折悪しく雨の降る中、私たちは、海沿い、川沿いの集落の横の道を走りました。
目にしたのはゴーストタウンでした。
誰もいない。
家はいくつもあるけれど、ズタズタになって、もう住めない。
だから皆どこかに行ってしまった。
建て始めたばかりの家もありました。
そりゃ当然、そういう家だってありますよね。
新築の家の土台が出来たところで、町ごと破壊されつくしてしまった。
光が消えたままの信号が折れ曲がって立っていた。
スポーツ施設も、お店も、駅も、郵便局も…
すべてがめちゃめちゃに壊れ、誰もいなかった。
暮らしが全部、ぶちのめされて、流されてしまった。
作物が根こそぎ引きむしられた後の畑に、もう海に戻れない船が放り出されていました。
皆が一生懸命に取り組んでいたものが全部、ぐちゃぐちゃにかきまぜられてしまった。
また人がそこで生活するためには、まずは町ごと消し去って、一から作り直すしかないのでしょうか。
本土から小さな島へ移る道の傍らに、瓦礫がうず高く積まれている場所がありました。
町から撤去された瓦礫が、そこに集められているのでしょう。
少し驚いたのですが、分別がなされているようです。
布でできた物ばかりが積み上げられている山がありました。
土の上で泥まみれのお布団が雨ざらしになっている。
つい最近まで使われていた、使う人がいなくなったお布団の山。
そしてその下には、ソファが置いてありました。
ソファに並んで座っているのは、可愛らしいぬいぐるみたち。
遠目にはあまり汚れていないように見えました。
運ばれてきた瓦礫の中から、作業員の方々がぬいぐるみを拾い出して、きれいにしてくれたのでしょう。
そして道路に向けて座らせている。
そこに並べた方がどんな思いでそうしたのかは知りません。
だた、それは、胸が詰まる光景でした。
5月だかに目にした、「瓦礫って言わないで」 というツイートを思いだしました。
被災した高校生の女の子の声でした。
「瓦礫って言わないで。元は普通のうちの柱だったり、きれいな窓ガラスだったりしたんだから」
皆の生活そのものだったんだから、大事なものだったんだから。
ゴミじゃないんだから。
彼女の涙が見えるようでした。
交通事故で妻と一人娘を亡くした男性が、「2人の走り書きのメモですら宝物に思える」 と言っていた新聞記事を思い出しました。
大切じゃないものなんて何もない。
現地入りしたボラさんがよく、「瓦礫の中に生活を感じるものを見つけるとギョッとする」 と言うそうです。
それを使っていた人の存在、命を、それに見るからでしょう。
その生々しさを感じながら淡々と仕事を進めることは、とても難しいのだと思います。
私が報告会で話を聞かせてもらったフォトジャーナリスト、冨田きよむさん は、休暇中に奇行に及んで逮捕された若い自衛隊員に同情的でした。
ごく初期の頃は、ご遺体の発見と回収という仕事が多かった。
警察官なら普段の仕事でご遺体に接する機会もあるかもしれないが、その経験がない自衛隊員の中に、精神的におかしくなる人が出ても不思議じゃないと。
自衛隊員を撮影した写真もたくさんありました。
「ほら、こういう仕事してる隊員は笑ってるでしょ」
瓦礫の中からアルバムや書類を捜し出して整理する仕事を担当している隊員たちでした。
他は、一様に沈鬱な表情の隊員たちの写真が続けれど、その隊員たちだけは笑顔でした。
専任ではなく、順番に担当しているらしい。
ご遺体に接したり、生活の痕跡を見つめながら瓦礫撤去したりする仕事は、大切であると同時に、とてもつらい。
だからこそ、皆の大事なものを少しでも取り戻す手伝いをする仕事は、嬉しいのだろうと。
だから、写真洗浄のボランティアさんたちもまだまだ活動を続けてくれている。
東京のTAKANOスタジオさんが主宰するハートプロジェクト 。
静岡県袋井市の洗浄カメラマン(笑)、すずやさん 。
きっと探せば他にもあるんでしょうね。
生活支援だけが支援じゃない。
なくしたくないものを取り戻す支援もまた大切。
上記のどちらもボランティアさん募集中です。
お近くの方は是非。