2024/3/13(水) 01:30
そういえば、昨年も似たような感覚を得たことはある。他者との交流にあたって、ソープ嬢に限らずとも、接客を生業としている者と定期的に交流していると、それ以外の他者との交流については、正直、どうでもよくなってくる、というものだ。
そう考えれば、今日、と言っても日付的には昨日、そしてアップロード日時からすれば3日前のことか、最近タスクを全然振ってくれない課内状況に対して苦言を呈してしまったことに、一応納得はできる。ただ、発言の結果、想像以上に上長が怒っていたので、そう簡単にキレるような人だったのか、というのは一つ有益な発見ではあったが、同時に一層と絶望感が増したのも否めないところである。とはいえ、上長云々というのは、理想を突き詰めればいくらでも欲望は生じ得るものであり、改善点があるというのは、筆者個人においても、如何様にも挙げられ得ることだ。故に、こうした所感を著すこと自体が何ら意味を為さないものではある。
しかし、そんな思考や思想の諸々を、彼女は黙って聞いてくれた。もっとも、苦言の件は時間軸上、これに除かれるが。
駄目だ、自然と溜息が出てしまう。そもそもの話、接客のプロというか、風俗へと定期的に通ってしまっていることを真に問題視すべきなのだろう。昨年1年間で一生分の風俗を経験した、とは書いたが、あくまでジャンルの話であり、頻度という観点では今年も健在なのは否めないところだ。1月はアジアンエステ、2月はピンサロ、そして3月はM性感エステである。などと整理してみれば、今年に関しても、割と幅広く開拓しているじゃないかとも思えてしまうものだ。
そういえば、昨年もこのあたりの時期に出逢った嬢に惚れて、一途に通っていったという1年間であった。となれば、幅広く行けたのは2月までであり、出逢いを含む3月以降はまた一途に愛してしまうのだろうか。にしても、風俗嬢に対して愛云々などと書いてしまうのはいかがなものだろうか。しかも今回に関しては、相手の姿形が一切見えていないにも関わらず、だ。
などと考えれば、これは愛情などではないのだろうか。所謂、愛の真似事である。
ちょうど、『AKB48、最近聞いたよね…』が放送始まったので、ゆきりん卒業センター曲のMV撮影様相を観ているけど、昔あれほど幼かったメンバーが第一線として、玄人アイドルの卒業に華を添えているのが、本当に成長したなと感慨深い想いになる。
とはいえ、AKB48を昔ほどにガチに応援しているかというとそうではないし、もしかしたら裏ではいろいろと不祥事があって覆い隠しているだけなのかもしれないけど、それでいい気がしている今日の筆者である。結局、プライベートをどうしているか、どのような誘惑があるか、そして被害や加害を行っているかというのは、知りようが無いし、疑うぐらいならまずは信じてみた方がいいんじゃないかと思う筆者である。なお、ライブアイドルや地下アイドルについては、これを既に実施して、結果、運営、アイドル、ファン、どの立場からもマイナスなニュースが尽きない今日の様相が故に、不信に陥っているわけだ。
昨年も多々議論した観点にはなるが、これは対アイドルに限らず、対風俗嬢でも同様だと、筆者は考えている。業界がどうであれ、活動様相がどう言われようと、結局は個々人がどう生き、どう務めるかに尽きるのではないだろうか。だからこそ、昨年のような過ちを繰り返さないよう、今回出逢って、愛し始めた少女とは真摯に向き合っていきたいし、失言を発することが無いようには気を付けていきたい。とはいえ、目隠しプレイが故に、寝言に似る会話、発言と化す、本店舗特有のシチュエーションである。故に、一層と思考無く、自然な発言が故に、常日頃、一人の人間として引き締めて生きていきたい。
よし、すっかり酔いも覚めてきた。夜が明けたらまた仕事ではあるが、本記事冒頭にも著した通りの課内様相である。そんなチームに対して愚直に生きろというのも馬鹿げた話だ。多少の業務影響を許容しつつ、資格勉強に励んだ方が、よりハイレベルな知識習得、そして成長が期待できる。それに、掲げている愛だって、所詮真似事だ。昨年は少々、真面目に生き過ぎた。気疲れの無いように、もっと本能の赴くままに、仕事も勉強も、そして諸々の趣味だって、生きていこうじゃないか。
気のせいかもしれないが、彼女の性分が幾分か、伝播しプラスに活きているようだ。感謝したい所存である。(1846字)