ほっこり中国茶しませんか? ときどき投資日記!

関西在住。中国茶、トレッキング、時々投資が好物のアラフォー女性です。
転勤族の主人につれられ国内外を転々とする日々、私に安住の地はあるのでしょうか(笑)



テーマ:

{E3FE4BF5-C4EF-48F9-8241-F3C377C49CEF}

長い冬を越え、久しぶりに春めいた1日に京都に散歩に行ってきました。関西に引っ越して幸せだなあと思うのは、歴史のある建造物や長い文化に裏打ちされた物に、日常的に接することが出来ることです。

今日は京都御所に足を向けます。ご存知の通り、明治維新以前の天皇陛下のお住まいだった場所です。昨年より一般公開を始めており、予約なしで誰でも無料で拝観することが出来ます。敷地が大きいので、空がどんと広くてゆったりした気持ちになります。

{C07A6D48-5701-4B0D-A095-39D3382F072E}

御所の敷地内は、ちょうど梅が見頃でした。ポカポカの日差しの中、各国の観光客が梅の花をパシャパシャ撮影する様子は、何とも平和で和みました。

{ECFC18AD-8775-4324-951C-3202718F8472}

さて今日の本当の目的は京都御所にほど近い『本田味噌店』。御所の西側、虎屋茶寮からほど近いところにあります。

お店の外観もレトロでいいですね〜。深い茶色の暖簾に染め抜かれた『丹』の文字は、初代の丹波屋茂助の名前から取られているそうです。創業200年を超え、宮中にも献上された老舗のお味噌、お味が気になります。

{DE6E2808-C6E8-41C2-88F1-DBBC17B4BAE2}

お店の内観はさすがに撮れなかったので、購入した商品をご紹介します。まずは『紅麹みそ』と『赤だし』の2点です。

{AB962AB0-6975-4E40-BA59-B92887C9487A}

紅麹みそは、見た目は唐辛子を練りこんでいるような外観ですが、この赤く見えるのは麹なのだそう。試食させて頂くと、普通のお味噌より発酵臭と旨味を強く感じました。こちらが一番人気だそうですよ、若干お値段も張りましたが^_^

そして赤だし。東海地方出身の主人が喜ぶ一品です。合わせ味噌で育った私は、結婚当初には赤だしに慣れなかったのですが、義母に美味しい使い方を教わって以来すっかりファンになってしまいました。

義母曰く、「赤だしは海産物と相性が抜群なのよね〜」。おすすめされたのは、『アサリのお味噌汁』や『マグロと分葱のぬた』でしたが、これが絶品。海産物の臭みを、赤だしの深い香りが中和してくれて生姜などの香味野菜いらず。

今では赤だしは我が家の鉄板メニューです。こうして、家族の味が繋がっていくのは幸せなことですね。

{9FBB60D5-D224-4AB4-8B7A-2352D1283B18}

最後は金山寺みそ。いわゆるおかず味噌ってやつです。これは私も始めて購入するので、恥ずかしながら『モロキュウ』ぐらいしかメニューが思い浮かびません。

{166263CF-4C57-426E-9D1E-490D3A4EA745}

キュウリやナス、オクラなどの夏野菜をザクザク刻んだ信州の郷土料理の『やたら』に古漬けの代わりに入れるのもありかな〜。

香りが強いので、案外アイスクリームやチーズなどの乳製品とも相性がよさそうな気がします。う〜ん、余らせないようにしなきゃ。どなたか美味しい食べ方を教えて下さると嬉しいです。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
先日、中国からのお客様をおもてなしする機会がありました。いつものように、にわか勉強をしていたところ、私の長年の疑問を解決してくれる文章と出会い、目からうろこが落ちました。

どんな本を読んだ?

中国語の勉強を始めて以来、中国人の先生による授業を受けています。雑談の中で先生は、『中国人は場所によって気質が全く異なる』とよくおっしゃいます。

そして、今回のお客様は中国北東部の吉林省出身のご家族でした。吉林省といえば、清朝を統治した満州族の出身地にあたります。ということは、清朝の歴史について学べば、満州族の価値観を知ることができるはずだと思いあたりました。

ついでにどうして清はアヘン戦争に突入したのかとか、台湾の故宮博物院に行くと『乾隆帝』と書かれた文物が多いのはなぜなのかとか、漠然と抱えていた疑問も併せて解決したいと思い手にしたのは『中国文明の歴史9 清帝国の繁栄』でした。

責任編集は京大名誉教授の宮崎市定先生。1901年(明治34年)生まれで1995年(平成7年)にお亡くなりになっている宮崎先生は、東洋史、特に中国史の第一人者です。中国だけではなく欧米や日本の歴史の流れも踏まえながら、地球儀を俯瞰するように清の栄枯盛衰を語ってくださいます。

この本自体は1966年出版なのですが、全く文章が古びていないのに驚きます。宮崎先生の著書は『科挙』に続いて2冊目なのですが、適度なユーモアと、厳しく時代を見つめる目と、公平にその時代の人々に寄り添う優しさに心をわしづかみにされます。私もこんな文章を書きたい!

