旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!


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2015/12/31

 

お城のガイドツアーを撮影していた人が動画をアップしてくれています。15分近くありますが楽しいよー。2分半くらいから拷問部屋の悲鳴も入ってますので興味のある方はどうぞ。私はやっぱりよう見れまへん。途中でやめちゃった。誰かと一緒だったらともかく一人で行くのはやっぱりお勧めしない。こっちは5分くらいの、おそらくは公的な動画。映像もとてもきれい(でも拷問部屋もある…車輪の刑のも…)。2分半くらいのロマンチックな空撮映像もあるよー。

 

 

さて、見学も一通りは済みましたのでお城を出てチケットオフィスに行き、窓に張り付けてある見本を見て絵葉書を求めました。…が、私が欲しいのは売り切れ。オフィスの兄さんが「すぐ下に土産物屋があるよ」と教えてくれたので、行ってみる。

(グーグルストリートビュー)

 

お土産屋さん、朝は閉まってたけど、今は開いていました。ウォーキングマップやお城の解説本、また記念にロケト印のショットグラスか何かがあればと考えておりましたが、残念ながらいいのがなくて。お店のおばさまは気を使ってありったけの英語の本や冊子を出してくれたけど、私が欲しいものとは違っていたり、欲しいけど重たすぎて断念せざるを得なかったり…。小物もピンとくるのがなかった。残念。しかし絵葉書はいいのがいっぱいあった! ここでロケト場や町の空撮写真のを何枚も買い込みました。さらに切手を大量に購入したため、お店の切手は在庫が尽きてしまいましたわw

 

買い物を済ませて、荷物を置きに一旦宿に戻りました。城内を5時間ほど歩き回っていた疲れもあるのか、暖かい部屋に戻ると、出かけるのが億劫になる…けど、頑張ってお出かけ。日が暮れる前に街を見ておきたくて。何しろ北国のこと、夕方の4時には日が沈みますから、お城の中にこもるのをやめて出てきたのだ。翌日もロケトにいますが遠足に出かける予定ですし、今しかない。

 

ロケトの町の入り口にはこのように見どころマップもあります。あまりこれを参考にする余裕もなかったなあ。もったいないことをした。

 

 

この絵だと地形がよくわかりますわね。オフジェ川が湾曲して突き出たところに作った町なのだ。ロケトって「肘」って意味なんですよ。そう言えば先日、ドイツの国土が突然500平方メートルほど増えたというニュースを見ました。ロケトと同じような、湾曲した川に挟まれた陸地が、川の流れが変わったために、チェコ領からドイツ領になってしまったのだ(川が国境だから)。たぶん何もない場所なんだろうけど、これ、もし町があったら国境は変わらないよね? (いきなり住民全員が外国人になってしまうようなことは…)

 

 

川を渡ったところから、ロケト城を仰ぎ見る。定番のスポットです。こうして見ると、小さいお城ながら、近世の宮殿にはない風格を感じますね。ホンマに好きやー こういう中世のお城が好きやー

 

この写真の左の方に、お城の駐車場から川べりまで降りられる遊歩道がある。……ということに、町を離れてから気づきました。行けば良かった。

 

この景色が見えるのは、お城の北側に架かっている橋の上。

(グーグルストリートビュー)

 

この橋から町に入って中央広場に来るとこういう風景。私の泊まっているペンション・ウルリーカ(17歳)の横がホテル・ゲーテ(72歳)だったのね。

 

ちなみに、ゲーテがロケトで定宿としていたのは別のホテルです。ホテルゲーテのお向かいにある、Hotel Bílý kůň 。この写真の、三位一体像の左側に見えている、緑のとんがり屋根付きの4階建てホテルね。

 

 

この広場があるのが、街を東西に横切るメインストリート、マサリク通り。市役所や郵便局、商店や飲食店、宿などが集中しており、大きな建物が多いです。

 

一番大きいのはこれじゃないかしら。何なのかわからんのだけど。町のマップでは電話のマークが付いてるの。電話局……???

 

 

小さな旧市街なので、路地を除けば、マサリク通りの他には道はもう1本、コステルニー通りが並行しているだけ。そのコステルニー通りを歩いてみる。

 

お城から出てきて、最初の角に私が買い物したお土産屋さんとレストランがある。左の道、お土産屋さんとレストランの間を行くとお城の駐車場。レストランの右側の道がコステルニー通り。

(グーグルストリートビュー)

 

コステルニー通りをちょっと下って行って、振り返ったところ。お城の塔が見えてるね。

 

こういう小さな家が並んでる光景が好きなのよー。やっぱり小さな町が好きだなあ。 マサリク通りと違って、コステルニー通りは完全に住宅街。

 

この写真の手前に見えている角を右に曲がると、

 

ここに出ます。ここでコステルニー通りはマサリク通りに合流する。(左がマサリク通り、右がコステルニー通り) こっちから見ると私の好きなフォーク道になってますわね。

 

もし2つ上の写真で右に曲がらず真っ直ぐ行くと、この↓右側の細い路地で合流する。(左側がマサリク通りです。振り返って撮ってる)

 

そのままマサリク通りを行くと、町の見張り塔があった。見張り塔や、塔にくっついてる建物には、入れるんじゃないかな。私が行った時は閉まっていたけど。この写真の正面奥に見えている建物が、一つ上の写真の家です。

 

 

このすぐ先が旧市街の終点。川を渡る橋がある。橋の下には線路も走ってるよ。駅はすぐ近くなんだ。

(グーグルストリートビュー)

 

上の写真を右側に行くと、川沿いに道が続く。そのままずっと行けば駅なんだけど、暗くなってきたし寒いしで心細くなって引き返してしまった。惜しいことをした。

 

 

で、町中まで戻ってきたけど、完全に暗くなるにはまだ間があったので、今度は南側に行ってみる。ここには古い城壁が残ってるんだ。後年に修復などで手は入っていますが。

 

ここから階段で下の通りに降りられるよ。

 

かなり暗くなってきました…。でもここは見ておこう。

 

 

このくぼみ一つ一つに銃眼があるの。上の段、左から2つ目に見えてるでしょ。んで、下の段、左端から2つ目のとこは出入り口だよ。

 

下から見るとこんな感じ。

 

出入り口の外側から。昔はここに門とかあったのかな? 開けっ放しじゃ、防衛上問題があるよね。あるいは、往時はここもガッツリふさがれていたけど、再建時に人の行き来が便利になるようにとぶち抜いちゃったとか?

