そこで、髙橋大輔公式ファンクラブという捏造に対し、「ファンクラブがあった、なかったという両方の証言があるだけで真偽不明」とか言ってるんだよなあ。
「悪魔の証明」って言葉くらい、常識として知ってると思うんだけど、敢えて知らんぷりしているのかね?
ないものは証明できない、あるものは証明できる、つまり、立証するのは「髙橋大輔ファンクラブがあると公言した」側。そして証拠が提示されない以上、偽りとして扱うのが「当然」。
また、証言がある「だけ」ではない。
あの記事はアメーバ公式によって削除されたという事実がある。これを無視しているのはおかしい。つまり、企業が公的に、根も葉もない話だと判断したということだ。
言い換えるとこの削除の件について、ブログ主がもし裁判を起こしても勝てるだけの証拠があるということ。
まあ当たり前なんだ。「公式ファンクラブ」なら、髙橋大輔選手のマネージメントをしている事務所がかかわっていないわけがない。ファンクラブ会費、誰が集めて管理するんだ?事務所以外にないよねえ。
つまり、アメーバが事務所に問い合わせして「ない」と回答を得たら、アメーバ側としてはそれだけで証拠としては十分なのである(その回答を覆したいなら、それこそ証拠を出せ、と)。
この「削除されたという事実」を無視している時点で、この人の判断力は相当おかしいのである。
で、思い出したわけ。「代替的事実」という言葉を。
<引用>
つまり、トランプと彼の取り巻きにとって「事実」であれば、それに反するどんな証拠があっても、単なる「事実」のバリエーションのひとつにすぎない、ということだ。
<引用終わり>
社会的に力が強い存在は、自分の感情から生まれた認識が現実に即していなくても、「代替的事実」、つまり事実であるかのように流通させることができる。そういう現象。
まあ、この方、さすがにトランプほどの権力はないので、「公式ファンクラブはあった」ということを「事実」とまでは言えない。なので、ないとする証拠を無視して、真偽不明という灰色の情報を流す。
証拠がひとっかけらも提示されていない真っ黒な捏造話を、灰色だよ~と言って拡散する。白いものを灰色と言い、あわよくば本当に黒いんだよと思わせようとする。
そういうのを、誹謗中傷というのではないだろうか。
羽生選手については選手生活、自分が思うままに続けていただきたいとは思ってる。
選手は、自分の思いと環境が許す限りにおいて、選手生活を続ける権利がある。
五輪二連覇チャンピオンとなれば、金銭的にはまったく問題ないし、本人が望んでいるなら十二分にその権利を行使していただきたい。
しかし彼がいつか引退すれば、こういうもやもやとした灰色の誹謗中傷をまき散らすファンがいなくなると思うと、それは嬉しい、と思う自分もいるのである。
<2020/11/06追記あり>
件のブログ主、「なかった」は証明できない。だから「真偽不明」。この二択のみ、よろしいですね、とのたもーておられる。
残念ながらそうじゃない。よろしくない。
それを認める限り、いくらでも誹謗中傷を発信することが出来る。
例を出そう。「あの人は夫以外の男性とラブホテルに行った」、例えばこういう虚偽を、言った本人が責任を取ることもなく語れるのだ。
こんな世の中が望ましいのかね?
私は、望ましくないと思う。
「真偽不明の悪い話」はきちんとした根拠がない限り、「妄言」として扱う。
それは、世の中に対し責任を持とうとする大人としての、基本的な態度だと思う。
ゴシップ話は楽しいが、それは内輪でやるもんだ。利害関係が異なる他者に対して出すもんじゃない。
<2020/11/09追記あり>
件の方、このようにのたもーておられる。
<引用>
>「真偽不明の悪い話」はきちんとした根拠がない限り、「妄言」として扱う。
だから、これをこちら側も最初から言ってるんだけど。「真偽不明」の話を事実のように書くのはやめろと。
<引用終わり>
「これをこちら側も言っている」、つまり、「真偽不明の悪い話」は、妄言として扱うことに異議はない、わけですな。
「公式ファンクラブでアスリートにあるまじき活動をしていた」という話は妄言=出まかせで根拠がない言葉、ということに同意いただけた、と。
やっぱり「捏造」でいいじゃないですか。真偽不明じゃなく、根拠がない、真がないとして扱うことに同意なんだからね。
(というか、真偽不明というのなら羽生選手に対する誹謗中傷ツイートとやらも全部「真偽不明」なわけでね…。それを判別できるのは、羽生選手とその身近な人だけじゃないの?
つまるところ、「代替的事実」に戻るわけ。「私には、真偽不明のことであってもそれを真とする権利があり、逆にあなたたちが根拠を提示しても、それを却下する権利がある。あなたたちはそれを受け入れるのみだ。」ってことだよね?んなの、よろしくないに決まってる。
だから、羽生選手が引退してくれたら嬉しい気持ちになるわけです。そのような身勝手な差別を押し付けてくる人間がいなくなるわけですからね。羽生選手に罪はないのだけれど。)