中国文明の歴史〈9〉清帝国の繁栄 (中公文庫)/中央公論新社
¥1,234
Amazon.co.jp

何を疑問に思った?

絵唐津 
写真出典:関西情報サイト Kansai Window 

柿右衛門 写真出典:有田観光協会 ありたさんぽ
 
上記の写真は、桃山時代に作られた唐津焼の『絵唐津菖蒲文茶碗』(田中丸コレクション)。

下記の写真は、右が江戸時代(17世紀)に有田で作られた柿右衛門様式の『色絵松竹梅鳥文輪花皿』(出光美術館)、左が18世紀にドイツのマイセンで作られた柿右衛門の写しで同じく『色絵松竹梅鳥文輪花皿』(出光美術館)です。

私の長年の疑問は、いったいなぜ武骨で荒々しいThe生活雑貨という風貌の陶器が、華美な芸術作品のような磁器に急激に変遷していったのかということでした。

これって、人間で考えるとこんな感じかしら?

田舎の田んぼのあぜ道を駆け回っていた純朴な少女に、東京で開かれた同窓会で再会しました。しかし、土臭かった昔の面影はなく、皮膚は抜けるように白く、真っ赤なバーキンの鞄を手にしてお金の匂いが漂う美女に変貌していました。

変わったよね?と聞いても変わってないよ!と返され、誰かにお手当頂いてるのかとか、夜の商売を始めたのかとか、彼女が急に変わった理由が知りたい!でも教えてはくれない、フラストレーションたまるな~と悶々としている状態でした。

そして、日本の焼き物の本は、彼女はなぜ変わったのかという素朴な疑問には答えてくれません。どの本を読んでもおおむね下記のようななことが書いてあります。

 17世紀中旬に中国の王朝が明から清に移行する過程で、ヨーロッパの貴族の間で大人気だった明の窯元が完全に廃業してしまい、彼らの欲しがる商品が中国では作れなくなった。

 日本には、秀吉の朝鮮出兵の撤兵の際に連れ帰った朝鮮人陶工を介して、色絵の技術が持ち込まれた。磁器を作るためには透明感のある真っ白な粘土が必要となるが、幸いにも有田では良質な粘土がふんだんに取れ、柿右衛門様式と言われる色絵磁器の生産が盛んになった。

 さらにそれに加えて有田(佐賀県)には、長崎に近いという地の利があった。桃山時代~江戸時代まで日本の海外貿易の最前線となってきた長崎において、オランダ東インド会社を通じ、柿右衛門様式の磁器はヨーロッパに高値で取引された。


うーむ。これじゃあなんでいきなり華麗に絵付けされた磁器が、突然変異のように出てきたのかの説明にはなってない!困った、よくわからない!で私の知識はストップしていました。

目から鱗がおちた!


私の長年の疑問に対して、宮崎先生はこんな風に答えてくださいます。

◎ 煎茶流行す
 
 中国では抹茶を飲む宋元時代の風習はしだいにすたれて、明代になると煎茶が一般化してきた。実際、茶の葉を砕いて粉にして飲むのは原始的な方法で、薬のような感じであるが、湯を通してそのエッセンスだけを飲むほうが気が利いているのである。(中略)

 煎茶の流行はまた陶器の発達を促した。日本の陶器は古くから唐津や瀬戸で製作されたが、いわゆる古唐津・古瀬戸と称せられるものは、厚い粘土の上に薄黒い釉薬をかけてあり、抹茶には適当するが、煎茶には向かない。

 玉露の半透明な黄緑色の液を受けるには、もっと明るい白色の磁器がよい。その乳白色の釉薬の上に模様をつけるなら、コバルトの染付か、さらにその上に赤か五彩の絵付けをしたものがいい。

 こういう需要に応じて、中国の陶器が明一代のあいだに、目のさめるような美しい磁器に発達をとげたのである。それがそのまま日本に輸入され、日本の陶工はそれを見習って、新しい境地を開いた。