 

内部の上段に上がる階段も見当たらないのよね。まさかいちいち梯子をかけていたとも思えないし、やっぱり往時のままの姿に再建したわけじゃないのかもしれないね。

 

 

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2015/12/31

 

では一番素晴らしい、地下部分に参ります。なんで素晴らしいかって、そりゃ地下部分は火事で焼失していないので非常に古いまま残っているのですよ。

 

この写真の右側(北棟)の、奥の方の建物の地下ね。

 

ここは1階だけど。この並びにお手洗いがあったんじゃなかったっけ。一番奥は1層下の遺構がむき出しで、橋が渡してあった。

 

地下にずんずん潜っていきます。(左の写真は下から上を撮ってますが) ああ、こーゆーとこめっちゃ好き! 昔は手摺もなかったでしょうね。

  

 

古い時代の、岩を掘って作った地下室って、カチッと四角く作る必要もなかったら作りやすいように作るからか、構造としては妙にややこしいことになってたりして、そこがまたたまらない。 上の右の写真と下の写真、奥に見えているのは古い扉を集めた部屋。

 

 

この暖炉は隣の部屋と繋がっている。真ん中に煙突があるっぽい。

 

部屋数、結構あるんだよねー。


 

左側にちょっと見えているのは、牢の扉です。独房がたくさんあるのよ。

 

この小人さんは囚人じゃないんですが、なぜここに閉じ込めてあるのだろう。

  

 

彼は昔ロケト城に住んでいたストラカカルさんです。身だしなみにうるさい人で、中でも髪の乱れは許せない。特に子供。彼は城内を巡回して髪の乱れている来訪者を探し回り、見つけたら後ろから大きな本でどつき倒して、無理やりブラシで髪を梳いてくれたそうです。だからこのお人形も本とブラシを持っている。(足元には、乱暴な扱いのせいでばらけた本の頁が) しかし彼自身は非常にむさくるしかったらしい。

 

 

ここなんか、一番いい房だよ。広いし、窓もある。(距離をとるだけのスペースがなくてうまく一枚に収められない) カレル4世が子供の頃にロケト城に幽閉されていたそうですが、この房かしら。それとも地上階の普通の部屋に軟禁されていたのかな。

  

 

この上等な房の窓から見える景色。川を挟んだ対岸に見えているのは、ロケトの町のライブ会場です。音楽にダンス、演劇など、いろいろな催しをやってるのよ。

 

チェスキー・クルムロフ城の地下室と同じで、崖の中を掘っているから、地下でも外側に近い部分なら窓も作れるんだよね。普通の牢には窓はないけど、各階の廊下や階段の途中には窓がある。
 

そして、ここを降りていくとね…

 

 

最下層の牢にたどり着きます。上の階の牢がまだ快適に思えてくる陰鬱さ。重罪犯を入れていたのでしょうかね…。

 

 

 

この階段の構造の複雑さがいいね。(右側に見えてる白い壁は独房の内部)

 

上の2つの独房のお向かいには更に嫌な部屋が。つか部屋になってない。ここから梯子で降ろされるの。

 

 

こんな場所に幼い子供たち共々閉じ込めてやると言われた寡婦が城伯を呪ったのも無理はないわ…。ここに連れてこられて病気になって死んだ人、何人いたんだろう。じめじめして暗くて寒くて。今は部屋だけだから普通に見ていられるけど、ここに放り込まれた人たちの恐怖と苦痛はあまり想像しないようにしていた。

 

 

 

そう。牢獄、部屋だけだから見ていられたのよ。

 

 

次に行ったのは、この写真の手前側の地下です。

 

こちらは拷問部屋です。降りてすぐにこの写真を撮ったけど、これが唯一の写真ですわ…

 

建物見たさで行ったようなものなんですが、この拷問博物館は気の弱い人は行かない方がいいよ。ここは人形がいます。何気なく近づいていったら、刑吏がこっちを振り向いたんで「あっ!」と悲鳴を上げちゃったよ! 動くなんて知らなかったよ!

 

一般的な拷問の道具は一通りあるようで、人形たちがもう… もう…。あんな時代に生まれなくて良かったとしか思えない…。でも、石打ちの拷問の展示では、胸から下をレンガの中に埋め込まれた血まみれの女性の人形の説明に、「この処刑は今現在も世界各地で行われている」と書いてあった。本当に、そうだよね…。

 

そしてね、この拷問博物館の何が嫌って、音声付きなことよ!

 

恐ろしい拷問にあっている囚人の身の毛もよだつ悲鳴と呻き声が、ずーっと、ずーっと、エンドレスで流れ続けてるのっ!! 今思い出しても怖くて鳥肌が立つ。

 

途中で見るのやめようかなと思ったんですが、なんだか義務感のようなものに捉えられてしまって、「これは実際に行われていた、あるいは今も行われていることなんだ。目をそらしてはいけない」みたいな気持ちになっちゃって。頑張って一つ一つ説明を読んでいきました。

 

悲鳴が響いているのとは少し離れた部屋もあります。そこに車輪の刑の展示室がありました。車輪の刑というのは囚人を車輪に縛り付けるのですが、車輪全体に体をあちこち縛るために、全身の骨を砕いて自由自在に曲げることができるようにする。…とかいう説明を震えながら読んでいたら、遠くから響いてくる悲鳴に交じって、なんかキィ…キィ…と小さな音もしているような…。なんだろうと気になって、音のする方をなんとか辿って目を上げると、人間の形じゃなくなった囚人が縛り付けられた車輪が、ゆっくり、ゆっくり、回転していたのでした。

 

 

………限界。

 

 

他にも展示があったようですがそれ以上は見る気になれず、耳をふさいで走って逃げました。

 

 

お城のガイドツアーを撮影していた人が動画をアップしてくれています。拷問部屋の悲鳴も入ってますので興味のある方はどうぞ。私はやっぱり見れなかった、マジでもう無理だわ。誰かと一緒だったらともかく一人で行くのはやっぱりお勧めしない。

 

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2015/12/31

 

ここでお昼ごはん休憩。お城のレストランに行きました。お城の建物を使っておりますが入り口は外側にありますので、食べた後にお城見学に戻るのであればチケットオフィスの人に一言でも断りを入れておくほうがいいと思います。

 

レストランの外観。

 

一番奥の部屋。一人でもお気軽にどうぞ。ビールだけでもOKだよ。お値段もリーズナブル。

 

鶏肉の煮込みと野菜スープにしました。美味しかったわー!

