 しかし、悔しいことに二人とも余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の様子で、男の天狗の方は自分と戦う気満々のようだ。
 女の天狗も三人を──否、おそらくは明日夢と持田を追う様子。

 ならばやるべきことは決まっている。男の天狗をけん制しながら、女天狗を追って明日夢達を逃がす時間を稼がなければ。
 無論、頭で考えるほど楽な戦いではない。でもやるしか無いというのが今の状況であることには違いない。
 実を言えば天狗を倒すまではいかずとも、勝算の無い戦いではない。
 師や周囲の先達をも驚嘆させた『あの技』を使えば、あるいは──
 
 意を決し、京介は音撃棒を構えて男の天狗に突進した。






 ──なんだ、これは。
 
 明日夢は女天狗の爪を掴んだ己の腕を、驚愕と恐怖をもって凝視した。

 肩から先がまるで響鬼達『鬼』のように変化している。
 違っているのは、その手首。
 口蓋(こうがい)に鈴を咥えた鬼のレリーフが付いた『腕輪』が装着されていることだ。
 しかもその腕は『力』に満ち溢れ、しっかりと女天狗の爪を掴んで離さない。
 自分でも信じられない握力をもって、女天狗の手首を真綿を握りつぶすかのように締め上げる。
 だが、『鬼』になりきれていない部分。背筋や腹筋、足の筋肉が悲鳴を上げていた。
『鬼』になった部分との力のバランスがまるで取れてないこと、この上無い。

 それを見透かされたされたのだろうか。

「痛──っ!! 離しなさいよ! この『成り損ない』っ!!」

 女天狗は明日夢に蹴りを入れてその腕を引き剥がそうと足掻(あが)き始めた。

 二度三度と繰り返される女天狗の蹴りや拳が、明日夢の腹部や顔面を捉える。
 だが明日夢はその激痛に耐え、身体が悲鳴を上げるのも無視して女天狗の身体をぐいっと引き寄せた。
 そして女天狗がたたらを踏んで体勢が崩れた時──

「くぉおおおおおおおっ!!」

 明日夢はなんと、『力任せに女天狗を放り投げた』
 それは技ですらなかった。
 背筋に激痛が走り、腰が悲鳴を上げ、膝が笑い、それでも『ただ、腕力の剛力』のみで投げ飛ばしたのである。

「きゃ、ぐっ!」

 地下道のコンクリートの壁にしたたかに打ちのめされた女天狗は、よろよろと立ち上がり、頭を振って腰の小刀に手を伸ばした。
 そしてそれが伸びて小太刀の形を形作る。

「痛ぁ~。楽に殺してあげようと思ったのに……っ。あんた、私を怒らせたわね!?」

 よほど頭にきたのだろうか、殺気が膨大し羽に似た鱗状の表皮がぶわりと膨らんでいる。
 痛む右手首をさすりながらも、女天狗はその小太刀を逆手に持ち替えて構えた。

「たぁああっ!」

 襲い掛かる小太刀をとっさの勘でかわすが、元より戦闘術など何も納めていない明日夢では十分にかわすことなど出来はしなかった。
 制服が切り裂かれ、腹部に薄い血の線が走る。
 
「まだまだっ!」

 まるで舞を舞う様な女天狗の斬撃が、明日夢の身体に幾つもの切り傷を負わせていく。致命傷に至らないのが奇跡の様だ。

(このままじゃ、殺される……っ)

 相手が無手ならば、懐に飛び込んで剛力にあかせて締め上げるという手も使え無いではなかったが、武器を持った相手では無謀に近い。
 よしんば懐に入れても、あの小太刀の餌になるのは目に見えている。
 さりとて逃げだしても、腕以外は生身の自分が変身した女天狗相手に逃げ切れるとは思えない。
 それにひとみとあきらの事もある。
 この後に及んでは、二人の女の子だけでもまずは無事に逃がしたいとの思いもあった。

 明日夢は禍々しい鬼の腕となった自分の腕を見やった。
 もしも自分が完全に『変身』出来れば……
 そんな誘惑じみた思いと、変身したとき自分がどうなるかという恐怖がせめぎあう。

(せめて、武器でもあれば……っ!)