ほ~、なるほど!柿右衛門の美しい乳白色の肌色は、煎茶の色を引き立てるための下地でしたか。腑に落ちました。やはり何かが劇的に変わる時には、時代背景が関係しているものですね。

焼き物の歴史の知識だけではなく、秀吉の朝鮮出兵を迎え撃つために大軍を送った明は、財政難に陥りその結果滅びたとか、皇帝の在位中に皇太子を定めると権力が二極化して統治しづらくなるとか、乾隆帝の時代がなぜ金満政治でも豊かでいられたのかとか、一つ一つの挿話が生き生きと描写されていて、小説のようにするするとテンポよく読むことができました。

宮崎先生のほかの著書も読もうと、同シリーズの『中国文明の歴史11 中国の目覚め』を読み始めています。超一流の研究者が、超一流の書き手でいてくれることの幸せを感じます。面白い歴史書って貴重ですもの。そして時間に洗われても色あせない文章力に、心から敬意を表したいと思います!!
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
中国語検定数 

中国語を勉強し始めて3年が経過しました。

私が勉強を始めた2012年ごろは、平均的な日本人の中国に対する感情はいわゆる『熱烈歓迎』状態でした。13億人の人口を抱える中国は世界の工場としても、消費者としても有望な新興市場であるという市場優先型の考え方が日本を席巻していました。その後、尖閣諸島問題や南シナ海問題などを通して、中国政府のこわもての素顔が明らかになる過程で、日本人の中国に対する感情は残念ながら悪化しているように思います。

中国語検定の受験者の推移ってどうなってる?


その国民感情の変化を顕著に表しているのが、上記の中国語検定の総受験者数の推移です。

中国語検定とは日本中国語検定協会が毎年3月、6月、11月の年3回実施している検定試験です。こちらの協会は情報開示が進んでおり、受験者数、合格者数、試験問題とその解答などの受験者が知りたい情報を、誰でも自由に見ることが出来ます。特に試験問題とその解答がなんと試験の翌日にHP上にUPされ、自分の合否がすぐに確認できるのは本当にありがたいです。

日本中国語検定協会HPのデータをお借りして、2006年から2015年の10年間の11月実施試験の総受験者数をグラフにしてみました。

2006年から2009年までは2万人程度だった受験者が、2010年にぐっと増加し、2011年に最大値の3万人に達し、その後がたっと受験者が減って2015年には1万5千人に至るという経過をたどります。つまり、中国語勉強者はピーク時の半分に減少したということになります。う~む。データでみるとちょっとショック。驕れる者は久しからずということでしょうか。

学習者が減るということは、ビジネス上の即戦力として必要とされる上級者が増えないということです。では、本当に中国語は今後勉強するに値しない言語なのかを考えるために、材料を一つ提示したいと思います。

国別の訪日外国人数


訪日外国人 

上記に示したのは日本政府観光局(JNTO)の推計をお借りして作った2014年と、2015年の訪日外国人の国別の内訳です。アベノミクスの量的緩和により人工的に作り出された円安の影響もあってか、2014年の1341万から、2015年の1973万人へと大幅に訪日外国人が伸びているのが分かります。

注目したいのは、訪日外国人数の上位五か国、中国、韓国、台湾、香港、米国の中で、中国語を母国語とする国が3つもある点です。それがどれくらいの割合なのかを示すために、同じ図を使用言語別に示してみました。

訪日外国人の使用言語


使用言語別 

使用言語別に作り直すと上記のようになります。

中国人、台湾人、香港人の使用言語=中国語として図示しています。中国と台湾では使っている漢字が違っていたり、香港では広東語が使われていたりと細かく見れば違いはあるのですが、普通語(Putonghua)と言われる標準語を理解できる人数ということで簡便にまとめています。

訪問外国人の中で、中国語を母語とする人の割合は、2014年では46%、2015年では51%と約半数を占めます。2015年はなんと1000万人を突破しています。年間1000万人って驚きの数字です。毎日新しく3万人の旅行者が日本を訪れている計算になります。そりゃあまあ、飛行機も中国線の増便が相次ぐはずですわね~。

日本を訪れる中国人の爆買いが収まりつつあるとは言いますが、1000万人という数字だけを見てもまだまだ中国語のニーズが高い状態は続くだろうなあというのが、率直な私の感想です。日本国内で生活する分には、実は英語よりも中国語の方が役に立つという、驚きのデータです。

じゃあ中国語って簡単に身につくの?