  

 

ビールは16世紀からの伝統を持つクルショヴィツェ。ちなみにクルショヴィツェはプラハとカルロヴィ・ヴァリの間、プラハ寄りにある町。醸造所の見学もできるらしい。

 

 

 

さてエネルギー補給も済んだので北棟を見ていくぞ。まずはこの左手の建物の中ね。

 

この北棟を歩いて行った動画がこちら

 

これは2階の様子。薬局を移設してある。世の東西を問わず昔の薬局って好きなのよー。 薬局の隣にはキリスト像など宗教関連の展示があった。それは撮ってないのに天井の装飾だけ撮ってる。

  

 

その続きに、昔のクロゼットやベッドなどを展示。いずれも美しい装飾が施してあります。

 

その隣の部屋には、この地域で見つかった鉱石などを展示してあったよ。ロケト城の中庭にあった伝説の不思議な石も、今はここに展示されている。大きさはさほどでもないのに、屈強な男でも引っくり返すことすらできないほど重かったそうです。スウェーデン軍の包囲の頃、何度も外国人が盗もうとするので井戸に沈めて隠したそうですが、戦争が終わった後、大変な苦労の末に取り出したって。

 

この石には「呪いをかけられた城伯」と呼ばれる伝説があります。昔、ロケト上の城主に冷徹で残酷な伯爵がおりました。城伯は領民たちに過酷な労働を強いて、従わない者は容赦なく投獄していました。ある日曜日、一人の貧しい寡婦が子供たちを連れて教会に向かう途中で城伯に会いました。彼女は城伯に借金がありましたが、大黒柱であった夫を亡くした身では返済もままなりません。彼女と子供たちは城伯の前に跪き、慈悲を乞い求めました。しかし城伯はその訴えを一顧だにせず、「さっさと金を返せ。さもなくばお前たちを投獄してやる」と吐き捨てました。寡婦は絶望のあまり絶叫しました。「ああ、お前など今すぐ石になってしまえばいい!」 その瞬間、谷に雷が轟きました。彼女の叫びと雷鳴が消えた後、城伯の姿はなく、彼が立っていた場所には大きな石があったのだそうです。

 

 

さて、この建物から、この壁沿いの通路を通って隣の建物へ。

 

上の写真の通路が、この↓写真の右手奥建物に繋がります。

 

テラスの通路からこの写真の左奥のドアを通って中に入る。ドアのすぐ横の壁のくぼみの座るところに丸い穴があって蓋がしてあるのは、お手洗いですか…? すがすがしいほど開けっぴろげですね…。

 

この廊下に沿った部屋には色んな展示があります。ロケトの街やお城の歴史はもちろんのこと、周辺地域の自然や産業などについても勉強できる。

  
 

この部屋は歴代城主など富裕層が使っていた銀器の展示。天井にも絵が描いてあって華麗。

 

しかし色んなものを一挙に紹介しようとするあまり、「ロケト近隣の自然遊歩道と拷問の展示」というワケわからん組み合わせも発生。

 

ここまで、写真はずっと2階なんですけど、中庭が傾斜しているので、次の棟に入って5~6段の階段を下りると中庭への入り口。この写真の手前側の棟に出入り口が写ってますわね。

 

外への出入り口があるところから、古い階段で上の階に行けるけど、らせん階段は行き止まり。別の階段が作ってある。

 

 

この棟のこの階は屋根裏みたいな部屋や、ペタッとした感じのスペースが多い。

 

北棟の1階にお手洗いがあります。その中の注意書きが面白かった。

横の人を覗くべからず。タバコを吸うべからず。吸殻を便器に捨てるべからず。便器の外に小用を足すべからず。便器に土足で上がるべからず。便器の外で大用を足すべからず。洗面所にごみを捨てるべからず。鼻クソを壁にこすりつけるべからず。個室の中を覗くべからず。

 

1.用を足し、2.流して、3.見てみて、4.便器を汚しちゃってる、5.どうしよう!?、6.あっ そーだ!、7.おそうじブラシを持って、8.便器を掃除したら、9.便器がピカピカ!

 

 

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2015/12/31

 

前の記事から独立させました…。記事の数が増え過ぎてはと思ってたけど、やっぱ好きなだけ書きたい。文も写真もちょっと増やしました。

 

さて、中庭を通って塔まで戻ってきました。入口はこの階段を上がった2階部分にしかありません。

  

 

そもそも塔は岩の上に作られているので、地上1階に当たる入り口はないのだ。

 

見張り塔として使われていただけでなく、敵が門を破って攻め込んできた時には最後の砦となるよう設計されていますから、塔の入り口が高い位置にあるのはごく普通のこと。クジヴォクラート城の塔も最初は1階の入り口はなくて、隣の城館と木造の橋で繋がってるだけだったんだ。19世紀になってから壁をぶち抜いて入り口を作ったそうだけど。

 

一辺がきっちり8.5メートルの正方形で、高さは26メートル。最上階までは96段を上らねばならない。とても古い、ロマネスク時代の建築だそうですが、天辺の木組みはルネッサンス時代のものだそうな。

 

この塔の地下には昔ドラゴンが住んでいました。いや、今もいるのかな? ロケト城のドラゴンはとても優しい気性の持ち主で、昔は近隣のおかみさんたちが火をもらいに来ていたんだって。

 

このドラゴンがいる場所は地下。岩を砕いて地下室を作ったんだな。

 

この部分かどうかわからんけど塔の地下部分に、別の部屋が繋がっているはずとされて調査中らしい。「岩の部屋」と呼ばれているようで、どうも、塔が立っている岩かその周辺らしく、岩のテラスのとこに説明のプレートがあった。でも岩の部屋があるものとして書かれているので、私はてっきり見ることができるのだと思い込み、どこに入り口があるんだ!と探し回りましたよ…。

 

階段の横についているこの滑り台状のものは何かしら…。駐輪場によくこういうのあるけど(人間は階段で上り下りし、自転車はタイヤをここに乗せて運ぶ)、同じような目的のもの?

