トイレベンチャー〈その7〉 | アディクトリポート

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休日出勤

 月曜日の午後には定例の会議があり、そちらの方は型どおりの連絡と報告であっさりと片付いた。火曜日から金曜日までは外回りが続く新入男子社員も、この月曜日だけは会議さえ終われば、定時の勤務終了時刻まで、社内でのんびりとしていられる。
 しかし史樹だけは、営業部長の佐久間のところに出向いて、ある相談を持ちかけていた。
「えっ、土曜日とか日曜日に、セールス活動をしたいって?」
 佐久間は心底驚いている。この会社に勤めて以来、部下の社員の方からこんな申し出があったためしなど、一度たりともなかったからだ。史樹は意欲満々な表情でこう答えた。
「はい、もちろん両日ってわけじゃなくて、どちらか一日だけでかまわないんですが……」
「会場使用料や出張旅費は出るけど、休日出勤手当は出ないんじゃないかなあ」
「それはかまいません。とにかく思いついたことは、やってみようと思って」
「何人でやるつもりだい?」
「最初はボクと……あと一人だけです」
 これを聞いて佐久間の瞳がキラリと輝いたが、彼は田所や日高のように、それ以上の詮索はしてこなかった。
「まあ、あまり最初から気張りすぎて、息切れしないようにな。労働基準法とか色々あるから、休日に働いた分は、きちんと届けを出して、平日に休みを取ってくれよ。それから、このことはあまり触れ回らないで、なるべくこっそりやるように」
「はい。でも……どうしてですか?」
「うちはただでさえ、トイレの会社ってことで、カッコ悪くて就職希望が少ないのに、完全週休二日制まで崩れたら、誰も寄り付かなくなっちゃうよ。組合とかに突っ込まれる弱みだって、作りたくないからさ」

      * * * * *

 史樹はこの成果を早速沙織に報告した。
「もしもし、オーケー出たよ」
「やったわ!ありがとう」
「会場は明日ボクが外に出るついでに、まだ説明会を実施したことがなくて、空いているところを探してみるよ。まあ今からでも押さえられるとこなんて、大した場所じゃないだろうけどさ。で、どっちにしようか。土曜日、それとも日曜日?」
 沙織は少しだけ申し訳なさそうに、こう提案してきた。「ねえ、両方っていうのはどう?」
 史樹は驚いて思わずこう言った。「ええっ、そしたら今週は、まるっきり休みがなくなっちゃうよ。それはさすがにキツイなあ」
「私だってそれはわかってるわ。だけどできたら、二日続きでないと試せないことをやってみたいのよ。それに来週はゴールデンウィークでしょ? さすがにそこはたっぷり休みにしておきたいし、長い連休で流れが断たれちゃう前に、二日続きでやっておくべきことがあるわけよ。無理言って悪いけど、ここはちょっとガンバリどころだから、お願いよ」

      * * * * *

 4月26日の土曜日。史樹と沙織は、山手線某駅の高架下にある公共の集会所で、AタイプとBタイプのセールスを二人で行った。
 せっかく二人で行うのだからと、役割分担を明確に分けることにして、午前中に史樹が奥様方を中心に燃焼式のAタイプを売り込み、その場で午後からはバイオ式のBタイプを、同席している沙織が説明すると予告しておいた。
 すると午後には、奥様方から、若くて可愛い販売員が新型トイレを説明すると教えられた、休日で家でくつろいでいる旦那連中がこぞって押し寄せてきて、会場はあっという間に満席になった。
 セールスは上々で、史樹でも平日の記録の倍の、二十件のAタイプの成約を取り付けたが、沙織の方はなんとさらにその倍の、四十件のBタイプの成約を取り付けてしまった。
 この好調に気を良くした二人は、当初の計画通り、翌日の27日の日曜日にも、別の会場で、もう一回セールス活動を行った。
 午前中に沙織の容姿をひけらかしておいて、午後の集客につなげるという作戦は前日と同じだったが、販売個数にかたよりが出ないように、今度は史樹が先にバイオ式のBタイプを、午後から沙織が燃焼式のAタイプを売って、予想どおり、沙織が史樹のおよそ二倍の数を堂々と売り切った。
 こうして土日のセールスが終わってみると、めでたく二人合わせて、AとBがほぼ同数売り上げられているという結果に落ち着いた。
 二人はまた、もう一つ新しいアイデアもセールスに取り入れていた。それは現金での注文に限って、価格を3千円割り引くというものである。
 これには、セールス要員は一件の成約で5千円のマージンが入るので、そこから2千円だけ収入にして、3千円はお客に還元しようという皮算用も働いていた。
 クレジットカードや現金自動引き落としでは、二人だけで勝手に決めた割引価格を適用しようもないので、これはもっぱらその場で即金で払える顧客にしか適用できないサービスだったが、実際には、ほとんど機能しなかった。
 というのも、休日の商品説明会の会場に、5万円もの現金を持参してくる人などまれだったし、さらにもしもこれがうまく機能していればしたで、史樹と沙織には経済的に苦しい立場にも追い込まれかねなかったからだ。
 セールス要員へのマージンは、翌月に給料と合算して振り込まれるので、それまでは自分の所持金から一件につき3千円を、一時的にとはいえ負担しなければならず、これは新入社員にはなんとも厳しかった。とりあえず金曜日の25日に、記念すべき最初の給料が振り込まれていたとはいえ、二人は申し込みが殺到して、一時金を負担しきれなくなったらどうしようと、いらぬ取り越し苦労をしていた。
 だが5万円の商品を買うか買わないかを決める消費者にとって、一割引にも満たない3千円の値引きなどさしたる魅力ではなく、いったん買わないと決めた層が考え直す理由には、とうていなり得なかった。また逆に、大半の申込者が割賦で購入するのがやっとなのに、現金一括で購入しようという猛者(もさ)にとって、たかだか3千円の値引きなど、どうでもいいようなものだった。
 というわけで、この現金一括購入のお客様限定の3千円還元サービスは、全く実を結ばずに終わってしまった。

トイレベンチャー 第一部了

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次週は、武田想土の「ルインズウォー」をお送りします。

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