ブログをはじめたきっかけは【乳癌転移疑い】 | HER2タイプ乳癌ステージ3C 経過観察中シングルマザー

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過去にも一度、

ブログを書こうと思ったから

アメーバアカウントを作成したのだと

思うのですが、

アカウントは持っていました。


その時は

何を書こうとしたんだったか、

結局、書かずに終わった、


アメーバ機能を使うことがなかった、

ので、

もはや記憶が曖昧だけど、

多分、娘の成長、だったかな


ずーっとアカウントは登録したまま

使うこともなく、何年か過ぎ。


実際ブログを書き始めた、

アメブロ機能を使い始めたのは昨年6月。


きっかけは

乳癌の転移疑いの影(肋骨)が映ったから

その後のことを記録したいと思い。



初期治療時に

心折れかけたこと、

燻っていることもあったから、

(リンパ節転移事件よりも、友人ね…)


似たような乳癌患者であれば

気持ちを分かってくれる人、

励まし合える人もいるかな、

とも思い。



麻央さんの活動に

感銘を受けていたのもあり。



肋骨は、

その後の精密検査(PET-CT)で

転移じゃないだろう、

という結果だったから


そこでブログをお休みしても

よかったのだけど



初期治療を振り返ったり

転移後の治療について

改めて自分事として

より現実的に考え整理できたことや

ここまでは書き上げたい、

同病の方々に伝えたい

と思ったこともあり、

続けました


そこまででブログをお休みしても

よかったのだけど



(今、5ch掲示板15スレッド以上に及び

一方的な誹謗中傷、貶め、悪口

を書かれ続けるとね、

自分や娘のためには、

やめた方がよかったのかもね…)


特に、

11月のブログトラブル以降も

さらに5ch掲示板に気付いた4月以降も


続けたのは、


玉石混淆の癌の情報に

翻弄されたり、さらに広めたり、

そこに問題を感じるとともに

(命に関わる迷惑情報もある)


さらに、


闘病ブロガー(ブログを書く人)が

それぞれの思いで綴っているブログ

特に命に関わる病の闘病者が、

心を込めて綴っているブログ

(私だけのことを言っているわけじゃなく)


を、

他者が「感想」という名目で


(個人を名指ししていなければ、

法的な罪に問われ難いことを

知っている人々が繰り返すのかしらね?)


誹謗中傷、悪口、

自分の意見?のしつこい押し付け

三昧


(ブロガー本人が知らない間に

5ch掲示板に書く人もいたし、

アメブロの自分のブログに

書く人もいた、いるし

他者のコメント欄にまで書いた人がいた)


(特に集団を形成してか装ってか)



そんなことに屈したくなかった、



ブロガー(ブログを書く人)が、

特に命に関わる病と闘っている

ブロガー(ブログを書く人)が

喜びや希望だけじゃなくて

辛いことも、しんどいことも

治療のことも

自由に綴れる


そうであって欲しいと思ったし、

そういう場を守りたかった。



私は

神様の前に恥じないブログを

綴ってきた、綴っている

つもりです。


だから続けてきました、

続けています。



※デフォルト設定がセンタリングなので

そのままにしました。



誤解を招くかな…。補記しておきます。

  私は、

・告知時点、治療前に既にステージ3C

   既に遠隔転移も疑われる状況だったし…

・術前化学療法のハーセプチン

   (キードラッグ)+ドセで癌が縮小しなかったのは

   エコー測定してもらってたから分かってたし

   「壊死してるかも」と思ってしまったのは

    冷静さを欠いていたかも…。

・ 化学療法後の術前検査結果を聞き、

   手術入院の予約をする診療で

     (手術の段取りしか考えなかったから

       娘も初めて同席させてた。

       先生から手術・入院の説明をしてもらうために)

   晴天の霹靂?予想外、予定外に肝臓に影が映っていた、

   あの時が一番ダメージがあったかな…

・その後2年間、3ヶ月毎にエコー測定で

   大きくなっていないことを、

   ドキドキしながら観察してきたし…

・術後の病理検査結果も芳しくなかったし

転移を延期してくれているとしか

思っていなかったし、

絶望するより、何とかしようともがく

対処を考える性分なのもあり、

影が映ったことで「絶望」するような

気持ちは、もはやなく、

ただ、もっと先であって欲しかった

と思っただけかな。

転移後治療を具体的に考えて、

初期治療で受け入れ難かった「共存」も

割とすんなり受け入れている自分がいました。

時薬もあるかな、

初診時に「娘が高校を卒業するまで、5年間は

何とか生きたいんです、よろしくお願いします」

と主治医に頭を下げた

(今振り返れば、そんなこと頼まれても困っちゃうよね、

 とは思うけど)

「術後1年内の転移」の可能性が最も高い

ところから、4年が経過し、初診時の願い

「5年は生きたい」は、多分叶う。

受けてきた治療に感謝しています。

転移=「絶望」感もないし。

同じように「対処」を考えているだけです。


私は、前向きに生きている、生活している

(勿論、闘病の辛さ、心の葛藤、迷いとか

  様々も含め)

同病のステージ4の方々に共感し、

元気と勇気をいただいています。


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