旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!



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気づけば、前にブログを書いてから1ヶ月半以上も経ってしまっておりました。

今年はせめて一週間に一度はと思ってたのに~。

 

今年に入ってから、特に1月後半から例年よりもかなり仕事が忙しく、そして忙しさはそのままに、職場が大変な事態に陥り、そして忙しさと大変な事態はそのままに、年一番の繁忙期が始まりまして…

 

どうすればいいのかと頭を抱えている状態ですが、私も新人ではありませんので、茫然としている場合ではない。あんまり大丈夫じゃないけど、大丈夫ですよと笑ってみせるのも仕事のうち。そして、大丈夫じゃないのを知らせる相手を選び、適宜助力を求めて解決していかねば。

 

ま、何とかします。

 

実はGWに秋田に行こうと思って航空券を押えてたんですよ。で、あとはお金を払うだけという段階だったのですが、後回し後回しにしているうちに仕事上で新たな展開が続き、「これ、ヤバくないかな…?」と思うに至って予約キャンセル。その後に問題が起きましたので、まあ、ある意味タイミングは良かったのか…。

 

 

言い訳に便利な画像として回ってきたこれ、仕事でも使えるかしら。

 

 

 

 

 

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現金がいらない世界が来るのだろうという話をしていると、物々交換経済から貨幣経済に変わった時以来の大きな変化なのかもしれないという気になります。

と言っても、「現金って何なのかな」という感じもあるのですが。

昔いた会社で見積書を書く時に、「支払い方法:現金」とか書くの、いつも違和感を抱いておりました。もちろんこの場合の現金とは手形や為替ではないという意味ですし、わかってはいたのですが、どうも「現金=お札や小銭という物体」というイメージから逃れられず、札束を手渡す場面を想像してしまいまして。

今でも時々、不思議になるのです。私のお給料は、銀行口座の残高という、コンピュータの中のデータとして出現し、月々の支払いという命令によりまた異なるデータとなって出現する。私は一切この手で触っていないのに、「お金」が突如やってきて突如去っていく。貯金が10万円あるとして、その10万円って、頭の中のイメージでしかない。

その気になればお札や小銭という形で手に取ることができるにしても、基本的には、今は大きなお金って皆が共有している情報としてしか存在していませんよね。ま、それを言うなら、千円札で千円分の買い物ができる貨幣経済も、その紙切れにそれだけの価値があるという約束事を共有しているだけなのですが。

私はそんなにクレジットカードを使う方ではないのですが(お店が手数料を払わされると聞くと何となく気が引ける)、チャージ式のプリペイドカードはよく使うようになりました。コープさんとかコンビニとか鉄道とかのね。煩雑な現金のやり取りがないというのは楽でいい。こうして情報としてのお金だけが動いていく。

共有する情報としてだけ存在する資産を皆が信じているってのもなんだか気持ち悪いなと思う時もあるんですが、外国でお金を引き出しながら旅行を続けられるのも正にこのシステムのおかげですから、感謝しないとね。昔、旅先で出会った長期旅行者が70万円相当の現金を身に着けていると聞いて「ひえー」と思いましたが、もう、そうするしかなかったんですよね当時は。日本人が取引できる銀行もないような外国の田舎を旅していくなら、現金しかない。盗難の危険を回避するためトラベラーズチェックというものも使われていましたが、田舎の銀行では換金できなかったりしたし。

今なら、よほど小さな村とかでない限りATMがあって現地通貨を引き出せる。お金をお金で買っているわけなので後に支払いが発生しますが、それは日本円で支払える。これも為替レートという約束事を共有することも含め、情報を共有しているからこそですわね。約束の部分で言えば現金で現金を買うこととさほど変わらないけれど、最初に物体を持っていなくてもいいというのは、旅行者には本当にありがたいです。路銀目当ての強盗も、国境の役人のカツアゲも、減ったと思いますよ。
 
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先日の機内モニタの話でつらつら思い出してたこと。

アフリカの一部の国では今、モバイル決済がすっかり浸透しているそうですね。2年前くらいから話題になっておりました。もともとアフリカ諸国は携帯電話の普及率が高い。国が貧しかったために有線電話が普及せず、それで却って旧テクノロジーからの切替が必要なかったのも一因だとか。

そして同様の理由で、銀行へのアクセスを持たなかった地域にモバイル決済を導入するのが簡単だったらしい。モバイル決済の仕組みは、送金したい人が窓口となる店舗などにお金を預け、送金先にSMSを送信し、受取人は自分の携帯電話を持って自分の近くの窓口に行き、SMSの情報を見せてお金を受け取るというもの。クレジットカードよりもシンプルです。