 

 

各階はこんな風です。見張りの兵士がここで当直してたんだなあとか妄想にふけってると時間がいくらあっても足りない…。

 

塔は城館とは離れているから、塔内にお手洗いも完備。しかし位置が高い…。往時は踏み台でも置いていたんですかね。まあ快適さや使いやすさを追求する余裕はなかったと思うけどさ。ほかの観光客たちも嬉しそうにここを撮っていたわw

  

 

 

塔の上から中庭を見下ろす。写真の下側に写ってる岩場は、塔の入り口のテラスと繋がっている。

 

左はお城の入り口と第1の渡り廊下。右はその続き。

  

 

聖ヴァーツラフ教会と旧市街を見る。私の宿はちょうど真ん中辺りね。

 

 

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2015/12/31

 

んではお城の中に入っていきます。まずは、お城の南側~東側。この模型で言うと右側から上側。

 

この模型があったのはその南側の城館の1階。そこは陶器とクリスタルグラスの博物館になっていました。この地方は陶器も名産なんですけど、ボヘミアングラスは世界的に有名ですよね。世界各国の王侯や政治家たちがパーティーなどでボヘミアのクリスタル製品を使っている写真があり、今上天皇陛下の写真もありましたわ。

 

でね、塔の下の方がテラスみたいになってますでしょ。これが2階に当たりまして、塔への入り口のほか、塔の右側にくっついてる城館に入っていく入口もあるのですよ。


カルロヴィ・ヴァリの観光案内サイトから拝借。

この、塔にくっついてる南の部分から入ると、湾曲しながら北東の端まで中が続いていって、写真右端のとこまで行けます。が、写真上側に横に並んでる棟には繋がっていない。不便じゃないかと思うけど、増改築を繰り返しているせいかな。もしかしたら1階や地下に 一般には公開されていない通路があるとか?ま、少なくとも2階は繋がっていませんでした。

 

 

塔の下、テラスになってる部分がここね。この奥が右に曲がっていって、中庭に繋がります。写真右に見えてる入り口は塔の入り口。そして写真手前側に、塔にくっついてる城館への入り口があるのだ。

 

階段 → テラス → 中庭方面 → テラスに戻ってきて城館内へ… と歩いた行程を動画で撮ってみたのがこちら

 

 

入った最初の部屋には武器の博物館があったけど、あんまり興味を引かれなかったので写真なし。その次の部屋がここ↓。入ってきた向きとは逆方向を振り返って撮ってます。この部屋には、近くの教会で発見された古文書などが飾ってあった…はず。この机で絵ハガキを書いたっけなー。

 

お城の古い部分が残っていて、フレスコ画も見ることができます。15世紀初めのものだそうで、16世紀に入って塗りつぶされてしまい、後年のリノベーションで著しいダメージを負いますが、かろうじて残っていた部分が1986年に発見されて今に至る。町の城壁や庭園、木々、花、鳥などが描かれています。昔は壁全体がこんな華麗なフレスコ画で飾られていたのね。

 

 

これが次の部屋で、これも入ってきたのとは逆から振り返って撮ってます。ちなみにこのホールは結婚式やパーティーなどにも貸し出されております。

 

上の写真の手前側が礼拝堂へと続く。キリスト像は1520~1530年頃のもので、元はお城の隣にある聖ヴァーツラフ教会にあったのをバロック時代の再建時にお城に移したらしい。聖母マリア像は1540~1550年頃じゃないかと推測されるそうな。天井の装飾も素敵よ。

 

ひとつ前の部屋に戻り、中庭の方に出ていきます…。左側の写真のドアは、右側の写真の奥の方に当たる。このテラス、写真を撮っている位置まで来れるけど、テラスがあるだけで別の入り口があるわけではない。

  

 

 

では、テラスの階段を下りて、中庭に出ていきます。

 

 

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2015/12/31

 

翌朝。きれいに晴れ上がって青空が広がっております。(でも結構寒い)

 

ここが宿の入り口です。この道を反対側に行けばすぐそこがお城。

 

町の全景をペンション・ウルリーカのウェブサイトから拝借…。

 

ロケトもクルムロフな場所(川の湾曲した場所)ですね。 グーグルアースからキャプろうと思ったのに、画質がひどくて。

 

ロケト城のウェブサイト入口にある絵がお城の全体像をわかりやすく伝えてくれる。文字をクリックするとそれぞれの説明ページに飛びます。写真もあるのでぜひ。

(この絵、ちょっと実際とは違うような気もするが)

 

ロケトには6世紀ごろからスラヴ人が居住していたそうですが、町が最初に文献に現れるのは1234年のこと。ロケトは戦略的に重要な防衛拠点だったためボヘミア王国はロケトを王の直轄領と同等に扱い、住民に様々な特権を与えていたそうです。

 

今あるお城ができたのは12世紀後半らしく、一番古い部分はロマネスク様式。農奴から解放され王に直接使えるようになった農民たちが、ことあればお城の守りにつくという契約を結んでいたとか。

 

お城は1434年に神聖ローマ皇帝(&ボヘミア王&その他色々)ジクムントが抵当に入れちゃったもんだからカスパール・シュリックの手に渡り、彼が新しい城主になりました。彼は町人出身にして帝国書記局長にまで上り詰めるというモンスター級の出世を遂げた人ですが、ロケトの特権を減じたためにロケト住民との折り合いは非常に悪く、武力衝突も起こって、1437年には町と教会の大半とお城の一部が燃え落ちる事態にも発展。その後もいろいろありましたが、1598年に再び抵当に入れられたお城を町の人々が買い戻したそうです。

 

こちらはホテル・ロケトのウェブサイトから拝借…。

 

