マンデルブロの「禁断の市場 フラクタルでみるリスクとリターン」を再読了
ベノワ・B・マンデルブロの「禁断の市場 フラクタルでみるリスクとリターン」を、ブラック・スワン日本語版が出た後再読了。
「ブラック・スワン」を読んで、知的興奮に襲われた方にも。
読んでみて、専門的に過ぎる、と思った方にも。
自分は文系なので、金融工学は決して理解できない、と諦めてしまった方にも。
おすすめします。
本当に頭のいい人は、物事を人に説明するのに冗長にならず。
本質を直感に訴えかけてコンパクトに説明するのが上手い。
逆に、例えば数学の出来ない人ほど、複雑な数式を使わずには物事を説明出来なかったりするが。
(ちなみに私は数学が不自由な典型的な文系人間です)
本書は、数式が一切出てこないのに。
効果的な比喩や過去の例の提示と、視覚に訴え直感に訴えるチャートを用いた説明により。
複雑とされるフラクタル理論が何故金融市場にも応用可能なのか。
何故これまでの主流派金融工学モデルには限界があるのかを、我々に語りかける。
例えば、100年に一度の大洪水にも耐え得る堤防の高さと強度は、どの程度必要なのか、という命題と。
無リスクに近いCDOスーパーシニアに必要とされる劣後比率はどの程度必要なのか、という命題は。
共通するところが多い。
川の水位の推移は、正規分布するだろうか。
一度洪水になった後は、再び洪水になる確率が上がるのだろうか。
水利学のような、自然を相手にする学問で観察される事象や法則性が。
実は、金融工学にも応用可能であることが、様々な例から示される。
「ブラック・スワン」が今回の金融危機を予言していた部分もあるが。
著者たるタレブが書いているように、彼の議論の一部はマンデルブロの議論に支えられていて。
2004年に書かれた本書、「The (Mis)Behavior of Markets, A Fractal View of Risk, Ruin, and Reward」も。
早くから主流派金融工学モデルの限界を指摘していた。
この本が、タレブが知られるようになった後でも、そして金融危機後にも日本であまり注目されなかったのは。
このトンデモ本のタイトルのような「禁断の市場」という邦題のせいも多いのではなかろうか。
原題の直訳は、「市場の(誤った)振舞い フラクタル的に見たリスク、破滅と報酬」ということになろうが。
確かに非主流的な議論ではあるのだが、「禁断」って言われると…。
別にマンデルブロは、「イケナイ」議論をしているわけではないので。
スキャンダラスな響きを持つ言葉を使えば、耳目を集めて本の売上げ伸びるわけでもないのにね。
こんなロジカルな本に、道徳観を表す言葉「禁断」なんて使わなきゃいいのに、と老婆心ながら思いますが。
(余談ですが。
この本の監訳者の高安秀樹氏が実はアレな気がして。
過日ちらっと当ブログにも書いたが。
本書の後書きでも、その余韻を漂わせている気がしてならないのですが…。)
本書のポイントは極めて簡潔にまとめられる。
1.価格の変動幅が正規分布に基づくという想定は非現実的であり、実際に観測事実に反する
2.過去の価格は将来の価格に影響を及ぼさないという想定は非現実的であり、市場は過去起こったことを長期間記憶し続けそれは将来の値動きに反映される
3.誤った前提に基づいて語られている現在の金融工学の水準は、「科学」というに値しない
4.全ての金融資産の価格変動はフラクタル性という普遍性を持っていて、マルチフラクタルモデルを使うことによって「起こる頻度は極めて低いが、起こると壊滅的」な事象のリスクを勘案できるようになる
こう書くととっても気難しそうな、オタク向けの本のように聞こえるが。
実際には一つ一つのポイントについて、平易に複数回の言及があるので。
一度分からなくても、次の言及箇所で改めて理解することが可能。
科学者が書いた本とは思えないぐらい、親切。
これまでの経済学が想定していたことが過ちだったことの例は、上記以外にもたくさんある。
本書でも言及があるが、「人間(あるいは経済主体)は常に合理的であり、常に富と幸福を最大化させるように振る舞う」という前提。
それが誤りなのに、主流的な経済学ではずっとずっとこの前提を疑わず。
間違った土台の上に、Idiot Savantたちが建物を建てて、その偉容を誇ってきた。
そして、金融工学しかり。
世の中には危機が起きる前から、モデルはあくまでも道具であって、前提が誤っていれば出てくる結果も誤っていて。
欠陥や限界があることに気付いていた人たちもいた。
世の中、便利なカーナビ(=モデル)に慣れすぎて、カーナビが言うことを盲信して自分の頭を使うことを忘れてしまい。
カーナビなしでは目的地に自分の力で辿り着けなくなってしまった人や。
人間に元々備わっている方向感覚(=直感)をなくしてしまった人が、増えているような気がする。
複雑なモデルであればあるほど、人間の直感の発動を阻害する。
過度の単純化は、アウトライヤーを無視することなどによってリスクの過小評価を招いたりする。
頼りにすべき地図が誤っていたかもしれない中で、それでも前進しないといけない我々に。
人間の直感に訴えかける部分が大きい、この本とフラクタルモデルが与えてくれるものは大きいように思われる。
ある意味デリバティブの入門書としても、おすすめします。逆説的だけど。
特に金融に関わっているけれど、今ひとつデリバティブや金融数学がしっくりこない、という方に。
関連記事
デリバティブなんてもうオワタ、と思う人がどんなにナイーブかについての考察 2009-06-27
禁断の市場 フラクタルで見るリスクとリターン
ベノワ・B・マンデルブロ リチャード・L・ハドソン共著 2008年6月日本版発行 \2400
![紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感 最後の空冷ポルシェとともに-禁断の市場](https://stat.ameba.jp/user_images/20090806/22/993c4s/4b/84/j/t02200220_0500050010227923789.jpg?caw=800)
「ブラック・スワン」を読んで、知的興奮に襲われた方にも。
読んでみて、専門的に過ぎる、と思った方にも。
自分は文系なので、金融工学は決して理解できない、と諦めてしまった方にも。
おすすめします。
本当に頭のいい人は、物事を人に説明するのに冗長にならず。
本質を直感に訴えかけてコンパクトに説明するのが上手い。
逆に、例えば数学の出来ない人ほど、複雑な数式を使わずには物事を説明出来なかったりするが。
(ちなみに私は数学が不自由な典型的な文系人間です)
本書は、数式が一切出てこないのに。
効果的な比喩や過去の例の提示と、視覚に訴え直感に訴えるチャートを用いた説明により。
複雑とされるフラクタル理論が何故金融市場にも応用可能なのか。
何故これまでの主流派金融工学モデルには限界があるのかを、我々に語りかける。
例えば、100年に一度の大洪水にも耐え得る堤防の高さと強度は、どの程度必要なのか、という命題と。
無リスクに近いCDOスーパーシニアに必要とされる劣後比率はどの程度必要なのか、という命題は。
共通するところが多い。
川の水位の推移は、正規分布するだろうか。
一度洪水になった後は、再び洪水になる確率が上がるのだろうか。
水利学のような、自然を相手にする学問で観察される事象や法則性が。
実は、金融工学にも応用可能であることが、様々な例から示される。
「ブラック・スワン」が今回の金融危機を予言していた部分もあるが。
著者たるタレブが書いているように、彼の議論の一部はマンデルブロの議論に支えられていて。
2004年に書かれた本書、「The (Mis)Behavior of Markets, A Fractal View of Risk, Ruin, and Reward」も。
早くから主流派金融工学モデルの限界を指摘していた。
この本が、タレブが知られるようになった後でも、そして金融危機後にも日本であまり注目されなかったのは。
このトンデモ本のタイトルのような「禁断の市場」という邦題のせいも多いのではなかろうか。
原題の直訳は、「市場の(誤った)振舞い フラクタル的に見たリスク、破滅と報酬」ということになろうが。
確かに非主流的な議論ではあるのだが、「禁断」って言われると…。
別にマンデルブロは、「イケナイ」議論をしているわけではないので。
スキャンダラスな響きを持つ言葉を使えば、耳目を集めて本の売上げ伸びるわけでもないのにね。
こんなロジカルな本に、道徳観を表す言葉「禁断」なんて使わなきゃいいのに、と老婆心ながら思いますが。
(余談ですが。
この本の監訳者の高安秀樹氏が実はアレな気がして。
過日ちらっと当ブログにも書いたが。
本書の後書きでも、その余韻を漂わせている気がしてならないのですが…。)
本書のポイントは極めて簡潔にまとめられる。
1.価格の変動幅が正規分布に基づくという想定は非現実的であり、実際に観測事実に反する
2.過去の価格は将来の価格に影響を及ぼさないという想定は非現実的であり、市場は過去起こったことを長期間記憶し続けそれは将来の値動きに反映される
3.誤った前提に基づいて語られている現在の金融工学の水準は、「科学」というに値しない
4.全ての金融資産の価格変動はフラクタル性という普遍性を持っていて、マルチフラクタルモデルを使うことによって「起こる頻度は極めて低いが、起こると壊滅的」な事象のリスクを勘案できるようになる
こう書くととっても気難しそうな、オタク向けの本のように聞こえるが。
実際には一つ一つのポイントについて、平易に複数回の言及があるので。
一度分からなくても、次の言及箇所で改めて理解することが可能。
科学者が書いた本とは思えないぐらい、親切。
これまでの経済学が想定していたことが過ちだったことの例は、上記以外にもたくさんある。
本書でも言及があるが、「人間(あるいは経済主体)は常に合理的であり、常に富と幸福を最大化させるように振る舞う」という前提。
それが誤りなのに、主流的な経済学ではずっとずっとこの前提を疑わず。
間違った土台の上に、Idiot Savantたちが建物を建てて、その偉容を誇ってきた。
そして、金融工学しかり。
世の中には危機が起きる前から、モデルはあくまでも道具であって、前提が誤っていれば出てくる結果も誤っていて。
欠陥や限界があることに気付いていた人たちもいた。
世の中、便利なカーナビ(=モデル)に慣れすぎて、カーナビが言うことを盲信して自分の頭を使うことを忘れてしまい。
カーナビなしでは目的地に自分の力で辿り着けなくなってしまった人や。
人間に元々備わっている方向感覚(=直感)をなくしてしまった人が、増えているような気がする。
複雑なモデルであればあるほど、人間の直感の発動を阻害する。
過度の単純化は、アウトライヤーを無視することなどによってリスクの過小評価を招いたりする。
頼りにすべき地図が誤っていたかもしれない中で、それでも前進しないといけない我々に。
人間の直感に訴えかける部分が大きい、この本とフラクタルモデルが与えてくれるものは大きいように思われる。
ある意味デリバティブの入門書としても、おすすめします。逆説的だけど。
特に金融に関わっているけれど、今ひとつデリバティブや金融数学がしっくりこない、という方に。
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ベノワ・B・マンデルブロ リチャード・L・ハドソン共著 2008年6月日本版発行 \2400
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