これまで現金を家の中に隠しておかねばならなかった人も、盗難の心配がなくなった。そして遠い街にしかない銀行まで出向いていた人も、時間も交通費も使わずに済むようになった。給与や公共料金の支払いにも使われているそうです。銀行が機能しなかった地域で、携帯電話の普及により、銀行と同等の、そして別のシステムを使った金融サービスが広がっている。

アフリカのモバイル決済の会社が今ではヨーロッパにも進出しているそうです。最初はルーマニア。携帯電話はほとんどの人が持っているけれど、人口の3分の1もの人が銀行を使っていなかったからだって。

日本はクレジットカードですら普及率が今一つという現金愛好国ですので、こういうのはなかなか広がらないかも。とは言うものの、若い人は私たちの世代とはまた違う感覚を持っているかな。日本でいうとLINE PAYなんかが同等のサービスに当たるらしい。ライブのチケットを友達に取ってもらって、「お金はライブの日、会った時に渡すね」とやっていたのが、「じゃあ今LINE PAYで送るね」になるわけだ。LINEの普及率を考えると、結構なインフラになるのかもね。

でも別にLINE PAYに限らずとも、こういうシステムが浸透すれば、携帯電話やスマホがあれば現金がいらない時代が来るのかもしれない。「飲み会の割り勘も簡単になる」とどこかの記事に書いてあったな。「お釣りある?」などという細かい小銭のやり取りもなくなるし、「あ、今日は手持ちが足りないわ、残りは次に会った時でいい?」ってのもなくなる。、「そのうち払うわ」と踏み倒す奴も減るねw


↓ こういう記事 ↓ 面白いですよ~。

ケニアのモバイル送金サービスM-PESAが凄い!現金を持ち歩かない未来が来るかも

革新的な決済サービス「BitPesa」がアフリカで急速に広がっている理由

モバイル決済が新興国に与える恩恵は絶大だ 「手のひらの革命」は世界経済を変えていく

マスターカードが農家とバイヤーをつなぐモバイル決済サービス「2KUZE」をケニアで始動

 
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機内のモニター画面は「時代遅れ」、アメリカン航空が新機体で廃止

Yahooニュースから。

アメリカン航空、2017年中に就航する「ボーイング737マックス」 100機にモニター画面を装備しないことにしたんだって。今や90%以上の乗客が自分のスマホ、タブレット、ノートPCを持ち込んでいるので、それを使ってもらえるようにすればいいから、と。ユナイテッドも一部の小型機で同様の方針だってさ。

独自の娯楽機器を整備するより、機内ネット環境を整備する方が時代の流れに即しているってことか。まあ、これも自然な流れだよね。残り10%の人への対応をどうするのか知らんけど、タブレットを有償で貸し出すとか、そんな対応になるのかもね。そういう人にとっては「これまでは無料だったのに!」ってことになっちゃうけど、これも時代の流れなんでしょう…。

アメリカン航空の場合、機内のストリーミングサーバーで提供する番組は無料、ネット接続による外部のサービス(ネトフリとかアマゾンとか)は有料ってことにするらしい。エミレーツでも飛行中にWiFiが使えました(有料)。ネットに接続できるなら利用したい客は多いはずよね。もう機内は隔絶された空間ではないってことだ。

機体への娯楽機器の搭載にも、出発前の整備にも、大変なお金がかかっていたはず。航空会社にとってはモニタがなくなる方がずっといいでしょう。乗客にとってもいいかもよ。整備するべきものが減れば遅延の原因が減るわけだし。

インターネットがない時代を知らない人もこれからどんどん増える。小さな子がリアルタイムでテレビを見ていて「待って、今のとこ、もう一回見せて」と言い、親に「テレビはそれはできないの」と言われて混乱しているなんて話も聞きますね。中学生にもなればスマホも持っている子も多い。そういう人たちが顧客の主流になる時代がすぐそこまで来ているのだから、サービスの在り様も変わっていって当たり前なんでしょう。

昔は機内のモニタは天井から出てくるものでしたね。機内の各席にモニタがあって当たり前の今の時代、そして自分のスマホやタブレットを使うのが当たり前になるこれからの時代においては、機内でモニタを共有していた光景というのは、私にとっての街頭テレビの光景と似ているのだろうなと思います。



 
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インフルエンザにかかってしまいました。

もう体調はほぼ復活しておりますが、まだウィルス吐出し期間中なのでお仕事もお休みです。

 