30年戦争(1618~48年)の頃はロケトはフス派を支持していたため、プロテスタントが抑え込まれた後はお城を皇帝に没収され、1645~1648年には帝国の軍隊が駐留していたんだって。その後、農業にしか使わないことを条件にお城は町に返してもらえましたが、1725年の大火で1階と地下を除く大部分が焼け落ちちゃった。

 

後に、お城を監獄にすることになって再建が始まりました。この時、元は地上3階建てだった城館が2階建てにされたそうです。ある資料にはこの時期に「陶器工場が建設された」と書いてありますが、囚人たちが陶器を作っていたってことはないよなあ…。陶器づくりなんて職人の仕事だよね…? とにかく、1822年から1948年まで監獄として使用されまして、1968年からはピルゼンの管理下に置かれたと。ロケトの街にお城の所有権が戻ったのは1992年のことだそうです。

 

 

んでは入っていきます。

 

クリスマスシーズンなので屋台が出ております。が、クリスマス~新年のホリデイ真っ最中なためかすべて閉店しております。邪魔なだけ(涙)

 

第1の門と第2の門の間から塔を見上げてみる。

 

旅行前の下調べ中に私を一番ワクワクさせたのは、第2の門から内側を覗くこの光景です。が、屋台をどけてくれ!

 

第2の門を通り過ぎて振り返ったらこんな風。向かって右側は「侯爵の館」と呼ばれる部分で、14世紀後半に付け加えられらものだって。左側は塔、そして大ホールや礼拝堂のある建物が続くので、公的な場所だったようだ。

 

お天気なのは嬉しいけど、日差しが強くてハレーションを起こしてしまうし、影がめっちゃ濃くて写真も見づらくなる~。

 

上の写真にある階段を上がると2階から城館に入れる。そこから、より中庭に近い方向を撮ってみる。

 

一つ上の写真に写ってる渡り廊下から、入口に近い方の渡り廊下を撮ってみる。

 

中庭に近い渡り廊下をくぐるとこの場所に出ます。この2階の木造の通路は城壁に取り付けられている単なる通路で、部屋はない。壁際に並んでいるのは昔の墓地にあった貴族や有力者たちの墓石です。

 

上の写真のアーチをくぐって振り返ったとこ。向かって右側の北棟は15世紀に作られたって。

 

もう中庭に入っています。崖の上の岩場に作ってあるので、中庭も平ではなく、高低差があると同時に岩でデコボコしてます。

 

中庭はこんな感じなの。

 

もうちょっと引いた、中庭の一番奥から。

 

南側の城館の途中にある2階の入り口(閉鎖中)から中庭を眺めるとこんな風。

 

塔の入り口があるテラス(2階)から入って、この写真奥の外側に階段がついている建物まで、中でずっと繋がっている。中は歴史・郷土博物館なのです。1階には陶器やボヘミアングラスの博物館がある。

 

それにしても屋台が邪魔だこと。昔々もこんな風にお祭りが開かれていたかもしれないと無理やり妄想しておりましたが。

 

 

中庭には大きな岩がドーンとあって、その上がテラスみたいになってて、中庭にも降りられるし、テラスは塔の入り口まで繋がってる。この写真、そのテラスを入れた写真を撮りたかったらしいけど、テラスの端まで行って中庭を見下ろす位置から撮った方が良かったと思う。

 

 

翌日の動画ですけど、お城の門から中庭まで撮ってみたので、よろしければ。

ロケト城 入口から中庭へ

 

 

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2015/12/30


私がロケトで泊まっていたのがペンション・ウルリーカ。左側の建物です。1階はアンティークショップ。私の部屋は2階の向かって左側の2つの窓があるとこね。

 

道を挟んだお向かいのピンクの建物も宿ですよ。ここの1階で初日の晩御飯を食べたのだ。んで、この真ん中の道沿いにウルリーカの入口があります。道の突き当りに見えているのがロケト城ですー!!!  宿から100mしか離れていないのよ。

 

ウルリーカって名前はおそらく、ゲーテに愛されたウルリーケ・フォン・レヴェツォーから取っているのでしょう。72歳のゲーテは17歳のウルリーケの機智と美貌の虜になり、結婚を申し込んだそうな。断られましたが。

 

ゲーテとウルリーケが初めて会ったのがマリアーンスケー・ラーズニェ(カルロヴィ・ヴァリ州の高級保養地。ドイツ語の呼び方マリエンバードの方が有名)、再会したのがカルロヴィ・ヴァリなんですって。

 

お部屋の中はこんな風。壁にマリー・アントワネットの肖像画がかかっておりますね。反対側の壁にも誰か貴婦人の絵があったけど、誰だかわからんかったわ。

 

部屋の窓からこれが見えるのよこれが!

 

上の写真に写ってる奥の方のベッドに寝ていたので、ベッドの頭の方に座って壁にもたれて、ふと外を見るとこれ↑が見える。夜にもささやかにライトアップされています。真夜中にふと目が覚めて窓から広場を見下ろすとこの景色が目に入って、その幸福感と言ったらありませんでしたわ。山の奥の小さな町の小さな広場。大きな町にありがちなけばけばしい色の洪水はなく、穏やかな灯りのともる静かな広場。……を好きな時に好きなだけ暖かい部屋から見下ろしていられる私。

 

古い建物の中にあるけどリノベーションは完璧で、水回りも快適よ。

 

 

朝ごはんルーム。私は左に見えている奥の部屋でね。部屋の隅には冬季のストーブが残ってますね。今はセントラルヒーティングですけど、残してくれているのは嬉しい。

 

毎日少しずつ違っていたけど、これが基本形。チーズとコールドミートのみでシンプルなれど、ハムもチーズも毎日違う種類のを出してくれたよ。あと、チョコクリームのパンとかもついてた。

 

窓からはお隣の家が見えます。

 

 

これは1Fの玄関を入ったとこね。まだクリスマスシーズンですから、可愛いトナカイさんがいる。サンタさんのお手伝いでプレゼントの袋を下げてるのよ。

 

この半螺旋階段がまた、いいのよねえ。私の部屋は、奥に見えてる右手のドアよ。

 