 そこまで思考して、明日夢は天啓のように思い出した。
 朝起きた時に枕元に有った、無骨な二振りの剣。
 あれは、確か学校指定のバッグの中に入れておいたはずだ。
 そう思い出して、素早く周囲を見渡す。

 ──有った。

 距離にして十余メートル。

 わずかな距離だが、今の明日夢には絶望的な距離にそれは有った。
 だた、逡巡するのもコンマ数秒。
 明日夢はまるで『引き寄せられる様に』バッグへ向かって駆け出していた。






 京介は苦戦を強いられていた。
 相手の武器は太刀。音撃棒ではいかんせんリーチが足りない。
 しかも、今京介が持っているのは練習用の音撃棒だ。
 実は自分専用の音撃棒も持っているのだが、今はまだ未完成で加えて「たちばな」に保管している。
 持ち前の器用さで相手の斬撃をいなしているが、こと打撃力に関しては不十分なダメージしか与えられないでいた。

「おらおらぁあ! 見かけどおりの青びょうたんかよっ!! 三下鬼がよっ!」

 嘲笑いながら男の天狗──確かハヤテと言っていたか──は、嬉々として斬撃を浴びせ続ける。
 京介はその言葉に(ほぞ)を噛んだ。
 ああ、それは分かっている。 自分は『強い』鬼ではない。
 確かに『鍛えて』人並み以上の力と体力を持つ『鬼』には成れた。
 しかし、一括りに『鬼』といっても個人の持つ素養は様々であり、鬼になってもそれは反映される。
 例えばトドロキなどは元々力自慢とタフさを備えており、()を与えられる前、修行時代の時ですらヒビキを腕相撲で負かす程の膂力を備えていた。
 対して、やはり元々身体能力の点で劣っていた京介は、免許皆伝を控えているとは言え、力強さや剛力とは縁が遠い鬼であったのだ。
 それに一時期自分が変身した後の身体の色に、随分コンプレックスを抱いていたものだ。
 ハヤテが言うように、力強さから程遠い銀に近い青白い色。 まるで貧弱な自分を具現化した様な体色を、かつての京介は嫌っていた。
 
 ──だが、今は違う。

 数合の打ち合いの後、京介は軽く後ろに跳躍してハヤテから距離を取った。
 そして全身をばねのように力ませていたのを緩め、背を伸ばして悠然と自然に構える。
 まるで『戦う気が無い様に』

「あん? どうした。もう(あきら)めちまったのかよ?」

 ハヤテはその様子を戦闘放棄したのかと挑発するような言葉を投げつけた。

 だが、次の瞬間──

「何!?」

 京介の姿が銀色の軌跡を描いて視界から突然消え失せた。
 そう認識する暇も無く、次の瞬間には突然背後から強力な打撃を与えられ、体勢の整っていなかったハヤテは無様に弾き飛ばされる。

「な、なんだ!?」

 すぐ様体勢を立て直して背後を見やると、そこには音撃棒を構えた京介の姿が有った。
 一体いつの間に? と、ハヤテが思う間もなく、京介の姿が再び銀色の軌跡を放って消え失せる。
 次にハヤテが気がついた時には、首を(から)め取られ、足を払われてアスファルトの地面にしたたかに叩きつけられていた。
 そして痛みをこらえて立ち上がろうとすると、そこには音撃棒を高々と振り上げて今まさに自分を打ち据えんとする白銀の鬼の姿が映る。
 ハヤテは慌てて身体を転がし、その打撃から逃れて体を建て直した。
 ダメージ自体は致命的では無いが、認識した途端にダメージを食らうというのは思いのほか効く。例えるなら鼻歌混じりにのん気に道を歩いていて、不意に後ろから殴られるようなものだ。
 ハヤテにとってまるで狐にでも化かされた気分であった。

「手前ェ……まさか『神隠し』を?」

「違う」

 京介は凛として答えた。
 ──これぞ、師たるヒビキが与え、周囲を驚嘆させた京介の『力』

「鬼動法『隠足(おんそく)
 ──これが、俺の『力』だ」
 
 確かに京介は身体能力的には『鬼』としてはそれほど高くは無い。せいぜいが中の下。下手をすれば下の上といったところだろう。
 しかし鬼になる前から持っていた持ち前の器用さと、『とある特技』を師であるヒビキが着目し、徹底的にその持ち味を育てた。
 その結果取得したのがこの『鬼』が使う独自の歩法の一つ『隠足』である。

 京介は身体能力こそ恵まれ無かったが、ある特技が有った。
 それは『気配をほぼ完全に殺すことが出来る』というものだ。

 京介はかつて、『鬼』に成りたくて「たちばな」の秘密の部屋に誰も悟られず入り込んだり、「あの」ヒビキと勢地郎の会話を、当人達に知られずに盗み聞きしたことさえあった。
 それを知ったヒビキは京介のその才覚に着目し、修行の際「俺に隙が出来たら一本取ってみろ」と命じたのである。
 そこで京介は任務で同行する際も、ヒビキの目論見通り気配を殺しながらヒビキに立ち向かっていった。
 もっとも、いつもは逆に投げ飛ばされるというのが定番であったのだが、それを繰り返して行く内に、他の鬼にはまず真似の出来ない『技』にまで昇華させていたのだ。
 そして『鬼』として身体のコントロールが出来るようになった時、ヒビキやサバキ、イブキといったベテラン以外、誰も京介のスピードと奇襲に対応出来ない程にまでこの技を研鑽していったのである。
 打撃力の不足は持ち前の器用さ。そして手数と奇襲で行う。
 ──それが、京介の戦闘スタイルなのだ。