最初は倦怠感と微熱だったのですが、あ、いや、微熱じゃないんだった。

ツイッターで医療クラスタが盛んにRTしていたTWによりますと、37.2度とか、微熱どころか発熱にカウントしないんですって、医療従事者的には。

じゃあ何度からなのさと今ググってみたら、「37~38度」……。

37.2度、微熱じゃん。

まあ、そんな程度の熱で医療機関を受診してんじゃねーよ、市販薬でも飲んで寝てやがれ、みたいな気持ちなのでしょう。

お忙しいからね。

 

んでもその状態が2日続いて、咳も出るし、職場は密室だし、インフルエンザだったら大変だと思って念のためお医者に行ったら「風邪」との診断が出てほっと一息。

 

しかしその夜に熱が39.8度まで上がりまして(体温計を二度見したわ)、翌朝お医者さんに行ったらインフルエンザの検査となり、A型と判明。この時、待合室じゃなくて診察室の奥にある物置スペースのベンチで待たされたのが興味深かったです。たぶん、インフルエンザの疑いがある人間は、待合室の他の患者に移さないよう隔離されるのでしょう。

 

で、イナビルを吸引してサクサクと快方に向かったのでございますが、今回大変印象に残ったことが。

 

背中が痛くなったのです。

 

背中の痛みは微熱が出た頃からありました。背中も腰も首も痛くて、どこも痛くならない寝方がわからない。寝るのがつらいってホンマきついですよ…。

 

高熱が出た晩は、さほど背中の痛みを感じなかったのですが、もしかしたら熱でぼーっとしていただけなのかも。

 

その翌日である仕事を休んだ初日に痛みが激化。だるいから寝ていたいのに、あおむけで寝られないんですよ、背中が痛くて。では、と座ってクッションにもたれてみたけど、それでも痛い。とにかく背中に刺激や圧迫があるのがつらい。横向きで寝るとマシだけどやっぱり痛い。あとどんな姿勢をとっても腰も痛い。(このころは首はあまり痛くなかった)(でもなんか、腕も痛かった)

 

もとから首も背中も腰もちょっとは痛い方だったんですが、こんなに痛くなるなんて何をしたんだ私!腰痛ならぬ背中痛ってのもあるのかもしれない、これが常態になってしまったらどうしよう… とかなり怯えておりました。

 

結局、クッションを置いた上にうつぶせに寝ておりました。(黄色いとこがクッションね)


腕もこの位置しかダメでしたね。顎の下に組んでみたけど、背中の筋肉に影響があるのか、背中が痛むのですよ。それでなくても熱があってシンドイってのに、この痛みでかなり体力や気力を消耗した気がする。

 

翌朝になっても痛みは続きましたが、午後になってしばらくすると、スウッと痛みが引きました。心から安堵しましたわ…。

 

やっぱり熱と関係があるのかなーと思ってましたら、ツイ友さんたちが教えてくださったことには、ギックリ腰ならぬギックリ背中というものもあるとのこと。何かで痛めていたのかもしれない。そして、発熱で筋肉が炎症を起こすこともあるので、痛めていた背中がえらいことになった、と。

 

あとは、発熱中に寒気がしてつらかったのもありましたが、とにかく、背中の痛みが強烈な印象です。背中が痛くて眠りに妨げがあるなんて生まれて初めてでしたわ。ああ、過去形で語れる幸せ…。眠るのがつらくないって、本当に大事なことですよ。

 

お医者さんには5日間は家から出るなと言われ、3日もやすむことになってしまい、熱も引いた今となっては申し訳ないほどなのですが、休むこと自体は別に私のためじゃないしな。申し訳ないのは、インフルエンザにかかってしまったことそのものだ。


それにしても、旅行に行くためのたった1日の休みを得るためにビクビクしてるってのに、こんなことで3日も休むことになるとは…。
 

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2017年の航空業界、知っておくべきトレンド

 

ウォールストリートジャーナル日本語版。システムを支えている設備が古いままなので、今年はついに業務に追いつかなくなってダウンし、大幅な遅延が頻発するであろうという恐ろしい予想が書かれてますが、まあ、それは私にはどうしようもないので置いておいて。

 

もっと身近な話題としては「プレミアムエコノミー」と「ベーシックエコノミー」ってのが。

 

他国(たぶん欧州)の国際線にあるような「プレミアムエコノミークラス」を、アメリカン航空とデルタ航空がついに導入だそうな。席が広くて機内食もワンランク上だって。人気が高いらしいけど、私はあんまり興味ないです。