もちろん Wi-Fi も完備。宿の人にパスワードを聞いた時に、ここに書いてあるよ…と壁に貼ってある紙を見せてくれまして、ただ彼らは英語は話しませんのでドイツ語を使ってコミュニケーションを試みてくれまして、「ヴィーフィー」と言ってたのが印象に残りました。私、最初は Wi-Fi をワイファイっていうの知らなくて、「ウィーフィー?」と思ったのよ。笑われたけど、ドイツ語ならヴィーフィーでええんやん。

 

ハンガリーのツァーク村に行く時に道端にいたおじさんに道を聞いた時も、私にハンガリー語は通じないだろうとおじさんがドイツ語で話してくれたんだよな。ツァーク村はオーストリアとの国境がすぐ近くだったし、ロケトもドイツに近い町だし、やっぱドイツ語は普通に話せる人が多いんだろうね。

 

 

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2015/12/30

 

宿で荷物を引き取り、バスターミナルに向かいます。余裕のある時間は全て街歩きに使いたかったし、バスターミナルには早めに行っておきたいしで、お店に入ってお昼ごはんを食べるつもりはなく、広場で何か買っていこうと。

 

そして目に入ったのがレバーケースゼンメルっ!!

 

モーザー警部がベック刑事に夜食にヴルストゼンメルを買って来いと命令したのにベック刑事がレバーケースゼンメルを買ってきて、モーザー警部が不満を言ったら、ベック刑事が「売ってなかったんだよ! 夜中の2時なんだから仕方ないだろ! 文句があるなら自分で買いに行け!」とキレた、あれですね!

 

要するにミートローフのサンドイッチです。グリルで焼いてあっつあつのを挟んでくれました。ゼンメルはパリパリで香ばしく、とても美味しかった。

 

前日は鯉フライしか食べてないし、チェスキー・クルムロフでは食生活が質素でしたかな。豪華な朝食をたっぷり食べたんで、あんまりお腹が空かなかったってのもあるけど。あとは屋台で買ったクッキーとか食べてましたね。

 

さて、チェスキー・クルムロフのバスターミナルは、広々とした場所ではありますが、思ったよりずっとひと気のないひっそりした所でございました。

 

鉄道駅も少々寂しい場所にありましたが周りには民家もあったしレストランもあった。でもここは…。この周りに団地はあるんですけど、とにかく駐車場が広いし(私が行ったときは停まっているバスもなかった)、ここに夜に着いていたら、鉄道駅よりもっと心細かったかも。ターボルみたいに鉄道駅とバスターミナルが隣接して町中にあると心強いんだけど、そっちの方が珍しいよね。

 

中はこんな風。

 

床屋さんがあるわ。開いてる扉は食堂です。こういうトコで何か食べてみるのって好きなんだけど、もうお腹がいっぱいで無理…。紅茶くらい飲んだら良かったかも。

 

 

私が乗ったのはチェコの民間バス業者としては最大手のスチューデント・エージェンシー社のバスです。カルロヴィ・ヴァリへの直行ツーリストバスがないと知った昨日のうちに、オンラインで予約しておいた。つまんないけど、プラハに戻って乗り換えるルートが一番早いみたい。

 

てことで、プラハに戻ってきました。カルロヴィ・ヴァリに行くバスは違うバスターミナルから出るので、移動が必要。飛行機でもそうなんだけど、乗り継ぎの時間はたっぷり取っておく方なので、何事もなく到着したので、プラハをぶらぶらする時間くらいの余裕はありました。

 

まずはトラムの駅に行こうと、歩道にいた若い女の子に声をかけて方角を尋ねようとしたら、彼女は手を横に振って、自分の耳を指さしました。耳の聞こえない子だったのでした。筆談という手もあるけど、別にそこまでこの子にこだわる必要もないので、笑顔で手を振り合ってバイバイ。

 

で、適当に賑やかなとこに行ってみようかとブラブラ歩き始めて目に入った、お店の外に張り出してあるメニュー表。和食とお寿司のお店だね。ウラマキってなに?と思って写真を撮ったのだった。たぶん、ネタをご飯で巻くんじゃなくてご飯をネタで巻くお寿司のことなんでしょう…。日本でもあるのかな?

 

フィラデルフィア巻(サーモンとクリームチーズ)、カリフォルニア巻(周りの赤いのは飛子)、ボニート巻(照り焼きの鮭とキュウリとクリームチーズ、外側にはツナクランチ)、海老クランチ巻、Meyro巻は迷路か??? サーモンが多いね。

 

センセイマキ…?(海老天) プラネットマキ…?(サーモンとクリームチーズと沢庵)

 

カナダに行った時にバンクーバーで現地係員の人が、ここならではの食事と言っても目新しいものは特にないので、日本ではまずないような創作寿司とかを食べる方が面白いですよと言ってたっけな。

 

 

乗換駅で旧市街までお散歩に行ってみました。30分くらいしか余裕がなかったのですけど、バスターミナルで30分つぶすよりはと。こういう時、買った時から○時間とかいう指定で乗り降り自由なプラハの地下鉄・トラムの切符のシステムはありがたいね。

 

結局、火薬塔にデンしてきただけ。(デン=タッチの意。関西弁) 中に入れるんだけどね、時間がなくて。

 

地下鉄の入り口。周りの建物もなかなか。

 

 

さてさて、カルロヴィ・ヴァリのバルターミナルに到着した時には既に日も暮れておりました。冬はほんとに日が短い。それからロケトまではバスで… だったんですが、どのバス停から乗ればいいかわからんのと暗くて心細いのと疲れてて早く休みたいのとで、タクシーに乗っちゃえ、と…。16キロくらいだから大した距離でもないし…。

 

しかしバスターミナルの周りにもタクシーがいない。チェスキー・クルムロフとは違って、街中ではあるんだけど、にぎやかな場所ではないのよね。で、バスターミナル前のホテルに駆け込んで助けを求め、タクシーにはどこから乗ればいいかと聞いたところ、タクシー会社に電話して呼んでくれましたわ。ありがたい、ありがたい…。(T人T)

 

カルロヴィ・ヴァリのバスターミナル。このずっと手前まで続く。すぐ近くに鉄道駅もあるよ。

 

当たり前ですが町と町の間には山や川や草原、せいぜい牧草地が広がっているばかり。タクシーに乗ってるんだし、行先は当たり前すぎるくらいわかってもらえてるんだし、心配は何もないんですが、日暮れ後に何もない場所を走るのってなんとなく不安感が募るんだよなあ…。(最初は20時着のツーリストバス利用を考えた私ですが)

 

ライトアップされたロケト城が遠くの丘の上に見えてきた時は嬉しかった。ほどなくしてタクシーは旧市街の中へ。ああ、到着したわ(涙) これで後はごはんを食べてお風呂に入って寝るだけ!

