ダウラギリのBCに着いたあとは単独行動となる。登山期間は35日。これを超えると1日80ドルという高額な超過料金をネパール政府に払わねばならない。(どちらにせよ長引くと不利なのは変わりないが。)
まずはキャンプ地から。BC(4700m)、C1(5700m)、C2(6600m)、C3(7300m)の4つ。C3が最終キャンプでここから山頂(8167m)へとアタックする。
これはNHKで放送された登山家・竹内洋岳さんのダウラギリ登山時の映像。このDVDは同じ北東稜を撮影しており、本当にものすごく参考にさせて頂いた。
登山の拠点となる氷河最下部に設置するのがベースキャンプ(4700m)。そのあと雪崩が頻発する雪原を通って7時間ほどで北東稜のはじまり、キャンプ1(5700m)。北東稜を辿って6時間でキャンプ2(6600m)。そして北東稜のさらに急になる斜面を登り、巨大な岩稜の下まで7時間ほど登ると最終キャンプC3(7300m)となる。
実は、この上にさらにC4(7500m)の最終キャンプを作るチームもいるらしい。無酸素でキャンプを張るならここらへんが限界だと思うが、今のところC4を作るかどうかは現地での順化具合を見ながら決めたい。
ふつう、より高いところを最終キャンプにしたほうが登頂日の行程は楽になる。だが、ここはデスゾーンを持つ8000m峰なので話は変わってくる。無酸素であれば7500m以降は居るだけで体力が消耗され、死に向かっていく。
トロンピークの高度(6201m)に順化した状態だと仮定して、体調的にはC1までは難なく行けるはず。荷揚げを兼ねて上り下りしながらC3まで高度を上げたら、再びBCに降りて休養をし、山岳気象予報士の猪熊さんの気象予報を参考にしながらサミットデイ(登頂日)を決める。登頂日が決まったらその4日前にはBCを出発し、BC→C1→C2→C3と1日ごとに高度をもう一度上げながら登っていき、4日後にC3からアタックするという形だ。(当然C4があれば日程は1日ずつ増える)
ちなみに日本人初の14座登頂者、竹内洋岳さんはダウラギリでC3からは単独無酸素で登っている。夜中の2時に山頂へ出発。計算ではC3→ピーク往復で13時間としていた。
しかし新雪のラッセルや無酸素での歩行などで速度があまり早くなく、登頂したのは出発から約15時間半後の午後5時半。普通なら引き返す時間だが、この日は快晴無風の最高の日だったこともあり、竹内さんは登山続行を決め、見事登頂する。しかし当然ながらC3に着く前に陽は落ち、月明かりとヘッドランプを頼りにしながら降下する。
7500m地点の岩稜あたりでルートを見失い、夜22時の時点でテントなしの着の身着のままでビバーク(野営)することになる。夜明けまでー20℃の気温の中耐え続け、翌朝に命からがらC3まで降りてきている、という感じだった
天気などが最高の条件下であっても一切の油断はできない。登頂日をいつにするかは猪熊氏の天気予報を参考にさせていただきながら決めるのだが、私は予算があまりないので、今回は2週間のパッケージでお願いしている。
いきなり登山開始と同時に予報をお願いすると2週間なんて登頂する前に過ぎてしまう可能性大なので、C3あたりまでの高度順化は予報なしで行き、BCに帰ってきたあとに予報をお願いして登頂日を模索する。
あとはその場での感覚、直観が生きてくる。全力で行き、楽しもうと思う。