だって、プレミアムエコノミーって普通のエコノミー席より5万~10万円も高くなるんだよ。一番安いチケットを漁ってる私には関係ない話よねw 従来のエコノミークラスとビジネスクラスとの間に差がありすぎたから、それを埋めるシステムなのかな。

 

あっ、そうだ。私もいっぺん乗ったことあるかも! 大阪と札幌の間で。そんな名前だった気がする。ガラガラだったから、いい方に乗せてもらえたのかねえ。特に憶えてないんだけど、席、広かったのかな。あれは確かJAL。職場の仲良しと行った、北海道2泊3日で3万円くらいの、どこで誰が利益を得ることができているのか謎なツアーだった。(ひたすらバスに乗ってるだけの退屈なツアーでしたが)


しかしプレミアムエコノミー導入のあおりなのか、ベーシック・エコノミー席の客には逆風も吹くとか。航空会社や便にもよるんだろうけど、最安値のチケットを買う客は下記のようなデメリットを課されるらしい。

①事前の座席指定ができない

②アップグレード不可

③搭乗が最後に回される

④(アメリカでは義務付けられている)購入後24時間の払い戻し期間を過ぎると、変更不可
⑤オーバーヘッドキャビンは使えないので手荷物は座席の下に置ける1個のみ

⑥フライトでマイレージを貯めることはできるが、ステータスを取得するためのポイントには加算されない

……私、どれもあんまり気にしなくていいかなあ。

 

敢えて言えば①は嫌だけどね。やっぱり通路側か窓際がいい。でも後は別にいいや。

②アップグレードなんかどうせしない

③どうせゆっくり乗ってる(つか最近は後ろの座から順番に搭乗案内されてる気が)

④年に一度の休みに乗るだけで、日程が確定しているから影響ない

⑤どうせ座席の下に押し込めるくらいの荷物しか持ちこまない

⑥マイレージためてない。(でも今回、加入した)

 

一方、上記⑤のように手荷物に制限を加えたフライトでは、搭乗手続きがスピードアップして遅延が減少したらしい。結構大きなキャリーバッグとか持ち込む人、多いもんね。手荷物検査も時間がかかるし、オーバーヘッドキャビンに詰めるのも時間がかかるし。別途料金を払ったら持ち込めるそうですが。

 

アルコールが有料のフライトは前にも乗ったことがある。機内食が有料のフライトも今後増えるかもしれんね。それはそれでいいんじゃないかと思う。お腹が空いた時のためにパンでも買って乗ればいいじゃん。機内食は確かに楽しみなんだけど、ないならないでもいいや。長距離バスでも食事は出ないし、休憩時には自費で購入するでしょ。同じだと思えばさ。(チリのセミ・カマクラスの長距離バスでは温かい食事が出ましたが、あれはプレミアムなクラスなので)

 

あと、座席の広さを確保するために、私は再度ダイエットに取り組むつもりです…。痩せればその分スペース確保できるぞ。

 

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3連休あるから、ここで一気にセルビア旅行の写真の整理しちゃおう!

ブログに使う写真の整理さえできたら、あとは文を書いていくだけで簡単なんだから。

 

とか思ってたんですが、結局、日にち別にフォルダに分けただけで終わってしまいました。

 

3連休の初日は昼前から夜まで出かけていたので、まあ、カウントに入れないとして。

2日目は何をしていたのかすら憶えていない… よく寝たのは確か。あと掃除と片づけをちょっとした。

3日目こそはと思ってたけど久しぶりにあれこれ料理して常備菜を作ったり昼間からワイン飲んだりダラダラとツイッター眺めたり録画の整理したりしてたらこんな時間に!あ、ワインはセルビアのワインです。500ml あったの、昼から深夜までかけたら空いちゃったわ。

 

 

現在、ヨーロッパを大変な寒波が襲っているそうで。イスタンブールも、陸海空の交通がストップしたなんて話も聞くし、ひえー、1週間ずれてたら帰ってこれてなかったなー、と。セルビアも山岳地帯では小さな村々が孤立してしまっているとか。みんな、大丈夫やろか。寒波襲来のタイミングがちょっとずれてたら私も修道院とかに行けなかったんだろうと思うけど、それどころじゃないよね。生死にかかわる。

 

ゴルバッツの宿の方と事前にやり取りしていた時も、「すべては天候次第ですよ」と言われて、「もし吹雪くようなら宿にこもってのんびりします」って返事したんだっけな。幸い、閉じこもる必要はなく済みましたが…。

 

関西も、水曜日から相当冷え込むらしい。冬本番ですね。皆様もお気をつけて。

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明けましておめでとうございます。
 

前の更新から1か月以上経ってますな。

セルビアから少しくらい更新しようと思っていたのですが、夜になると満腹か酔っぱらってるかで寝てしまいまして。

きちんと寝た夜って3晩くらいじゃないかしら…。

あとはベッドに倒れこんで寝入ってしまい、深夜か早朝に起きだしてダラダラしてることが多かった。

それはそれで楽しかったのですが、せっかく携帯キーボードまで買っていったというのに!