「……随分調子に乗ってるじゃねぇかよ、おい」

 ハヤテがゆらりと立ち上がる。

「お互い様だろ」

 京介が再び構えを取る。

「なら──」

 ハヤテはそれまでの無造作な構えから一転して太刀を担ぐ様にして、前のめりの構えを取った。

「本気、出すとするかぁ!」

 ハヤテの怒声と共に背部から翼が展開。
 そしてハヤテはその名の通り疾風となって京介に襲い掛かった。






 その十余メートルは明日夢にとって果てしなく遠い距離であった。
 しかし、何かに引き寄せられるように明日夢はバッグに向かって駆け出しす。
 敵に背後を見せる。 その危険性が分かるが故に、あえて脇目も振らず走る、走る。

 感覚が引き伸ばされ、永劫とも思える数秒間が過ぎていく。

 ──後少し
 ────あと少し!!

 そしてようやくバッグに手が伸びたその時。

 背中に熱い物が走った。

 切られた、と実感したのはバッグをその手に抱き、無様にアスファルトの上をゴロゴロと転げて回り、向かい側の壁にぶつかってからだ。

「っ痛……」

 痛みに顔をしかめるが、今は傷の深さを気にかけている場合では無い。
 無我夢中で痛みの感覚が鈍麻しているのが幸いだ。
 手早くバッグのチャックに手をかけようとしたが、流石に事態はそう甘くは無かった。

「あんたさぁ……いい加減、往生際が悪いわよ?」

 目の前に女天狗──スズメの姿があった。
 すでに逆手に持った小太刀を両手で構え、高々と振り上げている。

「運が悪かった、としか言えないけどね? せめて成仏してよ」

 そしてその切っ先が振り降ろされようとした時。

「安達君っ 危ない!!」

 突然あきらの声が響いたかと思うと、スズメの上体が揺らいで(かし)いだ。

「何すんのよ! この半端者!!」

 相変わらずあきらの姿は『認識』出来ないが、どうやらスズメに組み付いた様に見える。

 そこで、ふと疑念が沸いた。
 何故あきらは自分の危機を知ることが出来たのだ?
 否、それ以前に『何故天狗の姿が認識出来るのか』と。
 おそらくだが、あきらにも天狗の──スズメの行動が『見えて』いたのだ。そして、その言動から明日夢の危機を察知して組み付いたと考えた方が腑に落ちる。
 つまりこの『神隠し』の術は天狗には効果が無いのだ。
 考えれば不思議な話ではある。
 逆に自分たちの姿を『認識させない』術の方が、たやすく明日夢達を物言わぬ骸と化してしまえたはずなのだ。
 ── 一体、どういう事なのだろう?

 だが今はそれを考えている時では無い。
 このままではあきらの命が危ういのだ。

 明日夢はバッグの底に爪を立て、それを力任せに引き裂いた。
 ガラン、という音がして、鉈にも似た二振りの剣がアスファルトの上に落ちる。
 それを躊躇いも無く、手に取った。


 ドク……ンっ


 その瞬間、下腹部の辺りが熱くなり、そこから『力』が溢れ出してくる。
 その『力』は心の臓に達して、強い鼓動を生み出した。
 更に全身に『力』が駆け巡り、額に痛いほどの熱気を感じる。


 異変が、起こり始めた。


「ぐうぅ……ぐるぅう……っ」

 知らず、明日夢の口から獣が唸る様なうめき声が漏れる。
 
「え? 何!?」

 あきらを振りほどこうと、もがいていたスズメはその声に反応して、明らかに狼狽した。

 明日夢の犬歯が牙の様に延び、顔面には歌舞伎役者のような隈取が浮かび上がっている。
 何よりもスズメが驚いていたのは──

「何で、何であんたが、『鬼』のあんたが『その剣』を持ってるの!?
 違う、『持てるの』!?
 ──あんた、あんた『一体何なの』よ!!」

 悲鳴にも似たその問いに、明日夢は答えなかった。
 その代わり
 
「ぐるぅぁああああああああ!!」

 絶叫と共に、明日夢の足元から瀑布(ばくふ)の如き水柱が屹立(きつりつ)し、その身を包む衣服を引き裂いていく。
 そして、轟音と共に爆ぜた水柱の後に(たたず)んでいた『モノ』は

 深海よりも深い群青の肌と、真紅の隈取を備えた仮面。
 鈍い金色の輝きを宿す、(たすき)の如き胸甲。


 ──完全な『鬼』と化した明日夢の姿であった。

 
 

弐の段 玖(急)『猛る夜叉』<<>>弐の段 漆 『変化(かわ)る腕』

   




にほんブログ村 テレビブログ 特撮ヒーローへにほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