久しぶりに娘の友達のお父さんにばったり会う。
すぐに娘の話になって、
「今はどうしてますか?」
と。
年内には復帰できそうですと答えた。来月を目標にしているけど、まぁ慌てても仕方ないからね。
「悔しいですよね。注射一本で長い間患って。本当にひどいですよ。補償はしてもらうんですよね。そうしなきゃやっていられないですよ」
「補償はほとんどないんです。保健所の話では医療費と交通費は払うといってもらっていますが。国からの保障はありません。入院したら三万円払いますと言う話ですけど、申請して承認がおりてからの話です」
と答えると目を丸くして驚かれて。
「透析の人は、月に25万円ももらっているんですよ。国から。申請して認定されると。自分の食生活で身体を壊した人がですよ。このギャップ、悔しいじゃないです。早く良くなってください。色々勉強も遅れちゃって、遅れを取り戻すまでの塾代の足しにもならないって・・・。どうなっているんですか。本当に悔しい!」
激しいまでに色々心配してくれていて、感謝。
でも、私の中にもう悔しいとかそういう気持ちがないんだよね。通り過ぎてしまったのか・・・。
もちろん、こんなことになってひどく娘には大変な思いをさせてしまった。
でも、悔しいという気持ちは今の私にはない。
悔しいと言うより、早く治したいとか、痛みがなくなればいいなぁとか、辛い思いがなくなればいいなぁ。とか、病のそばにいるからこそ、治すということに焦点がいっていて、悔しい気持ちがない。
もしかすると、もう少ししたらそんな気持ちが起こるのかもしれないけれど。
治った後に、色々思うかもしれない。
病と対峙している当事者に、悔しいと言う感情はないのかもしれない。
しかし、透析の人ってそんなに国からいただいているんだ。
そっちの話はビックリだった。
本当かしら?