いえ、まあ、多少は使っておりましたけどもさ。

(持って行った仕事をやったりとか)

 

旅行記を書き始めて途中でストップするのが嫌なので、ある程度書きためてから始めるつもりです。

今年こそ、春に書けちゃったらいいなあ。

 

しかし実はブログどころではない問題も。

セルビアの絵葉書を出さねばならんのですwww

はい、去年に引き続き今年も持って帰ってきました!

去年は切手まで貼っていたのに間違えて持って帰ってしまったのですが、今年は切手を買えなかったのでした。

詳しくは旅行記に書きますが、まったくもう~。

 

では、しばらくは旅行と関係ないネタででもポツポツ書いていくことにいたします。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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5/8

 

朝、少しばかり体調不良でした。そりゃ仕方ない。前夜の痛飲が祟っておりました。吐いたり頭痛がしたりってのはありませんでしたよ。ま、いいお酒だったしね。でも、最終日は早起きして公園をハシゴしようと思っていたのに、ちょっと、無理でした。きれいな庭園がいくつかあるので楽しみにしてたんだけどね。

 

しかし、宿のチェックアウトの時間ぎりぎりまで寝ているという選択肢は、私にはありませんでした。と言いますのは、部屋が猛烈にヤニ臭かったから。時々窓の外に顔を突き出して外の空気を吸わないと死にそうになるほどの、凄まじい悪臭でした。禁煙の部屋がなくて喫煙の部屋にしていたので文句もつけられませんが、普通は喫煙の部屋でも多少タバコ臭いなと思う程度ですよ。前日にパイプを吸う人が泊まった部屋に滞在したこともある。でもいつも「煙の臭い」がしただけです。今回みたいな、ゲロりそうになるほどヤニ臭い部屋、後にも先にも知りません。前日にとまった人がヘビースモーカーだったとかじゃなくて、壁とか拭いたことがなくて長年のヤニがしみ込んでる感じの、まとわりつくような汚臭。

 

安いし場所もいいからと選びましたが、大失敗でしたね。寝ている間は意識不明なのでどうでも良かったけど、覚醒中に滞在できる部屋ではない。喫煙者であっても、あんな拷問部屋は嫌なんじゃないだろうか。それに、夜に受付にいた男性は感じが良かったけど、朝にいた男性はいちいちツンケンしてケンカ売ってるみたいな喋り方だったし、お金をもらっても二度と泊まりたくない。人生でワースト2位の宿。1位はグルジアでオーナーが部屋に忍び込もうとしてきた宿ですが、それはもう事件の範疇なので、通常営業で語るならここがワースト1位か。

 

 

さてさて、この日の観光は玉藻公園のみとなりました。高松城があった場所ね。JR高松駅から徒歩5分もかからない場所にお城があるなんて、すごいなあ。ここでも素晴らしい無料ガイドさんがついてくれて、入場料200円という激安で堪能してきました。駅に近いのは二の丸で、結局そこの門(があった場所)が現在ではメインの入り口になっている。

 

これは月見櫓。下にある水手御門は、お殿様が参覲交代に行く時などに船に乗るのに使った門です。お城の中でこの櫓と門の眺めが一番かっこいいと思う。

 

殿様はまずここから小舟に乗ってお濠を進み、海に出てから大きな船に乗り換えたのだ。


櫓の中の階段が幅広くて驚いたわ。こういうのって普通は一人分の幅か、2人分でもすれ違いが大変なくらいだと思うけど、ここなら詰めたら3人は通れるね。写真ではまったく伝わらんと思いますが。誰か人がいる時に撮れば良かった。

 

ここから海上を監視していたのね。遠くに山城が見えているのも教えてもらった。山城に上るルートも整備中だって。いつか行きたい。この写真の奥に写ってるお屋敷は、殿様のお住まいだったところ。大正時代に建て替えられたので比較的新しい。

 

櫓の中は博物館でもあるので、咸臨丸の模型や屋根瓦などの展示もあります。

 