 

…と思ったけど、タクシーの運転手さん、住所で調べてもホテルの場所が今イチわかんないって。旧市街ど真ん中にあることは確実だし、実に小さな旧市街で迷いようもないので、どこで降ろしてもらってもいいようなもんなので、「絶対この近く」と運転手さんがいう場所で降ろしてもらった。

 

もちろんホテルの外観は写真で見ているけど、夜になると雰囲気が違ってるからよくわかんない…のと、後でわかったけど、Booking.comに載ってる写真で私の頭に入っていたのが脇道を挟んだお向かいの建物が中心に映っている写真だったのも災いしていたようだ。そのお隣の建物(これもホテル)の1階がレストランで営業中だったので、そこに入って私の宿を尋ねたら、出てすぐ右のビルよと笑いながら教えてくれました。

 

私の泊まるペンション・ウルリーカは、メインストリートに面しているんだけど、入り口はメインストリートにはないんだ。あったら、すぐわかったと思うんだけど。入口は脇道を入ったところにあるんだよね。で、そこも開いてはいないので、電話して開けてもらうことに。

 

到着が夜になることはチェスキー・クルムロフの宿マレホ・ヴィットカにいる間に電話して伝えてあった。というか、この宿の人は英語は通じないので(ドイツ語ならOK。ドイツとの国境が近い街だしね)、マレホ・ヴィットカのスタッフにスマホを渡して通訳してもらい、「到着したら電話して。ドアを開けに行くから」と教えられていたのだった。

 

荷物を置いた後は、お店が開いているうちにと急いで先ほどのレストランへ参りました。んで、牛肉のシチューを注文(グラーシュとは書いていなかったけどグラーシュなんだろうか)。チェコでは初のクネドーリキ付きでいただく。クネドーリキってのは中央でよく食べられているもちもちしたパンです。茹でて作るんだって。

 

この晩はビールは2杯。お昼も飲んでないし、お代わりするのは当然よね。ああ、お腹いっぱい…。

 

 

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2015/12/30

 

チェスキー・クルムロフ最後の朝です。(最後っつか2泊しかしてないけどさ) お昼過ぎにはバスに乗るので、実質3時間もない最後の街歩きを楽しみに出かけました。

 

夜には通ったけど明るい時間にはあまりよく見ていなかった町の西側。ここは町の防衛システム、城壁が少しだけ残っているんだって。この古い建物… ワクワクするわ~。

 

 

今はモナ・リザという名前のバー&ジェラッテリアになってる。入ってみたかったわ。この街では道の上にばかりいて、お店に全然入ってないのよね。

 

 

上の写真の奥、モナ・リザの反対側が、これ↓ 少ししか残っていないけど、ここだけでも壊さずにいてくれたのがありがたいよ…。この2階の通路んとこ、上がってみたい。こういうのホント好き。

 

ここら辺は古い建物が手を入れ過ぎずに残ってるんだ。あまりピカピカにきれいにされちゃうと何だか残念なので、こんな感じだとうっとりしちゃう。

  

 

で、これ、何なんですかね…

 

 

ウロウロしていたらこの街の大事な観光施設の一つ、エゴン・シーレ博物館に行き当たりました。入ってみようかなと思ったけど、開館時間まであと少しだけありましたので、後でまた来ようと思って通り過ぎました。で、結局行かなかった。そんなもんですよね。

 

 

そして町の南側に下って行って、また聖ヴィート教会に。今日は中に入るよ。その前に、このすてきな道と会談の様子を堪能した。朝早いと人が少なくていいね。

 

  

 

 

聖ヴィート教会は1407~1439年に建てられたそうです。もちろんその後もずっと改装を重ねていますので、あまり古さは感じませんが。

 

教会のメンテにはお金がかかりますのでどうぞお志をと募金箱が置いてあり、日本語でもお願い文が書いてあった。入れてきましたとも。

 

 

聖ヴィート教会のお隣にあるのが町の公立図書館。入ってみたかったな。図書館って現代的なものであっても、文字が読めなくて書架を見て回るだけでも好きよ。でも面白半分に入るのがちょっと気後れしてねえ。時間もなかったし…。つか、開いてたかしら?

 

建物の来歴を前日のガイドツアーで教えてもらったはずだけど、忘れちゃったなあ…。なんて素敵な建物なのでしょう。この建物の構造を感じるためだけにでも、入りたかった。外階段だけちょっと上がってみたけど。この写真の右側のアーチ通路の奥にある階段。

 

 

最後の名残でお城にも行っておいた。塔に上ってみたかったんだけど、行くといつも閉まってた。冬は塔もやってないのかな。内装はキラキラらしいのでさほど興味ないけどさ…。で、まるで義務があるかのようにまたお城の端っこまで行っておいた。同じ場所から何べん撮ってるんだと我ながらアホらしい。でも、つい撮っちゃうんだよね。

  

 

この通路の途中にある張り出しテラス、ここの写真を撮りたかったんだよ。だけどいつも人がいっぱいいたので諦めていた。夜はこのテラス、閉まってたし。朝はいいね、明るい上に人がいなくて。

  

 

 

宿に預けていた荷物を取りに帰るべく、お城の下にあるラトラーン通りと旧市街中心部のラドニチュニー通りとを結ぶ床屋橋を渡った。昔はこの橋の上に床屋さんが並んでいたんだってさ。そこで歌っていたのがマイケルです。この時は、私の好きな Jeff Buckley の Hallelujah を歌っていました。


 

前日のガイドツアーでこの橋を通りかかった時もマイケルはここで歌っていたんだ。ガイドさんからマイケルがウェールズ人であると聞かされてて、もう一度会えたらいいなと思っていたので、嬉しかった。

 