必要性は高くなっている、しかしその分野に詳しい人間は減りつつあるとなると、中国語を取り巻く環境はいわゆる『ブルーオーシャン』という競争相手のいない凪の状態になります。すぐにでも勉強をし始めて、このお得な業界に飛び込みたいところですがそれを阻むのが中国語学習の壁です。

中国語学習は他の言語と同じく、初級⇒中級(私は今ここ)⇒上級と徐々にレベルアップをしていく言語です。しかし一つだけ他の言語と違うと言われているのが、中級を抜け出すのが難しいということです。

上級にいきたい!でも行けない!という中級中国語学習者は『さまよえる中級』と総称されます。どなたが考え出したのかわかりませんが、ユーモラスでそれでいて途方に暮れている状態をよく表現できているネーミングですよね(笑)

つまり即戦力となる上級者になれる人はほんの一握りだとということです。
 
日本人は小学生のころから漢字の書き取り、読み取りに励んできているので、中国語の文章を読む能力、その文章を写す能力は苦労せずに身に付きます。私もここはクリアしたのですが、現在も泣かされているのが発音の複雑さと、自分の語彙の少なさです。

私自身もこのさまよえる中級から抜け出すために、発音に特化した教材をようやく見つけて、こつこつと勉強中です。目標は頭の中で日本語変換することなしに、つるつると中国語が口から流れ出す状態までレベルを上げることです。先は長そうですが(笑)、成果が出ればまたご紹介したいと思います。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
無印工具箱1 
ここしばらく、いいものはないかと探していたものがようやく見つかりました。

無印良品の工具箱①です。サイズは<幅20㎝×奥行11㎝×高さ6㎝>。

で、何を入れよう?

工具箱なので、ドライバーやペンチを入れるのにぴったりのコンパクトなサイズなんですが、今回は工具箱としてではなく、『花粉症グッズ』として購入しました。

今週から関西でも花粉の飛散が激しくなってきておりまして、私の鼻も感度が超敏感モードに突入しております。

こんな季節にマスクなしで外に出ようものなら、当日はまだしも、翌日は顔はパンパンに膨れ上がり、目は腫れぼったく常に涙目という、顔出しNGのひどい見た目になってしまいますので、私にとってマスクは必需品です。

我が家は主人ともども花粉症なので、玄関先にマスクの箱をドンと置いているのですが、箱入りマスクの外箱って、、、可愛くないですよね。どうもあの商業的な見た目が好きになれず、マスクを入れるのにぴったりの保管ボックスがないかと先月から探しておりました。

見ていただくととてもよくわかる、抜群のサイズ。茶道の『見立て』に近いものがありますね(笑)。用途外の使用方法ですがぴったり収まります。信頼のMADE IN JAPANの文字も心強いです。

無印工具箱3


入れちゃえ♪入れちゃえ♪

中に収めるとこんな感じです。びしっと整列するように綺麗に収まりました。おお~何とも言えず快感です!!

無印工具箱4 

花粉症でお悩みの方は多いですよね。でも、マスク入れを売っているのを見たことがありません。不思議です。玄関先のマスクの取り扱いは、皆さんどうされているのでしょうか??

個人的には、蓋付きでぱかっと簡単に開閉できる藤製品の商品が欲しいです。どなたかかわいい商品開発をしていただけないでしょうか(笑)

花粉症の皆様、あと一ヶ月何とか乗り切りましょう!
 
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
好日居2 
行きたいと思いつつ行けてなかった京都の中国茶茶館『好日居』さんに初めてお邪魔しました。初めてこのお店の存在を知ったのはAll Aboutの中国茶ガイド、平田公一さんの記事『京都の極上お茶処「好日居」へ』を拝読した時でした。

中国茶館といってもお店の経営方針は多種多様です。中華料理がメインで、ランチとディナーの間のみ一時的に中国茶カフェに用途変更するお店、スタバやドトールと同じように気楽に中国茶を味わえるファーストフード的なお店、中国茶の長く飲めるという特性を生かして?常連さんの憩いの場となっているお店、どのお店にも個性があり、常日頃はその違いを楽しんでいます。

不肖私、アラフォー女性ですが、この年齢になっても精神的にくたびれることがあります。悩みを抱えた時、10代、20代の頃は解決も簡単でした。友達に泣いて電話して思いのたけをぶつけたら、気持ちが晴れやかになって即解決。

しかし、40代の今は、悩みの中心は自分の事ではなく、身近な方々の人間関係の事になります。そしてそんな悩みは他言も出来ないので、自分で消化し私に何ができるのかを時間をかけて考えるしかありません。