ガイドさんがいなかったら見落としていたであろう、石垣の面白さ。左側の写真、上にある櫓が拡張されているのですが、その痕跡が石垣にも残っている。石の積み方が全然違うの、わかりますでしょ。そして右の写真のポイントは、石に穿たれた穴。石工は大きな石を割るために、ここならパキッと石が割れるであろうと当たりをつけてノミを打ち込むのですが、どうやらこれは失敗の跡らしい、と。


 

本丸跡と天守に行ってみましょう。お濠を超えていくのよ。昔は、本丸のある島を囲む内濠、お城の敷地を囲む中濠、城下町を囲む外濠の三重だったんだって。ああ、そのまま残ってたらどんなに…。

 

これは左右がつながっている写真ではありません。左は橋越しに天守を臨む一枚。右は二の丸の方角を撮っています。

 

左の写真に写ってるのがガイドさんです。頼まなきゃ損だよ、お城の歴史はもちろん、修復のこぼれ話とか本当に色んなことを教えてもらえる。自分だけで歩いていたら気づかなかった見どころも教えてもらえる。ところで、お濠は海と繋がってるのでチヌとかがいるの。ガイドさんがばらしたところによると、雰囲気作りのためにわざと海の魚をお濠に放っているそうですがw

 

天守は土台しかないんだけど、それでも上に上がると海や島が見える。三大水城の名にふさわしい、美しい眺め。

 

お堀の突き当り、ちょっと左側に黒く見えているのは水門です。水門っていいよね。ワクワクする。

 

さっき渡ってきた橋。屋根の付いた橋っていいよね! なんかときめくよね。あ、写真の奥左の方、お堀の向こうに見えているのは、ことでんの高松築港駅です。私が昨夜ビールを飲み始めた場所。

 

それにしてもお濠の水のきれいなこと。お天気が良かったせいもありましょうが、この澄んだ緑色の美しさよ…。言いたかないけど、大阪城のお濠なんてドロッとした色で気持ち悪いったら。高松城のお濠になら落ちてもいいけど、大阪城のお濠に落ちるのは嫌だわ。

 

高松城は1588年から数年で建てられたそうだから、松山城や今治城より少し古いのね。明治維新も関係なく無事に残りましたけど、例によってアホ明治政府が出しやがった廃城令により取り壊されました。まあね、全国を巻き込んだ内戦を経て政権交代したばかりで、国中に軍事拠点なんて置いておきたくないわよね。

 

 

頭ではわかっても心が納得せんわ!

くそおおおおおおおおおおおおおお

 

 

それでも天守は1884年(明治17年)までは残ってたそうですよ。老朽化を理由にぶっつぶした。んで、土台だけが残ってたんですが、2005年に海のかなたの英国はケンブリッジ大学の図書館で、1882年の高松城の写真が発見されたのだ! これを機に天守復元の運動が起きて、まずは2006年から発掘調査が始まり、ゆるみが生じていた土台の解体と再建が成りました。

 

天守の一階は土台の地中部分にあったの。礎石や柱穴の跡が発見されております。

 

今治城だと、今ある建物は検証をもとに推測した姿で建てられています。でも高松城が目指しているのは「復元」なんだって。在りし日の天守閣の真の姿を今によみがえらせたい。だから証拠が得られるまで再建に着手しないんだって。価値ある資料には懸賞金がかけられています。どんな小さな資料でもいいから、連絡してくださいって。どこかお金持ちの蔵の中にでも、お城の設計図が眠ってないかなあ…。高松市、頑張ってくれ!

 

 

 

さて、こちらは披雲閣といいまして、藩主の職場や住居。…があった場所。

 

江戸時代には今の倍の規模の建築群だったそうです。しかし明治時代に老朽化により取り壊し。

 

 

やたら壊すな!補修してくれえ!

むしろ放置してくれていた方が…!

 

 

そして大正3年に松平家の伯爵が昔の姿に倣って3年かけて再建しまして、別宅兼迎賓館として利用したのだそうです。今では国の重要文化財。でも気さくなことにレンタル可能ですので、私も貴方もここでパーリーできちゃうの。この日も公園に見学に来た人を相手にお茶席をやってましたよ。私も行きたかったけど、時間がなかったのでやめておいた。次に行ったらゆっくり披雲閣を見学して、お茶でもいただきましょう。

 

 

さて庭園と馬場を抜けて、ついに公園の反対側まで来ました。艮櫓です。

 

そして大手門。可愛らしいサイズね。ポイントは、橋がめっちゃ斜めにかけてあること。

 

本当は、艮櫓と大手門をお濠越しに眺める場所が一番の写真スポットなんですって。確かに、高松城っての写真といえばそれだわ。私も撮りたいのは撮りたかったんですが、とにかくね、もうバスの時間が迫ってましてね! 艮櫓の向こう側まで行く心の余裕が! 「どうせなら公園を抜けて戻っていきましょう。まだまだ説明することはいっぱいあるから」とガイドさんが言ってくれるので、速足で歩きつつ最後の最後まで色々と聞かせてもらった。

 

マジで、ガイドをお願いした方がいいよ! 絶対にお得だから!