8月からずっとここにいるんだってねと言うと、次の夏まではいない、この町は夏はミュージシャンが多すぎて稼げないから4月には他に移ると言ってました。故郷であるウェールズには38年帰っていないそうです。今のウェールズの政治の在り方が嫌いだって。そして、「もちろんウェールズはいい国だよ。でも俺がいない方がもっといいからな」と笑ってましたたわ。

 

私がウェールズに行ったことがあると言ったら、どこを周ったか聞かれ、南から順番に言おうとカーディフ、アヴァガヴェニー、ブレコン・ビーコン…くらい言ったとこで「俺、ブレコン・ビーコンの出だよ」とお返事。南だけ言って終わっちゃったw 北の果てアングルシーまで行ったのにw

 

スロヴェニアで同じ宿にいた20代前半のイスラエル人男性が「旅は好きだけど今のうちしかやらない。たまに50を過ぎても世界中をフラフラしてる人を見かけるけど、あんな風になったら最悪だ。彼らは何も成し遂げずに人生を終えるんだ」と言っていました。カンボジアからベトナムに入る時に同じバスに乗っていた30過ぎの日本人男性は「これを最後に就職する。中年になってまでバックパッカーやってたらバカだ」と言っていました。

 

マイケルはあのバックパッカーたちとは全く違う世界に住んでいるんだろうな。

 

 

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2015/12/29

 

鯉チップスを食べた後は宿に戻りました。実はこの時、ちょっと体が冷えておりまして。私は帽子代わりにネックウォーマーを頭に巻いていたんですが、前の晩に洗濯してましてね。朝、ちょっとまだ湿ってる気がしたので置いて出た。パーカーやジャケットのフードがあるからいいやと思って。でもフードってどうも邪魔に感じられてさー。途中から生アタマむき出しで歩き回ってたの。

 

でも夕方になってさすがにつらくなってきたので、頭をもっと防寒せねばと一旦宿に戻ったら、暖かい室内で体がほてり始めた。これって何度か経験がある。体が冷え切ってた時特有のほてりなんだ。体の芯は冷たいのに肌だけほてる感じ。これは私には危険な兆候。放置すると体調を崩す。なので慌てて熱めのシャワーを浴びて体を温めました。本当はお湯に浸かれるといいんだけどねえ。その後、しばらくベッドで布団にくるまって体を元に戻しました。

 

もう大丈夫だなと思えた時点で再度お散歩に出発。真冬なので日が落ちるのも早くて外は真っ暗です。と言ってもまだ時間も早いから、観光客は結構歩き回ってるよ。何しろ観光地ですからねえ。

 

朝にも見た、ホルニー通りの写真スポット。

 

同じ場所、同じ通りでも、印象が全然違うの。

 

石畳の古い町とオレンジ色の街灯って大好き。右側の写真は、ラトラーン通りからお城に行く近道だ。

  

 

 

昼間にも気になっていたバー。お昼はもちろん閉まってたんだけど、今は賑やか。元は薬局だったんだって。内装も、薬棚を酒棚として活用していて面白い。歴史的建造物なので外壁に説明文も書いてある。せっかくだから入ってみたよ。

 

 

普通のお店は早々にしまっちゃうので、夜も更けてくると観光客が行くところってバーくらいしかないのよね。そんなせいもあるのか、繁盛していました。でもカウンターに席を確保。「ここのオリジナルのものを」と注文して作ってもらった、バジルグランデというカクテル。美味しかった!

 

その次に飲んだのはグァバを使ったカクテル、次が…なんだったっけw スタンダードなのも飲んでおこうと頼んだはずだけど。3杯のお酒をゆっくり時間をかけて楽しみました。

  

 

観光客に人気のお店らしい。バーテンさんは2人いて、うち1人がマスターらしかった。マスターがシェイカーの準備をしているのを何となく目の端の留めていたら、マスターが若いバーテンに声をかけて、若いのが振り返ったとたんにシェイカーをポイッと放り投げた。ウワッと驚いた表情で受け取った若いの、しかし次の瞬間には2人が向かい合わせになってシェイカーを振り始めた! この演出にお客さん大喜び。きっと、マスターに突然シェイカーを投げられたらコレをやるって決まってるんだね。

 

このバーは、お城の赤門と呼ばれるラトラーン通りに面した門を出た、すぐの場所にある。てことで、バーを出た後は夜のお城にも行ってみます。

 

昼には人間の入っていない写真を撮りたければ長いこと待たなきゃいけなかったお城も、夜なら簡単に建物だけの写真を撮れます。もちろん、夜にも何人も観光客がお城を楽しみに来ているけど、昼とは人口密度がまるで違う。

 

上の写真の真ん中の建物の入り口からこの通路を通って第3の中庭へと進む。

 

第3の中庭もホントに静か。

 

第4の中庭からさらに奥へ…

 

昼に見た時は新しすぎてちょっと味気なく感じたこの部分も、夜はなかなか。

 

 

昼間は観光客で埋め尽くされていたこの場所も、今は私だけのものだ。

 

 

 

町はもう眠っている…。(人はたぶん起きてるけど)

 

 

いつまでもとどまりたい気分でしたが、帰らないとね。あんまり遅くなると人も減るだろうし、そうなったらさすがに不用心だろうし。

 

 

 

 

古いお城。ほのかな灯りと、それが作り出す黒々とした影。昼にはいなかったものたちが、夜にはきっと出てきていた。私は気づけなかったけど、きっといたよ。

 

手袋を失っていることに、お城にいる時に気づいた。アホ…。もしかしたらと思ってバーに戻ってみる…。「あれ?」って顔をするマスター。私が座っていた席はまだ空いていて、その下にしゃがみ込む私。そして手袋を両手でかざしつつ起き上がった私を見て、マスターは「ああ、そういうことか」という表情で笑っていました。

 

そのままおとなしく宿に帰ればいいものを、悪い癖で「違う道を通って帰ろうっと」とやったところ、行きたい方向に曲がってくれる道が全然なくて、想定外の場所に出たわw 最初にこの町に入ってきた時の辺りね。あの時は橋の上から見たんだけど、その下辺り。興味深い建物も見れて面白かった… けど、えらい回り道をしてもうた。

 

 

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