そしてこの日も、もやもやとした悩みを抱えたまま、好日居さんに伺いました。

初めての好日居、期待が高まります

好日居は平安神宮にほど近い岡崎エリアにお店を構えています。東山を散歩するときによく通る所だったので、灯台下暗しでした。岡崎は建物の高さ制限がされているせいでしょうか、空が広くいつも日当たりがよく明るい印象のある土地柄です。

好日居3

 

京町屋の表玄関を抜けると、石造りの路地が現れます。門をくぐり、一歩踏み出すと空気の変化が感じられます。まるで門が結界になっていて、一歩足を踏み込むと別の世界に入り込んだよう。燦々と日のさす大通りから、ひんやりとした日陰の路地に入ると自分の内側に目を向けるような内省的な気持ちになります。

店内の雰囲気は?

この日にお店にいらしたお客様の半数は一人で足を運ばれる男性客でした。こんなに男性比率が高い中国茶館も初めてです。そして、値段設定にも少し驚きます。私がこの日注文した雲南古樹紅茶は1500円、お菓子もつけるとなんと1800円!さすがに少したじろぎました。

しかし、しばらく腰を落ち着けてゆったりとお茶を楽しむうちに、この高めの値段設定とお店のポリシーによって、好日居の雰囲気が守られているんだなあということが分かってきました。

間接照明で照らされる店内は、間口の狭い町屋造りだけあって日中でもほの暗く、常連客とご店主の穏やかな話し声と、卓上にかけられた陶器のポットの中でお湯がふつふつと沸く音しか聞こえません。ただただ静かで心地いい時間。まるで深い洞穴のなかで身を寄せ合っているような、そんな親密な空気が流れます。

お茶のお味は?

この日私が注文したのは、雲南古樹紅茶。雲南省の山に自生する樹齢300年~400年の岩茶を天日干しで完全発酵させ紅茶にし、それを碾茶(お茶のかたまり)に加工したものだそうです。碾茶と言えばプーアール茶という固定観念があったので、紅茶でもあるんだと驚きました。

天日干しなので色にむらがあり、濃い茶色の茶葉や銀針に似た灰色の茶葉などが混ざっています。茶葉は一枚葉の大きな茶葉です。砕いていないからか、お湯をかける前の茶葉はそれほど香りがないなあという印象です。

どんなお茶ですかと伺ったところイギリス系の紅茶とは違い、何煎お湯を注いでもずーっと同じ味が続きますよとお答えいただきました。一煎目だけ入れていただいて、茶葉を拝見すると、紅葉したもみじのように内側から赤く発色していて、美しい佇まいの茶葉でした。

そして、紅茶とはいえそこはやはり岩茶の力強さ。体の内側から温めてくれ、じわじわと体温が上がるのが分かります。何度も何度も杯を重ねるごとに、心のバッテリーが充電されるようなそんな不思議な力を感じるお茶でした。その昔、茶葉が薬として扱われていたころのお茶は、きっとこんな味だったんだろうなあと茶の歴史に思いが至ります。

人間に戻るためのお茶

カウンターに座る男性客とご店主とが会話される声が聞こえてきました。

『人間に戻るためのお茶ってどれかな?』
『やっぱり雲南古樹茶だとおもいます。』

そうそう、そうなんです。いろんなものを抱えた大人がふらりと訪れて、自分たちより何倍も長く生きている大先輩の古樹のエネルギーをいただいて、そしてまた現実の世界に戻っていく、そういう非日常の場所として好日居は存在しているように感じました。

そして、悩みを抱えた迷える子羊である私もまた(子羊という年齢ではないですが(笑))、好日居に救われました。羊つながりというわけではありませんが、村上春樹氏の初期の作品である『羊をめぐる冒険』や『ダンス・ダンス・ダンス』に登場する『いるかホテル』(夜中にエレベーターに乗って暗闇を進むと羊男が現れる)の雰囲気と、この好日居の雰囲気も似ているような気がします。

<こちら側の世界>と<あちら側の世界>を繋ぐ秘密のトンネルのような、精神性を感じるお店でした。そして私も心穏やかに、足取り軽く春の京都を楽しみつつ帰宅することが出来ました。

 好日居 
住所    :京都市左京区岡崎円勝寺町91
電話    :075-761-5511
定休日   :月曜日、火曜
営業時間 :13:00~18:00
HP     :http://kojitsu-kyo.cocolog-nifty.com/

いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。