 

ああ、高松城、1時間半じゃ全然足りなかったなあ。当たり前だけどさあ。3分の1も見れなかったよ。ま、高松なら近いからまたいつでも行ける。次に行ったら船でお堀をクルーズするのもやってみたいし、批雲閣でお茶もいただきたいわ。

 

 

というわけで、割と突然決めたゴールデンウィークの四国旅行が終了いたしました。夕方まで使って、夜遅くに自宅に戻るのでも良かったのですが、この日5月8日は、難波の紅鶴で「最狂超プロレスファン烈伝」の徳光康之先生のトークショーがあってね。それに間に合うように帰ってこないといけなかったから。

 

高知や徳島には昔家族で行ったことがあるし、金毘羅さんにも15年位前に同僚たちと行きましたが、なぜか瀬戸内海沿岸部は未知の土地でした。こっちのほうが近いのにね~。何といいますか、よく旅行好きが言うところの「行けば行くほど行きたいところが増える」の状態ですね。気に入った場所は再訪したいし、それまで知らなかったものを知ることになるので、興味を惹かれるものが見つかってしまうのだ。

 

せっかく近いんだから、夜行バスなども上手に使って、ちょくちょく行きたいものです。

 

お世話になりましたダニーさん、Nちゃん、本当にありがとう! 普段が一人旅ばかりなので、連れがいるとこんなに楽しいのかと開眼する思いでしたわw また行くのでよろしく!

 

 

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2016/5/7

 

さて、東から北上して一周していきます。瀬戸大橋がきれいに見えますね。

 

さっきまでは海沿いの平地だったのですが、道が海から離れて山の中へ… つまり坂を上る。

 

そしてまた海岸に降りてきました。確かここは屋釜地区だな。

 

この↑右側の写真の奥にのぼりが立ってるのわかります? 「ゆうパック」と書いてあるの。小さな商店です。ここで郵便も出せるらしい。本島にはスーパーマーケットやコンビニはなく、こういう小さな商店が5軒あるんだって。中にアイスクリームのケースがあるのが見えました。入ってみたら良かったな。なんだか、あまりにも生活を覗き見して回っている感がして、気が引けて。

 

本島の人口は、平成27年の国税調査によると374人。小学校が1つ、中学校が1つあるけど、先生は四国本土から船で通勤するらしいし、本島住民も本土までお買い物に行くのかな?

 

集落ごとに墓地があるみたい。何度も、こういうオープンな感じのお墓がありました。墓石がなくて、石で囲ったお墓もある。こういう風習なのかな。写真を撮って載せるのはどうかという気もしたのですが、お墓は文化だなとつくづく思ったので…。

 

さて、北の海岸線(たまに内陸部)を走っていったのでございますが… ございますが… 思っていたより距離があり、途中で不安になってきました。私、正しい方向に進んでるんだろうな? 迷いようもないって気はするけど…。

 

民家がある場所なら「すみませーん」と聞きに行けますが、不安が最高潮に達したのは内陸の畑に囲まれた場所でして。走りながら何か標識はないかと探しますが、何も出てこない。いっそ引き返そうかとまで思った時、車が通りかかりました! 必死に手を振って停まってもらい、「福田ってこっちでいいんですか!?」と尋ねると、はい、合ってました…。だって迷うほど道がないんだもの。ハンガリーのツァーク村に行った時にもこんなんだったな私。畑の中の一本道で迷いようもないのに一人で勝手に怖がってた。


さて、西の端まで来て道が南下を始める(標識がありますw)。しばらく行くと、こんなのが出てきた!

 

1979年に廃校になった旧本島小学校西分校。荒廃していたのを、映画「機関車先生」のロケに使うため修復したそうです。映画、坂口の息子が主演だし見てみなきゃと思いながら、まだ見てないや。

 

教室内に、映画の小道具であろう「ろうかをはしらない」なる貼り紙があったけど、ここ、廊下ないじゃん。あえて言えばこの軒下かな?

 

ごく最近、観光客に対し、建物が老朽化しているのでと注意が促されていました。手入れはしているようですけどね。教室のお向かいの建物(たぶん体育館兼講堂)は倉庫になっていて、中がボロボロでした。他にも、先生の宿舎か何かだったのか、小さな建物があって、かなり朽ちていました。40年近くも経てば仕方ないね…。

 

シャワーがあるところが海沿いの学校らしいなあと思いましたわ。

 

 

走っていると、道端にこんな風にお地蔵様(?)がよく出てきます。左側のは岩に彫ってあるんですが、見えますでしょうか。アップにして切り取るとこの雰囲気が伝わらないし~。

 

ここまで来たらかなり南まで下がってきたぞ。夫婦蔵と呼ばれる蔵です。ニックネームの由来は見ての通り、仲良く2つ並んでくっついてるから。

 

このまま海岸沿いを走っていけばいいのね。

 

なんて、甘い考えでした。またしても山の上へ。

 

ここも岩に彫り付けた仏様が。本島霊場第十八番札所、ゆるぎ岩観音です。今は過疎の島ですが昔は非常に栄えていましたから、寺社の数も多いし(今回ほとんど行けていない)、こうしてあちこちに仏様が出現する。ベンチがあったけど、座ったら蚊が来襲しそうだったので10円だけお供えして早々に退散。

 

いい眺めでしょ。つまりそれだけ上ってきたのだ。この時すでに17時15分くらいで夕方の日差し。

 

上の左の写真に、洲が出てるの、わかりますかしら。これは「園の洲」と呼ばれる、大潮の時に2~3時間だけ出現する砂浜。名前の由来は、約350年前の代官の娘さん。代官があまりにも年貢を厳しく取り立てたため、里人が代官をこの洲におびき出し、置き去りにして溺死させたんだそうです。それを悲しんだ娘のお園が、洲が見える崖から身を投げて死んだそうな。(悪役の娘では、あんまりいい話じゃないな…)

 

とか何とか色んなものを見ながらヒィヒィと自転車をこいでおりますと、かっこいいスポーツバイクに乗ったサイクリストが2人、「こんにちはー」と声をかけてくれながら、颯爽と駆け抜けていきました。パワーが違う…。人も、自転車も…。ママチャリでヨロヨロ走ってる私にも一応声をかけていってくれるなんて、紳士ですな…。(後ろから自転車が来てるよという合図かも)

 

やっと小坂港が見えてきたよ! 人里だ! あとは港沿いの平坦な道だけだ!

 

何とか、自転車貸し出し所が閉まる10分前に戻ってこれました! 最後の方、ちょっと焦っちゃったよ。

 

こんな感じでした。


本島、6時間半あれば余裕かと思ったけど全っ然!足りない! ああ、また来なくちゃ。笠島みたいに古くなくても、年代物の民家がいっぱいあったし、素敵な路地もたくさんあった。せめて2泊してゆっくり回りたい。民宿もあることですし。次は内陸のお寺や集落を見て回りたいな。

 

さて、帰りはフェリーではなく小さな客船です。正に「瀬戸は日暮れて夕波小波」。(最初湯波コナミ、次は優菜美古奈美と出たわ。この歌、古すぎましたかね…)

 

 

さてさて、今日という日ははまだ終わっていない。

 

丸亀駅から「瀬戸は日暮れて♪」のメロディと共に送り出され高松までやってまいりまして。今回の四国旅行を計画し始めた時から必ず行くと決めていた場所の一つ、ことでんの高松築港駅の中にあるアイリッシュパブ、ザ・クラックへ。

 

 

乗客はあまり使いたがらないらしいです。通勤路だけに上司とかに会っちゃう可能性があるからw しかし観光客の中では駅の中のパブとして話題に。

 

キャッシュオンデリバリーが面倒くさいので、先に5000円札をデポジットで渡して飲んでたら、2杯目の時点で「たくさんお飲みになるなら本店にも是非」と言われまして、移動。私の食いかけの炭火焼きチキンはスタッフのお兄さんが運んでくれました。


本店にはこういうものもあります。

 

ビアクルーズと言いましてな。左からことちゃんエール、キルケニー、ギネス、マグナーズ、Punk IPAに、それぞれに合うおつまみを付けて2500円。好みを探る人にも、あれこれ飲みたい人にも、サイコーです。

 

この後もいろいろ飲みまして…

 

正直、この晩のことは反省というか後悔しているwww オーナーも面白かったし、他のお客とも盛り上がって、楽しくってさあ。つい、飲みすぎちゃった。歩いていける距離の宿に、タクシーで行く羽目になりました。次に行ったらもう少し節制して飲みます。てゆか、パブトレインに乗ってみたい!

 

 

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